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特集

宇宙統合コンピューティング・ネットワーク

宇宙RANにおけるHAPS実用化に向けた取り組み

宇宙RAN事業は5G Evolution&6Gの時代におけるコミュニケーション基盤とされ、空・海・宇宙を含むあらゆる場所でのユースケースを想定した「超カバレッジ拡張」が検討されています。超カバレッジ拡張の早期実現に向けて、HAPS(High Altitude Platform Station)を用いた低遅延の通信サービスに着目しています。本稿では、HAPSによる無線システム技術のユースケースと技術課題について示し、HAPSと地上ネットワークの周波数共用に向けた3Dセル制御技術を解説します。

外園 悠貴(ほかぞの ゆうき)/岸山 祥久(きしやま よしひさ)
浅井 孝浩(あさい たかひろ)
NTTドコモ

はじめに

宇宙RAN事業は、5G(第5世代移動通信システム)の高度化(5G Evolution)および6G(第6世代移動通信システム)の時代におけるコミュニケーション基盤とされ、静止軌道衛星(GEO:Geostationary Orbit satellite)、低軌道衛星(LEO:Low Earth Orbit satellite)、および高高度プラットフォーム(HAPS:High Altitude Platform Station)*1を用いた非地上ネットワーク(NTN:Non-Terrestrial Network)*2を用いて、これまでの移動通信ネットワークでは十分にカバーできなかった空・海・宇宙を含むあらゆる場所への「超カバレッジ拡張*3」の実現をめざしています(1)
超カバレッジ拡張の早期実現に向けて、HAPSを用いた低遅延の通信サービスに着目しています(2)。HAPSによりカバレッジを容易に拡張できることから、災害時の高信頼通信や、船舶や航空機等への大容量通信の提供、離島やへき地への通信サービス提供等が可能となります。携帯通信事業者にとっては、地上基地局整備によるカバレッジ拡張と並行して、HAPSを組み合わせることでモバイルネットワーク全体としてのコスト・エネルギー効率を改善できます。
本稿では、宇宙RANにおけるHAPS実用化に向けた取り組みについて解説します。具体的には、HAPSによる無線システム技術のユースケースと技術課題について示し、HAPSと地上ネットワークの周波数共用に向けた3Dセル制御技術を解説します。

*1 高高度プラットフォーム:ソーラープレーン型の航空機や飛行船などを利用して、成層圏環境での運用が想定される空中プラットフォーム。
*2 非地上ネットワーク:衛星やHAPSなどの非陸上系媒体を利用して、通信エリアが地上に限定されず、空・海・宇宙などのあらゆる場所に通信エリアが拡張されたネットワーク。
*3 超カバレッジ拡張:基地局が移動局端末との通信を行うことができるエリアを、現在の移動通信システムがカバーしていない空・海・宇宙などを含むあらゆる場所へ拡張すること。

HAPSのユースケースとネットワーク構成および制御技術

NTTドコモは、5G網を含む地上ネットワークとHAPSによる成層圏ネットワークが柔軟に連携できる通信方式やネットワークアーキテクチャの研究開発に取り組んでいます(3)。本研究開発では、今後の5G Evolution & 6Gで想定される幅広いユースケースを柔軟にサポートすることに加えて、災害発生時の柔軟な回線制御の実現や、開発・運用コストなどの面から現実的なHAPSを活用する通信システムの実現を目的とした検討を行っています。

■HAPSのユースケース

図1に示すとおり、5G Evolution & 6Gの時代に向けては、HAPSを用いて電波の中継あるいは基地局として電波を発射することで、さまざまなユースケースを実現することが期待されます。ユースケースは、バックホール*4用途としてサービスを提供する固定系と、端末へ直接、もしくはリピータやリレーを中継してサービスを提供する移動系の両方が考えられます。HAPSシステムの要求条件はユースケースごとにさまざまで、それぞれに求められる通信速度や帯域幅は異なります。固定系と移動系のあらゆるユースケースに対応できる柔軟な通信方式とシステムが望ましいです。
また、平常のビジネス用途から災害発生時のパブリックセーフティ用途への柔軟な回線制御も必要です。現状の災害対策は、音声通話やSMSなど最低限の通信品質を想定したものですが、将来的には災害現場における遠隔制御や映像伝送、ドローンとの通信など、ある程度高速通信が必要なユースケースも考えられます。さらに、災害対策に向けては、一部の装置が使えなくなっても動作することを想定したネットワーク構成と制御技術を検討することが必要です。

*4 バックホール:移動通信ネットワークにおける、多数の無線基地局とコアネットワークとの間の高速大容量な情報伝送をサポートする固定回線を表します。

■HAPSと地上ネットワークの連携ネットワーク構成および制御技術

(1) HAPS搭載局の分類
HAPSを5G基地局へのバックホールに用いる場合のネットワーク構成と制御技術において、HAPS搭載局の分類に着目して検討を行っています。HAPS搭載局を大別すると、①中継局として地上から受信した通信信号を、必要な周波数変換などを行ったうえで地上へ折り返し送信する「中継型」と、②5G網の基地局装置もしくはその一部をHAPSへ搭載する「基地局型」に分けられます(4)
•中継型の場合は、搭載装置が比較的少なく、HAPS搭載局のサイズ・重量・消費電力の制限が厳しい場合に有効です。
•基地局型の場合は、アンテナ装置の搭載に加え、多くの基地局機能をHAPSへ搭載するほどHAPS側でさまざまな制御が可能になり、かつフィーダリンクの情報量を削減できます。一方、搭載機能が増えるほど搭載局のサイズ・重量・消費電力が大きくなります。
一般的には、開発コストや運用面を考慮すると、より多くの基地局機能を地上ネットワーク側に配置するのが望ましいですが、HAPSに搭載することで災害の影響を受けにくいメリットもあります。また、性能面を考慮すると、HAPS搭載局側にもある程度の機能、少なくともミリ波を用いる場合はビーム制御の機能を持たせる必要があるものと考えられます。さらに、HAPS搭載局におけるサイズ・重量・消費電力、搭載局の開発・運用コスト、固定通信と移動通信でのHAPSプラットフォーム共通化、GEO/LEOとの連携など、5G網にHAPSシステムを組み込む際に考慮すべき幅広い要件を総合的に検討する必要があります。
(2) 5G網と連携したネットワーク構成例
5G網と連携したネットワーク構成における「基地局型」の一例として、O-RAN(Open RAN)アライアンス仕様(5)を参考にした5G基地局のDU(Distributed Unit)とRU(Radio Unit)をHAPSに搭載する構成を図2に示します。この構成では、CU(Centralized Unit)を地上の災害に強い地点に設置することで可用性を確保し、フィーダリンクにおいてHAPSがCUから受け取った情報を、サービスリンクにおいて地上の小型基地局装置(中継局)へ5G無線を介して伝送することで、有線のバックホールを使用せずに可搬5G基地局の利用が可能となります。また、この構成では中継局を介さずにHAPSから5G端末へ直接通信を提供することも可能です。さらなる拡張としては、地上側で複数のCUを用いることによって悪天候や災害発生時の影響を軽減するサイトダイバーシチ*5の実現や、端末が通信のエリアを移動した際に通信先のHAPSを切り替えることでモビリティサポート*6も実現できます。
別の有望な構成として、5G無線中継器をHAPSに搭載する「中継型」の構成例を図3に示します。この構成では、TN(Terrestrial Network)はコアネットワークからフロントホール*7まで利用され、RU機能を備えたHAPS地上システムは複数のビームの信号を束ねて通信します。フィーダリンク*8にはQ帯などの広帯域周波数を使用し、HAPS中継システムが周波数変換と電力制御を行います。次にHAPSは、複数のビームを同時に使用してサービスリンク通信を確立します。サービスリンク*9の周波数としては、WRC-19(6)の仕様およびWRC-23(7)の議題に従って、International Mobile Telecom­munication(IMT)用にすでに特定されている2.7GHz未満の周波数帯域を使用する必要があります。
図2と図3の構成以外にも、スタンドアローン*10な5G基地局をHAPSに使用する構成も有力な候補として検討しています。各構成において、モビリティサポート、サイトダイバーシチ技術および周波数共用技術*11などと合わせて、GEO/LEOとの連携や装置重量・消費電力などHAPSへの搭載要件を考慮した総合的な検討が今後必要です。

*5 サイトダイバーシチ:雨や障害物により電波の減衰が大きいときに、複数の地上局を切り替えることで、通信品質を向上させる技術。
*6 モビリティサポート:端末が通信のエリアを移動した際に、通信が途切れる前に接続先の基地局を切り替えることで、通信を継続可能とする技術。
*7 フロントホール:基地局装置のベースバンド処理部と無線装置間の回線であり、光ファイバなどが用いられます。
*8 フィーダリンク:NTN通信システムの中で、衛星またはHAPSと地上基地局(ゲートウェイ)間の通信経路を指します。
*9 サービスリンク:NTN通信システムの中で、衛星またはHAPSと端末間の通信経路を指します。
*10 スタンドアローン:既存のLTE/LTE-AdvancedとNRをLTE-NR DCを用いて連携して運用するノンスタンドアローンに対し、NR単独で運用する形態。
*11 周波数共用技術:2つのシステムが同じ場所で同一周波数を利用するときに発生する干渉の影響を抑え、周波数共用を可能とする技術。本稿では、主にHAPSシステムと地上移動通信システム間の周波数共用を想定しています。

HAPSと地上ネットワークの周波数共用に向けた3Dセル制御技術

一般のUser Equipment(UE)がHAPS基地局と直接通信を行う移動系用途に向けて、現行の無線通信規則ではHAPS-UE間のサービスリンクに2.7GHz以下のIMT特定された周波数帯を使用する必要があります(8)。HAPSが地上ネットワークと同一の周波数を利用してカバレッジを拡張する際には、地上エリアとの干渉影響をいかに回避できるかが鍵となります。ここでは、HAPSと地上ネットワークが周波数を共用するときのロードバランシングおよび干渉回避技術として、3Dセル制御技術を提案します。HAPSシミュレータを用いたシステムレベルの評価により、2GHz帯における提案技術の効果を確認します。

■3Dセル制御技術による2GHz帯の干渉回避評価

(1) 3Dセル制御技術
地上ネットワークとHAPSシステムが周波数を共有する場合におけるシステム間干渉を抑制するための3Dセル制御技術を図4に示します。本技術では、HAPSが地上gNB周辺のX[km]の領域(gNB接続しきい値)にビームを向けないことで、システム間干渉の抑制とロードバランシングの効果が期待できます。
(2) シミュレーション諸元
HAPSのサービスリンクと地上gNBリンクが2GHz帯を共有するシナリオを想定し、図5に示します。HAPSシミュレータを用いて3Dセル制御技術による干渉回避効果を評価します。表1と表2にシステム関連パラメータとデバイス関連パラメータをそれぞれ示します。初期評価として、関東地方から中部地方にわたる約60km×114kmを評価エリアとし、各都市の人口密度に基づいて500台の地上UEをランダムに配置します。HAPSは評価エリアの西側と東側に1機ずつ配置し、gNBは評価エリア東側の都市部に2局配置します。
(3) 評価結果
3Dセル制御技術におけるgNB接続しきい値X[km]を変化させたときにおけるHAPS接続UEの下りリンクスループット評価結果を表3に示します。累積分布関数(CDF:Cumula­tive Distribution Function)の値が5%、50%、95%の場合におけるスループットをそれぞれ比較すると、Xの拡大に伴いロードバランシングが働き、平均スループットが増加することを確認できます。最大HAPSビーム数で比較すると、ビーム数500のときにそれぞれのHAPS接続UE方向にHAPSビームが向けられピークゲインが得られるため、ビーム数50のときよりもスループットが高いです。
一方でgNB接続UEの下りリンクInterference-to-Noise ratio(I/N)評価結果を表4に示します。CDFの値が5%、50%、95%の場合におけるI/Nをそれぞれ比較すると、Xの拡大に伴い干渉回避効果が表れ、I/Nが減少することを確認できます。最大HAPSビーム数で比較すると、ビーム数500のときに50のときと比べビーム当りの送信電力が小さくなるため、ビーム数50のときよりもI/Nが小さいです。
なお、上りリンクにおいても同様の評価を行い、下りリンクと同様にロードバランシングと干渉回避効果が得られることを確認しました。一方で、Xの拡大に伴いHAPSのカバーエリアが減少することを考慮に入れて、エリア化の需要に応じた適切なXの値を選定する必要があります。

おわりに

本稿では、宇宙RANにおけるHAPS実用化に向けた取り組みとして、HAPSのユースケースとネットワーク構成および制御技術について解説し、HAPSと地上ネットワークの周波数共用に向けた3Dセル制御技術のシミュレーション評価結果を示しました。今後もNTTドコモでは、超カバレッジ拡張の実現に向けたNTN技術開発、HAPSネットワーク実現に向けた技術開発、HAPSの実用化システムに近い形式でのシミュレーション評価、実証実験および標準化活動の推進に取り組んでいく予定です。

本研究開発の一部は、総務省「電波資源拡大のための研究開発(JPJ000254)」によって実施しています。

■参考文献
(1) https://www.nttdocomo.co.jp/corporate/technology/whitepaper_6g/index.html
(2) https://group.ntt/jp/newsrelease/2022/04/26/220426a.html
(3) Y. Hokazono, H. Kohara, Y. Kishiyama, and T. Asai:“Extreme coverage extension in 6G: Cooperative non-terrestrial network archi­tec­ture integrating terrestrial networks,” Proc. of WCNC2022, pp. 138-143, April 2022.
(4) Y. Xing, F. Hsieh, A. Ghosh, and T. S. Rappaport:“High altitude platform stations (HAPS): architecture and system perform­ance,”Proc. of VTC 2021, pp. 1-6, April 2021.
(5) https://hapsalliance.org/
(6) World Radiocommunication Conference 2019 (WRC-19)Final Acts, ITU Publications, pp. 41-43, 2020.
(7) World Radiocommunication Conference 2023 (WRC-23) ITU-SG CL Contribution 55, ITU Publications, p.7, 2020.
(8) L. C. Alexandre, A. Linhares, G. Neto, and A. C. Sodre:“High-altitude platform stations as IMT base stations: Connectivity from the stratosphere,”IEEE Communications Maga­zine, Vol. 59, No. 12, pp. 30–35, Dec. 2021.
(9) 3GPP, TR 38.901 V17.0.0:“Study on chan­nel model for frequencies from 0.5 to 100 GHz,”March 2022.
(10) Nokia Corporation, ITU-R TG5.1 Contribu­tion 284:“Adjacent band compati­bil­ity study between IMT-2020 in 24.25-27.5 GHz and EESS in 23.6-24 GHz,”Jan. 2018.
(11) 3GPP, TR 38.811 V15.4.0:“Study on New Radio(NR)to support non-terrestrial net­works,”Oct. 2020.
(12) ITU-R M.2101:“Modelling and simulation of IMT networks and systems for use in sharing and compatibility studies,”Feb. 2017.

(左から)外園 悠貴/岸山 祥久/浅井 孝浩

これまでの移動通信ネットワークではカバーできなかった空・海・宇宙を含むあらゆる場所への「超カバレッジ拡張」早期実現に向けて、HAPS技術の研究開発および実用化に取り組んでいます。

問い合わせ先

NTTドコモ
R&D戦略部
E-mail dtj@nttdocomo.com