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特集 主役登場

変化する現在(いま)、持続する未来(あす)

とっさに判断して動く脳のメカニズムの解明に向けて

小林 明美
NTTコミュニケーション科学基礎研究所
研究員

私は大学院時代宇宙物理学を専攻していて、人の役に立つ研究がしたいと思いNTTに入社しました。入社してからしばらくはヒューマンインタフェースの研究に従事していましたが、元々大学で基礎研究をしていたこともあり、研究を進めるにつれ、そもそも人はどのように感じて判断し、動いているのかを解明したいという思いが強くなり、現在取り組んでいる「とっさに判断して動く脳のメカニズムの解明」という研究テーマに着手しました。
日常生活では、とっさに判断をすることが多くあります。例えば、何か物が飛んできて手でそれを取ろうとしているときにそれが危険な物であることが分かったら、取るのをやめて素早く手を戻さなければ怪我をしてしまいます。それ以外にも、車の運転など、瞬時に判断して動かなければならないシーンは多くあります。これらのシーンではゆっくり時間をかけて判断して何か決まった動作を実行するのではなく、時間が限られている中で動きながら判断をしています。この短時間で動きながら判断するという状況がより顕著になるのは、私が現在研究の題材としている野球などの球技スポーツシーンです。例えば、野球の打者は時速150キロの球を打つときに約0.4秒という短い時間で球筋を見極めてバットを操作する必要があります。正確な判断や動作には時間が必要ですが、このような厳しい時間制約下でどのように判断と動作を両立させているのか、その脳情報処理の仕組みについて研究を行っています。
従来、判断や動作の研究は別々に扱われることが多いですが、両者は密接に関係すると考えられます。私たちは、判断と動作の関係性を評価するため、野球の打撃に似せた2次元の腕動作実験を行い、厳しい時間制約下では打つか見送るかの判断が悪くなり、結果的に打ち返せる割合が低くなることを確認しました。そして、そういった判断の悪化を防ぐために、なるべく動作開始を遅くすることや、特に見送るときに適切に動作を途中で止めるといった動作戦略を変更できることが重要であることを発見しました。NTT コミュニケーション科学基礎研究所では、基礎実験による人の脳情報処理メカニズムの解明だけでなく、実戦やVR(Virtual Reality)など幅広い環境での実験を行うことで、現場の実課題と基礎をつなぐ研究を行っています。現在、VRを使ったトレーニングへの応用や、運動経験による判断・動作特性の違いについて検討を進めており、さまざまな脳情報処理機能の評価や学習手法の確立をめざしています。人の判断・動作特性を理解することは、新たな才能発掘や、リハビリテーションへの応用などへも貢献できると考えています。
私が最初研究していた宇宙の研究と、現在取り組んでいる人の研究は、一見全く関係ないようにみえますが、実は、判断の数理モデルと天体形成モデルには共通点があり、宇宙と人のつながりに面白さを感じています。将来、宇宙物理学の研究背景を活かした研究テーマを生み出すことも私の目標の1つです。