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特集

新たなライフスタイル「リモートワールド」の実現に向けた研究開発

人生が何倍も楽しくなる「リモートワールド」の実現に向けて――「やむを得ずリモート」から「選ばれるリモート」へ

世界中に広まったコロナ禍によって、人々の生活様式は半ば強制的に「リモート」を強いられてきましたが、人々の生活の充実のために「選ばれるリモート」「組み合わせるリモート」の実現に向けて、NTT人間情報研究所は、新しい生活スタイル特有の課題をテクノロジのみならず、社会科学、人文学など幅広い観点で分析・抽出し、研究開発を推進することで、アフターコロナならではの新たな「リモートワールド」の実現をめざします。

青野 裕司(あおの ゆうし)
NTT人間情報研究所

新たなライフスタイル「リモートワールド」の到来

世界中に広まったコロナ禍によって、人々の生活や考え方が大きく変化しました。その1つが、「リモート」という生活様式ではないでしょうか。「リモートワーク」「リモート教育」「リモート観光」などです。2022年に入り、欧米ではいち早くコロナ禍以前の生活様式を取り戻し、リアル、対面式、オフラインがアクティビティの主流になりました。では、「リモート」という生活様式は、もはや不要となってしまったのでしょうか。
コロナ禍においては、半ば「リモート」を強いられてきた側面があります。しかし、その経験を経て、「リモートで済むものはリモートで済ませ、リアルの充実を図る」「リアルしか選択肢がなければあきらめていたかもしれないが、リモートなら参加できる」というように、「リモート」を活用することで、より一層生活の充実をめざしたり、リアルとリモートを併用することで、体験の機会を増やしたりすることが可能になる、と多くの人が気付きました。その結果として、「この仕事・イベントはリアルのほうが良い」「これはリモートのほうが良い」「リアルとリモートの組み合わせが良い」というように、人々が能動的に賢く選択する時代が訪れるのではないか、と私たちは予測しています。そして、このような時代が訪れたときに、「リモートワールド」とそれを支える技術に求められるものは何でしょうか。それは、リモートはリモートなりの良さがあるな、と思わせるリモートならではの価値やユーザ体験の提供にあると考えます(図1)。
数年前、全世界にあっという間に未知の感染症が広がり、一刻も早くその拡大を抑制しなければならない状況において、突然リモート中心の生活を強いられた私たちは、リアルとの差に驚き、不満を感じました。そこで技術に求められたものは、主にはそれら不満の解消であり、リアルとの差が少なく違和感のない「リモートワールド」の実現でした。そして私たちNTT人間情報研究所はいち早くそれらの課題に着手し、極めて短期間で超高臨場感通信技術Kirari!による臨場感あふれるセーリング観戦(写真1)や、超低遅延通信技術を活用した札幌と東京を結ぶマラソンの遠隔応援(写真2)など、無観客開催、リモート応援という困難な状況をはねのけ、世界的なスポーツイベントの成功に大きく貢献する数多くの技術、そして実績を創出しました。
2022年8月現在において、日本をはじめ世界的な感染状況は一進一退ともいうべき状況で、完全な終息までには相当の時間を要すると予想されます。しかし、人類は、必ずやこの苦難を乗り越え、コロナ禍以前の生活を取り戻すことは、間違いありません。現に、欧米を中心に、「以前」の生活を希求する人々のパワーは、極めて大きなものとなっています。このような状況においてNTT人間情報研究所では、「やむを得ずリモート」を強いられた社会における不満や違和感を解消する技術開発にとどまらず、この未曽有の事態が終わりを迎えたときを見据え、人々が人生の充実のために、時と場合によってはリモートを選択する、そのような世の中が来ること想定し、「選ばれるリモート」「組み合わせるリモート」を実現するための技術の創出に向けた研究開発を推進します。

「リモート」が求められる生活シーン

では、「リモート」を活用する場面として、どのような場面が考えられるでしょうか。私たちは次のような場面を想定しています。
まず思いつくのが「仕事」の場面です。特にNTTグループはリモートワークを積極的に推進しており、私たち研究所もリモートスタンダード組織として、基本的に「自宅」を勤務場所とするなど、リモートワーク中心の働き方にさらにシフトしています。しかし、パソコンなどOA機器を使った業務であれば、比較的リモートワークに移行しやすいのですが、対人・対物作業を伴う業務の場合、なかなかリモートワークへの移行が容易ではありません。また、NTTグループには、実にたくさんの職種があり、その中でも機器や設備のメンテナンス業務、医療介護業務などは、移行が困難な業務の代表例といえます。一方で、そういった業務を遠隔化できれば、例えば、極地などの寒冷地にデータセンタを配置することで冷却のためのエネルギー削減や、育児などの理由で一度は離職してしまった潜在看護師の方に、短時間だけ遠隔で看護業務を行っていただくことで看護リソースの不足を補うなど、社会的課題の解決にもつながる可能性があります。
次に考えられるのが「教育」です。コロナ禍においては多くの学びの場がリモート化され、先生と生徒や生徒どうしのコミュニケーションが不足するといった問題も顕在化しました。しかし、逆に先生と生徒が距離的に離れていても、レッスンを受けられることも分かりました。例えば、距離や国境を越えて、憧れの先生に教えを受けることも可能になります。そうなったときに課題となるのが、楽器演奏やスポーツ競技などのように、体の使い方を指導する必要が生じた際に、現状の映像音声によるコミュニケーション手段では、直接的な指導ができないという問題です。このように、「積極的」にリモート教育を活用し、そのメリットを享受するためには、遠隔でも体の使い方や身のこなしを伝えることが不可欠となってきます。
また、余暇の充実も重要と考えます。具体的には「エンタテインメント」や「スポーツ」です。コロナ禍においては、コンサートや演劇といった芸術に触れる機会がことごとくリモートになり、それに伴って会場や劇場で観たときに比べた「ライブ感」や「盛り上がり」が低下することに対する不満が顕在化しました。一方で、リモート鑑賞であれば、会場との距離や席数などの制約がなく、とても参加しやすくなるということも経験的に分かりました。さらには、リアルでは実現できないリモート鑑賞ならではの演出がお気に入りという人もいます。そこで、もし離れた場所にいるパフォーマーと多くの観客が一体感を感じて盛り上がることができれば、さらにそれがパーソナルな環境で実現できれば、余暇や趣味時間のさらなる充実につながると考えます。また、それはスポーツにおいても同様です。離れた場所にいても気の合う仲間と一緒に汗を流すことができれば、体を動かす機会は増え、自分自身も、そして社会全体もより健康的になることが可能となるでしょう(図2)。

「リモートワールド」を支える技術

本特集では、これらのようなさまざまな「リモート」活用の場面の中から、離れた場所の人に運動をそのまま届ける「人間能力拡張」の取り組み、遠隔での対人・対物作業を支援する「身体遠隔化技術」、リモート鑑賞においても会場と参加者、並びに参加者どうしの一体感や盛り上がりを生み出す「調和再現技術」および「情動的知覚制御技術」の、4つの技術を紹介します。
繰り返しになりますが、たとえ時間はかかったとしても、世界はこの状況を克服するでしょう。そうなったとき、私たちは単純にビフォーコロナに戻るのではなく、この数年で得た知見を活かした新しい生活スタイル、おそらくそれは誰もがリアルとリモートをうまく使い分け、あるいは組み合わせ、人生を何倍もエンジョイする生活スタイルを模索し、手に入れるはずです。NTT人間情報研究所は、パートナーの皆様とともにそういった新しい生活スタイル特有の課題をテクノロジのみならず、社会科学、人文学など幅広い観点で分析・抽出し、研究開発を推進することで、アフターコロナならではの新たな「リモートワールド」の実現をめざします。

青野 裕司

「あの時は大変だったけれども、それをきっかけに人生の楽しみ方の幅が広がった」と、多くの人が思えるよう、より感動的で満足度の高いユーザ体験を生み出す技術の創出、研究開発に私たちは挑戦し続けます。

問い合わせ先

NTT人間情報研究所
企画担当
E-mail hi-kensui-p-ml@hco.ntt.co.jp