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トップインタビュー

一期一会。「おかげさま」の積み重ねが仕事や人脈につながり、世界を広げる

NTTグループの保有する資産やICTを活用したスマートエネルギー事業を推進するNTTアノードエナジー。設立から2年を迎え、環境問題や人口問題など避けることのできない社会課題の解決に貢献し、産業の活性化と持続可能な社会の実現をめざして邁進しています。再生可能エネルギーの普及・拡大事業の進捗とトップの心構えについて高間徹NTTアノードエナジー代表取締役社長に伺いました。

NTTアノードエナジー
代表取締役社長
高間 徹

PROFILE

1981年日本電信電話公社入社。世界銀行出向、Verio Inc.出向、NTTコミュニケーションズ 先端IPアーキテクチャセンタ所長、NTTコムウェア取締役、NTTテクノクロス常務取締役を経て、2020年6月より現職。

再生可能エネルギーの電源確保と販売拡大、スマートグリッドの推進

『新たな環境エネルギービジョン「NTT Green Innovation toward 2040」』はまさにアノードエナジーの活躍の場ですね。

NTTは2021年9月に、「事業活動による環境負荷の削減」と「限界打破のイノベーション創出」を通じて、「環境負荷ゼロ」と「経済成長」といった背反する目的の同時実現をめざした『新たな環境エネルギービジョン「NTT Green Innovation toward 2040」』を発表しました。この中で、①2030年度にNTTグループの温室効果ガス排出量80%削減(2013年度比)・モバイル(NTTドコモ)、データセンターのカーボンニュートラル、②2040年度にNTTグループのカーボンニュートラルを目標に掲げています。NTTアノードエナジーは、再生可能エネルギーの電源確保と販売拡大、蓄電所を核とした地産地消の推進を二本柱とした事業展開により、ビジョン実現の一翼を担っています。
特に、再生可能エネルギーとしてグリーン電力の開発には、会社設立以来注力しています。グリーン電力の発電所の建設・設置とともに、再生可能エネルギーに価値を感じていただける企業へグリーン電力を提供しています。さらに、2022年3月にサービス開始予定の小売電力サービス「ドコモでんき」においても、アノードエナジーはグリーン電力を供給させていただきます。
グリーン電力供給には、グリーン電力発電所の余剰電力を蓄積し、発電量低下時の電力供給等のための蓄電池が必要になりますが、全国に点在する約7300のNTTグループの通信建物に蓄電池を置いて、「蓄電所」としてグリーン電力の発電所が送配電網に接続しやすい環境の整備を推進しています。
そして、物理的に近接していない遠隔地に発電設備を設置し、送配電網を通じて電力を供給するオフサイトPPA(Power Purchase A­gree­ment)の形式でグリーン電力をセブン&アイグループ様のコンビニエンスストア等の店舗へ提供するという日本初の取り組みや、需要家の施設が隣接する場所に太陽光発電設備等を設置して電力供給するオンサイトPPAにより第一三共ケミカルファーマ様、古河電機工業様にグリーン電力を提供する取り組みも実施しています。

ビジョンの実現に向けて、具体的にどのような展開を考えていますか。

現在、NTTグループでは日本全国の電力の1%強を使用しています。この1%強の電力をグリーン化する取り組みは社会的にも非常に大きな意義があると考えています。さて、NTTグループの電力消費量は現状のまま推移すると、2040年度には2013年度の約2倍になると予測しています。「NTT Green Innovation toward 2040」では、2040年度に向けてIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)の導入や省エネルギーにより電力消費量を半減させ、さらに消費電力を再生可能エネルギー化することで、脱炭素化、カーボンニュートラルを実現する構想です。
従来のエネルギーの仕組みは、大きな発電所で発電した電力を送配電網により消費地に届けるという集中型でしたが、これからの時代は分散型の発電やエネルギー流通が進んでいくと考えられます。アノードエナジーでは、全国の通信建物を蓄電所として活用することで分散型への対応を進め、再生可能エネルギーを地産地消する仕組みを推進していきます。これにより、長距離の送配電による電力のロスも軽減されるとともに、需給状況に合わせた供給電力の制御等、エネルギーのより効率的な利用が可能になると考えます。そのためにも、蓄電所および発電設備の整備、および早急な展開が優先度の高いテーマです。

引き継ぎのない仕事ばかり26年、逆境で覚えたチャンスのつかみ方

壮大な計画ですね。これまでの仕事で、エネルギーとのかかわりがあったのでしょうか。

エネルギー関連の仕事はアノードエナジーが初めてです。私は1981年に電電公社に入社し、翌年から26年間引き継ぎのない仕事ばかりさせていただくという非常にチャレンジングな会社人生を歩んできました。研修期間が終了して「伝送」関連の技術開発部門に配属され、デジタル伝送技術を担当しました。その当時は通信網がデジタル化される時期で、ネットワーク全体が同期して動作するために、非常に正確なデジタルクロックが必要とされており、これに関する装置開発をテーマとして、日本の標準クロックとなる「D2形標準クロック発生装置」を開発させていただきました(実物がNTT技術史料館に展示されています)。その後も、商品開発、グローバル関連、技術開発、ソフトウェア開発等の仕事をしましたが、エネルギー関連は今回が初めてです。とはいえ、今まで経験した仕事は、ほとんどが新しいプロジェクトや組織といった、新たな一歩を踏み出すような経験ばかりで、引き継ぎがない世界という意味ではエネルギーも同じです。
さまざまな経験をさせていただいてきた中で特に印象深かったのが、1987年からワシントンD.C.にある世界銀行へ3年半、インドネシアとバングラデシュの電気通信プロジェクトの融資審査、監査を担当するプロフェッショナルとして出向したときのことです。技術開発とは全く関係のない、世界銀行です。ワシントンD.C.へ到着したのは日曜日で、到着したばかりですから当然住む家も決まっていないうえ、生活の基盤もまだ整えられてもいませんでした。翌日、月曜日に上司に挨拶に行くと「明日、課を代表してミーティングに出席し、レポートを書いてほしい」と、約150ページの資料を渡されました。
生活の基盤を整えてから出社と思っていた私の思惑は大きく外れ、いきなり仕事が始まってしまいました。フランス留学の経験があるとはいえ米国は初めてです。しかも、当時の上司はインド人で、彼のクセのある英語が4割程度しか分からないのです。参加したミーティングのテーマは当然、金融のことで、銀行用語が英語で飛び交います。エンジニアの私は銀行の専門用語は知りませんからレポートも書けず、その結果、個室で何の仕事もさせていただけないまま9カ月間を過ごすことになったのです。

壮絶なドラマですね。そこからの逆転劇、ぜひお聞かせください。

まず、英語を話せるようになろうと努力して夜学でMBA取得に勤しみました。当時、プロフェッショナルという立場には個室が与えられていましたから、たとえ同じ課でも個室にいるとどんな仕事が展開されているのか知る由もありません。そこで私は同じ課の人をランチに誘って、どんな仕事をしているのかを聞き出し、自分にできる仕事はないかと尋ねたのです。ところが競争社会ですから、いい仕事があるはずなのに自分の立場を保持するために話してもらえないのです。
時折、仕事があるよと言ってくれる人もいますが、必ず失敗すると予測できるようなものか、人がやりたくないようなとても嫌な仕事です。それでも仕事がないよりはよいから「手伝わせて」と頼むものの、私だけでは担えないため、他の人をランチに誘って仕事を教えてもらうようお願いしました。これを繰り返しているうちに、いろいろな方に助けていただくことができるようになり、やっと9カ月後にまともな仕事にたどり着くことができました。
さて、世界銀行はそもそもシニアが出向するところで、当時のチーフエコノミストの1人はローレンス・サマーズ氏。1999年に米国財務長官、2001年にハーバード大学学長を務めた人です。同じ仕事をしていた人はその後、現スリランカ電電公社の元総裁、私の上司だったインド人はディベロップバンクの元総裁でした。本当に場違いなところに出向してしまったと思いますが、今思えばこういう方々から非常にさまざまな刺激をいただけたことは幸せでした。
また、この間にAppleの創業者の1人であるマイク・マークラ氏と知り合いました。1995年に偶然にもNTTとAppleが連携したAppleプロジェクトが立ち上がり、そのメンバとしてプロジェクトに参画した際にこのご縁が役にたちました。プロジェクトでは、「デスクトップ通信会議システム FM-A71」という、電話会議をしながら画像共有をする、現在のWeb会議のようなシステムを開発し、商品化しました。今でこそ、リモートワークでWeb会議が当然のように活用されているのですが、当時はまだインターネットが普及していない時期でISDNを引く必要があり全く売れませんでした。とはいえ、振り返るに非常に先駆的な取り組みをしていたと思います。

時が経てば必ず結果は出る

26年間の営みが現在のお立場に活きていると思う瞬間はございますか。

NTTにとって電力事業は通信事業と比べて歴史が浅いこともあり、前述のようにスクラッチからビジネスを始める取り組みは何度も経験していますからある意味で達観できます。目の前の仕事にとっては非常に大きな決断や分かれ道であっても、もう少し広い視野でとらえると、それほど大きなことでもないこともあるからです。時が経てば必ず結果は出ますから焦らずに1つずつ取り組んでいけば良いと考えています。とはいえ、一方で迅速に、早急に取り組まなくてはならないこともあります。例えば、エネルギーの地産地消を実現する蓄電所や発電所への投資です。これまでの海外の企業への投資における感覚が活きていると感じています。
それから、こうした経験から私はトップとして大切にしていることが2つあります。1つはコミュニケーション、もう1つは一期一会です。26年間苦難を乗り越えて何とかやってこられたのも、多くの方々に助けられたからです。いろいろな出会いがあり、それらを大切にしてきました。「おかげさま」で、私は今こうして仕事ができていると思います。
加えて、トップには実行力、決断力、判断力が求められます。社員も含め人の意見をよく聞いて、決めたらそれを遂行しようと頑張って、決めたことがダメだと分かったらやめるという決断をすることは重要です。このために私は人の話をよく聞いてきました。そこにはさまざまなヒントがあるからです。また、1人で考えられること、できることには限界があるのは自明です。自分や所属している組織でできないことは、他にも応援していただけるように環境を整えることも非常に重要な仕事です。これを支えるのがコミュニケーションなのです。

大切にしてこられたコミュニケーションが生んだ成果は、技術者、研究者の皆さんの気付きにもつながりそうですね。一言、アドバイスをお願いします。

私はコミュニケーションを社内外問わず大切にしてきました。コミュニケーションの場づくりで社員をランチに誘いますし、20年来、四半期に一度、社員のグループ・ディスカッションを続けています。テーマを設定してディスカッションするとさまざまなアイデアが創出されることが非常に多く、アイデアが現実のものとなった例もあります。
社外では、38年前に立ち上げた勉強会がいまだに続いていまして、総勢800人が登録されています。月に一度開催していますが、各回の参加者は20〜30名です。勉強会に参加してくださる会員の皆さん1人ひとりとお目にかかるその瞬間をできるだけ大切にしています。こうした積み重ねが仕事や人脈につながり、世界を広げていきますし、そうであることにありがたさを感じています。
かつて、NTTコミュニケーションズの先端IPアーキテクチャセンタ所長として、技術開発組織の責任者をしていたときはオープンラボを設置して、6カ月間無料でNTTコムのクラウドやメンターを提供してベンチャー企業と共創したことがあります。これはできるだけ多くの方々に貢献したいと始めたことで、 NTTグループの利益には直接つながらなかったものの、利用してくださった団体の中には、現在では成功している企業もあります。また、米国インターネット&Webホスティング会社であるベリオ社に出向していた際には、彼らの取り組みからオープンソースの素晴らしさを知りました。こうしたオープンイノベーションにつながるような仕組みを国内外で整え、エンジニアが元気になる取り組みも心掛けてきたことからも、技術者の皆さんにもさまざまな方々とのコミュニケーションを大切に考えて、ご自身を高めていただければと思います。ソフトウェア分野の研究者の皆さんにも同様に、優れたエンジニアの仲間と面白いプロジェクトにたくさん取り組んでもらいたいですね。
(インタビュー:外川智恵/撮影:大野真也)

※インタビューは距離を取りながら、アクリル板越しに行いました。

インタビューを終えて

NTTグループは20年にわたりエネルギー事業を展開していたものの再生可能エネルギーへの取り組みは始まったばかり。新しく、勢いのある風を吹かす企業の社長について、社員にお話を伺うと「エピソードには事欠きません。もしかしたらインタビューの時間内にお話が終わらない可能性も…」とおっしゃいます。その言葉どおり、インタビューのはじめから「世界銀行で9カ月、干されたんですよ」とすらりとした面立ちで、さりげなく語られる高間社長。エピソードがあまりにドラマティックで思わず引き込まれてしまいました。
話されるご様子は終始穏やかでしたが、26年間の任務はほぼ0からのスタートアップだったとおっしゃいます。0から1へと物事を創造する厳しさをご存じのビジネスパーソンなら、高間社長が注がれてきたエネルギーの大きさや挑戦する力強さを感じずにはいられないと思います。
ご趣味はスキーと散歩だという高間社長。「散歩をしていると、車に乗っていると気付かない小さな緑や花とか、四季によって変化する様子が分かるのです」と、おっしゃいます。こんな穏やかなエピソードにも物事を繊細に、そして敏感に感じ取り、チャンスを確実につかんで新しい価値を生み出していくお姿を感じたひと時でした。