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特集

人と社会のWell-beingを可能にする研究開発の取り組み

Well-beingなデジタル・リアル融合社会に向けた取り組み

本稿では、情報通信技術の発展に伴う社会のデジタル化を振り返ったうえで、今この時代に求められるWell-beingなデジタル・リアル融合社会とはどのようなものか、そして、そのために行っているNTT研究所の取り組みを紹介します。

鈴木 勝彦(すずき かつひこ)†1/宮本 勝(みやもと まさる)†2
NTT社会情報研究所 所長†1
NTT社会情報研究所†2

Well-beingと社会のデジタル化

■積分的主観としてのWell-being

昨今、Well-beingという概念に注目が集まっています。Well-beingとは、「Well=よい」と「being=状態、あり方」が組み合わされた言葉で、心身ともに満たされた状態を指します(1)。このWell-beingを阻害するコロナ禍は、Well-beingの重要性を高めた大きな要因と考えられます。
図1では、横軸に時間をとって、縦軸で、良い‐悪い状態を模式的にグラフで表現しています。これが示すように、人生には、良いときもあれば、悪いときもあります。私たちは、Well-beingとは、しきい値を超えて悪い状態を治療することでも、その時々の快楽のことでもなく、過去から現在に至る苦労や悩みも踏まえた積分的主観だと考えています。

■急速な社会のデジタル化とWell-being

Well-beingに対して情報通信分野でなすべきことを見出すために、社会のデジタル化のWell-beingへの影響に関する現状をみていきます。そのため、NTTの前身の日本電信電話公社(電電公社)が発足した1952年から現在に至るまでの社会のデジタル化を振り返ります(図2)。
まず、電電公社発足後の1950年代から1980年代は、徐々に固定電話が普及していった時代です。離れた誰かと話したいと思ったら、電話のある家や部屋まで移動し、従量課金の電話料金を気にしながら電話をしていた時代です。この時期の高度経済成長に、生産性向上という観点で大きく寄与したと考えられます。
次に、1996年のインターネット接続サービスの開始、2001年の光ファイバ導入による固定網のブロードバンド化に加え、1987年の携帯電話サービス開始、1999年のiモード開始により、1990年代半ばから2000年代にかけて、携帯網も含め、いつでも、どこでもつながる通信環境が整備されてきました。ただし、コンテンツも不足していましたので、必要なときのみ、いつでもどこでもつながる時代だったと認識しています。
そして、2007年のiPhone発売、2008年のAndroid端末の発売を契機としたスマートフォンと、SNSの普及により、誰もが常にネットワークにつながる時代になりました。また、2020年の新型コロナウイルスの蔓延により、一挙にテレワークが普及したことも大きな変化です。
ここで私たちが強く認識すべきは、まず、現在のような常にデジタル空間につながる時代は、人類の長い歴史の中でまだ10年程度しか経っていないということです。長時間、常にデジタル空間につながるという変化は、長期間の経験に基づく積分的主観であるWell-beingに大きな影響を与えていると考えられます。
さらに、この間に高度経済成長期を経て、人口が増加していましたが、2008年をピークに人口が減少し始め、少子高齢化が急速に進みました。右肩上がりの経済成長を前提にした社会ではなく、経済合理性ではない、新たな豊かさが求められるよう社会が構造的に変化しており、Well-beingに注目が集まっています。

■Well-being研究に求められること

前述の現状を踏まえ、私たちが取り組むべきWell-being研究に求められることを、以下3点に分けて説明します。
(1) 学際性
まずは、研究の学際性です。Well-beingを、何かしら計測、分析、介入するという工学的アプローチに加えて、対象となる人間や社会の課題を深く理解するための心理学、哲学、倫理、法律、医学等も含めた学際的な研究が必要です。そのためには、幅広い分野の専門家のいるNTT研究所の関係者が連携することに加えて、大学の有識者との連携が必須です。
(2) デジタル化による可能性の追求
次に、デジタル化がWell-beingに大きく影響を与えることを踏まえ、その可能性を追求するような研究が必要です。情報通信により、距離の克服、パーソナライズ、多様なつながりが可能となり、これによる新たな暮らし方、働き方、学び方などの開拓が期待できます。
(3) デジタル化による阻害要因の排除
さらに、デジタル化により、Well-beingを阻害する要因を特定し、それを抑制するための研究が必要です。プライバシに配慮して、監視社会にならないようにすること。フェイクニュースや誹謗中傷により、格差や分断が広がること。デジタル化の負の側面にも注意を払い、対策を検討する必要があります。

Well-beingの重層構造

前述のWell-being研究に求められることを考慮し、私たちNTT研究所のWell-being研究の取り組みを説明する前に、Well-beingが非常に広範な概念であるため、これを分類し、構造化したWell-beingの重層構造について説明します(図3(a))。この構造は、広井良典(2)が米国の心理学者のアブラハム・マズローの欲求段階説を応用し、幸せの重層構造として説明したものを筆者なりに拡張したものですが、広井が、主に公共政策や民間企業の役割、若い世代の社会貢献意識について論じているのに対して、本稿では、特にWell-beingの重層構造と情報通信のかかわりについて説明します。
Well-beingの分類学は、さまざまなものが提案されており、マズローの欲求段階説にも批判があるのは認識していますが、本稿では、初見の方でもWell-beingに関するさまざまな取り組み全体を俯瞰できることと分かりやすさを優先し、この分類学を採用します。

■生命・身体

もっとも基本的な部分が生命・身体にかかわるWell-beingであり、生命の危険がなく、身体的に健康であるということです。近年では、歩数や心拍数などのバイタルデータをスマートウォッチ等でセンシングし、分析し、フィードバックするようなサービスが展開されています。今後、身体の状態をより詳細に把握できるデバイスが普及することが想定されます。人間の身体は、医学等の分野で多く解明されており、人によらず汎用的な領域と位置付けられます。

■社会・集団

次の段階が、顔の見える集団や不特定多数の社会とのかかわりを通じたWell-beingです。情報通信の発展は、物理的に離れた人との対話を可能にすることで、より多くの人といつでもどこでもつながることを可能にしました。一方で、つながり続けることによるSNS疲れや誹謗中傷やフェイクニュースによる分断などの弊害も起きています。

■個人

三層目は、多様な価値観を持つ個人が、自由で自律的に活動し、自分のやりたいことを実現することによるWell-beingです。情報通信は、多様な選択肢や個人としての情報発信手段を提供することで、この個人のWell-beingの可能性を開きました。この層のWell-beingは、多様で主観的なものと位置付けられます。

■自己超越

マズローは、晩年、それまで提唱してきた欲求の最終段階の自己実現の次に自己超越という層があると主張しています。これまでの3層は、基本的に自分のWell-beingについてですが、その自己を超越し、自分ではない他者(この他者は、必ずしも人だけではなく、自然や地球等のモノも対象)のためを思うことや、そのために行動することによるWell-beingです。社会のデジタル化が進むことで中央集権的なプラットフォーマが、自分たちのビジネスに都合がいいように情報をコントロールすることで、格差や分断を産み出しているといわれていますが、それを超えるためにも、自己超越を大事にするような哲学をプラットフォームのガバナンスに組み込む必要があるのではないでしょうか。

Well-being に関するNTT研究所の取り組み

本特集で紹介するNTT研究所のWell-beingに関する4つの取り組みについて、めざす方向性とWell-beingの重層構造における位置付けを説明します(図3(b))。

■Social Well-being

社会的つながりは、Well-beingにもっとも大きな影響を与える要素と考えていますが、特に日本では、会社や学校という集団でうまくやっていくことが、個人としてやりたいことを犠牲にしてしまうというように、集団と個人が二項対立化してしまう傾向があるのではないかと考えています。この課題解決のため、個人の自律と集団の調和が、利他的に共存できる状態をSocial Well-beingと定義し、これを研究しています。
この分野は、社会のデジタル化を軸にし、Well-beingの重層構造では、社会・集団、個人、自己超越までがスコープです(図3(b)①)。

■生涯健康サポート

Well-beingのもっとも基本的な部分である生涯健康で過ごせる社会をめざし、基本的な生活習慣(食事・運動・睡眠)における個人の日常データを可視化し、自分なりに心身のリズムを自己調節するWell-being健康科学について研究しています。
この分野は身体のデジタル化を軸にし、Well-beingの重層構造の生命・身体の層に位置付けられます(図3(b)②)。

■人デジタルツイン

人の外面だけでなく価値観や思考など内面まで再現する人デジタルツイン技術を研究しており、これが人を模したAI(人工知能)やロボットが人類を脅かすディストピアではなく、 Well-beingに貢献する未来のために、学際的な視点から技術のあり方を検討しています。また、デジタル空間での気持ちまで伝わる感性コミュニケーションについても研究しています。
この分野は、人のデジタル化を軸にし、Well-beingの重層構造では、個人を中心に、社会・集団、自己超越までをスコープにしています(図3(b)③)。

■人間情報科学

人々のWell-beingは多様であり、個人の心身の状態や価値観、さらには他者との関係性など多くの要因がかかわってかたちづくられます。この多様なWell-beingを包括的にとらえ、背後に存在する人間の情報処理メカニズムを理解し、そのメカニズムに働きかける介入法を研究しています。
この分野は、人間に関する基礎的な研究を軸にし、Well-beingの重層構造の各層を包括的に支える領域と位置付けられます(図3(b)④)。

今後の展望

人類は、石器時代から多くの道具をつくり、生活を便利にし、発展してきました。しかし、注意すべきは、人間が必要と思ってつくった道具が、逆に人間の生活を規定し、かたちづくってしまう可能性があることです。情報通信は、現代では欠かすことのできない重要な道具であり、生活に欠かせないインフラであるため、Well-beingに良くも悪くも大きな影響を与えます。今後、Well-beingについて研究を進めていくうえでは、このことを肝に銘じ、私たちがWell-beingな社会に向けて研究開発し、アウトプットしていくものによって、少なくとも社会を不幸せなものにするのではなく、Well-beingなものになっていくことを、想像力を働かせながら推進していきます。

■参考文献
(1) 渡邊・ドミニク・安藤・坂倉・村田:“わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために:その思想,実践,技術,”ビー・エヌ・エヌ新社,2020.
(2) https://toyokeizai.net/articles/-/455642

(左から) 鈴木 勝彦/宮本 勝

Well-beingというテーマは、情報通信の責任ある担い手であるNTTグループだからこそ注力すべき分野だと考えています。また、NTT グループ各社およびさまざまなパートナーの皆様とも1つになれるテーマだと考えています。

問い合わせ先

NTT社会情報研究所
企画担当
E-mail solab@hco.ntt.co.jp

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