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「インテリジェント空間形成技術」を実現するインテリジェント反射板制御および無線センシングの研究

IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)時代に向け、これまでの「与えられた伝送空間」から「つくる伝送空間」へのパラダイムシフトとなることが期待されている「インテリジェント空間形成技術」。今回は、その技術の土台となる2つの技術について、村上友規特別研究員にお話を伺いました。

村上友規 特別研究員
NTTアクセスサービスシステム研究所・NTT未来ねっと研究所

PROFILE

2008年日本電信電話株式会社入社(修士卒)。NTT未来ねっと研究所配属。2015年NTTアクセスサービスシステム研究所へ異動、博士号取得(早稲田大学)、IEEE AP-S Japan chapter Young Engineer Award受賞。2020年電波功績賞 総務大臣表彰受賞、NTT未来ねっと研究所兼任。

「インテリジェント空間形成技術」を支える2つの技術

◆「インテリジェント空間形成技術」とはどのような技術なのでしょうか。

これまでの無線技術の研究は、与えられた無線伝送空間においていかに高速な通信を成立させるか、といったものが一般的でした。これに対し、「インテリジェント空間形成技術」は、周囲から無線伝送空間そのものを変化させ、電波の進行方向や強度を制御することにより、通信品質や通信速度の最大化を図るというコンセプトの研究です。
皆さんが利用しているスマートフォンを例にとると、これまでは端末や基地局を進化させることで、基地局から端末等へ固定的に飛んでいる電波を利用してより高速な通信を行うことをめざしてきました。対して提案するインテリジェント空間形成技術では、街自体の電波環境をリアルタイムで把握し、空間に散りばめられたデバイスによって動的に電波の進行方向等を変化させることにより、これまで電波が届かなかった場所にも届かせるなど、より良いインターネットインフラや通信環境を提供することが可能となります。データ通信量が増加し、ヒトだけではなくモノも通信を行うようなIoT(Internet of Things)、そしてIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)の時代になると、通信の重要性はますます高まります。そこで、通信環境が変わっても高品質で「つながる」世の中をめざし、インテリジェント空間形成技術の確立をメインミッションとしたグループを立ち上げました。
インテリジェント空間の形成には、例えば中継局で電波を受けて信号処理をかけるなどさまざまな方法がありますが、今回は私が携わっている「インテリジェント反射板制御」および「無線センシング」の2つの要素技術を紹介します。

◆インテリジェント反射板制御とはどのような技術なのでしょうか。

インテリジェント反射板(RIS:Reconfigurable Intelligent Surfaces)は、電波の電気的特性を変化させる特殊素材を使用した反射板で、各素子を電子的にコントロールすることにより反射角や透過率といった反射特性を変化させることができます。鏡で光を反射する場合には入射角と反射角とは等しくなりますが、インテリジェント反射板では任意に反射角度を制御し、反射する電波の方向を変えることができます。
例えば、障害物の影になり従来の反射板では電波が届かなかったところにも電波を届かせることができます。また、特定の地点にフォーカスさせて通信品質を向上することもできます。その他、そのまま透過させて背後に送ること、吸収してどこにも届かないようにすること、散乱させて広域に届けることなども可能です(図)。
私たちは、このインテリジェント反射板を制御する技術について研究を行っています。実際に5G(第5世代移動通信システム)の電波に対するインテリジェント反射板の効果についてNTTドコモと共同で実験を行っており、2021年11月に報道発表を行いました(1)。
現在は、さらなる通信品質の改善を目的として、複数のインテリジェント反射板の協調制御技術に注力して研究開発を行っています。

◆無線センシングについて教えてください。

インテリジェント空間の形成には、実空間がどういう形状で、どういう電波環境にあるかを把握する、つまり「センシング」する技術が不可欠となります。センシングで得られた情報や過去に収集したビッグデータを可視化し、機械学習で解析したうえで、空間を変えるインテリジェント反射板などにフィードバックするわけです。
私は2020年度からNTT未来ねっと研究所を兼任しており、そちらではカメラなどのさまざまな媒体を融合させたセンシングによる空間把握についての研究を行っています。その中でも、無線センシングは特殊な装置や専用の装置を使用することで比較的容易に実現できますが、私たちの研究では低コストでの実現と、既存の無線装置を使ってさまざまな情報を得ることをめざしました。無線を通信ではなく、非通信に利用するところがポイントです。無線の電波の状態から、例えば端末の位置情報、人の有無やその密度、そしてドアが開いているか閉まっているかなどの情報を収集することができます。
実際に会議室内にWi-Fiルータを配置し、事前に人のいる状態を学習したうえで測定を行ったところ、約95%という高精度で検知することができました。IOWN時代に向けて、無線システムを通信以外の分野にも展開することで新たな市場を開拓できるのではないかと期待しています。

「インテリジェント空間形成技術」により、パラダイムシフトが起こる

◆今後の研究の方向性について教えてください。

インテリジェント反射板制御については、現在は1つの環境として、室内のみで評価しています。今後は屋外に展開し、実際の環境においてどのような効果があるのかを検証したいと考えています。移動物が少ない室内に比べ、屋外では車両などの電波に影響を与える移動物が多く、環境変動も多いため、制御は難しいものになると想定しています。
また、現在は1枚の反射板についての実験を行っていますが、複数枚の反射板を使った場合についても検証したいと考えています。複数の反射板からそれぞれ情報を取得し、個別に制御するためには制御信号をどうするかというところから考えなくてはいけません。課題は山ほどありますが、通信品質などにおいてより大きな効果は必ず得られると考えています。
さらに、実際の基地局に実装するなど、開発面にも着手したいですね。将来的には、インテリジェント反射板を各所に配置し協調制御を行うことで、高品質で通信が途切れない環境を提供できるのではないかと期待しています。
無線センシングについては実装への道筋ができていて、既存の基地局にセンシングの機能を入れるところまで検討が進んでいます。新たなものをつくると、その導入障壁がありますが、既存のものを利用する場合にはそれがないため、比較的早期に検証が可能です。数年以内にユースケースを確保してアピールすることにより、近い将来、「センシング機能はあって当たり前だよね」といわれる世界にしていきたいと思っています。

◆「インテリジェント空間形成技術」により、どのようなことが可能となるのでしょうか。

IOWN時代には、ますますサービスやアプリケーションの多様化が進み、無線ネットワークに対する要求条件も、高速化だけでなく高信頼性、低遅延など多岐にわたることでしょう。インテリジェント空間形成技術が実現すれば、データ転送速度の向上、通信エリアの拡大、遅延の軽減、パケットロスの減少など、さまざまな効果が表れてくるでしょう。まさに「与えられた無線伝送空間」から「つくる無線伝送空間」へのパラダイムシフトです。発展性は非常に広いのではないかと思います。
現在、環境によっては回線がつながりにくい、タイムラグが生じるなどの不満を感じることがありますが、将来的にはそうした不満はなくなり、空間やアプリケーションに縛られずに自由に無線通信を活用できる時代になると思います。すべてのお客さまに良いものを提供できる土台のような技術になっていくのではないでしょうか。

◆若手研究者、および将来のビジネスパートナーに向けてメッセージをお願いいたします。

NTTアクセスサービスシステム研究所は、新しい技術を創出することはもちろんですが、その後、それを具体的な製品やサービスとして世の中に提供していくという事業化の部分もかなり重要視しています。自分の子どもに、「これはお父さんがつくったんだよ」と紹介できればうれしいですし、やりがいもありますね。
外部との連携に関していえば、無線センシングの技術を共同研究できたという点が大きかったと思います。当初、私たちには無線通信の技術はありましたが、センシングに関しての知識やノウハウは不十分でした。そこで異分野の方とコラボレーションし、私たちの開発した無線センシングの装置を使っていただいて、いろいろな技術を同時並行で研究開発していただくという取り組みを進めました。市販の機器をベースとして測定できる仕組みをつくったため、多くの共同研究先とコラボレーションでき、結果として本技術領域を大幅に拡大させることができました。
私たちと同じ通信系ではなく、異なる分野の方と共同研究を行ったほうが新たなものが生まれる可能性や効果は高いと考えています。情報処理や農業といった分野、素材メーカーや重工業メーカーなど、これまでの共同研究先は多岐にわたります。今後もさまざまなところとコラボレーションしていきたいですね。例えば玩具の場合、無線を簡易的に使ったラジコンカーなどはありますが、最新の無線技術を活用した製品はそれほどないのではないでしょうか。コスト面で課題はあるかもしれませんが、もっと面白いモノがつくれるのではないかと思います。
これから企業で研究に従事する方々には、企業ならではの研究開発を意識してほしいと思います。大学ではある特定の分野に「尖った」研究をアカデミックに突き詰めていることと思いますが、企業では実際にモノを提供し、社会にどう貢献していくか、ということを重視する必要がありますね。
将来のビジネスパートナーとなる企業の方には、一緒に研究・開発を行うことで、私たちのIOWNに向けた基礎技術を活用していただきたいと考えています。新しい製品やサービスをつくり出すために私たちも汗をかきますので、ぜひご協力をお願いいたします。

■参考文献
(1) https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/11/12/211112b.html