グループ企業探訪
世界No.1の音響信号処理技術で、ビジネスをグローバル展開
NTTソノリティは、NTT研究所において培われてきた音響信号処理技術を活用した音響関連事業を行う、ベンチャー企業だ。会社設立に至る経緯から、ベンチャー企業としてグローバル展開をめざす思いを、創業者である、小林和則社長、福井勝宏イノベーション部長、牧瀬哲朗パートナーアライアンス部長に伺った。
NTTソノリティ 創業メンバー
(左から)牧瀬哲朗パートナーアライアンス部長、小林和則社長、
福井勝宏イノベーション部長
アメリカンスタイルのベンチャー企業
◆珍しいかたちのベンチャー企業ですね。設立の経緯について教えてください。
NTTの研究所では音声、音響の研究開発が研究所の創成期のころから長年行われてきており、世界No.1という技術をたくさん持っています。この分野の研究は電話の音声に端を発してきたこともあり、多くの世界No.1の技術は情報通信においてはメインではなく、どちらかというと裏方的に活用されてきました。しかし、私たちは世界No.1の技術ならば情報通信の分野にとどまることなく、もっと表舞台に登場してもいいのではないかとの思いを持って研究開発を進めてきました。
こうした中、「パーソナル音響」に興味を示していたお客さまとの会話をきっかけに、2014年ごろからこの研究開発を本格化してきましたが、その時点ではお客さまの考えと研究成果が合致するところまでは至りませんでした。その後試行錯誤を繰り返す中で、2020年になり今回のメインの技術である「パーソナライズドサウンドゾーン(PSZ)技術」が形あるものとなってくるとともに、それまでディスカッションを重ねてきた外部の方々の反応も良かったこともあり、新たに会社を立ち上げてPSZ技術を世の中に出していきたい、との思いが強くなりました。
会社を立ち上げるには資金調達が必要となるのですが、研究所の成果でもあり、NTTに出資を求めることとしました。いくつかのパートナー候補との間でPSZ技術の展開について話をしていたのですが、市場調査をしているわけではなく、ICTとは直接関係のない分野であったこともあり、出資に向けた理解を得るための苦労が続きました。こうした中で、NTT R&Dフォーラムにおけるデモ等が各方面で好評を博し、さらに、PSZ技術はシンプルで最小のハードウェア構成であるにもかかわらず、国際特許調査にかけても世界でこれに類する特許や事例はなく、特許が取れるということが判明したことで、このビジネスチャンスを活かそうと一気に話が進みました。
そして、「聴きたい音」のみを届け、「聴かれたくない音、聴きたくない音」を届けないようにするといった究極のプライベートな音響空間の提供をめざし、NTT研究所の先進技術の活用により、これまでになかった音響製品やサービスの提供を行う事業を目的として、2021年9月1日にNTTソノリティが設立されました。
◆研究者が創業者となりましたが、どのような特徴の会社なのでしょうか。
一般的にベンチャー企業の場合は、スモールスタートで事業を始め、少しずつ大きくしていく、もしうまくいきそうもなければ事業終了というパターンが多いと思います。しかし、PSZ技術は世界的な特許になるほどの良い技術であり、各方面から期待も大きいため、他社の追随を許さず一気にスタートダッシュをかけることができるよう、資金面の支援をいただきました。こうした支援を背景に、プロモーションにしても、製品開発にしても、とにかくスピード感重視で対応し、パートナーとのディスカッション等においてもフットワーク軽く臨んでいます。
これを実践してグローバルで活躍していくために、技術ばかりではなく営業も含めてプロフェッショナルなスタッフによるジョブ型の雇用、ジョブと成果に連動した完全年俸制、フレックスタイム、リモートワーク活用のロケーションフリーな勤務、といった体系を採っており、ジョブに対応した組織はあるものの、年功や役職は意識しないフラットな体制で、技術と営業がチームを組んでディスカッションしながら活動しています。社員のほとんどは、失敗を恐れず新しい事業へのチャレンジングな志とスキルを持った人を中途採用しています。まさに米国のベンチャー企業と同じような環境です。
とはいえ、社員全員が同じ夢、目的に向かって進んでいくことがベンチャー企業としては重要なので、図1のような「NTTソノリティのパーパス」を掲げて事業に取り組んでいます。
音を閉じ込めることで広がるプライベートな音響空間
◆PSZ技術とはどのような技術なのでしょうか。
スピーカから出てくる音の波形と、プラスマイナスが反転した波形(逆位相)の音を重ねると、それぞれの波形が打ち消しあって(干渉)スピーカからの音が消えます。複数のスピーカを並べてこの原理を応用することで、ある特定の方向のみに音を出すことができます(音の指向性)。スピーカの数が多いほど指向性が強まりますが、設置スペースや重量の問題が出てきます。また、スピーカの裏側からは逆位相の音が出ており、これが前面に回り込んでくると干渉が発生するので、この回り込みを防ぐために、通常スピーカはスピーカボックスに組み込まれています。
PSZ技術は、通常は活用されないスピーカの背面から出ている音を積極的に活用するという逆転の発想で、ハードウェアに対しての工夫を加えた点が特徴です。このハードウェアの工夫に加え、2つのスピーカを用いたソフトウェアによる干渉制御により、耳の付近に高音質な音を閉じ込め、360°どの方向に対しても音を漏れないようにすることを実現しています。ヘッドホンやイヤホンのように耳を塞がないため、周囲の音を聞くこともできます。例えば、飛行機のシートにPSZ技術を適用すれば、音楽やビデオを楽しみながら、客室乗務員に飲食物のオーダー等の会話ができます。もちろん周囲への音漏れもありません。
さらにPSZ技術に加えて、インテリジェントマイク技術、アクティブノイズキャンセリング技術など、世界的に競争力の高い音響技術を組み合わせることで、ビジネスやプライベートなどさまざまなシーンにおいて快適な音響空間を実現する製品やサービスの提供が可能となります(図2)。
◆事業概要を教えてください。
PSZ技術の応用分野ごとに、航空機シート向け音響事業、自動車シート向け音響事業、オフィスチェア向け音響事業、教育、医療等向け音響事業等のパートナーとの連携や、音響技術の研究開発、技術提供および実験等の受託業務を行う「パートナーアライアンス(B向け)事業」とポータブルスピーカ、ウェアラブルデバイス(イヤホン、ネックスピーカ)、ヘッドセット等の国内・海外販売事業を行う「コンシューマ(C向け)事業」の2形態で事業を行っています。
B向け事業は、海外展開を意識して、海外でのフットプリントや商流を持っている企業を中心にパートナー選びをしています。自動車系はトヨタグループ、航空系はANAグループ、オフィス什器系ではオカムラ等、海外でビジネスを展開している企業の製品やサービスにPSZ技術を取り入れていただくことで国内ばかりではなく、海外にも展開していくつもりです。
C向けは、グローバルに対してはチャレンジングな取り組みだと思っています。北米がファーストターゲットだと考えており、そのために北米においてヒット商品をつくらないといけません。それを日本のメンバだけで考えても日本的なライフスタイル前提の製品やプロモーションになってしまうので、北米のセンスが分かる人を仲間に入れて、北米のコンシューマに響くような製品開発、プロモーションを行っていくのが一番のポイントだと考えています。さすがに1回でヒット商品が出るとは思っていないので、反応を見ながら変化させていくつもりでいます。そして、商流をつくるためには、物流も含めて検討していくことが課題と考えています。
強い信念から生まれる新たな産業
◆今後の展望についてお聞かせください。
会社設立から間もないところであり、事業を軌道に乗せて拡大していくことが当面注力すべきところです。
さて、デジタル化の進展に伴い日本の音響関連の業界が衰退してきましたが、音響そのものはアナログの世界です。そこには良い技術があり、優秀なエンジニアもいます。この音響技術は、当社のパートナーである、航空業界、自動車業界、事務機器業界をはじめ、あらゆる分野において活用が期待できます。こうした技術からその応用までのあらゆる分野の産(官)学連携により、日本発の技術をグローバル展開し、日本の産業振興を図ることができるのではないかと思います。同時に、欧米に比べて低い日本の技術者のステータスや待遇の向上を図ることもできるのではないかと思います。そのためにも、何としても当社の取り組みを成功させたいのです。
◆技術系ベンチャーとして、後進の研究者、技術者にメッセージをお願いします。
起業に至るプロセスの中で実感したことなのですが、自分のやりたいことに対して信念を通してほしいと思います。新しいことを始めようとすると、どうしても風当たりの強い場面もありますが、理解者、賛同者は必ずいます。そういった人たちを仲間にして前に進んでいく。そして、外に出て外の人たちと交流していく中で良いアイデアが生まれ、さらに仲間が増える、といった良い循環をつくることができます。その出発点となるのが信念で、自分に信念がなければ一歩も前に進むことができません。 NTTソノリティは、こうした信念を持った人が集まり、その信念が良い化学反応を起こして最初の一歩を踏み出すことができた、まさにこの良い循環を体現してきた場なのです。
そして、この信念を後押ししてくれるのが、社会の評価です。客観的に自己評価し、自身の価値向上をめざしていく中で社会的な評価を得ることができます。社会的評価を得ることができれば、信念をより強固なものとすることができ、自ら道を切り拓いていくことができると思います。
ア・ラ・カルト
■キャンプ場がオフィスに
フレックスタイムでロケーションフリーなので、旅行先でリモートワークを行うワーケーションを満喫している人もいます。悩みはお金がかかることと、イノベーションのちょっとしたアイデア出しのディスカッションがリアルにできないことだそうです。それならばと、メンバを集めてキャンプ場でワーケーションをしようと計画中とのことです。キャンプならばお金もかからず、メンバでそろってキャンプして釣りをして、薪をくべながらディスカッションすれば絶対に良いアイデア浮かぶと、気持ちはすでにキャンプ場にあるようです。
■グローバルな飲ミュニケーション
どんなに些細な思い付きやひらめきでもとりあえず口に出して、それぞれの思いのままディスカッションするには、居酒屋の雰囲気が最高なのだとか。まさに飲ミュニケーションです。枝豆をつまみながらのディスカッションで、口が回る分だけ議論がはかどるそうです。海外のパートナーとの仕事の後も、現地のレストランを紹介してもらい、そこで飲ミュニケーション。周囲には理解できない(であろう)日本語で議論も進み、そこで生まれたアイデアが具現化されたものも数々あるそうです。今はコロナ禍で飲ミュニケーションもなかなかできずに残念ではありますが、飲ミュニケーションに代わるアイデアは出てきているのでしょうか。