NTT技術ジャーナル記事

   

「NTT技術ジャーナル」編集部が注目した
最新トピックや特集インタビュー記事などをご覧いただけます。

PDFダウンロード

from NTTファシリティーズ

運転データを用いた空調機故障予見技術の開発

NTTファシリティーズでは、データを活用した業務効率化の取り組みの1つとして、これまでに蓄積した空調機運転データおよび故障データ等から、ビッグデータ分析やAI(人工知能)などを活用して空調機故障予見ロジックを作成し、予見精度を評価しています。ここでは、当社の空調機故障予見技術の開発に関する取り組みを紹介します。

通信ビルにおける空調機

通信ビルは非常に重要な社会インフラであり、提供するサービスが途絶すると社会に大きな影響を及ぼします。近年、通信を支えるICT機器の発熱量が増加してきているため、室内温度を適切に維持する空調機が故障で停止してしまうと、室内温度が上昇し、サービス停止のリスクが発生します。そこで、サービス維持のため、空調機の故障を未然に防ぐ保全作業が重要となります。

空調機の保全方法

空調機を健全な状態に維持するためには、故障する前に部品交換などのメンテナンスを行う「予防保全」(図1(a))と、機械が故障した後に迅速に対応を行う「事後保全」(図1(b))の考え方があります。両者を比較した場合、予防保全は部品交換に伴う空調機の停止時間が短くなるため室温上昇のリスクが低いことがメリットですが、一定時間ごとに部品交換を実施するため、まだ使用可能な部品を交換する回数が多くなってしまいます。一方、事後保全の場合は故障発生から修理完了まで長時間空調機が停止するため、室温上昇のリスクが高いことがデメリットですが、メンテナンスコストは故障発生件数に応じるため、一般的には低く抑えることができます。予防保全のメリットである「サービス断のリスク低減」と事後保全のメリットである「部品交換費用の最小化」を両立させることが事業者にとって理想的な保全だと考えられています。
理想的な保全として注目を集めているのが、「状態基準保全」(図1(c))です。稼動している機器に対して「まだ使用可能であるものの基準時間に達した」としてメンテナンスを行うのではなく、故障診断により交換が必要と判断されたときのみメンテナンスを実施するという考え方です。状態基準保全の考え方自体は1970年代にすでに広まっていましたが、故障診断に用いるデータ収集用センサの設置費用やデータ分析用コンピュータが高価だったことから一般化には至りませんでした。しかし、近年のICTの進展とIoT(Internet of Things)化の潮流に伴うセンサ技術の発達によって、データ分析を駆使した合理的な保全が可能となってきています。
状態基準保全により故障を予見し、稼動している空調機の故障時期を知ることができれば、故障する装置の部品のみを交換することが可能となり、予防保全のデメリットであった「まだ使用できる部品を事前に交換する無駄」をなくすことができます。また、故障前に部品を交換する、故障後の状態を予測して周囲にある空調機の設定温度を変更する、送風機を設置するといった対策を行うことで、事後保全のデメリットである「修理完了までの空調機停止による室温上昇リスク」を低減することができます。さらに保全担当者の突発的な故障対応の負担も削減することが可能になります。

 

図1

故障予見技術の特徴

空調機から出力される各種の運転データは、外気温度や冷房負荷によってその数値が大きく変動します。簡単な例としては、外気温が上がれば空調機の冷房負荷が上がるので、電流値やモータの回転数などの数値も高くなります。こうした数値の変動が正常な制御によるものなのか、あるいは故障の前兆を示しているのかを切り分けるために、故障の判定指標として用いるデータの選択が重要となります。
空調機と比較して、モータ単体などは軸受けの摩耗が徐々に進むため、振動や軸受けの温度などの値が描くカーブはなだらかで、故障予見しきい値*1から故障しきい値*2への状態変化も急激ではありません。しかし、空調機はモータだけではなく、圧縮機や膨張弁、ファン等の多くの部品で構成され、相互に影響を及ぼし合っています。さらに外気温度や冷房負荷によっても運転データが大きく変動することから、故障予見の難易度が高い装置といえます(図2)。また、故障モードによって故障予見しきい値から故障しきい値までの経過時間に大きな差があることも考慮しなければなりません(図3)。
当社は、空調機のこのような特徴に対し、実際に故障した装置の故障前の運転データを分析し、故障判定に用いる指標の挙動を把握することによって故障予見ロジックを作成していますが、現段階では100%正確に予見できる状態には至っていません。

*1 故障予見しきい値:予見ロジックで導き出された装置停止に至る可能性がある注意しきい値。
*2 故障しきい値:装置が故障し、停止するしきい値。

故障予見技術に必要な運転データ

当社は、全国にある通信ビル約1万棟に設置された多種多様な装置の監視・保全業務を24時間・365日途絶えることなく行っています。そしてこれらの装置が出力する運転データを遠隔で監視しています。当社が監視している空調機においては、制御に必要な圧縮機の冷媒圧力、冷媒温度、室内空気温度、ファンの回転数、外気温度、電流値などを計測するセンサが備わっており、これらのセンサのデータは遠隔から取得することができます。
当社が現在取り組んでいる故障予見技術は、空調機に内蔵されているセンサから得られるデータを用いるため、故障予見用の新たなセンサを追加する必要がありません。そのため、これまでに蓄積した運転データと故障データを有効に活用して、ビッグデータ分析やAI(人工知能)などを用いて予見ロジックを作成し、実稼動している空調機の運転データに予見ロジックを適用し、故障予見の結果と実際の故障を比較することで故障予見精度を評価しています(図4)。
空調機故障予見の実現には、故障した空調機の挙動を把握するため、実運用下の運転データを収集・蓄積する仕組みが必要です。さらに故障装置の運転データをもれなく取得するため、データ取得対象装置台数が多く、かつ個々の装置のデータ収集間隔が短いことが理想となります。一方で、理想を求めた場合に、データ蓄積ストレージ容量やサーバの処理負荷などが増加します。これらの経済性も考慮したうえで、当社が監視している空調機数万台に対して、故障予見可能となるデータ収集対象台数と収集間隔を決定しています。

故障予見の運用

故障予見は「何を」「どのくらいの確率」で予見できるかが重要となります。故障予見の理想は、「故障する装置をもれなく予見できること」と「予見した装置が必ず故障すること」です。しかし、これらはトレードオフの関係にあり、両方を満足することは現状では難しく、どちらかを優先する必要があります。
故障する装置をもれなく予見できることを優先する場合、故障予見しきい値を低く設定し、わずかな故障の兆候も見逃さないようにする必要があります。その場合、空調機の故障停止による室温上昇リスクは回避できますが、予見精度が低いと実際には故障しない装置まで故障予見で検出してしまう可能性があり、無駄な部品交換が発生するリスクがあります。一方、予見した装置が必ず故障することを優先する場合、故障予見しきい値を高く設定し、間違いなく故障に至る空調機のみを見つける必要があります。その場合、まだ使用できる部品を交換する無駄は削減できますが、予見精度が低いと予見できずに故障に至る装置がでてしまい、室温上昇に至るリスクがあります(図5)。
故障予見の精度向上が重要であることはいうまでもないことです。「故障する装置をもれなく予見できること」と「予見した装置が必ず故障すること」を共に100%予見することは困難ですが、どちらかを優先することで、享受したいメリットに向けた予見精度を100%に近づけることは可能です。一定のリスクを許容する必要はありますが、現状よりはリスクを低減できると考えています。
また、故障予見の運用に関連する他の要素として、「故障をいつ予見できるか」も重要です。実故障の1時間前に故障を予見するのと、実故障の数日前に故障を予見するのとでは、事前の対応内容に大きな違いがあるからです。1時間前に故障を予見できた場合、遠隔制御で近傍の空調機の設定を変更し、故障による室温上昇リスクを抑えることはできますが、部品交換を実施するには時間が足りません。一方、数日前に故障を予見できた場合、交換部品の手配や保全担当者の稼働調整が無理なく実施でき、故障して空調機が停止する前に交換作業を完了できます。そのため室温上昇は部品交換時に空調機を停止させるわずかな時間のみとなり、室温上昇リスクを低減できます。
先に述べたように、故障予見による運用方法は、「故障する装置をもれなく予見できること」と「予見した装置が必ず故障すること」の優先度とともに、予見後故障までの時間も考慮したうえで策定していく必要があります。

今後の展望

当社は、デジタルデータを駆使した業務効率化推進の1つとして、空調機の故障予見技術に取り組んでいます。空調機がいつ故障するかを知ることができれば、予防保全のメリットである「サービス品質の維持」と事後保全のメリットである「故障した部品のみ交換すること」の両立が可能となります。ただし、現状では100%の予見は困難です。残存リスクの低減には、故障予見技術の精度向上はもちろんのこと、リスクをカバーする運用方法の確立も重要だと考えています。故障予見技術と運用方法を組み合わせた新しい仕組みを確立することで、当社の保全業務のさらなる高度化を実現していきたいと考えています。

問い合わせ先

NTTファシリティーズ
研究開発部 ファシリティ部門 環境ソリューション担当
TEL 03-5669-0750
FAX 03-5669-1650
E-mail takuya.shirakawa.hw@ntt-f.co.jp