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挑戦する研究者たち

例え逆風が吹いたとしても環境を整えつつ、新しい価値があるものを先人たちの成果の上に積み上げていく

普遍的知見の獲得などの学術的貢献をミッションに掲げるNTT物性科学基礎研究所。機能物質科学、量子電子物性、量子光物性において数々の功績を発表しています。電子1個1個の正確な操作や検出を可能とし、量子電気標準、高感度センサ、量子ビットへの応用が期待されているシリコン単電子デバイスの研究領域において、量子計測三角形の完成をめざした電流標準応用に挑む藤原聡上席特別研究員に、研究活動の進捗と世界初に臨む研究者の姿勢について伺いました。

藤原 聡
上席特別研究員
NTT物性科学基礎研究所

正確な電流の物差しである「電流標準」の実現に挑む

現在手掛けている研究概要から教えていただけますでしょうか。

シリコンをベースとした半導体ナノ構造を用いた高精度・高速な電荷操作・検出・制御に基づく「極限エレクトロニクス」を創成し、高精度電流標準、超低エネルギー情報処理、超高感度センシング、量子テクノロジへ応用の道筋を追究しています(図1)。
日常生活の中で一般的になっているコンピュータやスマートフォンには、必ずシリコンという材料を使った半導体の回路が使われています。半導体の回路に電流を通したり、電圧をかけたりすることで、増幅やon/offのスイッチ等、さまざまな動作をします。この半導体の中を流れる電流は、マイナスの電荷を持った微小な粒子である電子の移動です。私は、シリコン半導体の中で、微小な電子の1つひとつをどこまで制御・操作できるかという極限に挑んでいます。この制御・操作により、超低エネルギー情報処理や超高感度センシングへの応用が可能となります。そして、長さを示すメートル(m)、質量を示すキログラム(kg)といった単位は、その根拠となるものを基に国際的な度量衡標準として定められているのですが、電流の単位であるアンペア(A)について、この研究成果であるシリコン単電子デバイスが生成する正確な電流に基づく量子標準の実現をめざしています。

電流の新しい国際標準の実現をめざそうと思ったきっかけを教えてください。

きっかけは、2003年に客員研究員として米国国立標準技術研究所(NIST、ゲーサーズバーグ)で、NTTで開発したシリコン単電子デバイスの特性評価を行っていたときに、このデバイスの応用先として、極限精度を追求する標準分野がもっとも適している、ということに気付いたことです。それから10年余り粘り強く研究を進め、ヨーロッパからも興味を持っていただけるようになりました。
実は、2019年に国際単位系(SI)の改定に伴い、電流の単位であるアンペアの定義が改定され、そのタイミングでの標準化には間に合わなかったのですが、将来的に私の追究している技術が起用される可能性があると信じて、世界の関連研究者とともに切磋琢磨しながら研究を継続しています。こうした中、そのような取り組みも含めて評価していただけたのか、2018年にはIEEEフェロー、2020年には応用物理学会フェローの称号をいただけることとなり、研究を諦めなくてよかったと思っています。
現在は、高精度な単電子電流標準を実現し、量子電気標準の整合性の検証実験である量子計測三角形を完成することをめざして、研究を進めています。具体的には、研究用の半導体製造ラインを用いて作製したデバイスの特性評価、コロナ禍での在宅勤務を活用して独自に開発したデバイスシミュレータによる解析などに取り組んでいます(図2)。2019年のアンペアの定義の改定により、電流はそれを構成する電子を1秒間に何個運んだかということにより定義されることとなりましたが、現在はそのエラーを極力抑え、いかに1個の電子を正確に速く転送するかということに注力しています。ちなみに、シリコン単電子デバイスは、現在流行している量子コンピュータにも応用できる可能性があるのですが、デバイスのサイズが極めて小さいため、同じものたくさんそろえてつくるのはとても難しいです。まずは、1つのデバイスでもその有用性を発揮できる標準デバイスへの応用を実現することが重要だと私は考えています。
また、この研究はコラボレーションが非常に重要です。5年ほど前に英国国立物理学研究所(National Physical Laboratory:NPL)との共同研究により、世界一の動作速度で精度の良い電流を生成できた成果についてプレスリリースしました(1)。また、日本の国家標準を管理している産業総合技術研究所(産総研)との共同研究も開始しています。
今後は、改定された新アンペアを実現する高精度電流標準の実用化に向けさらに精度を良くしていかなければいけません。現在の世界記録を更新し、世界初、世界のトップに立とうと産総研などとチーム連携しながら、単電子電流標準を用いた量子計測三角形の完成に挑んでいます。

自分の研究は「フェア」に検証しよう

世界一に挑むことは研究者にとっては大事な心構えなのでしょうか。

世界一に挑むことは大切です。基礎、応用を問わず研究にはコミュニティがあり、世界一をめざす競争相手がいます。これは非常に良いことで、共に競い合うことで、負けることもあれば学ぶこともあり、切磋琢磨が当該分野や社会への貢献につながると信じています。自社における製品化や個別の社会実装にとどまらず、研究コミュニティの発展によって新しい研究テーマが創成され、新規ビジネスの誕生にもつながる可能性があるからです。
もちろん、海外の研究者と切磋琢磨しているときに落ち込むこともあります。科学の分野において日本ももちろん優秀ですが、米国や近代科学発祥の地である欧州はさらに優秀で底力があり、研究者の層も厚いです。日本は負けているなと思う瞬間はやはりあり、そこは謙虚に受け止めるとしても、そのうえで自分の力不足に私自身が落ち込むことも多くあります。
こうした状況にあってこそ、自分の研究をフェアに評価しよう、検証しようと心掛けています。例えば、自身の研究成果の質の高さやその意義、コミュニティへの貢献度は、コミュニティや一流の研究者からの反響で知ることができます。自分の信念を持つことはもちろん大切ですが、独りよがりにならず、客観的に自分を評価し、さらに成長できるよう努めています。
ところで、私は研究者として長く活動してきましたが、研究を取り巻く環境は年々厳しくなってきていると感じます。特に欧米は非常に競争が激しくて研究資金の獲得や人材の確保のシビアさの中で勝ち残るために、優秀な成果を出し続けなければならないというタフな環境です。自分に適した研究環境や居場所を求めて自国を離れ、研究者人生を送っているケースもかなり多いと思います。一方、中国は大きな組織とリソースで良い成果を出しつつありますが、若いうちは研究補助員的な役割しか担当させてもらえないケースもあるように聞いています。これらに比べて日本は概してフラットな人間関係で、和気あいあいとやりながら新しいものを生み出すには良い環境ですし、海外のような激しさはありません。それでも、日本で研究者として雇用してもらうのも大変で、若手研究者が大学の教員ポストを獲得するのが難しい状況にあるのはメディア等で紹介されているとおりです。
こうした状況下において、研究テーマの選択は研究者の分かれ道ともいえます。例えば、流行している分野の研究は社会から必要とされていることがある意味確保されているわけで、ポストもそれなりにあると思います。そのような、目の前で必要とされている、あるいは流行している分野で研究に取り組むことも1つの意味ある選択だと思いますが、表面的な流行に流され、研究が小粒になってしまうリスクもあります。基礎研究の場合は、もう少し長期的視点に立って時流を読み、自分の強みを活かせる分野、世界のトップに立てる可能性がある自分だけしかできないテーマがあれば、たとえ狭い領域であってもそこで勝負するとういう視点もとても大切かと思います。
電流標準の研究もそのような思いで進めており、一歩ずつ、自分のスキルを最大限活かそうと努めています。私自身の残りの研究者人生、自分だけしかできないことを、自分の研究をフェアにみることで独りよがりにならないように追究したいと考えています。

現代社会に必要とされている課題以外にも将来的に追究すべきことがあるのですね。

科学は積み重ねですから今すぐに役に立たなくても、「本当に新しい、これは1歩進んでいる」と言われる仕事をしたいと思います。研究コミュニティから評価される仕事をめざすことはとても大切だと考えています。
この姿勢で研究に臨んできたことである程度うまくいっている実感もあって、コミュニティや仲間の存在をなおのこと大切に感じています。そのコミュニティで何がなされてきたかを理解すれば先達へのリスペクトも生まれ、自分が新しいものを付け加えることに注力すればコミュニティの成長につながり、そのコミュニティに属する研究者はさらに研究を継続できるという好循環が生まれます。有益な情報交換や研究協力を得られるようになるためにもコミュニティを盛り上げ、そこで評価される存在になることが大切だと考えます。そのためにも世界的に一流の研究者と切磋琢磨し続けていきたいです。自分の研究について真剣に議論を交わす相手がいて、学びを続けていくことは非常に重要であると考えており、今の私にはそのようなコミュニティがあって幸せです。仲間もいて、連携チームを組める環境があり、共同研究の重要性を実感しています。
こうした実感や経験を踏まえて振り返ると、日本の企業や研究者の文化としては、自分ですべてこなしたい、自前主義の傾向がまだ強いように感じます。日本の研究者は職人芸へのリスペクトが強いですし、細かいところまで自分で手を動かし、実験装置の整備なども含めて少し泥臭い仕事もいとわない。これはこれで良いところだと思いますが、一方のヨーロッパはエンジニア・テクニシャンと研究者の仕事は分業されているし、自分にないことは外部から調達しようと考える企業が多いように思います。文化の違いもあって、海外の企業は共同で何かをすることには慣れていることもあるのでしょう。
国内外、どちらにも一長一短ありますが、自分にない部分を他社(他者)のものと組み合わせて良い成果や新しい価値を産み出せるのであれば、共同研究することはとても重要であると思うのです。
私もかつては共同研究するのにあまり前向きではありませんでした。変わるきっかけとなったのは、NTT先端技術総合研究所の寒川哲臣所長(当時の物性科学基礎研究所所長)からのアドバイスでした。先ほどお話した電流標準に関するNPLとの共同研究について「所内だけではなくて、ちゃんと形にするために外部と連携しなさい」と背中を押していただきました。これにならって私も後継の中堅・若手研究者の後押しをしています。共同研究は知的財産の問題やペーパーワークも多くて稼働が大きいのですが、そのスキルを伝える等して「必要であれば遠慮せずにどんどんやったらいい」と話しています。ただ、若い研究者にとってなるべくプレッシャーにならないように強く言わない、言いすぎないようして、本人の選択肢の1つに私のアドバイスが加わるように心掛けています。

「切磋琢磨」と「転んでもただでは起きぬ」そして「深掘り」をモットーに

研究活動において大切にされてきたことを教えてください。

私は、基礎研究はすぐに役立つ、誰かの役に立つとはいえないが、例え逆風が吹いたとしても環境を整えつつ、新しい価値があるものを先人たちの成果のうえに積み上げていく仕事だと思っています。
これを踏まえて、今回何度か繰り返しお話した「切磋琢磨」、それから「転んでもただでは起きぬ」と「深掘りと横掘り」をモットーに研究活動を続けています。
研究は失敗から学ぶことだと私は考えていて、たくさん失敗してもそれを無駄にしないようにと心掛けてきました。若いとき、つくったデバイスが予想したとおりには動作しないことがありましたが、その原因を探っているうちに新しい現象が見つかったりしたことがありました。その際、先輩に「藤原君って転んでもただでは起きないよね」と言われたことが、とても嬉しかったのを覚えています。
それから研究は「深掘り」とよく表現されます。自分のテーマをどんどん深く掘り下げていくことは重要です。誰よりもそれについて詳しく理解しないと新しいアイデアは出てきません。これに対して、実は横掘り、周辺を耕すこともとても重要で、自分の手掛けている研究の位置付けを知ることにつながり、未知の分野と実は密接な関係が存在することも知ることができるからです。だからこそ、若い研究者には両方頑張ってくださいと日頃からよく話しています。深掘りだけだと独りよがりになりますし、横掘りだけだと深みのない研究になってしまいます。私も深掘りと横掘りをバランスよくやろうこと心掛けています。

最後に一流の研究者と交流するコツ等を若い研究者にアドバイスをいただけますか。

若い研究者の皆さんにとって、いきなりその分野の大御所を訪ねていくことは、かなり気おくれすることだと思います。ありきたりの話ではありますが、まずは顔を覚えてもらうことに努めましょう。国際会議で質問をしてみる、積極的に発表をすることは大事です。発表の機会を得たら、よく練習をして、「こんな若手がいたんだ」と思ってもらえるようにきちんと自己アピールしてほしいです。
どうしても大御所に質問することに気が引けるようでしたら、同世代の優秀な人に質問する等、声をかけやすい世代にアプローチすることです。その意味で、コーヒーブレイクはとても貴重な勝負の場所です。実は、あのような場で研究に関するかなり重要な情報交換が行われていますから、疲れたからと1人ぼっちでコーヒーを飲んだりしないで、発表で聞けなかった細かな話や苦労の裏話を聞きましょう。一流の研究者は皆さんコーヒーブレイクの場所で活発な情報交換をしています。
偉そうなことを言っている私もまだその輪に入れていないなと思うこともあり、コンプレックスを持ちながらやっています。ネイティブどうしの会話に入っていけないときもあり、まだ途上にあると感じています。若い皆さんも遠慮せずに挑んでいきましょう。自分がよく分かっていないのではないか、優秀でないと思うと遠慮してしまうのですが、それは仕方のないことです。「よく理解できていないのですが、ちょっと話に入らせてもらってもいいですか」でよいと思うのです。虚勢を張らずにいくのがお勧めです。

■参考文献
(1) https://www.ntt.co.jp/news2016/1607/160705a.html