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人と環境が調和したスマートな世界を実現するICTの研究開発の取り組み

人と環境が調和するスマートな世界の実現に向けて ―― 人知を増幅し人の能力を最大限に活かす研究開発の取り組み

人と環境が調和し、人の本来の活動に溶け込む自然なやり取りで、人の活動支援や能力補完、人にとってのナチュラルな感覚・気付きを提供し、人の能力を最大限に活かすためのICT技術がこの先求められます。本稿ではNTTサービスエボリューション研究所における、人と環境が調和したスマートな世界を実現するICTの研究開発の取り組みについて紹介します。

阿久津 明人(あくつ あきひと)†1/ 南 憲一(みなみ けんいち)†2/ 河田 博昭(かわた ひろあき)†2/ 近藤 重邦(こんどう しげくに)†2

NTTサービスエボリューション研究所 所長†1
NTTサービスエボリューション研究所†2

はじめに

ICTのめざましい進捗により、スマートフォンやPCからいつでもどこでもインターネットを介して必要な情報へアクセスすることが可能となり、今や私たちの生活においてSNSやオンラインショップ、地図やルート案内などのナビゲーションサービス等のインターネットサービスの利用は欠かせないものとなっています。現在のインターネットサービスは主にWebブラウザを介して提供されていますが、コンテンツの魅力の向上だけでなく、使いやすさ(ユーザビリティ、Webアクセシビリティ、ファインダビリティ)の向上や、運用面(インターオペラビリティ)の改善により、多くのユーザがその恩恵を受けることができるようになっています。
一方で、現在のインターネットで提供されるサービスは、利用者が必要な知識と目的を持って情報へアクセスすることが前提であり、高度なサービスの恩恵を享受するためには、相応のICTリテラシーが必要です。誰もがリテラシーやユーザが置かれた状況によらず、ICTサービスの恩恵を受けられる世界を実現するためには、ユーザが能動的に情報へアクセスすることだけでなく、ユーザを取り巻く環境がそのユーザを理解し、ユーザの負荷なく、ユーザの能力の範囲で認知できるかたちで、環境から情報が提供される世界の実現が必要です。
その課題に対する1つのアプローチが「アンビエントコンピューティング(1)」です。アンビエントとは、英語で「周囲の」「環境の」「取り巻く」という意味であり、アンビエントコンピューティングとは、従来どおり人からの操作、指示による情報提供に加え、操作や指示がなくとも、コンピュータが人の代わりに必要な情報収集や操作を行うことができる世界の概念です。近年のIoT(Internet of Things)やAI(人工知能)の発展により、人や環境の情報が多く収集できるようになり、その人のこれまでの行動パターンを認識し、収集した情報をベースにした予測結果による必要な情報提示を行うことが可能となってきました。環境が人を理解し、環境から人に対して必要な情報提供や提案を行うことが可能となるスマートな社会の到来はそう遠い未来ではないと考えます。
しかし、情報の提示や提案が人の活動を阻害するものであったり、それにより人へストレスがかかったりするものではあってはなりません。人と環境が調和し、人の本来の活動に溶け込む自然なやり取りで、人の活動支援や能力補完、人にとってのナチュラルな感覚・気付きを提供し、人の能力を最大限に活かすためのICTが必要であると考えます。
本特集では、NTTサービスエボリューション研究所における、人と環境が調和したスマートな世界を実現するICTの研究開発の取り組みについて紹介します。

Point of Atmosphere (PoA)

NTT R&Dフォーラム2018(秋)において、NTTはPoint of Atmosphere(PoA)プロジェクトの発足を発表しました(2)。本プロジェクトでは、身の回りの個々のデバイスを意識せずに、環境を通じてさまざまな場面・状況における人の行動や意図、気持ちを理解し、周囲の環境が能動的に働きかけることにより人の思考や判断の支援を可能にすることで、人と環境が調和して自然なやり取りができるスマートな世界を実現することをめざしています。例えば、家に存在するさまざまなICT機器が人や環境から取得した情報と連動し、壁に掛けたレインコートが揺れたり、床が濡れていたりするように錯覚で見せ、「今日は雨が降る」ということを自然に伝えるなどです。
NTTサービスエボリューション研究所では、この世界を実現に向けて、PoAを以下の要件を満たす、現実世界と仮想世界をシームレスに結びつけるインタフェースと定義しました。

・現実世界の人や環境の情報を、収集対象に負荷がかからないかたちで収集すること。
・収集した情報を処理し、仮想世界において現実世界の人や環境を精緻に再現、理解すること。
・人の活動の中でその人にとって自然な感覚で情報を認知することが可能であり、新たな気付きを人へ与えることができること。
ここで定義したインタフェースは、いわゆるユーザインタフェースの範疇にとどまらず、人や環境に関する情報処理まで含む広い意味でのインタフェースです。
これまでのインターネットを利用した情報提示では、提示される情報は主に視覚情報や聴覚情報をベースとした情報であり、人から能動的に情報へアクセスすることが主でした。PoAではそれに加えて、五感や人間の感覚能力ではとらえられない情報(人の価値観など)までも活用し、周囲の環境からその人にとって自然なかたちでその情報を認知してもらうことを実現します(図1)。これにより、現実世界で収集されたさまざまな情報を活用し、仮想世界で将来予測やその人にとって自然に必要な情報を認知してもらうための処理を行い、環境から人へその情報をフィードバックすることで、仮想世界であたかも現実世界のような行動を可能として人の活動領域を拡張することや、人の能力の拡張、失われた能力の補完、自発的な行動改善の支援等を実現することで、人の活動の可能性を広げることをめざします(図2)。

図1 PoAがめざす世界

図2 PoAを介した仮想世界と現実世界の連携

ユースケース

未来予測による活動支援

健康分野において、見かけ上は健康な人でも、健康リスクが潜んでいる人をいち早く察知し、鏡にやつれた姿を映し出すなどして注意を促し、意識を高めることや、周りにあるさまざまな物から、役に立つ情報が伝わってくることで、自然に健康的な行動が取れる生活を送ることができるようになります。
また、交通分野では、電車の時刻表を見ることなく出発の時刻を知ることができたり、自動車が近づいている気配を感じたりすることで、危険を察知することができます。現実世界から得られた多くの情報から、仮想世界において、激甚災害などの不測事態の発生を予測し、現実世界での被害を最小限にとどめる対応ができるようになります。

時空間を超えた活動支援

現地でのスポーツ観戦をしたくても、物理的な制約など、さまざまな理由で現地での観戦が難しい場合があります。そのような状況でも、PoAが実現する世界ではあたかもスポーツ会場にいるかのような感覚で、周囲の観客とのリアルなコミュニケーションを取りながらの競技観戦が可能となります。さらに、自分が選手や監督になったかのような状況で、その選手のこれまでの苦労、価値観、喜びなども感じながらの観戦体験が提供できます。また、過去と現在の有名な選手どうしの時空間を超えた試合なども楽しむことができるかもしれません。

支える技術

PoAを実現するためには、人や環境のセンシング技術、センシングで得られた情報の伝送・処理技術、人や環境へのフィードバック技術が求められます。
人や環境のセンシング技術では、人にとって負担なく、直接もしくは周囲の環境から、人の感覚(五感)や生体情報、人の行動や周囲の環境の情報だけでなく、人の知覚能力ではとらえられない情報も収集し、人の活動を自然に補完・支援に利用します。
センシングで得られた情報の伝送・処理技術では、収集した情報を仮想世界で処理を行い、人へ提示する際に伝送や処理の遅延を感じさせることなく、情報を提供するためのゼロ・レイテンシメディア伝送や、人の行動・思考メカニズムの解明による人の感情や価値観、思想等の内面の構造化を実現します。これにより、時空間を超えたコミュニケーション・インタラクションや、人の本能に訴えかけることでより良い生活を送れるよう人を導くことが可能になります。
人や環境へのフィードバック技術では、人の感覚(五感)を最大限に活用した情報の認知や、人の能力ではとらえられない情報を人が認知可能なかたちにして提供することで、人の活動の可能性を広げます。また、人の周囲の環境が賢くなり、その人の能力や状況を理解して必要なインタラクションを行うことや、現実空間と仮想空間の境界を感じさせないコミュニケーションを実現することにより、元々人に備わっていない能力や失われてしまった機能を、その人が扱えるように支援することができます。
これらの技術により、収集された人と環境の情報を仮想空間で処理し、精緻に現実世界を再現することで、現実世界の拡張や、現実世界での人の活動支援や能力拡張・補完を行い、人々の活躍の場を広げます。

おわりに

本稿では、人と環境が調和したスマートな世界の実現に向けた取り組みについて述べてきました。より多くの人がICTの恩恵を受け、能力を最大限に活かしてその人の活動領域を広げるためには、これまでのような情報をどのように提示するかという観点ではなく、人が情報をどうとらえているのかを理解し、どのようにフィードバックを行うと、そのときその状況で必要な情報をより自然にその人が認知できるのかを追求する必要があります。NTTサービスエボリューション研究所では人を中心としたコミュニケーション・インタラクションサービスに資する技術の研究開発を推進します。

■参考文献
(1) 村田:“アンビエント情報社会の実現に向けた取組み、”信学誌、Vol.93, No.3, pp.233-238, 2010.
(2) https://www.ntt.co.jp/news2018/1811/181128b.html

<(後列左から)河田 博昭/近藤 重邦
(前列左から)南 憲一/阿久津 明人

人を中心としたコミュニケーション・インタラクションサービスに資する技術の研究開発を推進します。

問い合わせ先

NTTサービスエボリューション研究所
企画担当
TEL 046-859-2236
E-mail ev-journal-pb-ml@hco.ntt.co.jp