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電気刺激による効率的な運動学習で 人間の可能性を拡げる筋肉インタフェース技術

従来の運動学習は視聴覚を中心とした学習でしたが、初心者が熟練者のような筋肉の使い方を習得するには長い時間をかける必要がありました。今回は、電気刺激を用いて効率的な運動学習を実現する筋肉インタフェース技術について、新島有信特別研究員にお話を伺いました。

新島 有信
特別研究員
NTT人間情報研究所

PROFILE

2017年東京大学大学院博士課程修了。博士(工学)。2012年、日本電信電話株式会社に入社、NTT人間情報研究所に所属。2021年よりNTT人間情報研究所特別研究員。情報通信・ヒューマンインタフェース、インタラクションの研究に従事。日本バーチャルリアリティ学会サイバースペース研究賞、Best Poster Award,Augmented Humans 2021等を受賞。

運動学習を効率化して人間の可能性を拡げる筋肉インタフェース技術

◆「運動学習のための筋肉インタフェース技術」とはどのようなものでしょうか。

「運動学習のための筋肉インタフェース」という技術をひと言で表すならば、筋肉を通じてスポーツや楽器演奏などの運動の学習を支援するシステムです。私が行っている現在の研究では、ピアノ演奏の学習を対象にしていますが、熟練者と初心者の動きをセンサで分析したときに身体の使い方が全く異なるというデータが出ます。初心者が熟練者のようにピアノを弾けない理由の1つとして、無駄な力を入れていたり、逆に使うべき筋肉を使わなかったりしているということが挙げられます。そこで、熟練者と初心者の身体の使い方の違いに基づいて、初心者の筋肉に電気刺激を流すことで、熟練者の動きを直接体感することが可能となるシステムを実現しようと考えました。
例えば従来の運動学習では、熟練者が初心者に身体の動かし方を言葉で伝えて教えたり、初心者が熟練者の演奏を観察したりして学ぶ、といった視聴覚を中心とした学習が行われていました。しかし、熟練者の筋肉の動かし方を視聴覚だけで学習することは難しいと考えられます。そこで、より直接的に筋肉を動かすことで筋肉の動かし方を効率的に学習することをめざしているのが筋肉インタフェース技術です。
私は大学でスポーツチャンバラをやっていて、大学の新入生や小学生にも教えてきたのですが、初心者に共通して最初に教えないといけないことは「もっと力を抜いて剣を振ってください」ということでした。一方、自分が水泳を習っているとインストラクタに「力を抜いてください」と同じことを言われ、またピアノの弾き方を本で勉強すると、そこでもやはり「力を抜いて演奏しましょう」と書いてありました。どんな運動でも「力を抜く」ということが1つのポイントになっているのは面白いと思い、運動学習に興味を持ち、「これをコンピュータで支援することができないか」と考えたのがこの研究を始めたきっかけです。

◆筋肉インタフェース技術はどのような方法で行うのでしょうか。

筋肉インタフェース技術では、EMS(Electrical Muscle Stimulation)という電気刺激で筋肉を動かす技術を用いて、熟練者の筋肉の動きを初心者に伝えています。筋肉は脳から電気信号を与えることで収縮するのですが、その脳からの電気信号の代わりに、外部から筋肉に電気刺激を与えるのがEMSの技術です。
この技術は、もともとリハビリ用途として医療分野で使われていたのですが、健常者が運動学習をするときのインタフェースとしても使えないか、というところから研究を始めました。
図1はEMSによるピアノ演奏の運動学習支援を説明したものです。ピアノ演奏では2つ以上の鍵盤を高速で弾く「トレモロ」という奏法があります。これは初心者にとっては簡単なようで難しい技術で、すぐに疲れを感じてしまい長時間演奏することができません。その理由を調べるために、筋電(EMG:Electromyography)センサを使って初心者と熟練者の演奏中の筋肉の使い方を分析すると、初心者は熟練者に比べて、指を動かす総指伸筋や長母指伸筋などの筋肉に無駄な力みがあることが分かりました。これに対して熟練者は、指を動かす筋肉ではなく手首を回転させるための回内筋と回外筋という筋肉を使って弾くことで、疲れを感じずに長時間演奏することができます。そこで初心者の腕の筋肉の使い方を変えるため、回内筋と回外筋に交互にEMSを提示することで、熟練者のように手首を回転させながらトレモロを弾く技術を教えるシステムをつくりました。このシステムを用いた練習を通じて、指ではなく手首の回転を意識することで、疲れずに長時間トレモロを演奏するコツを短時間の練習で習得することが可能になります。
ここで重要なことは、初心者自身も電気刺激の動きに合わせて手を動かし、能動的に学習していくということです。そうすることで運動学習が進み、練習後にEMSなしでトレモロを演奏しても、きちんと手首の回転を使って弾くことができるようになります。
従来のヒューマンインタフェースにおけるEMS技術では、EMSで筋肉を収縮させて動かすことが目的の研究が多く、脱力支援を目的とした研究はほとんどありませんでした。それに対してこの筋肉インタフェース技術では、熟練者の効率的な身体の動かし方のデータに基づいて初心者の筋肉に電気刺激を与えることで、間接的に特定の筋肉の弛緩状態を転写することが可能になったことが大きな進歩です。
この研究で一番難しいことは、どこまで複雑な運動を教えることができるかということです。例えば全身運動といわれているゴルフスイングの学習支援では、複数の筋肉が運動に関与するため、問題が複雑になってきます。そのようなときに、どの筋肉に電気刺激を与えてどのような動きをさせれば、熟練者のような動きが学習できるか見極めることがこの研究の肝だと思っています。これを達成するためには、研究をする運動分野の知識を得ることから始まって、文献だけではなくあらゆるメディアから徹底的に情報を集め、それぞれに共通する運動のコツなどを抽出しています。そのあとに、運動時の生体信号を筋電センサやモーションキャプチャを使ってデータ化し、どの筋肉をどのように使っているかを分析していきます。分析の方法は個別の筋肉データを見るという方法だけではなく、筋シナジー解析といった手法を使って、どの筋肉とどの筋肉が協調しているのかという筋協調運動を解析します。このようにしてさまざまなデータを集めることで、熟練者の動きを再現するにはどの筋肉に着目すればよいのか見極めることができています。またデータを集めるという段階では終わらずに、最終的には実際に電気刺激を与えるシステムをつくって自分で試し、運動学習のコツをつかむ感覚を体験できるかどうかを主観的にも評価することを大事にしています。

チャレンジの障壁を取り払う筋肉インタフェース技術の未来

◆筋肉インタフェース技術を応用した今後の展望について教えてください。

図2は、私が研究している筋肉インタフェース技術などのサイバネティックス技術と、ネットワークを通じて人の動きをコントロールするという人間拡張基盤との連携を表したものです。今後の展望として、人の動きを別の人にコピーする運動転写技術を使って、熟練者の身体情報データを離れた場所にいる初心者に送り、電気刺激装置で刺激を受け取ることで、リモートでリアルタイムの運動学習支援ができるのではないかと考えています。
また自身の過去と現在の動きをシンクロさせて、老化して筋力や認識力が衰えて、若いときはできていたものができなくなったときに、昔のデータをダウンロードして身体の動かし方を取り戻させることで、健康寿命を延ばすことができればよいなと考えています。人は新しいことにチャレンジしなくなると一気に活力がなくなってしまいますので、筋肉インタフェースによる学習支援を使うことで、技術習得における最初の障壁を乗り越えてもらい、何歳になっても新しいことにチャレンジできるという人生の手助けをしたいと思っています。

◆研究者や学生、ビジネスパートナーへメッセージをお願いします。

現在私が所属しているNTT人間情報研究所では、名前のとおり人間を中心にした研究を強く意識しています。ときに技術者や研究者は、人間を置き去りにして技術をどんどん高めていくことに注力しがちです。しかし一度立ち止まって研究の目的は何かということを考えると、やはり「人の生活や未来を良くする」ことが目標にあるはずです。私自身も、ヒューマンコンピュータインタラクションの研究者として、人間を研究の対象の中心として扱っていますので、人間情報研究所のビジョンに共感でき、とても働きやすい環境だと感じています。
NTTの強みの1つは、社内の多様な専門家と気軽に話ができることだと思います。私の研究分野のヒューマンコンピュータインタラクションというのは、専門技術が定まっていないともいわれる学術分野であり、研究を始めようとしたときに必要な知識や技術が広範囲にわたります。例えば今研究している運動学習支援においても、センサの技術や解析の技術、一連のシステムを組むためのエンジニアリングのスキルに加えて、人間の運動に関する脳神経科学の知見やさまざまな筋肉に関する知識も必要です。これらの別分野の知識や技術を併せて、初めて1つのテーマを遂行できます。このときに、自分1人ですべてを調べるとなると、多大な時間と労力が必要ですが、NTTではほかの研究員に気軽に尋ねたり、簡単に会って打ち合わせすることができますので、それにより短時間で必要な専門知識を習得できます。
またNTTという会社のネームバリュー、大きさというのはやはりすごいなと感じています。一般に研究者は、研究して論文を書いてどこかの学会で発表して終わりということが多いのですが、NTTでは社会に向けて技術を発表したときに桁違いの反響を得られ、社会実装につなげていくことができます。そこがNTTならではの達成感、やりがいかなと思っています。
最近では自分の好きなものが分からないまま研究をしているという若手の研究者や学生の方がいますが、私自身が研究を続けていて思ったことは、やはり自分の好きなことをやるというのがすごく大事だということです。例えるならば、大学や大学院での研究は短距離走のようなものなので、自分の興味がなくても短期的な目標のために頑張ることができます。しかし社会人になってからは長距離走のようなもので、今後研究が何十年も続くとなると、興味がないことを続けるというのは難しいことです。そこで、どうすれば長く走ることができるかを考えたときに、やはり好きだからやるというのはとても大きな原動力だと思います。私自身も、日々いろいろなことに興味を持ち「これは面白そうだな」と思って研究を始めることが多々あります。もちろん、社会の課題を解決するという思いは大事なのですが、それだけではなく、自分はそもそも何が好きなのかを見つめ直して、それをはっきり言語化することを大切にしてほしいなと思っています。