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特集

宇宙統合コンピューティング・ネットワーク

衛星センシングプラットフォーム

世界的に宇宙ビジネスが注目されており、2040年度には約120兆円に市場が拡大すると予想されています。日本においても2020年度に宇宙基本計画が約4年ぶりに更新され、日本の宇宙産業(約1.2兆円)を2030年代早期に倍増する計画が立てられています。宇宙産業において地球センシングビジネスへの期待は大きく、新しい市場の創出がさまざまな分野で検討されています。本稿ではNTT研究所で研究開発を進めている衛星センシングプラットフォームについて解説します。

山下 史洋†1(やました ふみひろ)/糸川 喜代彦(いとかわ きよひこ)†1
藤野 洋輔†2(ふじの ようすけ)/鈴木 賢司(すずき けんじ)†2
NTTアクセスサービスシステム研究所†1
NTT未来ねっと研究所†2

はじめに

2020年度に制定された宇宙基本計画において、宇宙産業の今後の柱として、①宇宙安全保障、②災害対策・国土強靭化、③宇宙科学・宇宙探査、④経済成長とイノベーション実現、が掲げられています(1)。①は通信、測位、情報収集衛星の整備や小型衛星による海洋状況・宇宙状況の把握、②は気象・地球観測の強化と災害時に被災状況の迅速な把握のためのシステム開発、③は宇宙探査、月面基地、国際宇宙ステーション、④は過去や現在に国の衛星で取得されて日々蓄積されている衛星画像データ利用の拡大が代表的なものです。いずれのカテゴリにおいても低軌道(LEO:Low Earth Orbit)衛星とセンシングは重要なキーワードであり、NTT研究所でも宇宙統合コンピューティング・ネットワーク構想の下、衛星センシングプラットフォームの研究開発を推進しています。
衛星センシングについては、近年の地球観測衛星の高精細化・高機能化により、ダウンリンク(衛星から地球へ伝送する回線)の帯域需要が拡大しています。NTT研究所は宇宙航空研究開発機構(JAXA)と連携し、LEO衛星から地上への大容量伝送を実現するためのキー技術として、LEO-MIMO(Multiple-Input Multiple-Output)技術の共同研究を実施しています(2)
一方、地上においては、さまざまな物に通信機器を装着し、データを定期的に収集するIoT(Internet of Things)需要が急速に伸びています。NTT研究所では地上網ではカバーできない、超カバレッジのセンシング需要にこたえるため、衛星IoTの研究開発にも着手しています(3)

衛星センシングプラットフォーム

■提案コンセプト

これまでも衛星を経由した超カバレッジのデータ集信は存在しました。しかし、その多くは衛星専用装置や衛星専用周波数を用いており、サービスのコストが高止まりしていました。そこで、NTT研究所では、地上で普及している一般的なLPWA(Low Power Wide Area)端末と同じ周波数、同じ電力の端末を用い、低軌道衛星を介して小容量データを収集する920MHz帯を用いた衛星センシングプラットフォームを提案しています(図1)。
サービスのコンセプトとしては、地球上のあらゆる場所でつながるIoT端末で海洋など超広域かつ低頻度のセンシングデータ収集による新たな市場の開拓をめざしています。ハードウェアとしては、一般的な地上用LPWA端末を活用することで、端末調達コストを抑制します。衛星は極めてシンプルな構造で、受信した920MHzの信号波形をデジタルサンプリングして衛星搭載メモリにいったんストアし、基地局上空を飛来するタイミングでメモリに蓄積されたデータを地上基地局にダウンリンクします。この際、衛星からのダウンリンクで利用できる帯域は限られているため、同一周波数の異なる信号を複数アンテナで送受信するMIMO技術を活用することでダウンリンクの大容量化を図ります。

■主要技術

(1) 衛星ブラインドビームフォーミング(4)
近年920MHz帯を用いた地上IoT端末の台数はスマートメータの利用等により都市部で急速に伸びており、衛星に920MHz帯の受信アンテナを搭載すると都市部からの干渉波も同時に受信する課題が予想されます。本研究では、衛星に複数のアンテナを搭載し、大きな干渉源に対して衛星アンテナ指向性のヌル方向を向けて、他端末からの干渉を低減しつつ、所望信号の受信利得を最大化するようにビーム指向性を制御します(図2)。ただし、衛星が時々刻々移動することで衛星センサ端末と干渉源の相対関係も変化するため、リアルタイムでのビーム制御は困難です。そこで、衛星に搭載された複数アンテナで衛星センサ端末からの信号をいったん受信し、衛星を介して地上にダウンリンクした後、信号処理で端末単位に他端末からの干渉を低減しつつ、所望信号の受信利得を最大化する方法を検討しています。この地上での信号処理により、受信SINR(Signal to Interference Noise Ratio)向上を図ることができます。
一例として高度570kmの太陽同期軌道を想定した低軌道衛星のサービスエリアを回線設計で評価しました。前提として他端末からの干渉はなく、衛星搭載された3アンテナで受信された信号を最大比合成します。端末アンテナの最大ビーム指向方向の仰角が90゜となるようにIoT端末を設置した場合、
・端末上空の半径640km以内に低軌道衛星が位置する際はセンサ情報収集可能
・半径110km以内では18dB以上の高SNR(Signal to Noise Ratio)
という検討結果が得られています。
(2) マルチプロトコル一括復調技術
通常、衛星上で受信信号を復調するには復調器を衛星に搭載する必要があり、処理可能な通信プロトコルが限定されます。現在地上で利用されている920MHzのプロトコルは多種多様であり、プロトコルを決めれば、提案プラットフォームで利用できる衛星センサ種別が限定されます。そこで、現在検討しているプラットフォームでは、マルチプロトコル一括復調を採用します。具体的には衛星には復調器を搭載せず、波形データをサンプリング後に蓄積し、地上にダウンリンクした後に復調処理を行います。地上における復調処理をソフトウェアで実施することで、衛星打ち上げ後でも、多様なセンシングプロトコルに柔軟に対応できます。
(3) 衛星MIMO技術(5)
携帯電話や無線LANで使われているMIMO技術は、アンテナを複数用いて限られた周波数で伝送容量を改善する技術であり、マルチパス環境でMIMOチャネルの相互相関が低いときに伝送容量が改善されます。そのため、これまで衛星通信のような見通し環境ではパス間の相関が高く、MIMO技術の適用が難しいとされてきました。この課題に対してNTT研究所ではJAXAとともに、衛星に複数アンテナを搭載し、地上にも複数アンテナを設置するが、その地上のアンテナ間の距離を物理的に離すことでチャネル相関を下げる方法を提案しています。物理的に地上アンテナを離せばチャネル相関を下げることができますが、トレードオフとして受信チャネルの関係が相対的に非同期となる課題が生じます。そこで、NTT研究所では、この非同期受信環境においてMIMO干渉補償できる技術を考案しました(図3)。一例として、衛星搭載アンテナ間隔を0.7mとし、基地局間間隔を70km離した場合、シミュレーションの結果、従来の送受1アンテナを用いるSISO(Single Input Single Output)伝送と比べて送受2アンテナを用いるMIMO伝送のほうが平均2倍の伝送容量の向上を達成できます(図4)。原理的にはアンテナ数を増やせば、スケーラブルに容量が増えるのもMIMO伝送の大きな魅力の1つです。

革新的衛星技術実証3号機への提案

NTT研究所では、衛星MIMO技術を用いた衛星センシングプラットフォームの実証のため、JAXAの革新的衛星技術実証3号機に応募し、実証テーマの1つとして選定されました(6)。今年度に予定されている衛星での実験に向け、搭載装置の開発まで完了しており、現在実証実験に向けて地上装置の開発を進めています(7)。図5に革新的衛星技術実証3号機での実験の全体構成を、図6に衛星IoTの実験イメージを示します。本実験では同じ衛星に複数の実証テーマが相乗りする衛星のため、利用可能なスペース・重量・電力が限られており、本実験ではスケールモデルを用いた衛星MIMO伝送の原理を確認します。サービスリンク*として920MHzのIoT受信アンテナを3つ搭載し、所望の衛星IoT端末からの信号を受信し、地上で復調処理できることを確認します。その後、海上や山地などIoT送信環境を変化させて通信実験をする予定です。一方、衛星から地上基地局へのダウンリンクとしてはX帯(8GHz帯)の送信アンテナを3つ衛星に搭載しており、MIMOアンテナ数に応じて伝送容量をスケーラブルに変更できることを確認する予定です。

* サービスリンク:端末と衛星間の通信リンク。

今後に向けて

革新的衛星技術実証3号機での実験を成功させるため、衛星搭載機器および地上装置の運用に必要となるオペレーション・コマンド等のソフトウェア開発を完遂します。その後、1年以上かけて、衛星実験を重ね、技術の有用性を明確にします。さらに、実証実験を通じて、衛星センシングプラットフォームにご興味を持っていただいた方々と一緒に、衛星センシングビジネスの議論を加速させていきたいと考えています。

■参考文献
(1) https://www8.cao.go.jp/space/plan/keikaku.html
(2) https://group.ntt/jp/newsrelease/2019/11/05/191105c.html
(3) 坂元・景山・吉澤・藤野・小島・糸川・山下:“920MHz帯衛星IoTプラットフォームにおける各LPWA方式の端末収容台数評価,”信学技報, Vol. 120, No. 372,SAT2020-35,pp. 35-40,2021.
(4) F.Yamashita, D.Goto, Y.Kojima, M.Matsui, K.Itokawa, K.Yoshizawa, Y.Fujino, C.Kato,and M.Nakadai:“920-MHz IoT platform via LEO satellite employing feeder-link MIMO technology,” ICETC 2020,A1-2, Online, Dec.2020.
(5) D. Goto, K. Itokawa, F.Yamashita, C.Kato,and M.Nakadai:“Clock timing synchronization among distributed multiple antennas for LEO-MIMO communications system,” ICETC 2020,B1-4, Online, Dec.2020.
(6) https://group.ntt/jp/newsrelease/2020/05/29/200529a.html
(7) 糸川・五藤・小島・坂元・藤野・山下・加藤・中台・谷島・岩田:“低軌道衛星MIMO技術を活用した920MHz帯衛星IoTプラットフォームの軌道上実証と開発状況,”第65回 宇宙科学技術連合講演会, OS-16-5,オンライン,2021.

(左から)藤野 洋輔/鈴木 賢司/山下 史洋/糸川 喜代彦

NTT研究所では約16年ぶりに衛星搭載機器の開発と軌道上実証実験にチャレンジします。宇宙統合コンピューティング・ネットワーク構想の衛星実証のトップバッターとして、実験成功に向けて、チーム一丸となって取り組んでいます。

問い合わせ先

NTTアクセスサービスシステム研究所
無線エントランスプロジェクト
TEL 046-859-4103
FAX 046-859-4311
E-mail leomimoiot-mgr-p@hco.ntt.co.jp