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特集

宇宙統合コンピューティング・ネットワーク

宇宙コンピューティングに向けたイベント駆動型推論の検討

NTTでは、宇宙でのリアルタイムなデータ解析を可能とする宇宙コンピューティング基盤の実現をめざしています。NTTソフトウェアイノベーションセンタ(SIC)ではこれまでの経験を活かし、宇宙コンピューティング基盤に関する取り組みを開始しています。本稿では、SICの考える宇宙コンピューティング基盤の要件と、それに関連する技術について紹介します。

江田 毅晴(えだ たけはる)†1/内藤 一兵衛(ないとう いちべえ)†2
山崎 育生(やまさき いくお)†1/田端 啓一(たばた けいいち)†1
史 旭(し きょく)†1
NTTソフトウェアイノベーションセンタ†1
Space Compass†2

宇宙コンピューティングの背景

観測衛星(EO)、低軌道衛星(LEO)や各種センサの発展により、宇宙から地上を観察しAI(人工知能)を用いた高度な分析を行うことが可能になってきました。地上に設置したセンサや光学カメラでは取得不可能なデータが取得できるため、さまざまなシーンにて有効活用されています。しかし、衛星の数が限られること、データサイズが大きくダウンロードに時間がかかることなどにより、実際の解析が可能になるまで、数日間以上を要することが多く、リアルタイムなサービス提供はまだ難しい現状があります。NTTでは、コンステレーションと宇宙データセンタを構築することで、そうした撮影データを宇宙空間と地上で協調的に解析を行うことで、不要なデータの転送を減らすとともに計算量を削減し、より広範な範囲のリアルタイムなデータ解析を可能とするコンピューティングプラットフォームの実現をめざしています。
NTTソフトウェアイノベーションセンタ(SIC)ではこれまでのクラウドコンピューティング(1)やAI推論基盤(2)での経験を活かし、宇宙コンピューティング基盤に関する取り組みを開始しています。本稿では、SICの考える宇宙コンピューティング基盤の要件と、それに関連する技術について紹介します。

宇宙コンピューティングの課題

宇宙コンピューティングとは、文字どおり、宇宙でコンピューティング処理を行うことですが、地上でのコンピューティング環境とは大きく前提が異なる部分があります。
宇宙空間では基本的に使える電力量は太陽光発電により得られたものに限られるため、何よりもまず省電力であることが求められます。また、一度宇宙に打ち上げたコンピュータは修理するのも簡単ではないため、高い信頼性・安定性も求められます。当然、放射線や真空のため冷却に空気が使えない、無重力、温度といった宇宙空間のための対策も必要になります。これらの前提から、開発・検証に時間がかかり宇宙で利用可能なコンピュータは数世代前のアーキテクチャであることが多く、地上で利用可能なコンピュータに比べて、著しく性能が低くなっています。ソフトウェアについても、ハードウェアの制約に引きずられるかたちで、長い間、低レイヤの言語による組み込み開発に近い状況で行われてきましたが、近年、状況が変わりつつあります。
サーバ大手やチップメーカが既製品(COTS: Commercial Off-The-Shelf)に近いかたちで宇宙空間にコンピュータを設置し、実験を行っています。例えば、HPE社のSpace­borne Computerは、ProLiantシリーズという地上で利用可能なコンピュータをベースに、国際宇宙ステーション(ISS)に設置し、地上のクラウド環境とつなぐかたちでAIによるデータ解析などの各種実験を行っています(3)。一方で、Intel社はPhiSat-1と呼ばれる小型衛星プロジェクトに、既製品のAIチップを搭載し、宇宙空間でのAI処理に関する実験を行っています。宇宙空間でのコンピューティング環境の提供をめざした取り組みにより、利用可能なハードウェアが高性能になり、より高度な処理を宇宙空間で行うことが期待できます。
ハードウェアの進展にあいまってソフトウェアスタックや開発・テスト技法もよりモダンな方法を採用し効率化しようという流れがあります。宇宙航空研究開発機構(JAXA)では、衛星DX研究会を立ち上げ、「衛星のソフトウェア化」により、柔軟で開発コスト・期間を改善する衛星DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進しています(3)
前述したハードウェアや開発環境の進展を受けて、宇宙空間でより高度な処理、特にAIによるデータ解析を行うことで、宇宙で観察したデータを情報に変換し、リアルタイムにユーザに届けるサービスへの期待が高まっています。ただし、ハードウェアが発展してきているとはいえ、データ解析のすべてを宇宙空間上で完了できないユースケースは多く存在し続けると考えられます。SAR(合成開口レーダ)*や光学リモートセンサで撮影されるデータは解像度が高くデータ量が大きいため(1画像当り数GB、1日数100GBともされる)、光を利用しても地上に転送するのに時間がかかり、地上でのAIによるデータ解析コスト(設備量・計算量・電力消費量など)の増加も見込まれます。

* SAR(合成開口レーダ):Synthetic Aperture Radar。マイクロ波を利用したレーダの一種であり、雨、雲等を通過し、昼夜を問わず観測可能なことから、観測衛星に積極的に採用されています。

宇宙コンピューティングにおけるイベント駆動処理

SICでは、地上でのAIサービスのためのイベント駆動型推論技術の研究開発を行ってきました(2)。イベント駆動型推論では、デバイス側でイベント検知などの軽量な推論を行い、高精度な処理が必要なデータのみをサーバに送信することで転送量を削減します。これにより、AI処理のための設備量・処理量・消費電力量の削減を効果として期待します(図1)。今回、こうしたイベント駆動型推論が、宇宙コンピューティングにても有効かどうか検証を行いました。
今回の検証では、ユースケースとして不審船検知を想定し宇宙空間で光学リモートセンサを用いて数GBクラスの画像データが撮影された前提で行いました。宇宙空間の低スペックな環境で行える比較的軽量なイベント検知を行い地上での処理が必要なデータのみを送信することで、転送量を削減します。地上では送られてきたデータのみに対して高精度なAI処理を行うことで、計算量の削減をめざします。
実装した処理パイプラインと処理時間を図2に示します。宇宙空間では画像の分割処理に続くイベント検知処理までを行い、地上では送られたデータに対する高精度なAI推論処理を行うケースを実装しました。分割後、数万枚の処理が要求されるイベント検知は、計算能力が限られるため、色情報フィルタなどの軽量なものを用いて評価しました。

■結果と考察

宇宙空間での処理時間に関しては、大きな画像データに対しても、リソース利用量も十分余裕がある状況で、10分程度で処理を完了することが確認できました。地上での処理は容易に並列化が可能なため、十分リアルタイムなAI推論が可能です。しかし、精度と転送削減量に関しては厳しい結果になりました。一般に精度(この場合は再現率)と転送量に関してはトレードオフの関係にありますが、70%の再現率でも14.3%しか転送量を削減できないという結果になりました(表1)。これは、イベント検知に用いたフィルタの精度が低いことが原因です。
そこで、仮に地上で用いた高精度なAI処理が宇宙空間でイベント検知に使えた場合にどれくらいの精度になるかを机上計算しました(表2)。
Faster R-CNNが宇宙空間で実行できた場合には、検出漏れも少なく、55~65.7%程度の転送量を削減できることが分かりましたが、今回想定した計算機のCPUでは現実的に処理することが不可能であり、高速化や最適化に取り組んでいく必要があります。

今後の課題とSICの取り組み

今回紹介した検討結果により、宇宙コンピューティングにおいて高効率なイベント駆動処理を実現するには、低消費電力でAI推論などの高速な処理を実現する各種アクセラレータを1チップに搭載したSoC(Systems-on-a-Chip)の活用が必須であると考えています。SICではこれまで、映像解析向けAIアクセラレータの比較検証や、ヘテロアーキテクチャに適した仕組みを持つOSSのAIコンパイラ(TVM)の最適利用といった研究開発を行っており、それらの知見・経験を活かして、宇宙コンピューティング基盤に必要なイベント駆動型AI推論の研究開発を進めていきます。

■参考文献
(1) 尾尻・谷口・長田・中川・岩嵜:“オープンイノベーションによるクラウド基盤技術の取り組み,”NTT技術ジャーナル,Vol.26,No.12,pp.16-19, 2014.
(2) 江田・榑林・榎本・史・飯田・羽室:“IOWN時代のAlサービスを支える高効率イベント駆動型推論,”NTT技術ジャーナル,Vol. 32, No. 12, pp. 16-22, 2020.
(3) https://www.nasa.gov/mission_pages/station/research/experiments/explorer/Investigation.html?#id=8221
(4) https://www.esa.int/Applications/Observing_the_Earth/Ph-sat
(5) https://www.kenkai.jaxa.jp/research/sasshin/sasshin.html

(上段左から)江田 毅晴/内藤 一兵衛/山崎 育生
(下段左から)田端 啓一/史 旭

宇宙コンピューティング基盤の検討は始まったばかりですが、次世代通信を担う重要な技術要素になると考えられ、SICではクラウドやAIの知見を活かし、NTTを支える宇宙コンピューティング基盤の研究開発を進めていきます。

問い合わせ先

NTTソフトウェアイノベーションセンタ
AI基盤プロジェクト
TEL 0422-59-2200
FAX 0422-59-2699
E-mail dl-sg-ml@hco.ntt.co.jp