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トップインタビュー

限界の扉を希望を込めて拓いていこう

さまざまな分野への挑戦を通じて、世界中のすべての人々の生活を豊かにする「スマートな社会=Smart World」の実現に挑むNTTグループ。新たな世界を実現するIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想を掲げ、社会課題の解決や革新的サービスの創出をめざしています。IOWN構想の名付け親である川添雄彦代表取締役副社長に、IOWN構想の進捗とトップとしての仕事への向き合い方を伺いました。

NTT代表取締役副社長
川添 雄彦

PROFILE

1987年日本電信電話株式会社に入社。2008年研究企画部門担当部長、2014年サービスエボリューション研究所長、2016年サービスイノベーション総合研究所長、2020年常務執行役員 研究企画部門長を経て、2022年6月より現職。
2019年4月NTT Research Inc. Director、2020年1月IOWN Global Forum Pres­i­dent and Chairpersonを兼務。工学博士。

IOWN構想具現化の目標設定を2025年。大阪・関西万博で発表

就任おめでとうございます。現在の立場となられてどのような変化がおありですか。

研究企画部門長から現職、副社長という立場の変化によって、物事をとらえる時間の感覚が変わりました。「研究」の場合、その営みの中で将来を予測する、創出することが非常に重要です。今ある技術の先に何があるのかを常に考えて研究を進めなければ、成果が出てくるころには廃れているということもありますから、前職の研究企画部門長としては直近に達成するだろう成果を見つつ、中長期的な視点で当該研究や技術の方向性・重要性をかんがみて、研究開発を進めていくことをメインに取り組んできました。
副社長となり、特にCTO(Chief Technology Officer)という立場では研究のみならず技術全般を担当します。技術により、今目の前にある社会課題を早急に解決することは必須で、まずはその使命を果たさなければなりません。さらに、災害等の非常時に社会インフラとして通信を確保することとその技術、サービスを高品質で安定的に提供することとその技術についても重要なミッションです。もちろん研究開発も所掌しているので、中長期的な視点での研究開発も進めていきます。そのうえで、研究開発の先進的な成果を円滑に事業に導入し、社会に貢献していくことが重要な役割で、その意味でIOWNの実現は1つの象徴的なテーマであると考えています。
さらに、CIO(Chief Information Officer)、CDO(Chief Digital Officer)の立場もあり、デジタルトランスフォーメーション(DX)が大きくかかわってきます。島田明新社長が「CX(Customer Experience)をEX(Employee Experience)で創造する」と表明していますが、このためにDXは必須のものです。NTTグループ各社のCIO、CDOと連携して、DXを積極的に推進していくつもりです。

注目すべき取り組みを教えてください。まず、副社長が名付け親であるIOWN構想は3年目を迎えましたね。

2019年のIOWN構想の発表後、カーボンニュートラル実現の重要性や昨今の半導体不足、不安定な社会情勢を背景とした日本の経済安全保障の問題等、さまざまな社会課題が浮き彫りになってきました。
これらへの迅速な対応をかんがみてIOWN構想は目標設定時期を2030年から5年前倒し、2025年としました。これは、2020年に設立したIOWN Global Forum(IOWN GF)の存在が大きく影響しています。先に挙げた解決すべき社会課題に挑むには幅広い研究・技術分野の専門家やグローバルパートナーとの連携が必須です。賛同してくれたインテルやソニーとともに立ち上げたこのフォーラムは、今や参加企業がスウェーデンのEricssonや米国NVIDIAなど世界の主要IT企業等をはじめ、100社を数えるまでに成長しました。参加企業の数が年々増えていることからも、IOWN構想が世界から注目されていることが分かります。IOWN GFにおける議論が進み、NTTにおける研究がうまく進捗していることから前倒しの可能性が出てきました。そして、世界的に注目される2025年の大阪・関西万博において、IOWNのプロダクトを世界に向けて発表しようと計画しています。
さて、IOWNによるイノベーションはさまざまありますが、その中の1つ、宇宙データセンタ事業についてお話しします。私たちは現状の宇宙活用の限界を打破するため人類史上初の「宇宙データセンタ」の実現をめざして、2022年、スカパーJSATとともに、株式会社 Space Compassを設立しました。2019年のインタビューでもお話ししたとおり、入社当時の私の研究テーマが通信衛星であったように、かつてNTTも通信衛星を開発し運営していました。その後、光ファイバが地上で普及したことや莫大な費用により、事業から撤退したという経緯があります。しかし、昨今の技術革新によって、より高い周波数の利用により高速通信が可能になりました。こうした技術革新のポテンシャルを考えると、当時私たちが諦めてきたことを実現できる可能性が高まったといえましょう。
また、過日、発生した通信障害等よる社会生活の混乱を見ても分かるように、不確実なことにも対応できるよう盤石なインフラを築くことはNTTの社会的な使命であり、そのためにも通信衛星が果たす役割が大きくなってきています。こうした背景から、解決策の1つとして私たちは人類史上初の「宇宙データセンタ」の実現をめざしているのです。
宇宙統合コンピューティング・ネットワーク構想はまず、宇宙における大容量通信・コンピューティング基盤と、Beyond5G/6G(第5/第6世代移動通信システム)におけるコミュニケーション基盤の2つの事業を展開します。まず、高度なコンピューティング機能を搭載した衛星を順次拡充し、宇宙での大容量通信・コンピューティング処理基盤を提供します。先述の大阪・関西万博において、NTTの大容量光通信技術の宇宙での実証を披露し、将来的には本サービスを全世界に展開する予定です。
そして、Beyond5G/6Gコミュニケーション基盤に関しては、宇宙RAN(Radio Access Network)事業として、成層圏に飛行させる基地局HAPS(High Altitude Platform Station)を活用した撮像センシング等についても提供を検討します。宇宙空間に構築する光無線通信ネットワークや成層圏で構築するモバイルネットワーク等、新たなインフラの構築に挑戦することで、世界の宇宙産業の発展と持続可能な社会の実現に貢献したいと考えています。

NTTの強みは基礎となる技術、知見の積み重ね

IOWN構想をはじめ人類初の取り組みには目が離せませんね。これらはNTTの研究力、技術力によって生み出されているのですね。

研究開発における先見の明の磨き方の1つは基礎学問を徹底的に追究しながら研究活動を継続していくことだと私は考えています。一般的に、すぐに使える技術や研究成果に注力する、例えばGAFAにおけるAI(人工知能)といえばそれに集中特化する等、時代や課題、トレンドに流されることが多いかもしれません。このような思考の企業、あるいは研究者、開発者はそれらを築くための基礎となる技術については、他の人の成果を利用しているのではないでしょうか。
一方で、NTTの研究所では基礎となる技術や研究まで手掛けています。IOWN構想を支える光の基礎研究も1960年代から約60年にわたり脈々と積み重ねてきたからこそ、今があるのです。こうした基礎となる技術、知見の積み重ねという強さがNTTにはあります。それは、事業で得た貴重な利益から研究費を生み出して、研究を継続することを許す強さです。多くの社員が汗を流して得た利益を使って、基礎研究の必要性・重要性を証明することができる強さがNTTにはあるのです。さらに、研究者の使命ともいえる実証責任を全うしているからこそ、今日まで研究開発を続けられているのだとも実感しています。
ちなみに私は、これまでのNTT人生において、研究者でもあり開発者でもありました。おそらく半分以上は事業寄りの開発を手掛けてきました。入社当時、NTTでは研究と開発は車の両輪に例えられ、双方をうまく回していくことを重要視していました。つまり、研究と開発のそれぞれを専門的に担う人と、研究と開発の両方を担って両輪を回す役割がありました。私は研究と開発のちょうど中間に位置して両輪を回す役割でした。

研究と開発の双方をご存じなのは心強いですね。研究開発のあり方における具体的なビジョンはおありですか。

現在、構想を練っているのが、私が担ってきた両輪の役割をあえて設けず、研究と開発のいずれかの役割に注力してもらうことです。これは本当に厳しいことを求めていると理解しています。研究には波があり、上手くいかないときには開発を手掛け、そこから着想を得て、研究を再開して活動を循環させて活路を見出すことがあります。このように両輪の役割を担うことで一定量の仕事を安定して担うことができますし、自分は仕事をしている、役立っているという感覚を得ることはできるでしょう。しかし、研究、あるいは開発に特化しろと言われたら、ある意味で逃げ道は断たれるわけですから、タフでなければ乗り越えられないですよね。
本当に難しいし、全員が乗り越えられないかもしれませんが、その苦しみの先にどれだけ素晴らしいことが待っているのかを理解してほしいのです。そして、苦しいけれど頑張ろうという気持ちを養う環境をつくることが、副社長の立場である私に求められているのだと思います。すべての研究者、開発者、社員がより幸せでいてもらえるように、たとえ制約はあっても研究開発のリソースを確保したいですね。皆さんが楽しく幸せであることを大切にしたいと考えています。

仕事とプライベートはオンとオフのコンビネーション

副社長はさまざまな組織のトップとしても活動していらっしゃると伺いました。仕事とプライベートの両立は大変ではありませんか。

私は現在、先にお話したIOWN GFのPresident and Chairpersonに加え、IEICE(電子情報通信学会)の会長、そして変わったところでは、日本ウインドサーフィン協会の会長でもあります。
ご質問のとおり、「これだけ忙しいのにどうやって時間をやりくりしているのですか」等と言われることがありますが、私は仕事とプライベートのオン・オフを切り替えるスタイルはとらず、仕事とプライベートをコンビネーションでとらえています。
例えば、ウインドサーフィンの話ですが、世界的なスポーツイベントが東京で開催されると決まったころ、日本ウインドサーフィン協会の会長だった長谷川常雄さんが訪ねて来られ、「川添さん、ウインドサーフィンをメジャーにしてください。NTTの技術力やアイデア力を使って何かできないでしょうか」と言うのです。それならKirari!(超高臨場感通信技術)を使って、離れた会場に熱戦の臨場感を届けるようなそんなことはできないだろうかと盛り上がり、これが縁で「次期会長を川添さんにお願いしてほしい」と、長谷川さんが生前言い残されたというのです。私は学生時代にウインドサーフィンをやっていたこともあり、お引き受けすることにしました。昔を思い出しながらウインドサーフィンに挑戦している最中に次なる技術やサービスの着想や応用が浮かんできますし、そこに集う方々との語らいが刺激となって浮かぶ着想を仕事に活かすことができます。
他にも、私は趣味の料理も日本食学会に入って勉強しています。学会等でシェフや料理人たちがNTTの力で「私たちの料理をアーカイブしてほしい」という話が沸き起こります。彼らの「自分たちのつくった料理は一期一会の作品であり、それを残したい」という言葉には、魚に包丁を入れる感覚や盛り付けまで、プロセスを含めてICTの力でアーカイブしたいという願いが込められています。私はどんな技術ならその熱い思いにこたえられるだろうか、IOWNなら…とどんどんと夢やビジョンが広がってきます。まさにこれが仕事とプライベートを分けることなくコンビネーションでとらえるということであり、本当に楽しいし、有意義です。物事はすべてがつながっていて、仕事も遊びも双方にさまざまな刺激を与え合っていると思いませんか。

広い視野を持ち、物事を包括的にとらえることが大切なのですね。最後に研究者、開発者の皆さんに一言お願いいたします。

研究と開発の両輪ではなく、研究もしくは開発に特化する意味で、研究者の皆さんには専門性を磨いてほしいと思います。その世界でナンバーワンをめざしていただきたいですね。誰も成し遂げなかったことを成し遂げてほしいのです。自分だけが手掛けている研究だという気概を持って、ナンバーワンをめざしてください。
また、開発者は、研究者と違って開発費や時間の制約がありますし、その中で何ができるかを考えなくてはなりません。その制約の範疇で何ができるか、目標設定や条件を強く意識して挑んでください。
研究にしても開発にしても、不安になることもあるかもしれませんが、そんなときは自分自身であるための原点を設けて、あるいは自分自身を源として、それを頼りに考えていくことが非常に重要です。そして、研究者であれば、論文や学術的な受賞というかたちで成果を残し、社会からリスペクトされるようになる、開発者であれば、自分の開発したものが社会実装され、暮らしの中で使われる、こうしたことが大きな喜びにつながるでしょう。その喜びを胸に日々の仕事に臨んでいただきたいと思います。
座右の銘ではありませんが、私は「ストレスフリー」を常に念頭において、自分にストレスをためないようにしています。こう話すと感情的にフラットな印象を与えてしまいそうですがそうではありません。例えば、大きな壁を打ち破るように力任せに物事を運んでは、壁を叩いた手が痛むように、痛みに思いが残ってしまってストレスがどんどんとたまってしまいます。大きなチャレンジをする、物事を進めるのも同じように無理やり打破するのではなく、扉をイメージしたいですね。扉の向こうに何があるのかを想像しながら開いていくのです。限界といわれようとも希望を込めて扉を開いていきましょう。
(インタビュー:外川智恵/撮影:大野真也)

※インタビューは距離を取りながら、アクリル板越しに行いました。

インタビューを終えて

川添副社長にお目にかかるのは3年ぶりです。今回も川添副社長は爽やかなネクタイで颯爽とご登場されました。川添副社長の醸す潮風や青空を思わせるその爽やかな印象は、学生時代からお好きだというウインドサーフィンが影響しているのかもしれないと、今回初めて伺ったエピソードから感じました。
そんな副社長は2冊の本を携えて、インタビュー会場にいらっしゃいました。その2冊とは『心は量子で語れるか』(1998 ロジャー・ペンローズ他)、『生命はなぜそこに宿るのか』(2017 福岡伸一)です。タイトルからも分かるように心や生命とは何かに迫る科学的とも化学的ともとらえられる内容です。とても難しそうでしたが、副社長の分かりやすい解説につい次に控える写真撮影を忘れて聞き入ってしまい、準備に入るよう促されてしまいました。こうした取材や撮影という限られた時間でも、決して慌てさせることなく、優雅に、そして穏やかにエスコートしてくださる川添副社長。今はお嬢様の結婚式を控えていらっしゃり、式ではお嬢様と奥様らが楽器を演奏されるご予定と伺いました。花嫁の父としてのご心境を伺うと「楽器のできない私は家族のカバン持ち。活躍する主役たちを支えるのが私の仕事ですから」と笑顔でおっしゃいます。公私ともに「縁の下の力持ち」として、安心感を与えてくださる川添副社長の頼もしさを感じたひと時でした。