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挑戦する研究開発者たち

その技術が何の役に立ち、いかにビジネスに資するか、自らの能力をも含めて積極的に言語化しよう

NTT東日本は、地方創生を事業の大きな柱として、食・農、企業DX、スマートシティなど、さまざまな領域で取り組みを進めています。地域内の通信ビルで提供するコンピューティングリソースを地域のユーザでシェアするモデル、REIWAプロジェクトを掲げ地域社会の課題解決に臨む多田将太担当課長に、研究開発の概要や当該分野における研究開発者の姿勢について伺いました。

多田 将太
ネットワーク事業推進本部 高度化推進部
クラウドサーバ技術部門 サーバ基盤技術担当
担当課長
NTT東日本

エッジコンピューティングの基盤が地方創生、未来創造につながる

現在の研究開発の内容について教えていただけますでしょうか。

NTT東日本は、「REIWAプロジェクト」を通して地域社会の課題解決に取り組んでいます。REIWAプロジェクトは、NTT東日本のさまざまなアセットを活用し、地域のエッジコンピューティングポイントを、ネットワークやクラウド含めて広域に接続された状態にすることでICT基盤を構築し、映像解析AI(人工知能)プラットフォーム、IoT(Internet of Things)プラットフォーム、地方創生クラウド、データレイク等により、シェア型でさまざまな機能を提供しています(図1)。このICT環境を広くご利用いただくために、実証実験環境として、東京・北海道・仙台にスマートイノベーションラボを開設して、産学官一体となり、さまざまな分野で、新しいサービスやビジネスの創出に取り組んでいます。
このREIWAプロジェクトの1つとして、私は映像AI解析プラットフォームの商用開発を担当しています。カメラの映像をAIで分析する分野で、例えば、店舗の入り口にカメラを設置して、来店者の年齢や性別、手に取った消費や動線を分析して万引き防止に役立て、あるいはそのデータをマーケティングに活用するものです。
映像AI解析プラットフォームを構成する代表的な技術は、コンテナベースの運用です。従来は開発したアプリケーションを商用サービスの環境に適用するには開発環境で手順書を作成し、それに従って商用サービスの環境にアプリケーションを展開する手法が一般的でした。しかし、この手法ではアプリケーション更新のリードタイムが長くなることや、人的ミスによるトラブルのリスクがあります。特にこの分野では推論モデルやアプリケーションの更新頻度が高く、手順書による構築に代わるデプロイ手法の確立が必要となります。これらの課題を解決するため、開発環境と商用サービス環境の間のポータビリティを実現するコンテナ技術を採用しました。また、コンテナの管理には宣言型のコンテナオーケストレーションを採用することにより、更新したアプリケーションのテストおよびデプロイ(アプリケーションのサーバへの展開)の自動化にも取り組んできました。
まずAIアプリケーションの開発者はクラウドなどの開発環境で作成したコンテナイメージをコンテナレジストリに置きます。次にコンテナオーケストレーションによるアプリケーションのマニフェスト(宣言)の変更をトリガとして、自動的にコンテナイメージをステージング環境(本番環境に条件を限りなく近づけた、本番環境と類似の検証環境)にデプロイし、テストが自動的に行われた後、テストOKであれば運用管理者の承認により商用サービスの本番環境へのデプロイを行います。これによりAIアプリケーションのような更新頻度の高いアプリケーションをスピーディに商用サービス環境へ配備できる仕組みを実現するのです(図2)。

「最後どうなったら理想的か」、ゴールを自らに問う

研究開発において特に意識されているのはどのようなことですか。

私が手掛けているのは事業導入段階の研究開発ですから、社会の動向やトレンドから、市場やお客さまから何が求められているのかを常に意識しています。これは私の理解であり、正解はありませんが、基礎研究に比べて短いスパンである1、2年先を見越して、すでに実在しているニーズに対して技術的なアプローチによってどのように満たし、実現していくのかを追究するのが私の仕事、研究開発だと考えています。
これを遂行するために私は次の姿勢で臨んでいます。まず、1人で仕事をしているわけではありませんからさまざまな部署と連携を図ることです。例えば、社内でいえばビジネスサイドである、市場調査、ユーザとの接点等に関する部署と連携して情報収集することが大切です。
また、社外でいえば同じような社会課題に向き合っている企業等のエンジニアとつながることです。つながりの場としてはフォーラムやカンファレンス等のイベントがありますが、そこで直接情報収集するだけではなく、昨今ではインターネット検索やSNSで研究テーマに関することをフォローする等、生活の中に自然とインプットが組み込まれることが大事だと考えています。そしてそれ以上に、自分なりの考えやプロトタイプをアウトプットすることが重要であると考えています。アウトプットすることで初めて周囲からの反応があり、それがつながりを深めたり自身の成長にもなっていくのではないでしょうか。
それから、私は課題やテーマを探すときには「最後はどうなったら理想的か」といったゴールを自らに問います。まずはビジョンを描いて、そこから逆算してすべきことや過不足を検証することを心掛けています。私が考える理想の最終形はステークホルダにとって「三方良し」の状況を生み出せるかどうかということです。とかくトレードオフの関係になりがちな領域も双方にとって、最終的にはすべてにおいて「良い」姿を描きながら検討しています。この姿勢は研究開発のみならずプロダクトを運用する部門に引継いだ後、サービスを運用していただく段階も含めて貫いています。
最後に、自分で手を動かして試すこともとても大切にしています。他の方も同じかと思いますが、何かをすればするほど、知れば知るほど、知らないことも増えてきます。技術も同様で新しいものが次々と誕生しますから、仕事に必要、あるいは興味のある技術はまず手を動かしながら学んでいます。例えばオープンソースの公式ドキュメントは初見ではさっぱり分からないことが多いのですが、手元の環境でGitHubのサンプルコード等を試してみた後で改めてドキュメントを読み直してみると、「さっきより分かる!」ということがあります。こうした営みをいつも行っていると、初見で分からなくても心配することはなく、何度かやっているうちにきっと分かようになるだろうから大丈夫だという安心感につながると思います。

研究開発の仕事の魅力ややりがいを教えてください。

まず、何かを生み出していくことです。新たなビジネスを生み出すとき、研究開発者は技術的なアプローチで課題を解決し、システムを構築しそれをビジネスにつなげていきます。こうした営みは大きな魅力の1つといえます。もう1つは、知識や経験を積み上げていけることです。過去に手掛けた研究開発が別の取り組みで起用される、後になって役立つことがあるのです。これはとても嬉しいことです。
また、研究開発者は基礎研究と実用化の橋渡し役を担うときもあります。この役割は両者を客観的に眺められる立場なので、双方の気持ちがよく分かります。例えば、基礎研究側は自らの成果を商用化に役立たせたいと思いますし、事業会社はこのビジネスに使える成果が欲しいと考えます。その両方のマインドを研究開発者の私たちは事業会社の立場から数年先を見越しつつ仕事をしています。だからこそ、基礎研究者との価値観やスキル、リソースの情報交換の場は大切だと考えていて、機会を増やしてより良い関係を築いていきたいと思います。
私は入社してから同じような研究開発の仕事を継続しています。数年で異動することが多いNTT東日本で、同じ部署で仕事をしている稀な存在である私だから知っている、この仕事の魅力を伝えていきたいと考えています。それから、これまでは自らが成果を上げていくことを考えて仕事をしていましたが、マネージャの職責を得て、今後はチーム内から世の中に通用する技術者や、それに魅力を感じる人を輩出していきたいと思っています。チームと一緒に育ち、他の部署や社外でも活躍していける人材を輩出していきたいのです。

チャレンジや期待値を経営層に発信する

現代の研究開発者に求められているスキルや姿勢を教えてください。

NTT東日本で研究開発者としての道を貫いている立場から、好きなことや楽しいと感じる技術を追究する仕事はやはり楽しい。それでいいと思っていたのですが、あるときこれだけではダメだと思う瞬間がありました。研究開発者は自分の追究している技術や分野が何の役に立ち、ビジネスに資するものか、自らの能力を含めて言語化し、きちんと発信して他者に理解していただくことに務める必要があるということに気付きました。
とかく研究開発者はエビデンス・ベースドで話すことに努め、責任の持てないことは話さないような傾向があると思います。しかし、その一線を越えることがこれからの時代に求められているのかもしれません。できること・チャレンジすることを分けて伝えることが重要なのです。特に私たちのように新たにビジネス領域を拡大させていく分野においては、エンジニアでありつつも自らのチャレンジや期待値を的確に経営層へ発信していかなければいけないと思います。
もう1点は生み出した技術はそれを扱う企業の文化や組織、風土によっても評価は変わりますから、生み出された技術の価値を認めるのは誰かという視点を持つことです。例えば、私は過去にとある技術を商用化しました。技術的には便利であり世の中でも一定の普及はしていましたが、維持するためには高度な専門家を長期にわたって抱え続ける必要があり、結果的にNTT東日本には合わなかったと思っています。つまり技術の良し悪しというのは相対的なものであり、ある企業にとって良いものでも、別の企業にとっては合わないということがあります。技術の見極めにあたっては自分たちの文化・風土にフィットするかどうかという視点も今は持つようにしています。
さらに、ちょっとしたシステムの変更やパートナ企業からのご相談に迅速に対応する力も重要です。これは扱っている分野によっても異なると思いますが、DX(デジタルトランスフォーメーション)分野では新しい技術が次々誕生し、新しい企業も立ち上がっていますから、いち早く対応する力はこれからますます求められるようになってきます。私も60点でもよいから早く対応して、その後徐々に仕上げていくというアプローチで臨み、クイックレスポンスを心掛けています。
加えて、私たちはさまざまなパートナ企業とともに開発に臨んでいますから、自分がボトルネックになってしまわないように心掛けていますが、これが結果として早くサービスを提供して継続的に改善していくことにもつながっていくと思います。

後進の研究開発者に一言お願いできますか。

毎年、私の職場には若手の社員が配属されます。私はDX人財の新卒採用にも携わっており学生と顔を合わせる機会も多いのですが、配属された新入社員、そして学生双方から「まず何を学んだらいいですか?」という質問をされることが非常に多いです。そんな彼らに私はいつも「コンピュータ・サイエンスの基礎」を学ぶことをお勧めしています。
コンピュータのアーキテクチャ、アルゴリズムは何十年も変わっていません。ネットワークがTCP/IPで動いていることもずっと変わっていません。今流行しているDX、AI、IoT、クラウド等を追うのも良いのですが、普遍的な基礎となる技術に着目してしっかりと身につけることが応用につながります。
基礎となる技術は若い人にとっておそらく地味にみえると思いますし、もしかしたら歳をとって経験を積んでこないと分からないことかもしれませんが、そんな地味なことが大事なんだと自らの経験を踏まえて伝えていきたいです。