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新サービスのプロトタイピング提供を容易にする光アクセスネットワークの仮想化・ソフトウェア化技術

光アクセスネットワークとはユーザと通信局舎間を接続するネットワークのことで、現在増加傾向にある通信トラフィックや、モバイル端末向けのサービスや、低遅延や高信頼が求められるエッジコンピューティングなどのさまざまな要求に光アクセスネットワークで対応していくことが求められています。今回は、これらの要求に対応する光アクセスネットワークの仮想化・ソフトウェア化技術について、鈴木貴大特別研究員にお話を伺いました。

鈴木貴大 特別研究員
NTTアクセスサービスシステム研究所

PROFILE

2017年早稲田大学大学院博士課程修了。博士(工学)。2014年、日本電信電話株式会社に入社、NTTアクセスサービスシステム研究所に所属。2022年よりNTTアクセスサービスシステム研究所特別研究員。光アクセスネットワークの仮想化・ソフトウェア化の研究に従事。国際会議GLOBECOM 伝送・光システム技術委員会 論文賞等を受賞。

低遅延・高信頼を柔軟に実現する光アクセスネットワークの仮想化・ソフトウェア化技術

◆「光アクセスネットワークの仮想化・ソフトウェア化技術」の研究内容について教えてください。

光アクセスネットワークの仮想化技術は、光アクセスシステムにおける専用の伝送装置における制御機能と伝送機能を分離して、制御機能を汎用サーバにもたせることで、装置を共通的に制御・管理できるようにする技術です。さらにソフトウェア化技術では伝送装置の機能自体もソフトウェア化して、汎用のサーバで実装するということを研究しています。
従来の光アクセスシステムは専用のハードウェアでアクセスネットワーク仕様や開発ベンダごとに異なる仕様でつくり込まれており、それぞれの用途のみにしか使うことができませんでした。さらに、専用ハードウェアは、設計や開発で最終的なシステムが出来上がるまでに非常に長い時間と多くのコストがかかるという特徴があり、新サービスを導入する際には伝送装置や制御システムを大規模に開発しなければならないため、例えば新しい伝送システムをつくる際には、それが導入時において本当にサービスの収益性を確保できるかといった検討を細部にわたって行わなければならないという課題がありました。こうした課題を解決するのが、光アクセスネットワークの仮想化・ソフトウェア化の技術です。
光アクセスネットワークの仮想化・ソフトウェア化を行うことで、光アクセスシステムにおける伝送装置自体も簡単に機能を入れ替えることができるようになり、さまざまなアクセスの要件に対応することが可能になります。加えてソフトウェアであれば短い周期で開発を行い、導入後に問題が発生しても、繰り返しアップデートして修正していくことができるため、この研究によって気軽にサービスをプロトタイピング提供して実証することが可能になり、新しいサービスが次々に創出されるような世界が実現されると考えています。

◆光アクセスネットワークの仮想化・ソフトウェア化技術はどのような方法で行うのでしょうか。

光アクセスネットワークの仮想化・ソフトウェア化技術では、具体的に伝送機能でのフレームの同期機能や誤り訂正符号・スクランブラー機能・デジタル信号処理を行って、その機能を実際に汎用サーバで動かすということを行っています。ソフトウェアは専用のハードウェアより処理性能が劣るため、それを解決するために汎用のアクセラレータを活用しながら高速化することも必要です。他には入力信号をサーバの演算装置に高速に転送する技術を考案したり、伝送機能のアルゴリズム自体を抜本的に変えて、同じ性能が出るような低演算なアルゴリズムをつくり、アクセラレータとCPUをうまく協調させて高速に処理する技術を実際に取り組んで解決しようとしているところです。
図1では、光アクセスネットワークの仮想化・ソフトウェア化の取り組みと実現したい世界について示しています。現在私はネットワークプロトタイピングサービスを研究の対象としていて、研究の最先端としては制御機能をSEBA(SDN Enabled Broadband Access)というONF(Open Networking Foundation)のオープンソフトウェアで実装できる状況になりました。今後は伝送システム部分をさらにソフトウェア化して汎用サーバ化することで、これまで上位のネットワークのみで実現されていた「自由にプロトタイピングできる領域」が拡張されて、ユーザと上位のネットワークとの間で自由にネットワークをプロトタイピングすることが可能となり、これによりさまざまなサービスを試すことができるようにめざしています。

光アクセスネットワークの仮想化・ソフトウェア化技術が実現する未来の通信サービス

◆光アクセスネットワークの仮想化・ソフトウェア化技術を用いた今後の展望について教えてください。

現在、将来の高速なアクセスシステムに向けて、DSP(Digital Signal Processing)のデジタル信号処理の研究が進んでいますが、依然基本は専用のハードウェアで実装するのが前提であり、これをソフトウェア化することを考えています。実際にDSPを構成するような複数の機能をAI(人工知能)等で利用されているGPU(Graphics Processing Unit)で処理することが可能になり、スループット出力の測定値としては10Gbit/sの結果を出しています。しかし何人のユーザをつなげるかという拡張性の面に関しては、1ユーザしかつなげないというまだ不十分な部分があり、また開発のさまざまなサービスをプロトタイピング可能にするための開発容易性が低いという課題が残っています。
図2は光アクセスネットワーク仮想化・ソフトウェア化技術の現状と最終目標について示したものです。今後の目標としては、年々増大するユーザトラフィックに対応するために、現状の約1万倍の高速化を行って100Gbit/sクラスのシステムをつくるのが目標です。その他の目標として、より低遅延な数マイクロ秒の処理や、収容できるユーザ数を2桁まで増やすことをめざしています。またマイクロサービス化といった、機能を区切って開発できる単位を小さくすることを行ったり、言語を共通化して簡単に開発できるようにすることによって、手軽にネットワークをプロトタイピングできるような世界が実現できるのではないかと考えています。
そして、このような世界では、例えばFTTH(Fiber To The Home)のような家庭向けの光ファイバ通信システムと、5G(第5世代移動通信システム)や6G(第6世代移動通信システム)向けのモバイルシステムの大部分を共通化するようなシステムの実現が可能になり、安価なサービス提供ができるようになります。現在はユーザに対して通常のインターネットの接続サービスのためにアクセス区間を提供しているかたちですが、今後は新しいネットワークをアクセス区間で提供可能にすることも考えています。具体的には、産業用の工場内でロボットや機器の制御に使っているような低遅延や信頼性が求められるようなネットワークを、アクセスネットワークで簡単にプロトタイピングすることで、産業用ネットワークをアクセス区間に拡張したサービスをつくることができます。
また光アクセスシステムに汎用のサーバを置き、ユーザ側の処理の大部分を通信局舎にオフロードするエッジコンピューティングにより、最終的にはユーザ側に処理装置が全く必要なくなるという世界が実現できると思います。例えばゲームをするために家庭用ゲーム機やPCが必要なくなり、コントローラとモニタを通信端末につないでしまえばゲームができるということです。このように処理装置をすべてネットワークやサービス事業者側に持っていくことで、ユーザ側でさまざまな機器を管理する必要がなくなるといった世界をめざしています。

◆研究者や学生へメッセージをお願いします。

私は現在NTTアクセスサービスシステム研究所に所属していますが、NTTは国内のみならず国際的にも影響力がある会社だと感じる場面が多々あります。私の体験として、米国のシリコンバレーにあるONFに1年ほど赴任して、複数の海外のキャリアやONFの団体と光アクセスシステム仮想化のオープンソフトウェアの開発を行っていました。そこではソフトウェアの仕様を複雑にする機能は開発担当者に反論されて思うように開発できないことが多いのですが、私がNTTの要件として加えたい機能に関しては「NTTが重要と考えている機能であれば、ソフトウェアの適用領域も広がり、追加していいのではないか」という信頼を得て、研究を円滑に進められるようなことがありました。やはりNTTのネームバリューは国際的に研究を進めるうえでも有利であり、日本で通信の研究を進めるならばNTTはとても良い環境ではないかと思います。
そして、これから研究職として頑張っていきたいという経験の少ない研究者や学生には、論文などで結果を出すことにこだわるというところを大切にしてほしいと思います。なぜなら、研究テーマを調査して実験したり論文を投稿して査読を受ける過程でさまざまな知見が得られることに満足してしまい、最終的な論文を出すというフェーズまでたどり着かずに途中で挫折するというのは、ほぼ何も外に発信していないのと同じだと私は考えているからです。自分の書く論文が論文誌に掲載されるまでは非常に道のりが長いように思えるのですが、やはり著名な論文誌に自分の論文を出すことの喜びというのは何にも代えがたいですし、それが研究者の仕事として何か1つ達成できたという自信になるので、皆さんには途中のフェーズで満足せずに最後までやりきって論文として結果を出すところまでこだわってほしいと願っています。その過程が、今までにない全く新しい技術を生み出すことや、世の中の役立つ技術に完成させていくことにつながっていくと考えています。