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挑戦する研究者たち

課題解決によって研究テーマが減るとは考えない。できることが増えて新たな研究領域を開拓

ブラインド音源分離研究においてICA(独立成分分析)とNMF(非負値行列因子分解)を発展・統合させたILRMA(独立低ランク行列分析)を国内の共同研究先と発表し世界的に高い評価を得るとともに、自身にとっては新境地であるニューラルネットワークのテーマに踏み込んだ澤田宏上席特別研究員に、研究成果と研究活動を充実させる姿勢について伺いました。

澤田 宏
上席特別研究員
NTTコミュニケーション科学基礎研究所

音源分離の技術研究の集大成、ILRMAによって日本の存在感をアピール

現在、手掛けている研究を教えていただけますでしょうか。

目を閉じてどのような状況で収録しているのかが分からないような状況で混ざった音源を聞き分けるブラインド音源分離技術を現在に至るまで長い間研究しています。この技術の一部分を発展させ、時空間データを解析する技術の研究も行ってきました。さらに最近は、多くの人がすでに手掛けていますが、ニューラルネットワーク技術の研究も始めました。
ブラインド音源分離技術については、データや信号などの情報源の構造や特徴をうまくとらえる非負値行列因子分解(NMF: Nonnegative Matrix Factorization)と、データや信号が観測系を通じてどのようにセンサで観測されたかを推定する独立成分分析(ICA: Independent Component Analysis)を組み合わせ、情報源の構造と観測系を推定する技術として深化させています。その中でNMFについては、多次元データの時空間的な関係性をモデル化し、将来の予測を可能にする時空間多次元集合データ解析技術へと発展し、さらに最近はデータ同化と学習型誘導の技術に発展していきました(図1)。
大規模イベント会場などでの混雑緩和や通信インフラの安定化のために、リアルタイムに観測されたデータを活用して、近未来に起こり得る混雑などの事象をデータ同化とシミュレーションによって検知し、学習型誘導により先行的に混雑を回避したり安全を確保する技術です。NTTコミュニケーション科学基礎研究所(CS研)の上田修功フェローを中心に私も含め社内の多くの研究者がかかわっています。実現した技術を大規模イベントで実証したかったのですが、オリンピックは新型コロナウイルスの感染拡大防止のために無観客となり、実証までは至りませんでした。このほか、清水仁研究主任を中心として「遊園地におけるアトラクション選択モデルとそのパラメータ推定手法」「アンケートに基づく遊園地シミュレーションによる来園者余剰の最大化」といった課題にも取り組んでいます。
一方並行して、ブラインド音源分離技術を発展させてICAとNMFと統合したILRMA(Independent Low-Rank Matrix Analysis:独立低ランク行列分析)(図2)を広める活動を行いました。ILRMAは、東京都立大学、香川高等専門学校、東京大学との共同研究の成果として、これに対応する基本技術を2015年の国際会議、2016年の論文誌で発表し、発展させてきたもので、音声・音響信号処理分野で世界最大の国際学会ICASSP2018でチュートリアル講演をし、その内容をレビュー論文(APSIPA 2019 Overview Paper 2019)としてまとめたところ、APSIPA Sadaoki Furui Prize Paper Awardをいただきました。さらに発展した内容で国際会議EUSIPCO2020のチュートリアル講演も行いました。

新型コロナウイルスの影響は残念でしたが、それでも、世界的な成果をいくつも上げていらっしゃるのですね。

これらの活動やこれまでの音源分離、ICA、NMFに関する研究成果を評価していただき、2018年には米国の電気・情報工学分野の世界最大の学術団体であるIEEEのFellowに、2019年には日本の電子情報通信学会の Fellowに選出されました。また、2020年には、電子科学技術に関する優れた研究により、日本の当該分野の振興や産業の発展に貢献した功績と、電子科学技術のさらなる発展と啓蒙に寄与することを目的とした、高柳健次郎業績賞をいただきました。受賞に際して「ILRMAは、これまでのブラインド音源分離にかかわる一連の研究の集大成を、日本初のオリジナリティとして明確化したものであり、編書や国際会議のチュートリアルやレビュー論文を通じて世界にアピールしている」と評価していただきました。そして、2022年1月には各分野で毎年5名選出されるIEEE Signal Processing Society Distinguished Lecturerに選出されました。このような評価から、ILRMAをはじめとする技術でNTTや日本の存在感をアピールできたと自負しています。

組織を盛り上げて、自分のスキルも高める

ニューラルネットワーク技術はILRMAと分野が異なりますが、どのような経緯でテーマ化したのでしょうか。

ブラインド音源分離に関する研究や時空間データの解析に注力してきた一方で、2012年ごろから第3次AI(人工知能)ブームが巻き起こり、深層学習をベースとしたニューラルネットワークが徐々に私たちの生活の中で使われるようになってきました。私はニューラルネットワークには直接かかわってはきませんでしたが、2017年ごろから(他の多くの方々と同様に)この技術はやはり非常に重要だと思うようになり、後追いでも構わないからと腹を括って取り組み始めました。新たな分野へのチャレンジとしての第一歩は勉強です。
まずはNTT研究所全体という観点で組織を盛り上げようと、自分の勉強を兼ねて、深層学習コロキウムと機械学習に関する技術講座を立ち上げました。深層学習コロキウムはNTT研究所内のメンバで開催しています。20年くらい前から、武蔵野、横須賀、厚木、京阪奈、つくばなど場所は離れていますが、年に一度くらいは専門家が集まろうと、音声や言語などのテーマを設定してコロキウムを設けていました。深層学習コロキウムはようやく5歳になりました。コロナ禍にあってこの2年はオンライン開催ではありますが、研究所の誰がこの領域の技術を追究しているのかが分かり、情報交換と議論が進みました。
また、技術講座は新入社員や入社3年目あたりの社員向けに開催しています。これまでネットワークや情報理論等はありましたが、機械学習はありませんでしたので、これを機に立ち上げ、2019年ごろからニューラルネットワークの内容を増強しました。
こうした取り組みを通じて、私自身もニューラルネットワークについてかなり理解が深まり、新たな研究課題においても使いこなせるようになったことから、現在、他の共同研究者と、3種類ほどの関連研究をしています。そのうちの1つとして「細層構造を持つ光ニューラルネットワークの高速学習法」(図3)をCS研の青山一生研究員とともに開発し、その内容が国際会議ICCAD 2021に採録されました。機械学習分野での新規性に加え、共同で検討してきたNTT物性科学基礎研究所(物性研)の納富雅也上席特別研究員のチームが、実際の光デバイスで実験する際にこの技術によって学習したパラメータを使用しています。
また、2016年から3年間委員を務めた先導的研究開発委員会「マテリアル・インフォマティクスによるものづくりプラットフォームの戦略的構築」において、新たな物性開発のために機械学習の技術をどのように用いるかを議論してきました。そのような経緯もあり物性研から声がかかり、物性研の若林勇希研究員とCS研の大塚琢馬研究主任を中心とした共同研究で、非常に性質の良い薄膜を作成するための温度などの条件を機械学習技術により導き出すことができました。そして「東京大学、東京工業大学とともに作製した「SrRuO3」の単結晶薄膜を、低温かつ磁場下での電気伝導を測定することにより、「磁性ワイル半金属状態」と呼ばれる“エキゾチックな状態”に特有の量子的な電気伝導特性を観測した」と発表することができました。ずっと情報系の研究をしてきたため、新たな特性を持つ物質の作成に関与できるとは夢にも思っていなかったのですが、少しでもかかわることができてとても良かったです。

自分の得意分野の技術を使って、研究活動を充実させるために重要なことは他にもありますか。

例えば、何が自分の得意分野の技術で、それをどう使えば活躍できるか、そしてどんな技術なら当該分野の発展に貢献できるのかを考えることです。
光ニューラルネットワークでは複素数を使うのですが、ICAの研究でも音声をフーリエ変換すると複素数が出てくるので、複素数つながりで検討すれば、私も貢献できそうだと考えました。全く未知の分野ではなく何か自らの領域と重なる点、自分の得意技術が使えそうなところを見出すことが大切ではないでしょうか。得意技術は多ければ多いほうがいいかもしれませんが、1つあれば十分だと思います。
そして、自分の得意技術だけで活動するのではなく、自分が新規参入を果たした分野で、学習して新たなスキルを身につけていくことも大切ですし、研究仲間や賛同者をうまく見つけることも重要です。例えば、光ニューラルネットワークの高速学習法は、同僚でもある青山氏が一緒に追究してくれたことが大きかったのです。また、納富氏は自分にない専門性を持っていらしたのが魅力的で、私の経験とスキルを合わせてシナジーが起こり新たなものが生まれるという期待感がありました。
こうした出会いは、先ほどもお話ししたコロキウムや懇親会等で得ることができますから、懇親会などのラフに話せる機会に感触を確かめるのもいいかもしれません。加えて、私は上田フェローが立ち上げた機械学習・データ科学センタのメンバですが、ここでの情報共有をきっかけに新たな研究の機会を得ています。
ところで、研究は何年も続けているとどんどん進捗して成果が出てきますから、当然のことながら課題が解決された分、研究テーマは減ってきます。これを憂うのではなく、できることが増えて新しい研究領域が開拓されているのだと考えて研究活動に臨みたいです。こうした姿勢が共同研究者、仲間を探すことにつながっているのかもしれません。1人でできることには限界がありますから、他の研究者と協働することを大切にしてきました。協働には異なる専門性をうまく組み合わせる方法、同じ専門性でそれぞれのスキルを相互に理解・確認し合い深めていく方法などがありますが、その前提として、相手から興味と信頼を持ってもらえる存在でなければいけません。信頼を得るために期待される専門性において、価値のあることを提供できる、実験やシステムを構築するなら担当部分をしっかり担う、議論をするにも自分の考えをしっかりと示せる等、すべきことをしていきたいですね。

あまり気にせず、やりたいことをやったらどう?

今後は研究者人生をどのように歩んでいかれますか。

できるだけ長く研究していきたいと思っています。1つには、研究活動における温故知新の側面の面白さがあるからです。ニューラルネットワークはまさにそれです。ニューラルネットワークの研究は60年以上も前からありますが、新しい視点や技術を用いて検討すると新旧のつながりがみえることがあります。
また、ニューラルネットワークの研究において、私が後を追いながら新しい活躍の場を見出したように、将来、他のテーマを追究する際にもこのような繰り返しが待っているでしょう。研究者としてはいつまでも勉強しなくてはいけないのですが、新しいことが分かるのは、私にとっては楽しいことですから、この先もしっかりと続けていきたいと思っています。
私は、研究者とは最大公約数的に役に立つかどうかは問わずに新規性を生み出す存在であると思います。ただし、新しければ何でもよいわけではなく、他の研究者が価値を感じる成果を生み、彼らがそれを基に新しい研究をしてみようと思えるかどうかという点は重要であると考えています。最先端の研究者はたくさんいますし、新しい論文を読んでいる若い人もたくさんいますから、その中でもごく一部、自分はこれをちょっと頑張ってみようと思えるものを見つけて挑戦していきたいと思っています。

世界に大きな影響を与える研究者となられた今、入社当時のご自身にどのような言葉をかけたいですか。それを踏まえて若い研究者に一言お願いします。

難しいですね。「あまり気にせず、やりたいことをやったらどう?」でしょうか。自分自身を振りかえると、最初は大した成果もありませんから、成果を出せるかという不安もありながら研究していました。それでも頑張っていると何らかのかたちで成果は出る、と声をかけてやりたいですね。
例えば、先ほどのIEEEのチュートリアル講演、技術講座での講義、論文を書いているとき等、難しいことをいかに簡単に分かりやすく説明するかということにも喜びを感じます。中でも、新しい研究成果を論文として採録されるのはいうまでもありません。実は2013年にIEEEに採録された論文の図が、論文誌表紙に掲載されたのです(1)。これは嬉しかったですね。数式で書くと分かりにくいような概念を図にすることで分かってもらえると思いPowerPointを使って頑張ってつくったのですが、掲載されたとき、「苦労が報われた」と思いました。
私たちの組織の若手の皆さんはとても努力していると思います。特に機械学習分野はすでにブームとなっていることから、非常に多くの優秀な研究者が参入しています。国際会議に論文が採録されるには難関を突破しなくてはならないので大変だと思います。それでも発表することが重要ですから、完成度を高めてarXivに論文を掲載して、難関の会議もめざしていきましょう。簡単ではないと分かりつつも、採録されないと心が折れそうになるかもしれませんが、そういうときは少し上の先輩の経験に目を向けてください。何年も頑張ってようやく採録されたケースは非常に多いのです。私も含めてシニアが共同研究者となって論文の書き方を指導することもありますし、また、先輩に倣って粘り強くやっていくこと、現実をしっかりと見据えていくことが支えになります。

■参考文献
(1) https://ieeexplore.ieee.org/stamp/stamp.jsp?tp=&arnumber=6517958