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特 集

人と社会のWell-beingを可能にする研究開発の取り組み

人々のWell-beingの理解と向上をめざした人間情報科学研究

人々のWell-beingは多様であり、個人の心身の状態や価値観、さらには他者との関係性など多くの要因がかかわってかたちづくられます。私たちは、この多様なWell-beingを包括的にとらえ、背後に存在する人間の情報処理メカニズムを理解し、そのメカニズムに働きかける介入法を考え出すことで、人々のWell-beingの向上に貢献したいと考えています。本稿では、現在私たちが進める人の情動を基点としたWell-beingの理解と実現に関する研究を紹介します。

西條 直樹(さいじょう なおき)/藤野 正寛(ふじの まさひろ)
村田 藍子(むらた あいこ)/大石 悠貴(おおいし ゆうき)
渡邊 淳司(わたなべ じゅんじ)

NTTコミュニケーション科学基礎研究所

人々のWell-beingと人間情報科学研究

NTTコミュニケーション科学基礎研究所 人間情報研究部では、「こころまで伝わる」情報通信技術の実現をめざし、情報科学、心理学、神経科学という3つの切り口から、人間の脳や身体を対象として、感覚・情動・運動にかかわる情報処理メカニズムを研究しています。私たちは普段、目・耳・鼻・舌・皮膚といった感覚器官を通じて世界を感じとり、身体を動かしてその世界に働きかけています。この身体というインタフェースをとおして、私たちは相手のこころを受け取ったり、相手のこころに働きかけたりすることで、こころが伝わり合います。この「こころ」を伝え合う際にとりわけ重要で、しかも思いどおりにコントロールすることが難しいものが情動です。情動には、相手のこころを受け取ったときに、無意識的に身体の反応として現れるもの(情動反応)と、その中で自覚・認知されたもの(情動認知=感情)があり、それらが相互作用しながら、私たちの日常の知覚体験や行動を大きく修飾しています。
この情動は私たちのWell-beingにも深くかかわっています。Well-beingとは「生き生きとした状態」のことで、私たち自身がありありと感じているものです。この主観的な体験には、環境や相手から情報を受け取ったときに生じる情動反応や、その中で私たちが主体的に意識できる情動認知が組み込まれています。つまり、Well-beingは情動から多大な影響を受けているのです。そのため、人の情動のメカニズムを理解し、適切に対処することが、Well-beingの向上支援につながるものと考えています。

心身の状態を整える「情動制御法」としてのマインドフルネス瞑想研究

日々変化する情動は時に私たちの生活を豊かにし、時に私たちを苦悩へと引きずり込みます。こうした情動変化とうまく付き合い、「生き生きとした状態」であることが個人のWell-beingの基礎になります。しかし、めまぐるしく変化する環境、あふれる情報、多くの他者とのかかわりなど、ストレスの多い現代の社会生活においては、その実現が容易ではありません。そこで近年注目を集めているのがマインドフルネス瞑想です。現在、世界的にこの瞑想を社員のストレス低減や集中力・生産性向上の方法として導入する企業や、子どものストレス低減や感情とうまく付き合う方法として導入する学校も増えてきており、さらにはさまざまな瞑想アプリが開発されるなど、社会実装も急速に進んでいます。私たちはこのマインドフルネス瞑想の実践がもたらす生理・心理・神経メカニズムの研究を進めており、科学的知見に基づいた新たな介入法の確立をとおして人々のWell-beingの向上に貢献することをめざしています。

マインドフルネス瞑想がもたらすストレス低減効果の生理基盤

「今この瞬間の経験を評価や判断することなくありのままに気づいている状態」を“マインドフルネス”といいます。この状態を実現するための“マインドフルネス瞑想”は、呼吸など1つの対象に対する注意集中から始め、徐々にその範囲を広げてさまざまな感覚や感情や思考に気づき、かつそれらに振り回されないように注意や情動を制御するためのメンタルトレーニングです。近年多くの研究によって、この瞑想がストレスの低減やうつの再発予防、Well-beingの向上に効果があることが明らかになってきています。
しかし、これまでの研究では、マインドフルネス瞑想がストレスを低減する背後にある生理学的メカニズムは不明確なままでした。一般に、ストレスを測る指標として自律神経活動やストレスホルモン濃度が用いられますが、マインドフルネス瞑想がこれらの生理指標にもたらす効果に一貫性がなかったのです。そこで、私たちはマインドフルネス瞑想が1つの対象に注意を集中する“集中瞑想”と、さまざまな感覚や感情や思考にありのままに気づいている“洞察瞑想”という2つの瞑想法を組み合わせたものであることに着目しました(図1)。過去の研究では、どちらか一方の瞑想法の効果が出ていたり、2つの瞑想法の効果が混ざって出ていたりしたために、研究間に一貫性がなかったのではないかと考えました。
まず、私たちは瞑想未経験者でも集中瞑想や洞察瞑想を実践できる各30分のインストラクションを開発し、集中瞑想と洞察瞑想がもたらす生理学的なストレスレベルの変化を調べました。その結果、集中瞑想はリラックスの生理的基盤である副交感神経の活動を上昇させました(図2(a))。一方、洞察瞑想は覚醒の生理的基盤である交感神経の活動を上昇させ(図2(b))、同時にストレスの指標といわれるコルチゾールのレベルを低下させました(図2(c))。これらの結果を解釈すると、集中瞑想では、1つの対象に集中することで雑念が静まりリラックスできていた可能性が考えられます。一方、洞察瞑想では、逆にさまざまな感覚や感情や思考に気づいているような覚醒度が高い状態でありながら、それらにありのままに気づけているためにストレスが低下していた可能性が考えられます(図2(d))。このように、集中瞑想と洞察瞑想は互いに異なる生理メカニズムを起動していて、それぞれ異なる方法でストレス軽減に寄与していることが示されました(1)
このような集中瞑想と洞察瞑想を効果的に組み合わせることで、自律神経活動やホルモンの変化などの個人の内部状態を適切にコントロールすることを通じて、私たちのWell-beingを自分自身で向上できる可能性がみえてきました。

人々のWell-beingの多様な要因を測る

人々のWell-beingは多様であり、個々人の身体や情動の状態だけで決まるものではありません。その人にとって大切なことや、その人が他者や環境とのかかわりをどのようにとらえているかなどによっても変化するものです。つまり、人々のWell-beingをより深く理解するためには、より多面的にとらえる必要があります。そこで私たちは、①主観的な心身の状態変化、②自分にとって満たされるべき価値(価値観)、③他者との関係性のとらえ方(自己観)、を計測する独自の手法を考案し、それぞれの妥当性の検証を進めています。

■心身の状態変化をとらえる直感的・身体的経験サンプリング手法

情動には身体的な情動反応と主観的な情動認知という側面があることから、個人の内部状態を知るためには、ホルモンや自律神経活動といった客観的な生体指標に加え、主観的な心的状態の変化を計測することも必要です。主観的な心身の状態の評価方法の1つに経験サンプリング法があります。これは人々の思考や感情、行動などをその事象が起こった瞬間またはその直後に回答し収集する方法ですが、1日に何回も記録するため、簡単かつ直感的に回答できる方法が望まれます。そこで私たちは、身体性を伴い、直感的かつ主観的な表現である感嘆詞やオノマトペを活用することを考案しました(2)。これは、1日の中で数回、その瞬間の気分を「わーい」や「しょんぼり」といった感性表現語で記録していく方法で、ユーザの負担が少ないかたちで、主観的で刻々と変化していく心的状態を調べることができます(図3(a))。
実際にこの手法を使って日々の心的状態の変化とWell-beingの関係を調査したところ(16名×4週間の調査)、例えば、「いい1日だったな」(Well-beingが高い)と思う日には、瞬間的な喜びである「よっしゃあ」よりも、未来への期待である「うきうき」や、ポジティブな状態である「いきいき」「にこにこ」が多く記録されることなどが確認されました(図3(b))。

■価値観の可視化・共有ツール

自分にとっての大切なもの、心が満たされるものは人それぞれです。自分の価値観に改めて気づくこと、周りの人の価値観との共通点や相違点に気づいて、相互理解することは多様なWell-beingを尊重し実現する第一歩です。
私たちは約1300名に「自分にとって大切なこと」を3つ挙げてもらうアンケート調査を実施し、そこで得た約3900の回答をカテゴリ化しました(図4(a))。その結果、自分に関すること(I)、他者とのかかわりに関すること(We)、地域や社会とのかかわりに関すること(Society)、世界や自然とのつながりに関すること(Universe)に分類できることが分かりました(3)。この4つの分類の中で主要な要因を抽出し、27枚から成る「わたしたちのウェルビーイングカード」を作成しました(4)(図4(b))。このカードは、自分や周りの人がどんな価値観を持っているのかに気づくことを促進するツールとして利用できます。
実際に、小学生を対象にこのカードを活用し、自分のWell-beingにとって大切なことをグループの中で紹介し合い、グループ全員のWell-beingを実現する旅行プランを考えるワークショップを実施しました。参加者からは「他の子と同じところ、違うところがあってびっくりした」「他の人がいることで旅行の物語が無限に広がった」といった感想があがるなど、価値観の多様性の相互認識が進んでいた様子がみられました。

■全体論的自己観Self-as-we尺度

自分と環境や他者との関係性のとらえ方、つまり「自己観」は文化や個人によって異なることが指摘されています。私たちは京都大学の哲学者出口康夫教授との共同研究で、個人特性計測に関する心理学の手法に基づいて、出口教授が提唱する「われわれとしての自己観(Self-as-We)」を定量評価する「Self-as-We尺度」を開発しました(5)
「わたし」は自律的存在であり、自己であるわたしが道具や環境を制御し、他者とのかかわりがなくても「わたし」は存在可能であるととらえる自己観が一般的ですが、「われわれとしての自己観」は、他者や環境、道具を含むあらゆる物からなる「われわれ」全体を自己ととらえ、その中の「わたし」は、そのほかの人や物と同じく、「われわれ」から行為の一部を委ねられている存在とみなします(図5)。つまり、「われわれ」の中の人や物は等しく仲間であり、尊重すべき存在であるというとらえ方でもあります。Self-as-We尺度は、このような環境や他者とのかかわりのとらえ方を、複数の項目から構成されるアンケートによって定量化する尺度です。
実際にこのSelf-as-We尺度を用いて、コロナ禍におけるメンタルヘルスと自己観の関係性を調査すると、「われわれとしての自己観」の度合いが強い人ほど抑うつ傾向が低い、つまりメンタルヘルスが良い状態であることが分かりました(6)

おわりに

人々のWell-beingの向上に貢献するためには、その背後にある人の情動のメカニズムの理解に加え、多様なWell-beingを包括的にとらえて理解し、働きかけることが必要です。私たちはこれからも、心理学、神経科学、情報科学、哲学やデザインなど多様な視座から人々のWell-beingを理解するとともに向上に貢献することをめざす人間情報科学研究を進めていきます。

■参考文献
(1) Y.Ooishi, M.Fujino, V.Inoue, M.Nomura, and N.Kitagawa:“Differential Effects of Focused Attention and Open Monitoring Meditation on Autonomic Cardiac Modulation and Cortisol Secretion,” Frontiers in Physiology, Vol. 12, No. 675899,July 2021.
(2) 渡邊・村田:“ポジティブ・コンピューティングを自分事とするために : ウェルビーイングへの身体性からのアプローチ,”感性工学, Vol. 18,No. 2, pp. 63-67,2020.
(3)渡邊・ドミニク・安藤・坂倉・村田:“わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために−その思想,実践,技術,”ビー・エヌ・エヌ新社, 2020.
(4) https://hyper.ntticc.or.jp/kids2021/ourwellbeingcards
(5) 渡邊・村田・高山・中谷・出口:“「われわれとしての自己」を評価する―Self-as-We尺度の開発―,”PROSPECTUS, Vol. 20, pp. 1-14,2020.
(6) 村田・渡邊・出口:“新型コロナウイルス感染拡大下における抑うつ傾向と「われわれとしての自己」との関係,”PROSPECTUS, No. 20, pp. 15-33,2020.

(上段左から)西條 直樹/藤野 正寛/村田 藍子
(下段左から)大石 悠貴/渡邊 淳司

私たちはこれからも、人間情報科学の基礎研究をとおして、人々の多様なWell-beingの理解と向上に貢献していきます。

問い合わせ先

NTTコミュニケーション科学基礎研究所
人間情報研究部
TEL 0774-93-5020
E-mail cs-liaison-ml@hco.ntt.co.jp