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挑戦する研究開発者たち

グローバルな視点、コミュニケーション力、そして好奇心で研究開発に臨む

NTTドコモは、多様化する市場ニーズに迅速かつ効率的、経済的に対応していくことを目的として、O-RAN ALLIANCEを設立し、無線アクセスネットワーク(RAN)のオープン化に先導的な役割で取り組んでいます。オープンRANの標準仕様策定、相互接続のための検証環境整備、そしてこれらを通じたオープンRANのエコシステム構築により、グローバルな普及をめざす、NTTドコモ 無線アクセス開発部 増田昌史担当部長に研究開発の概要と醍醐味を伺いました。

増田 昌史
担当部長
無線アクセス開発部  開発戦略
NTTドコモ

世界の通信事業者と連携して「O-RAN ALLIANCE」を設立

現在、手掛けている研究開発の概要をお聞かせください。

5G(第5世代移動通信システム)の無線アクセスネットワークの高度化、オープンRAN(Radio Access Network)戦略および標準化などを担当しています。移動通信ネットワークは、基地局と端末間の無線アクセスネットワーク(RAN)、接続等通信の制御を行うコアネットワーク(CN)、そしてIPパケットの転送を行うIP転送ネットワークから構成されていますが、その中で特にオープンRANの標準化、普及に注力しています。
移動通信システムは第5世代に突入し、移動通信に対するニーズやユースケースはますます多様化し、さらにTTM(Time To Market)は短縮化の一途をたどっています。こうした中、お客さまのニーズに迅速かつ効率的、経済的にこたえるために、市場の多様な通信機器ベンダ製品を柔軟に取り込むことを可能にするグローバルで共通化・標準化されたオープンインタフェース、およびあらゆる機器がオープンに相互接続可能なエコシステムを構築するといった考え方が、世界の通信事業者の間に出てきています。
このような背景を受け、私たちは2018年、世界の通信事業者と連携してRANのオープン化やインテリジェント化を目的とした団体「O-RAN ALLIANCE」を設立し、Board Memberとして中心となって活動しています。2022年3月末時点で、世界の主要な通信事業者31社、RANの大手ベンダ、新興ベンダを含めて330を超える企業や団体が加盟しており、移動通信システムの国際標準化団体である3GPP(Third Generation Partnership Project)を補完するかたちでRANの標準仕様やテスト仕様の策定、オープンソースの作成、相互接続環境の構築を推進しています。
O-RAN ALLIANCEの主なスコープとして、①オープンインタフェースを用いた異なるベンダ装置間の相互接続の実現、②装置内のハードウェア(HW)とソフトウェア(SW)の分離およびRANの仮想化(vRAN)による、より拡張性の高い基地局装置の実現、③人工知能(AI)や機械学習(ML)を活用したRANのインテリジェント化をめざしています。

具体的な取り組みを教えてください。

オープンインタフェースに関しては、これまで同一ベンダによって提供されていた基地局を構成する無線装置(主として電波の送受信を行う装置)とベースバンド装置(主として信号を電波に乗せるための変換や基地局の制御を行う装置)を、それぞれ異なるベンダ装置を組み合わせて、フロントホール(接続線)を介して接続することで、設備構築の柔軟性が大きく向上します(図1)。
このことから、私たちは2020年3月の5G商用サービス開始当初からO-RAN ALLIANCEの仕様に準拠したオープンフロントホールインタフェースにより、マルチベンダ構成で5GのRANを展開してきました。また、4G(第4世代移動通信システム)と5Gのシステム間を同じくO-RAN ALLIANCEの仕様に準拠したX2インタフェースで接続し、マルチベンダ構成で実現しています。さらに、オープンインタフェースによりミリ波帯への展開や複数の周波数帯の電波を利用して信号を送受信するキャリアアグリゲーションの高度化、そしてこれらに関する装置ラインアップを拡大して、2022年3月末時点で、3つの5G専用周波数帯(3.7 GHz帯、4.5 GHz帯、28 GHz帯)を用いて5G基地局数累計2万局、人口カバー率55%の5Gネットワークを展開しています。
RANの仮想化に関しては、これまで基地局装置は専用に開発されたHWとSWの組合せにより実装されてきましたが、HWとSWをオープンインタフェースにより分離したうえで、HWとして主に汎用サーバを活用し、SW化による拡張性向上や仮想化による運用の効率化をねらったvRANとして標準化や実装化を進めています。こうした動きの中、NTTドコモでは、vRAN関連の技術を有する12社のパートナー企業と2021年2月より「5GオープンRANエコシステム(OREC)」の協創プログラムを開始し、すでに商用導入済みのCN装置の仮想化の知見も活かしつつ、2022年度末までに高性能・高品質なvRANを商用化すべく実機検証などの取り組みを進めています。
さらに、O-RAN ALLIANCEと、オープンソースのコンピュータOSであるLinuxの標準化と普及を目的として2000年に設立されたLinux Foundationとが連携し、O-RAN Software Communityとして、オープンRAN構成要素のオープンソースの供給に取り組んでいます。
これらの活動を通して今後はRANからCN、MEC(Multi-access Edge Computing)までマルチドメインでの基盤共通化や、仮想化資源、およびアプリケーションのライフサイクルマネジメントの統合化の実現といった仮想化の拡張が期待されるところです。
インテリジェント化に関して、3GPPではSON(Self-Organizing Networks)として、RANの構築・最適化・障害復旧の自律制御を仕様化していますが、基地局装置の制御アルゴリズムは、基地局装置がブラックボックスであったことから、自動化・最適化機能も同一ベンダによる提供が一般的でした。O-RAN ALLIANCEではRIC(RAN Intelligent Controller:インテリジェント機能部)を基地局本体から分離し、オープンインタフェースとして仕様策定する取り組みを進めています。これにより、基地局本体の製造能力を有さないもののAI/ML技術に強みを持つなどでRICを製造可能なプレイヤの参入が可能になり、より高度で多彩な自動化・最適化機能の実現を見込めます(図2)。

世界規模の社会課題へのソリューションの提供をも視野に

オープンRAN実現・普及に向けての課題を教えてください。

オープンRANを実現・普及するための課題は、①マルチベンダ・インテグレーション、②vRAN性能確保、③保守監視システムの実現、④商用運用システムのマイグレーション、⑤TCO(Total Cost of Ownership)の最適化と、大きく5つあります。
マルチベンダ・インテグレーションに伴い役割分担や責任分界点の定義、当該のプレイヤによる実行能力の獲得、中間製品調達モデルを含むビジネスモデルの確立、持続可能なエコシステムの形成が必要となります。現在、O-RAN ALLIANCEはOTIC(Open Testing and Integration Centres)の枠組みにより相互接続検証の環境整備を推進していますが、商用レベルでのインテグレーションには、環境整備へのさらなる対応も求められると考えます。
vRANの性能確保に関しては、汎用サーバの活用によるコスト低減が一般に期待されていますが、所定の性能を確保したうえでの低コスト化を実現する必要があり、導入シナリオに応じたHWアクセラレータの効果的な活用が1つの鍵となります。そこで、vRANのライフサイクルマネジメントやオーケストレーション、RICによるインテリジェント機能を実現するための保守監視システムが必要となります。O-RAN ALLIANCEはSMO(Service Management and Orchestration)としてアーキテクチャの定義やインタフェースの仕様化を進めているところです。
商用運用システムのマイグレーションについては、新規参入のケースを除き多くの通信事業者はネットワークをすでに構築して運用しているため、経済性や提供サービスの連続性の観点から一朝一夕に新しいシステムに置き換えることはできません。オープンRANの導入にあたっては、旧システムとの相互接続性の課題をクリアしつつ実現可能で経済合理性のあるマイグレーションシナリオを策定して実行する必要があります。
通信事業者にとって通信設備の構築から運用までを含めたTCOの最適化は重要な経営課題です。オープンRANにより、多様な市場製品の柔軟な取り込みや、汎用サーバの活用、仮想化・インテリジェント化による運用の効率化といったCAPEX(初期投資)・OPEX(運用費用)の低減要素が見込まれますが、その一方で、前述の4つの技術課題への経済的なソリューションが求められ、事業収支に見合ったTCOを実現する必要があります。

オープンRANの普及は今後どのようなインパクトがあるのでしょうか。

オープンRANは黎明期から普及のフェーズに入りつつあります。今後、さらにエコシステムが構築されれば、移動通信システムが十分に普及していない海外におけるエリア拡大に大きく寄与するばかりではなく、CNやITシステム、固定通信ネットワークにまたがった仮想化やオーケストレーションの共通化・統合も考えられます。また、単一ベンダへの依存性を下げることによるサプライチェーンリスクの緩和、低消費電力デバイスやアルゴリズムの取り込みによるカーボンニュートラルへの寄与など、世界規模の社会課題へのソリューションの提供にもつながると考えます。
そして、オープンRANの重要性や課題の本質は、5Gを超えてBeyond 5G/6Gの時代においても不変であると考えています。私たちは標準化やシステム実装の研究開発、商用システム構築・運用ノウハウのフィードバック、および海外への展開を通じて、オープンRANのさらなる発展に寄与していきたいと思います。

直接、社会貢献の実感を得られる喜び

研究開発者として大切にしてきたことをお聞かせください。

オープンイノベーションをめざして、自分たちとは違う経験や技術、バックグラウンド、ノウハウをお持ちの方々と共有できるモノ、コトを見出していくことを心掛け、好奇心と相手を尊重したコミュニケーションを大切にしてきました。
私は1998年にNTT移動通信網(当時)に入社後、第2世代から現在の第5世代に至る移動通信システムの研究開発に従事してきました。無線アクセス開発部よりR&D戦略部を経て、グアムにあるNTTドコモ子会社のDOCOMO PACIFIC, Inc.における技術責任者を務めた後、2019年より主に5GやオープンRANなどの無線アクセスネットワークの研究開発に取り組んでいます。これらの仕事において社外、国内外の方々と頻繁にコミュニケーションを図り、いただいたご意見を研究開発に取り込んできました。もともと技術や研究開発が好きであったことに加え、NTTドコモでこれまで培った経験によって、さらにその重要性を実感するようになりました。
新たな価値を創造するには何事にも好奇心を持って対峙することも重要です。好奇心は自らを積極的にしますし、信頼関係を築く際の姿勢にも影響します。例えば、ベンダとの関係性において、装置を購入するという立場から通信事業者は上から目線になりかねません。しかし、好奇心を持って相手の声を聴き、双方にとって価値ある取り組みを検討することで、Win-Winの関係で事業を創造できると思います。最終的には自分の頭で考えるとしても、まずは好奇心を持って耳を傾けることが大切だと思います。
ORECには13社もの世界有数のベンダに参画いただいていますが、個社の取り組みとしてこれだけ広く、深く、多くのベンダとパートナーリングし、実際に活動しているのは稀なケースと自負しており、それは設立当初から相手を尊重したコミュニケーションができているからこそであると思っています。

これからの研究開発者に求められるスキル等を教えてください。

私の経験を通しての実感ですが、RANに限らず技術全般としてよりオープン化が進んでいくにしたがって、社外やグローバルな連携は多くなりますから、グローバルな視野に立って相手の文化や価値観を理解しコミュニケーションできるスキルが必要になると考えます。
それから、国内外の複数の企業が連携する標準化の現場では、複数の企業に属する研究開発者が、当該課題に関して知恵を出し合って最適なソリューションを生み出すことに努めています。この際に研究開発者には知的財産等の法的問題をクリア、あるいは折り合いをつける力が必要になります。企業の法務や知財部門等は、当然のことながら、法律の観点から自社の価値を最大限にすることを検討しています。ところが、自社にとっての価値最大であるがゆえに、パートナーにとってそれが価値最大であるとは限りません。特に利害相反している場合は、せっかく導き出したソリューションを実現することはできません。そこで、現実に則して折り合いをつけることで、法的にもソリューション的にも全体最適化を図る力が必要とされています。
実用開発を担う研究開発者の醍醐味は、自ら開発した技術等が実際に使われることで社会の役に立てていると直接的に実感できることではないでしょうか。例えば、私は入社2年目で複数周波数の共用に関するテーマを任せていただき1年後には社会実装を実現し、社会の役に立てたという実感を初めて抱きました。また、グアムに赴任中に海底ケーブルが切れて北マリアナ諸島の通信が断絶するという社会的な問題が発生し、それを機に新しい海底ケーブルとLTEの快適な通信環境を提供したところ、大変喜ばれたという経験があります。これらはほんの一例ではありますが、直接的に社会に貢献できているという実感が得られるのは研究開発者の醍醐味かと感じています。
若い研究開発者の皆さん、事業のスピードが増している現代において、競争力の強化、迅速な事業展開等をベースとして、研究開発にプレッシャーを感じることもあると思います。一方で現在ではツールも豊かになっていますし、自分たちだけでは限界に突き当たってしまう開発のスピードも、パートナーリングやオープンイノベーションによってこの波に乗っていけると思います。そのためには、自分のスタイルを見出し、好奇心を持って研究開発に臨んでいくことが大切だと思います。