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特集

人と社会のWell-beingを可能にする研究開発の取り組み

Social Well-being:個人の自律と集団の調和を利他的に共存できるつながり

本稿では、デジタル・リアル融合の分散型社会において、個人の自律と集団の調和の利他的な共存を可能にするというSocial Well-beingのコンセプトと、人文・社会科学的知見と技術的基盤に資する4つの取り組みを紹介します。

宮本 勝(みやもと まさる)/中嶋 良彰(なかじま よしあき)
古賀 祐匠(こが ゆうぞう)/西川 嘉樹(にしかわ よしき)
宮島 麻美(みやじま あさみ)/折目 吉範(おりめ よしのり)
今野 俊一(こんの しゅんいち)
NTT社会情報研究所

Social Well-being研究概要

■課題認識

働くことに関するWell-beingの国際比較調査(1)によると、日本では、働くことをとおして「人のためになっている」と回答した人が世界116カ国中5位と多い一方、「働くことそのものに喜びや幸せを感じている」と回答した人が世界95位と極めて少ないという傾向があります。アンケート結果を鵜呑みにしてはいけませんが、集団(社会や職場)への貢献は実感しますが、個人としての幸せが犠牲になっている、すなわち、個人と集団が二項対立になってしまっている傾向が示唆されます。
また、コロナ禍を起点にしたテレワークの急速な普及などの社会のデジタル化は、個人に新たな選択肢を提供しますが、フィルターバブル*1やエコーチェンバー*2により、この二項対立を助長する側面もあります。
さらに、人口減少や少子高齢化など社会環境が大きく変化する中、女性や高齢者の社会進出や雇用の流動化が求められていますが、雇用や昇進の慣行は中々変わらず、集団における役割や関係性が固定化されたまま限界を迎えつつあります。これは、職場に限らず、学校や家族などでも、同様の傾向がみられます。

*1 フィルターバブル:アルゴリズムがネット利用者個人の検索履歴やクリック履歴を分析し学習することで、個々のユーザにとっては望むと望まざるとにかかわらず見たい情報が優先的に表示され、利用者の観点に合わない情報からは隔離され、自身の考え方や価値観の「バブル(泡)」の中に孤立するという情報環境(令和元年版 情報通信白書より)。
*2 エコーチェンバー:ソーシャルメディアを利用する際、自分と似た興味関心を持つユーザをフォローする結果、意見をSNSで発信すると自分と似た意見が返ってくるという状況を、閉じた小部屋で音が反響する物理現象に例えたもの(令和元年版 情報通信白書より)。

■めざす方向性

そこで、本研究では、個人の自律と集団の調和を利他的に共存できるつながりをSocial Well-beingと定義し、これを可能にする社会をめざします。個人と集団の二項対立を超えるためには、自分(個人)を大事にすると同時に、自分を取り巻く人やモノも大事にし、思いやる利他的な考え方が重要と考えます。

■取り組みの全体像

上記社会を可能にするため、哲学や社会学等の理論を踏まえたデザインの実践による人文・社会科学的知見と、デジタルとリアル空間の行動を支援し、行動変容を促す技術的基盤からなる“Social Well-being Network”の実現をめざして取り組んでおり、以降で紹介します(図1)。

人文・社会科学的知見に資する取り組み

■Well-beingな社会を共創するデザインフレームワーク

Social Well-being Networkの実現に向け、「Well-beingデザインフレームワーク」の研究に取り組んでいます。Well-beingデザインフレームワークとは、経済成長に代わる新たな価値基準としてのWell-beingに基づくサービスや社会の仕組みを、多様なパートナーと価値観を共有しながら共創するためのデザイン方法論です。人文・社会科学的知見も活用したSelf-as-We (2)の考え方に基づく理論研究と実フィールドでのSocial Well-beingな社会のデザイン研究の両面から研究を推進しています。Well-beingデザインフレームワークを確立し、活用できる機会・人材を増やすことで、Social Well-beingな社会の実現に貢献することをめざしています(図2)。
(1) Self-as-Weの考え方に基づく理論研究
京都大学の哲学者、 出口康夫教授が提唱する東アジアの伝統思想を踏まえた全体論的自己観「われわれとしての自己(Self-as-We)」をベースに、個人特性や集団における人と人の関係性の質(フェローシップ)に着目し、Social Well-beingの定義・指標化ならびに計測方法に関する研究に取り組んでいます。また、デジタル・リアル空間におけるSelf-as-Weを考慮した人と人のつながりの実現に向け、情報の構成要素・伝送方法についても研究しています。
(2) Social Well-beingな社会のデザイン研究
働く(Well-working)、学ぶ(Well-learning)、家族などのつながり(Well-bonding)の3領域に着目し、地域住民、自治体、地域企業などのパートナーとの実フィールドにおける共創により、既存の役割にとらわれない新たな社会の仕組みづくりに取り組んでいます。また、パートナーとの関係構築方法やアイデア創出のためのツールおよび実践プロセスの具体化を進めています。

■Well-beingを支えるデジタル社会ルール

近年、コロナ禍のリモートワークにより「会社で仕事をする」という固定化された価値観が変化し、「ワークインライフ」という価値観が広く普及しましたが、Web会議システムにかかわる技術が、この価値観を現実的なものとしています。このように社会から求められる環境・状況に合わせたさまざまな技術やサービスが、新しい価値観を次々と生み出し、人々がさまざまな価値観を持つ複雑な社会に成りつつあります。一方で、急速に普及する技術やサービスが新たな問題を発生させ得る、負の側面もあります。例えば、リモートワークを想定した社内ルールが整備されておらず、一定の混乱が起きたと考えています。
とはいえ、このように社会やそれを構成する人々の多様な価値観がアップデートされる際に起き得るさまざまな問題をあらかじめ想定し、すべてルール化して対応することは困難です。そこで社会環境の変化や新しい技術・サービスの出現に合わせて、迅速にさまざまなステークホルダと合意形成を図りつつ、短期間で繰り返しルールをアップデート可能にすることが、来るべきデジタル社会やそれを構成する人々のWell-beingのために必要になると考え、私たちはスマートシティにおけるデータ利活用の合意形成を題材に研究に取り組んでいます。
スマートシティには多様な価値観を持った住民や来街者が存在します。そしてそこではさまざまなセンシングによるデータ取得・蓄積・分析により、新しい価値の提供や、より良い街づくりが可能になると期待されています。一方で、従来の法令やガイドラインでは想定していない、プライバシの問題や権利利益の問題が発生する可能性があります。私たちは街を構成するステークホルダ間で衝突が起きることを想定し、街、企業、そして多様な価値観を持つ人々が、集団と個人のそれぞれのWell-beingを達成するために、データ利活用に関してどのように協調しながら、ルールを合意形成するべきか、その仕組みについて研究を進めています。

技術的基盤に資する取り組み

■持続的Well-beingに資する内発的行動変容の支援技術

Well-beingの基礎条件である心身の健康の長期的な維持・向上をめざし、良い状態に向けた目標設定と行動の継続を支援する研究を行っています(図3)。人が表出する行動や対話を観測し、その人らしさを構成する個人特性や状態を理解して、個々人に適した介入を行うことで、内発的動機付けによる行動変容を促す研究を進めています。
(1) ナラティブ型行動変容研究――目標の設定
本研究では、ナラティブ(人の語り)に着目し、現状専門家が面談等で実施している、目標・行動計画立案を促すための個人理解や介入方法をモデル化し、その一部をシステムで実現することをめざしています(図3A)。現在は保健指導面談を題材に、実際の面談の分析や専門家レビューを行い、理解・介入プロセスのモデルを構築中です。内面の価値観に沿った介入でやる気を引き出し、行動につなげる人対人の説得戦略のモデルとして、健康指導領域で効果検証した後、他の領域への応用を検討していく予定です。
(2) 習慣変容研究――行動の継続・習慣化
本研究では、ライフログから行動パターンをモデル化し、目標達成に向けた行動プランを適応的に提供することで、個々人に合った生活リズム改善を支援することをめざしています(図3B)。現在は睡眠や運動の習慣改善支援のユースケースについて、介入効果を検証中です。習慣をセルフコントロールし、自己実現に向け挑戦できる社会に向け、さらなる応用展開を検討していきます。

■人々の多様な活動を自律的に 支援する環境構成技術「EASE」

Social Well-being Network実現に向けた技術的基盤として、デジタルとリアルの情報や機能を相互に連動させた活動支援によって、デジタルの恩恵を誰もが自身のリアルに反映し得る技術「EASE (Enhanced Autonomous Supportive Environment)」の研究を行っています(図4)。
人々はそれぞれが自律した自分(個人)でありながら、同時に会社や学校、家族や友人というさまざまな集団に属する自分でもあります。ところが、コロナ禍以降に社会で本格化したリモートワークは、人々を自宅の狭い部屋に押し込め、従来のようなコミュニケーションは困難になりました。例えば「相手は今、話しかけていいだろうか」「どの手段でコミュニケーションすべきか」と、考えるべきことは増えました。ここに現状のデジタル技術の限界があり、これは「EASE」によって解決できる課題の1つです。「EASE」により多様なデジタル技術が人々に寄り添うことで、相手が物理的に隣にいなくても、デジタル空間とリアル空間にまたがった円滑なコミュニケーションを実現できるようになります。
EASEは、「環境スキル」、「環境スキル・コンシェルジュ機能」および「活動環境インテリジェンス」によって構成されます。
「環境スキル」はデジタル空間からリアル空間にわたるさまざまなサービスおよびデバイスを利用するための人々のサポート機能群です。「環境スキル・コンシェルジュ機能」は環境スキルを適切に操作して人々を実際にサポートするだけでなく、人々からのフィードバックを受けてサポート力を向上できます。「活動環境インテリジェンス」は離れた場所にいる人々の知見・状況等を共有し、個人と集団の双方にとって最適なサポートを提供可能にします。
これら3つが連動することで、例えば、遠方にいる人々のプレゼンス情報の提示、手元のカメラ・マイクの操作等が自律的に行われ、なおかつ、相手との関係性(同僚か、家族か、友人か等)を考慮した制御がなされ、Social Well-beingを技術的に支えていきます。

今後の展望

まずは、ワークインライフ、地域創生に注力し、社会価値創出の実践や、人文・社会科学系の有識者との連携を通じ、新たな知見、技術、事業共創モデルを共創していきます。

■参考文献
(1)https://www.persol-group.co.jp/news/20210929_8855/
(2)https://group.ntt/jp/nsl/deepdive-0/

(上段左から)宮本 勝/中嶋 良彰/古賀 祐匠/西川 嘉樹
(下段左から)宮島 麻美/折目 吉範/今野 俊一

人は、社会的な生き物であり、1人では生きていけず、やはり誰かとかかわりながら生きていくのだと思います。かかわる相手と“わたしたち”という関係になることが、Social Well-beingの第一歩だと考えています。

問い合わせ先

NTT社会情報研究所
Well-being研究プロジェクト
TEL 046-859-2201
E-mail solab-shaup-hosa@hco.ntt.co.jp