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特集 主役登場

ナノメカニクス研究の最前線

物体の小さな振動を利用する

岡本 創
NTT物性科学基礎研究所
フロンティア機能物性研究部
ナノメカニクス研究グループ
特別研究員 グループリーダー

私たちの周囲にあるさまざまな物体は、その材質や形状で決まる固有の周波数で振動します。その振動の大きさは外から与える力の大きさに依存しますが、あらわに外力を与えなくても、周囲環境の温度により、目には見えない程度の小さな振動が起こります。このような物体の振動を積極的に活用することができれば、例えば検体の付着などによる振動の変化を利用した高感度センサや、振動(弾性波)に情報を担わせて転送する信号処理利用など、さまざまな役に立つ応用の可能性が広がります。このような試みは“ナノメカニクス”と呼ばれる研究領域において近年取り組みが活発化しています。私たちのグループでも、NTTの有する高度な結晶成長技術や微細加工技術を武器に、微小な振動子を用いたナノメカニクス研究を積極的に展開しています。
私たちのグループでは、そのような微小な振動子を「光」や「電気」あるいは「磁気」を用いて自在に制御したり、振動の情報を「光」や「電気」あるいは「磁気」に転写して読み取る技術を用いています。このような技術を応用すると、小さな「振動」を利用して光や電気、磁気の応答を制御することも可能となり、オプティクスやエレクトロニクス、マグノニクスに関する素子を機械的自由度で操ることのできる新しい機能素子が実現します。機械的な「振動」はジュール発熱を生じないことから、このようなアプローチは環境に優しい省エネ素子の創出という観点で特に期待されます。また、私たちのグループでは、振動・光・電気、あるいは、振動・電気・磁気など、振動系とその他2系を融合したハイブリッド化の取り組みも積極的に進めています。そのようなハイブリッド系の構築は、振動を介した高効率な光電変換や超高感度な電荷・スピン検出など、素子のさらなる高機能化や高性能化を可能とします。また、多系のハイブリッドによって現れる新たな物理現象の解明など、基礎研究としての意義も大きく存在します。
物体の微小な振動を取り扱うナノメカニクス分野はオプティクス分野やエレクトロニクス分野と比べて発展が遅れていました。それは、光子(フォトン)や電子(エレクトロン)と比べて振動量子(フォノン)の取り扱いが困難であったためですが、近年の飛躍的な技術革新により、最近ではフォノン単体を検出・操作することも可能となってきています。これからは今まで以上に振動を利用したさまざまな素子や新規応用が世に示される時代となるでしょう。ナノメカニクス、あるいはもっと言うなれば“フォノニクス”の時代が到来するでしょう。私たちが取り扱うナノメカニカル素子の振動だけでなく、皆さんにより馴染みのある“音”や“熱”も振動(フォノン)によるものです。音や熱を積極的に利用した機能素子が現れる時代もそれほど遠くないかもしれません。振動の“波”にいかにうまく乗るかが私たち研究者に問われています。