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特集

光を用いた次世代コンピューティングを実現するデバイス技術

光を用いて計算する次世代コンピューティングに向けた光回路技術

スマートフォンやクラウドサービスなどさまざまな場面にデジタル技術が浸透した社会を持続的に発展させていくためには、従来の性能を大きく上回るコンピューティング技術が重要になってきています。NTTでは光導波路による通信向けデバイス技術を適用した光による計算技術の研究開発を進めています。本稿では、光量子コンピューティング向けの光回路を中心に「光で計算」する光回路技術を紹介します。

橋本 俊和(はしもと としかず)/阪本 隼志(さかもと じゅんじ)
小仁所 志栞(こにしょ しおり)
NTT先端集積デバイス研究所

光を用いて計算する光回路技術

光ファイバと半導体の製造技術と組み合わせて光導波路を形成する平面光波回路(PLC:Planar Lightwave Circuit)*技術(図1(a))を用いて光ファイバ通信向けにさまざまな光デバイスが実現されてきました(1)。PLC技術は線形光学素子を集積可能な光回路技術として、光を用いて計算する有望なデバイス技術の1つと考えられています。
電子デバイスには、トランジスタや3極真空管、3端子レギュレータなどの3端子素子という分類があります。いずれも、入力と出力があって、入力の状態に対して制御端子からの制御信号を反映して所望の出力を得るというものです。電子計算機は3端子素子であるトランジスタを多数組み合わせて実現されています。3端子素子の動作は、例えば真空管では、電圧をかけたプレートに向かってカソードから飛び出す電子の量をグリッドと呼ばれる中間端子に掛ける電圧で制御します(図2(a))。光デバイスの場合も、電子デバイスから制御端子を駆動する光スイッチや光変調器などがありますが、光を用いて計算するという観点からは制御端子の入力も光となっているものが求められます。
そのような3端子素子と見立てることができるものとしては光の干渉計があります。光干渉計は複数の光入力に対して、それらの干渉光を出力するもので、光入力の一部を制御用の光のポートとすれば3端子素子とみなすこともできます。図1(b)にPLC技術でよく使われる干渉計の一種の方向性結合器の基本動作を示します。2本の光導波路(光の通り道)を近づけると一方の光導波路からもう一方の光導波路に光が乗り移ります。途中まで乗り移ったところで光導波路を離すと位相差のついた2つの光に分けることができます。もう一方の光導波路側からの入力した場合も同様に位相差のついた2つの光に分けられます。それらを一度に入力して重ね合わせて、一方を入力ポート、もう一方を制御ポートと考えて、出力側の2本の導波路からの出力を1つの出力状態とみなせば、入力ポートと制御ポートの光の位相差で光を制御する3端子の光回路となります。
この干渉計を用いたデバイスの例としては、コヒーレント伝送等で用いられる局発光に対して、入力信号の位相差と振幅の両方を測定できる光90度ハイブリッド回路と呼ばれる光回路があります(1)(図2(b))。コヒーレント伝送では周波数が一定の局発光を使用しますが、この後に紹介する光量子情報処理では、局発光の部分を制御信号として量子もつれ状態と組み合わせることで、所望の出力を得る量子テレポーテーションを実現しています。その他にも、例えば、ホログラフィの記録工程は像の光を入力として、参照光を制御光と見立てれば、Fourier変換像を得るための3端子素子とみなすことができます(図2(c))。
以上のように電子回路の3端子素子に複数の入力が相互に干渉する光回路を対応させることができると、真空管やトランジスタにより電子計算機が実現されているように、光による新たな情報処理が可能になると期待されます。以降では、具体的な例として光回路を用いた量子情報処理を紹介していきます。

* 平面光波回路(PLC):光ファイバ技術と半導体の製造技術によりシリコンウェア上に微細構造技術により光の通り道をつくり、光回路を実現しています。

光回路による量子情報処理

量子コンピュータは量子状態の重ね合わせと相互にもつれた状態を使って、これまで事実上計算できなかった問題を解くことを可能にする計算機として期待を集めています。量子コンピュータに用いる物理的な量子状態としては、超伝導回路やイオントラップなど、さまざまなものが提案されています。光子(フォトン)を用いた光量子コンピュータは常温動作や高速動作が可能であることなど、量子コンピュータの実現方式として有望な候補の1つとなっています。光回路を用いた光量子情報処理としては、主にモード型(あるいは経路量子ビット)と連続量型の2つがあり、以下でそれぞれを紹介します。

■モード型の光量子情報処理

モード型の光量子情報処理は光導波路中の光子状態を用います。このとき、1本の光導波路に光子がある状態とない状態の重ね合わせで量子ビットを表現する方法(シングルレール表現)と、2本の光導波路を使ってどちらかの導波路に光子がある状態の重ね合わせで量子ビットを表現する方法(デュアルレール表現)があります。量子情報処理に必要な非線形操作を線形回路で実現するには測定と組み合わせて確率的に実現する必要があります。シングルレール表現だと損失等で光子がなくなったのか、量子状態の変化によるものなのか、区別しにくいのに対して、デュアルレール表現は必ず光子がある状態を操作するので、補助的な光子と組み合わせて量子操作が成功したかを検出しやすくなります。それを使って、成功した量子状態のみを選択してスケールさせて大規模化をめざす研究が行われています。NTTでは世界に先駆けて、6×6の任意のユニタリ操作が可能な万能量子光回路を、PLCを用いて作製しました(図3(a))。従来、光学定盤上で構成した場合、光学系が非常に大きくなり安定性を確保することが困難でしたが、チップ化することで、小型で安定な光回路を実現しています。光回路の構成を図3(b)に示します。
光導波路が交差しているように見える部分には熱光学効果により屈折率を局所的に変化させるヒータがつけられ、位相と分岐比を可変に調整できるようになっています。複雑な回路に見えますが、方向性結合器で光子を干渉させる基本操作を組み合わせたもので、可変で任意の線形操作を行うことができます。これを用いてBristol大学と連携して、さまざまな量子情報処理を高精度に実現できることを確認しています(2)。図3(b)はデュアルレール表現の2つの量子ビットから、もつれた状態を生成する光回路の構成を示しています。実用的な量子コンピュータを実現するには、さらに大規模化を行う必要がありますが、導波路の数を多くするだけでなく、補助光子の状態を反映して成功した量子状態のみを選択して後段に伝えるなど、より高度な回路構成を実現していく必要があり、今後の課題となっています。

■連続量型の光量子情報処理

連続量量子を使った量子コンピュータも提案されています。連続量を用いる場合は、無線や光ファイバ通信と同じように波(この場合は光の波)の位相と振幅に情報を載せて、参照光との干渉状態を計測することで量子状態を確定させます。このとき、参照光の状態と、さらに観測される側の状態との干渉のさせ方を変えることで、計測する状態の基底を指定することができることから、射影測定と呼ばれています。入力側に量子もつれ状態の一方を入力して、さらに参照光とのもつれた状態を基底(Bell基底)とする射影測定(Bell測定)を行い、その情報を基に、入力の量子もつれ状態のもう一方を位相シフトさせることで量子テレポーテーションが実現できます(図4(a))。出力状態に作用させたい任意のユニタリ操作を参照光に与えておけば、その操作を出力に与えることができるため、測定結果を古典経路でフィードフォワードして量子情報処理を行う測定型の量子計算の基本的な操作として極めて重要な回路となっています。本研究においては東京大学と協力して図4(b)に示す850 nm帯用で動作するPLC回路を作製し、基本的な検討として回路から出力されるスクイーズド光の評価を行い、非古典的な動作を実行可能な3.2dB程度のスクイージングが実現されていること確認しました(3)(4)。量子テレポーテーションを実行するのに十分な値を達成するために、現在も通信向けのデバイス技術を幅広く適用できる1.5µm帯に移行するなどして、抜本的な特性改善を精力的に進めています。

光による計算に向けた光回路技術の今後の展開

ここまで見てきたように、電子回路の3端子素子に対応するものとして、複数の入力が相互に干渉することで光による新たな情報処理が可能となってきています。本稿で紹介した以外にも、光回路を用いたニューラルネットワーク等の研究も活発です。一方で、今後コンピューティング技術として実際に用いていくには、光を用いた計算回路をどのようにスケールさせるかが大きな課題です。電子デバイスと同様に光チップをつないで大規化した場合、データ伝送をデジタルデータに変換すると光の干渉性が失われたり、遅延が生じます。光ファイバで光のチップを接続しても損失や位相ずれが問題となります(図5左)。
そこで電子回路のように要素を組み合わせ大規模化するのとは異なるアプローチが必要となります。その1つが時間領域を用いて、光のパルス間のもつれや相関をとり光で計算を行う方法です。本稿の連続量型の光量子情報処理で多連のパルスを用いたものや本特集記事『光デバイスによるリザーバコンピューティングの物理実装』で紹介されている光リザーバコンピューティングなどがその例となります。それ以外の方法としては、空間的に集積度を上げる方法が考えられます。一般に光の干渉を用いる限りは光回路を構成する要素のサイズはおおむね光の波長程度のサイズが限界となります。それに対して、例えば、モード型の光量子情報処理では、2値(量子ビット)ではなく複数の導波路で多値(量子ディット)の状態を用いる方法が提案されています。その考えを推し進めてモードの数を増やしていった極限として、モードではなく波面を使って波面に情報を載せて干渉により計算をさせる、光回路の“モノリシック集積”というアプローチも考えられるのではないかと思われます。すでに、光回路の屈折率分布全体を使った光回路の設計手法として波面整合法という手法が提案され、屈折率分布全体を光回路と考えた場合に光の回路そのものがニューラルネットワークとも対応していることが示されています(5)(図5右)。また、それを発展させたSchrödingerネットワーク(6)という発展方程式に基づくニューラルネットワークも提案されています。光量子コンピュータやニューラルネットワーク等の新たな技術の展開と関係しながら、次世代のコンピューティング技術に向けて、光による計算を実現する光回路技術は今後も発展していくものと期待されます。

■参考文献
(1) Special Feature:“Silica-based Planar Lightwave Circuits for Photonic Networks,” NTT Technical Review, Vol. 3, No. 7, pp. 13-41,2005.
(2) J. Carolan, C. Harrold,C. Sparrow,E. M. López,N. J. Russell,J. W. Silverstone,P. J. Shadbolt,N. Matsuda,M. Oguma,M. Itoh,G. D. Marshall,M. G. Thompson,J. C. F. Matthews,T. Hashimoto,J. L. O’Brienand,and A. Laing:“Universal linear optics,” Science,Vol. 349,No. 6249, pp. 711-716,2015.
(3) G. Masada, K. Miyata, A. Politi, T. Hashimoto,J. L. O'Brien, and A. Furusawa:“Continuous-variable entanglement on a chip,”Nature Photonics,Vol. 9,No. 5, pp. 316-319,2015.
(4) 高梨・芹川・猪ノ口・坂巻・阪本・笠原・橋本・古澤:“導波路素子上での量子エンタングルメントスワッピング,”日本物理学会第73回年次大会,25aK203-7, 2018.
(5) T. Hashimoto :“Wavefront matching method as a deep neural network and mutual use of their techniques,”Optics Communications,Vol. 498, 127216,2021.
(6) M. Nakajima, K. Tanaka,and T. Hashimoto:“Neural Schrödinger Equation: Physical Law as Deep Neural Network,”IEEE TNNLS,pp. 1-15,2021.

(左から)橋本 俊和/阪本 隼志/小仁所 志栞

平面光波回路(PLC)はある意味単純な線形な光回路ですが、光量子コンピューティングなどと結び付いて思いもよらない機能を発揮しようとしています。さらに研究を進めて世の中へ“思いもよらない”の貢献ができればと思います。

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