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特別企画

東京2020オリンピック・パラリンピックとNTT R&D:カテゴリ2 東京2020を『彩った』NTT R&Dの技術

聖火リレートーチ記念撮影 × 超高臨場感通信技術 Kirari!

美原 義行(みはら よしゆき)/長田 雅美(ながた まさみ)
長谷川 馨亮(はせがわ けいすけ)/中村 泰治(なかむら たいじ)
渡邊 淳司(わたなべ じゅんじ)/松井 龍也(まつい たつや)
岩本 秀明(いわもと ひであき)/木下 真吾(きのした しんご)
NTT人間情報研究所

概要

東京2020オリンピックの機運を醸成させるため、私たちは、東京2020オリンピック聖火リレーを多くの人に体験してもらいたいと考えました。その中で、聖火リレーを身近な体験として感じることができるように、トーチと記念撮影ができる3つの体験を用意しました。体験の1番目は、実際にトーチを持っていただき、超高臨場感通信技術 Kirari!を用いてバーチャルにトーチキスを体験できる「バーチャルトーチキストーチ記念撮影コーナーKirari!バージョン」です。実験室や大掛かりな装置が必要だったKirari!の装置をトラック1台にパッケージ化して、全国どこへでも出展できるようにしました。2番目は「トーチ記念撮影コーナー錯覚バージョン」です。人の錯覚を誘発する特別な光を静止画にプロジェクションすることによって、動くはずのない炎の写真が動いたように感じる不思議な演出を提供しました。通常のパネルの前での撮影とは異なり、静止画でありながらより動きのある体験を提供できます。3番目は、「トーチ記念撮影コーナー歌舞伎バージョン」です。長い歴史の伝統をつないできた歌舞伎と、地域をつないでいく聖火リレーに掛け合わせて、体験者が歌舞伎の隈取をバーチャルにした状態で、トーチ記念撮影ができる体験です。

トーチ記念撮影コーナー Kirari!バージョン

Kirari!によってホログラフィックに浮かび上がった錦織圭選手と、車内に入った体験者がバーチャルにトーチキスができるトラックを用意しました(図1)。ホログラフィック表示は、2D空中像表示(1)の仕組みを利用しています。具体的には、床面にディスプレイを設置し、それに対して斜め45度に透明スクリーンを設置します。ディスプレイ上に表示される錦織選手の映像は、透明スクリーンに反射・透過されステージ上に浮かび上がったように見えます。
従来、このようなステージの設営は、トラス部材を設置し、透明スクリーンを斜めに張る作業などに時間を要していました。今回のセレブレーションでは、毎日、移動・設置を行う必要があったため、トラックに透明スクリーンを簡単に収納・設置できる仕組みを実装しました。結果として、従来は1日程度かかっていたステージの設営を、2時間程度で完了させることができました。また、121日間全国を移動するため、開催場所や時期によっては、日中の明るい中での展示が必要となります。そのため、プロジェクタ投影ではなく、LEDパネルを使用することで、元映像の輝度が向上し、屋外での視認性が向上しました。私たちは、これら機構を10tトラックの荷台部分に構築しました。

■体験の流れ

体験者はまず、車両後部の出入り口からトラック荷台部のステージに登り、スタッフからトーチを受け取ります。出入り口には階段状のステップだけではなく、リフトも搭載し、車いすの方も体験できるようにしました。
トーチを持った体験者が所定の位置に立つと、錦織選手がホログラフィックに浮かび上がり、バーチャルな錦織選手と、リアルな体験者があたかも2人並んだように見えます(図2)。錦織選手が立ち上がって登場するパターンと、跪いて登場するパターンの2通り用意しました。身長の高低を問わず、自然なトーチキスを体験できるようにしました。
体験者からは、透明スクリーン上の錦織選手を直接見ることはできません。そのため体験者は、別に用意したモニタを見ながら錦織選手のトーチの動きを確認し、トーチどうしを近づけ、バーチャルトーチキスを行います。体験者が持っているトーチには、赤外線センサが搭載されており、トーチの位置を検出します。体験者のトーチと錦織選手のトーチとが接近すると、トーチの先端に聖火をモチーフにした光が点灯します。
この体験の様子は、ステージ外に設置したカメラで撮影し、動画はインターネット上のサーバに即座にアップされます。体験が終わった体験者には、動画のURLが組み込まれた二次元コードが発行され、撮影された動画を自身のスマホなどですぐに見える仕組みも提供しました。錦織選手とのトーチキスの動画を自身のスマホにダウンロードしたり、SNSに投稿したりすることができます。

■結果

聖火リレー期間中に新型コロナウイルス感染が拡大し、セレブレーションを中止にする市町村も増えたため、当初計画よりは出展回数が少なくなりました。結果として、25都県34会場でKirari!トラックによるトーチ記念撮影コーナーを実施でき、延べ4498名の方に体験いただきました。ホログラフィックに浮かび上がった等身大の錦織選手のリアリティに驚く姿を多く見ることができ、体験者からも「聖火ランナーになったような体験を味わうことができた」という声を多くいただきました。
聖火リレートーチのリアリティをより高めるために、火が灯っているかのような触覚を再現する仕組みを付加しました。これにより、視覚障がいを持つ方にも、トーチキス体験を楽しんでもらうことができました(図3)。ホログラフィックに浮かび上がる錦織選手とのトーチキスは、視覚的な体験であるため、視覚障がい者にとっては、それが、いつ、どのように行われるのか知ることができませんでした。そこで、トーチキスに合わせて持っているトーチが振動する機能を付けることで、錦織選手のトーチから自分のトーチに炎が移るという体験を、触覚的に感じてもらうことを可能にしました。この仕組みは、トーチ内部に小型の振動素子を装着し、外部からの赤外線信号によってオン・オフするもので、視覚障がい者が体験する際には、スタッフがタイミングに合わせて振動のオン・オフを行いました。また、振動は、視覚障がい者が炎だと分かりやすいような工夫がなされました。この体験は、全国で1カ所(2021年6月30日横浜会場)のみの提供となりましたが、視覚障がいの方に実際に体験いただき、「点火した直後はジワジワという弱い振動だったのに、トーチを真上に掲げると強い振動になったので『火の強弱まで感じられるよう工夫されているんだなぁ』と感激しました」という言葉もいただくことができました。

トーチ記念撮影コーナー錯覚バージョン

この展示では、トーチを持った錦織選手のパネルに、特別な光をプロジェクションすることで、パネル上の炎や背景の桜吹雪が動いているような錯覚を誘発します(図4)。パネル上の特徴点に照射するため、位置合わせが重要となります。各会場でこの位置合わせを正確に実施するため、プロジェクタをカメラと連携させて、パネル上の特定の位置に正確にプロジェクションする仕組みを採用しました。この仕組みにより、簡易に準備をすることができ、運営を行う現地のスタッフでも設置することが可能となりました。
この展示は、3373組5616人に体験いただきました。動くはずのない静止画が動くことに、体験者全員が驚きの声を上げていました。

トーチ記念撮影コーナー歌舞伎バージョン

NTTは、伝統文化とICTとの組み合わせによって新しい体験を生み出す取り組みを2016年から始めています。その中で、歌舞伎の特徴的な化粧法である「隈取」に着目し、ICTを活用して選んだ隈取お面が顔に張り付く不思議な体験を提供してきました。この体験をコンテナにパッケージングし、福島県や熊本県を回って、ICTによる楽しい体験を提供してきました。今回、地域をつないできた聖火リレーの「つなぐ」をテーマにした体験として、「トーチ記念撮影コーナー 歌舞伎バージョン」を提供しました(図5)。

■体験の流れ

体験者は、まず隈取の描かれた多くのお面の中から好みのお面を選びます(図6)。このとき、錯覚バージョンと同じ特別な光をプロジェクションしており、壁に掛けられた隈取のお面がふとした瞬間に表情を変えているように見える演出も行いました。お面を手に取りモニタの前に立ってお面を顔に重ねると、隈取を自動認識し、それが体験者の顔に化粧されます。この隈取はAR的なもので、モニタの中では顔の表情や前後左右の移動にリアルタイム追従して体験者の顔に隈取が張り付いたままとなります。モニタ内の背景には、選んだ隈取に応じた演出が行われます。今回は、特別に聖火リレーをイメージした背景も用意しました(図7)。この状態で、トーチを持ち、体験者は思い思いのポーズで写真を撮ることができます。次に、隣の部屋では、高さ1.2 mの巨大な立体顔面オブジェクトに、自分の隈取り顔がプロジェクションマッピングされ、体験者に驚きを与えました(図8)。体験写真は、後日SNSに公開され、ダウンロードできるようにしました。

■結果

この体験は、大阪万博記念公園と横浜赤レンガ倉庫広場の2カ所の聖火リレー拡大版セレブレーションのみで提供する予定でした。しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、横浜赤レンガ倉庫広場のみでの実施となりました。そこで、聖火ランナーとその関係者、合計82人に体験いただきました。選んだ隈取お面を手にとってかざすと、選んだ隈取が自分の顔に張り付くと笑いが起き、多くの方が歌舞伎役者になりきり、トーチを構えて記念写真を撮る光景を見ることができました。

まとめ

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、体験人数は計画より少なくはなりました。しかしながら、体験を提供できた会場では、体験者に驚きと笑顔を提供することができました。普段直接触れることのない、研究所の先端技術と接することで、NTTの先進性のイメージにつなげることができたと考えています。
NTT研究所は、これからもICTを活用した新しい体験の創造に取り組み、人と人とをつないでいきます。

謝辞

運営に携わっていただいた、東京2020組織委員会の皆様、各自治体の皆様に感謝申し上げます。また、セレブレーション会場にて、Kirari!トラックを運営してくださった、メンバの皆様へ感謝申し上げます。

■参考文献
(1) 内田・足利・井元・我妻・日高:“イマーシブテレプレゼンス技術“Kirari!”のコンセプト,”2015年度 画像電子学会第43回年次大会 予稿集, p.39, 2015.

(上段左から)美原 義行/長田 雅美/長谷川 馨亮/中村 泰治
(下段左から)渡邊 淳司/松井 龍也/岩本 秀明

問い合わせ先

NTTサービスイノベーション総合研究所
E-mail svkoho-ml@hco.ntt.co.jp