グループ企業探訪
自動運転車のコアとなるソフトウェアを研究開発
NTTデータ オートモビリジェンス研究所では、NTTデータの自動車ビジネスグループにおける研究開発集団として、自動運転の研究開発に注力している。自動車関連業界においては、CASEと呼ばれる新しいコンセプトにより、100年に1度といわれる変革が始まっている現在、多くのプレイヤーが競い合う中で、コアテクノロジーをベースとしてアイデンティティを築き上げ、ビジネス展開していく思いを中井章文社長に伺った。
NTTデータ オートモビリジェンス研究所 中井章文社長
NTTデータグループの強みと車載ソフトウェアの30年にわたるノウハウで自動運転にチャレンジ
◆設立の背景と目的、事業概要について教えてください。
NTTデータ オートモビリジェンス研究所(ARC:アーク)の社歴は、1973年から組込マイコンを扱う会社が起点となります。1988年には「ZIPC」ブランドのマイコン組込ソフト開発支援ツール事業を開始し、当時の社名キャッツ株式会社は自動車関連業界における“尖った”ツールベンダーとして有名でした。その後、2010年にNTTデータグループの会社、そして2018年にNTTデータの子会社になり、「ZIPC」ビジネスをとおして得た車載ソフト開発に必要なモデリング力・開発ツール構築力に加え、新卒・中途入社で急増してきている物理数理/AI(人工知能)/自動車製造に関するハイクラスの研究者・エンジニアが加わることで、2020年に自動運転領域ソフトウェアの研究開発・ビジネス展開を担うNTTデータ オートモビリジェンス研究所に社名変更しました。
ARCは、NTTデータのコネクティッドシステム構築力とのシナジーを活かしつつ、トヨタグループ様はじめOEM/Tierの研究開発組織と連携して、次世代車両の開発運用を革新するハイブリッドAIプラットフォームの研究開発・事業化に取り組んでいます。社内では“GARDEN”プロジェクトというコードネームで呼んでいます。もちろん「ZIPC」シリーズの開発、車載関連ビジネスへの展開強化、ソリューション事業の推進、製造産業に向けたツールプロダクト販売等も行っています。
◆最近、自動車関連分野は各方面から注目されていますね。
カーボンニュートラルへの対応のためのFCV(Fuel Cell Vehicle)や水素エンジンの活用や電気自動車等、メディアにおける扱いが多くなっていますが、これらを含めてCASEと呼ばれるイノベーションが起きようとしています。CASEとは、Connected(接続性)、Autonomous(自動運転)、Shared(共有)、Electric(電動化)のことで、自動車関連分野における100年に1度の変革ということで注目を集めています。
Googleの自動運転車開発部門だったWaymo社の整理では、自動運転車両のシステム化には、①高性能で安全・堅牢な車両基盤(ハードウェア)、②安全で信頼できる運転(車両ビヘイビア)、③安全な製品配備と運行管理(製品管理)の3つのレイヤが必要とされ、同感です(図1)。もはやハードウェア主体の自動車単独でなく、安全で信頼できる車両ビヘイビアを効率的に保証するバーチャルツインシミュレーションをはじめとするこれまでになかった大量生産の仕組み、生産した車両をコネクティッドで運行管理するインフラなどプラットフォームやソフトウェアと一体化した巨大システムです。すでに市販されている自動車にも数多くのLSIやMPUが搭載されて、それらはソフトウェアが加わることで機能実現、制御されているのですが、CASEになると周辺のプラットフォームとの連携や個別領域ごとのシステム群をまたがる統合制御が必要になり、そのための脳であるソフトウェアの比重が高まり重要性は高まってきます。
こうした状況において、ソフトウェアをベースとした研究開発をメインとしているARCとしては、車両ビヘイビアや製品管理のレイヤに注力した事業展開をしていくつもりです。
自動運転のコア技術を提供するソフトウェアIPプロバイダー、およびNTTデータやOEM/Tierと連携してプラットフォームインテグレーションをめざす
◆CASEの世界になると、自動車業界以外のさまざまなプレイヤーが登場してきますね。このような環境の変化の中で、ARCはどの方向をめざしていくのでしょうか。
従来の自動車関連産業は、OEMと呼ばれる自動車メーカを頂点とし、その配下Tierと呼ばれるコンポーネントや部品等を供給する階層構造を持ったサプライヤー群により、自動車完成というハードウェア組立を中心とした産業ピラミッド構造が形成され、その周辺に駐車場や保険といった付加価値サービスを提供する企業群が存在する状況でした。
CASEの世界になると、自動車の内外にAI、IT、通信といった機能や、それらを実現する新たなハードウェア、ソフトウェア、サービスとの連携が必須かつ重要になります。これらは、従来の自動車産業ピラミッドにはいなかったプレイヤーによってリードされ、さらには従来のサプライヤーや部品メーカ自身もピラミッド型ではないネットワーク型のビジネスチェーンに活躍の舞台を移す、という産業のパラダイムシフトが起こると考えています(図2)。
最近ソニーからCASE車両ビジネスを始めるとの発表がありました。
Appleは車両ハードウェアも視野に入れつつiOS上ですべての機能を実現していくのではないかとか、また、スマートシティに向けたトヨタとNTTの連携のような異種プレイヤーどうしの連携といった話題がメディアで紹介されているように、この分野においては新しいプレイヤーが、さまざまなビジネスモデルで登場してきています。こうした中、ARCは車載ソフトウェア領域でのモデリング力、組込ソフトウェア大量生産・運用プロセスを変革するツール構築力、高度な物理数理/AI人材、NTTデータのコネクティッドシステム構築力等をコアコンピタンスにして、OEM/メガサプライヤー/サービス事業者/AI半導体ベンダー/クラウド事業者の方々とのアライアンスを進展させていただいています。コアコンピタンスの見える化として、2021年6月には自動運転をバーチャルで検証するプラットフォームである「GARDENシナリオプラットフォーム」を、OSS(Open Source Software)として発表・公開しました。
◆今後の展望についてお聞かせください。
ARCは、直近のビジョンとして、「2025年までに、自動運転開発運用のツールクリエータとしてリーダーポジションにいて、ユニークな完全自動運転プラットフォームを発明していること」を掲げ、その実現手段として、Autonomous(自動運転)を主としたCASEソフトウェア、関連ツール、プラットフォームの研究開発に取り組み、その成果をIP(Intellectual Property)としてライセンス供与することをめざします。まもなく、ZIPCブランドに新しいラインアップをローンチする予定です。それをベースに、NTTデータやNTT、トヨタグループをはじめとするお客さま企業と連携して、未来のモビリティ社会に寄与したいと思います。
担当者に聞く
レベル4の自動運転の実用化へのチャレンジ
取締役副社長、CTO
渡辺 政彦さん
◆担当されている業務について教えてください。
CTO(Chief Technical Officer)として、CASE、特にAutonomous(自動運転)に関する研究開発の責任者をしています。自動運転には表に示すようなレベル分類があります。日本国内では2021年にレベル3による自動運転車が販売されたところですが、ARCはレベル4にチャレンジしています。
自動運転は、ヒューマンエラーのパターンを理解するために用いられるSRKモデルに基づき、熟練ドライバーの判断力のベースを、スキル(S)ベース・ルール(R)ベース・知識(K)ベースの認知プロセスに分類して、それによりソフトウェアで運転制御を行います。レベル4に向けて自律型の運転制御だけではなく、5G(第5世代移動通信システム)を使って遠隔制御を行い、その過程で得られるデータを知識として分析してスキルベース・ルールベースにアップデートをかけていきます。
こうしたプロセスを、OSSとして発表した「GARDENシナリオプラットフォーム」により、例えば中型バスの自動運転の実証実験としてシミュレーションを行っています。また、「GARDENシナリオプラットフォーム」を活用して、公益社団法人自動車技術会が主催する「第2回自動運転AIチャレンジ」(2020年)において最優秀賞である経済産業省製造産業局長賞を受賞しました。
◆ご苦労されている点や課題を伺えますか。
当社におけるレベル4については、シミュレーションによる実証実験を行って検証する段階まできています。ここまでくると次は実車に搭載して実証実験を行うことが必要になります。テストコースで実車走行させるところまでは、研究開発側の関係者だけで対応できる部分が多いのですが、どうしても限られた環境の中での検証になります。そして、その次の段階となると、公道における実証実験となります。実験フィールドを定義して行う検証、そして実環境で行う検証と続き実用化となります。
ところが、実験としての公道の利用許可、道路交通法等関連法規との整合等、研究開発サイドの関係者だけでは対応できない部分ばかりです。自動運転の開発については政府も推進していることもあり、法改正や警察、自治体の対応等も前向きに準備を進めていただいているところではありますが、これらに対応していくためには研究開発サイドとしては未知の分野に対する勉強をすることが大切であり、そのような環境を提供できるように心掛けています。
◆今後の展望について教えてください。
自動運転レベル4では区間等の限定があるとはいえ、例えば今問題になっている高齢者の運転免許返納の場合を考えると、その人の生活圏の中で自動運転レベル4を実現すれば、その人が免許を持っていなくても移動手段を確保することができるようになり、社会課題の解決につながります。これをニッチな世界で対応していくのであれば、意外と近い将来には実現できるのではないかと思います。
ボリュームゾーンに出ていく場合には、逆にさらに時間がかかるとともにNTTやNTTデータ、そしてトヨタといったメジャーの方々に全体を先導していただく必要が出てくると思います。そして、ARCもAutonomous(自動運転)とConnected(接続性)からMaaS(Mobility as a Service)へ展開し、NTTグループの中で連携強化していくことになります。
ア・ラ・カルト
■若手社員の挑先(戦ではなく先に挑む)がスゴイ!仕事を遊びに、遊びは仕事へ!
ARCには高度な物理数理/AIといったスキルを持った人材が多くいるそうで、特に若手社員は知的好奇心も旺盛で、プライベートで業務とは異なる趣味を楽しみながらも、普段研究しているものを自己研鑽でチャレンジしてみたということがたびたびあるそうです。「第2回自動運転AIチャレンジ」では、主催者から渡されたプログラムを、事故を起こさず速く走行し目的地へたどり着けるように改変していく課題に対して、オンラインゲームに没頭するような感覚で自分の感性に合わせ、課題を超越するようなチューニングを行った結果、最優秀賞。楽しんで探求していたら賞がついてきたという究極の世界。2021年は海外主催競技にも進出し「2021WORLD INTELLIGENT DRIVING CHALLENGE」(中国 天津)へも挑先(戦ではなく先に挑む)しています(写真)。また、他の若手社員は、「第9回 自動車機能安全カンファレンス」に登壇し、1000名を超える自動運転開発者を前に研究成果を堂々発表。講師デビューしたりと、日々積極的に先に挑む若者が誕生しているそうです。
■R&Dを支援するオフィス環境。時には幸せを呼ぶドクターイエローで運試し
横浜アリーナの目の前にあるオフィスは、ディスプレイを2、3台設置できる斬新なデザインの大きなデスクが簡単なパーティションで専用ブースのように配置され、集中しながらもゆったりできる環境で、アイデアの創出、研究への集中、新たなソリューションやツールプロダクトの開発を支援しています。横浜アリーナと反対側に位置する窓からは東海道新幹線の列車が(時に幸せを呼ぶドクターイエローも)走るのが見え、コロナ禍である現在はテレワーク併用で、出社人数も控えめですが、便利な立地とオフィス環境の良さもあり、定期的に出社している人もいるそうです。