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挑戦する研究者たち

研究者にはゴールはない。満足したら終わりだと思うのが健全

年々増加するデータ通信容量に対応するため、将来的にデータ伝送容量を100倍から1000倍以上に増大させる技術が求められています。これに対応するために、世界的にマルチコア光ファイバの研究が進められている中で、現在の光ファイバの100倍以上の伝送容量と世界最高の空間利用効率を有するマルチコア光ファイバを実現し、主要国際会議においてトップスコアの評価を獲得した中島和秀上席特別研究員に研究活動の進捗と世界初に臨む研究者の姿勢について伺いました。

中島 和秀
上席特別研究員
NTTアクセスサービスシステム研究所

光通信基盤の持続的な発展を支え、「つなぐ」光媒体技術の研究開発

手掛けていらっしゃる研究概要、活動等について教えていただけますでしょうか。

私は、あらゆるヒト・モノ・コトをつなぐ光通信基盤の持続的な発展を支える、光媒体技術の研究開発を手掛けています。コアネットワーク、海底ネットワークにおいてさらなるトラフィック増大が予想されており、既存のシングルモード光ファイバでは伝送容量の限界を迎えるため、大容量化が必要になってきます。この大容量化は、複数のレーザ光を多重化して伝送する方法と、1本の光ファイバの中に光の通り道であるコアを複数設ける方法を組み合わせることで実現します。私たちは、関連グループと緊密に連携しながら、1本の光ファイバに複数のコアを設ける、空間分割多重光ファイバ(マルチコア光ファイバ)に関して、空間チャネル数の拡大・高密度化、空間分割多重(SDM)光増幅技術と伝送媒体内における光制御技術の融合、さらには導入に向けて空間分割多重光ファイバの特性を最大限発揮する革新的なケーブル化技術の研究開発に取り組んでいます(図1)。
さて、これまでネットワークの高速・大容量化のために光ファイバを開発してきましたが、通信以外にもその活用領域があります。光ファイバは曲げにより屈折率が変化するという特徴がありますが、音や振動による極微小な屈折率変化のため、散乱光の振幅・位相が変化します。この性質を利用して、光ファイバケーブルを社会へ張り巡らせたセンサとしての活用が考えられます。光ファイバをセンサとして活用する、光ファイバ環境モニタリング技術は、電力・ガス・水道・鉄道等インフラの設備管理・劣化予測や、河川や地盤情報による災害状況把握や被災予測、交通量や渋滞予測、気象などの都市情報等、さまざまな社会課題の解決を実現するものとして期待されており、こうした新しい価値創造についても光媒体技術の視点からテーマの1つとして取り組んでいます。
そして、私はライフワークとして光ファイバ技術の国際標準化に関する活動をしています。光通信インフラは一度導入すると、容易に変更・更改することはできません。このため、光通信インフラの研究開発においては、既存技術との整合性を考慮した新たな技術の開発・導入が不可欠です。これは世界的に共通な課題であり、さらに、世界中に張り巡らされた光ファイバによるネットワークが相互につながるためにも、国際標準化が重要になります。そこで、私は、ITU-T(International Telecommunication Union-Telecommunication Standardization Sector)の議論にも参画し、2009年からは課題検討グループの議長(ラポータ)を務め、光ファイバ技術に関する国際標準化の議論をリードしてきました。

いずれも社会に大きく貢献する研究ですね。具体的にどのレベルまで研究は進んでいるのでしょうか。

約10年、世界のトレンドとなっている研究分野であるマルチコア光ファイバで、私たちは世界をリードする成果を上げています。
2017年には直径250µm以下の光ファイバ断面に6モード(チャネル)伝搬可能なコアを19コア配置することでファイバ1本当り114の空間チャネルを配置し、既存光ファイバと同等の機械的信頼性を実現する世界トップクラスの超大容量伝送光ファイバを実現することに成功しました。そして、2018年には10モード・12コアの光ファイバを設計・試作し、空間多重数と空間利用効率(単位断面積当りの空間多重度)の双方で既存光ファイバの100倍以上のポテンシャルを有する世界最高の高密度空間分割多重光ファイバを実現しました(図2)。コアの数を多くすると光ファイバの直径が太くなり、前述の直径250µmは既存の光ファイバのほぼ倍の太さであり、製造等の効率が低くなります。そこで、私たちは既存の光ファイバと同じ細さで容量を増やすことを追究してきました。量産性や接続性など実用化に向けたさらなる検討等は必要ではあるものの、現状の通信設備や装置との親和性に優れ、短距離から1万km級の長距離伝送にも適用可能なマルチコア光ファイバの研究成果も報告させていただき、2019年にはOECC(Optoelectronics and Communica­tions Conference)の論文賞等を受賞しました。
今後は、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)に向けて、2025年を目途に既存光ファイバと同等の特性を有するコアを4個多重したマルチコア光ファイバ技術の確立をめざすとともに、2030年にはマルチモードの併用や、高度化された光伝送技術との組合せで既存光ファイバの125倍の伝送容量を実現したいと考えています。さらに将来的には、私たちが継続的に議論を重ねてきた空孔構造光ファイバ技術との融合により、究極の大容量伝送光ファイバを実現することも検討していきたいと考えています。

研究要素は「肌感覚」にある

研究者として心掛けてきたことを教えてください。

私がとても重要であると考え大切にしてきたことは、論文や学会発表等さまざまな情報のソースにアプローチして気になったことを探すことです。しかし、コロナ禍により学会等において顔を合わせて議論する機会が少なく、休憩時間等の立ち話の機会も減りましたから、メールでのやり取りで刺激を受けています。そして、これらを通して他者の研究活動や着眼点、また、論文に大いに刺激をいただいています。ただ、残念なことにオンラインの学会や会議では、ついPCの脇や周辺にある目先の仕事に一瞬気を奪われ、大切な刺激を逸してしまうことがあります。やはり、オンサイトの直接的な活動がいいですね。
そして、研究者にとって大切な能力として、何をねらい、検討するかを見極める力があります。私はこの力を養うために新しいことを意識し、少しずつでも挑戦することを心掛けてきました。また、余裕がないと新しい発想は生まれないものですから、一見無駄に見えることでも少しはやってみる、やれるゆとりを意識してきました。
こうした教訓からも、「手を出して触る」ことは、研究者にとって最大のメリットであると実感します。この「肌感覚」はとても重要で、ちょっとした違和感、不思議だと感じたことに研究要素や発見があるからです。
私は入社して28年、光ファイバ一筋に仕事を行ってきました。現在、使用されている光ファイバは非常に優れていて良くできたデザインで、ある意味で技術は確立したものとなっており、これ以上は追究しなくても良いだろうと考えられた時代も経験しました。それでも、私は長年の経験と「肌感覚」による勘から、将来的には限界が来ると考え、大容量化を追究するに至ったのです。そしてそれが現実のものとなりました。

28年の研究活動において意識されてきたことをお聞かせください。

私は通信としての光ファイバ技術にこだわり続けてきましたが、研究活動において光ファイバの技術を別の何かに活かす等のバイ・プロダクト的な発想は意識してきました。ちょっとした気付きやひらめき力は意識することでだんだんと身についてきます。NTTのOBで、私の国際標準化活動の大先輩に「目の前を通り過ぎる後ろ髪をつかめるようになれ」と言われたことがあります。ダヴィンチの言葉で「幸運の女神には前髪しかない」という言葉がありますが、大先輩は「後ろ髪」という言葉で教えてくださいました。「後ろ髪にすがりついて接点をつくっていく」と。この言葉には常に何かを考えるのではなく、何となく頭の片隅に意識を置いておくというニュアンスを感じました。
仲間との話にもよく出るのですが、新しいイメージやアイデアは食事や入浴の最中といった意外なときに浮かぶものです。頭の片隅に置いておくことで日常のふとした瞬間のひらめき、これも先ほどお話しした無駄を省き過ぎない余裕から何かが生まれるという話につながっているように感じます。特に実験をしているときはこれが生きてきますから、実験中に気になったことは回り道だと思わずに、時間を見つけてやってみるのが良いと思います。これをないがしろにすると研究自体が先細りしていくようにも感じます。そして、虫の目、鳥の目、魚の目で研究活動を眺めていきたいですね。私たちはグループで取り組んでいるので、鳥の目の役割はある程度年を重ねた研究者に任せて、若手は虫の目で一生懸命に追究するのも良いでしょう。
さて、私は恩師や指導者に「技術ベースで提案することは自由」であると教えられました。部下だから進言してはいけない、というような発想はいけない、むしろ提案ベースで議論してほしいと言われて育ってきましたから、私も若手にはぜひこの言葉を意識してほしいと思っています。私も属しているグループでエキスパート・リーダ等のコメントなどを聞きながら、一生懸命考える努力をしましたし、議論を積み重ねてきたことが大いに役立ちましたから、ぜひ、提案ベースを心掛けてください。

チームの一員であるという主体性を強く意識する

先輩や仲間とのこうした会話はチームでの研究活動ならではですね。

チームで研究をする大きな利点はメンバのさまざまなコメントが聴けることにあります。ただ、チームにおける課題分担が曖昧になってしまうこともあり、これは避けなければなりません。例えば、論文の学会投稿の担当は誰か等が明確になっていないと、主体的にかかわらない、かかわれないことがあります。この主体性はチームの一員として若い研究者の方に大切にしていただきたい心構えの1つです。計算でも実験でも出てきた結果や数字を鵜呑みにしないでください。それをどういう目線で検討するかにオリジナリティがあり、主体性が発揮されますから強く意識していただきたいと思います。
また、オリジナリティを追究し、主体性を持った研究者となるために重要なのは関心や興味を持つことだと私は考えています。漠然と「先輩に言われたから実験しました」では、そこには面白みや関心が存在していないように思いませんか?研究者に求められるのは言われた仕事をすることではなく、結果に対してどう手を加えるか、加工するか、何が出てくるかという面白みを見出すことで、それが一番重要なのではないかと思うのです。
私が若かったころ、実験のグループリーダに「上下左右、いろいろな方向から見ろ」と、報告書をよく突き返されたものです。解釈することは結構難しいことなのですが、それでもさまざまな方向から眺めて解釈していくと、意外な発見があります。とはいえ、いまだに私も何だか分からないままに進めるときもありますから、若い研究者の気持ちも分かります。また、皆さんと同じように上からNOと言われてショックを受けた経験もありますから、私たち上席もなるべくNOとは言わないように努力しています。10回やって1回うまくいったらラッキーだと思って臨んでください。

若い研究者の皆さんは、先輩のこうした励ましに支えられているのですね。

研究者は組織に属していても、自分なりの夢や方向性を語れるかということはとても重要だと考えています。私は情報をあまねく普及させるという電電公社のミッションに憧れてNTTに入社しましたから、光ファイバという媒体を使って情報を届ける意義はとても重要であると考えていますし、利用していただく方々に大きなインパクトを与えたいと考えています。こうした自分なりの考えや方向性をしっかりと持っていてほしいと考えます。
そして、繰り返しになりますが、ぜひ提案ベースを強く意識して研究活動をしてください。提案することで面白みも湧いてきます。否定されたとしても、その理由を追究するのも研究の醍醐味だと考えます。加えて、実験に限らず、その領域において手掛けているテーマに一番詳しいのは手を動かして、汗をかいている自分であると自負していただけたらと思います。
28年間の研究者人生において、FTTH(Fiber To The Home)拡大時に私たちが検討した曲げに強い光ファイバを部分的にでもネットワークに活用してもらえました。残念ながら、先輩方が今のネットワークに使われている光ファイバを開発して以来、それを凌駕する新たな光ファイバの大規模導入はありませんが、部分的であっても社会に貢献できたことは本当に嬉しかった記憶があります。この経験は興味本位の研究ではなく、社会の役に立つ研究をするように私を変えてくれました。加えて、通信以外にも使えるのではないかとバイ・プロダクトの感覚も養ってくれました。IOWN構想が発表され、世の中の関心もAIやIoT(Internet of Things)等ICTやその周辺に向いてきているからこそ、こういった発想を持ついいチャンスなのではないかと思います。
研究者にはおそらくゴールはありません。満足したら終わりなのではないでしょうか。研究は一生続くと思うことが健全ではないでしょうか。今後も、研究開発と国際標準化の両輪で、光ファイバネットワークの持続的な発展を支え、あらゆるヒト・モノ・コトをつなぐ光ファイバ技術の実現をめざして邁進していきたいと思います。