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挑戦する研究者たち

探究心と好奇心を持って隣接領域にも挑む

我が国では「子どもの読書活動の推進に関する法律」の下、子どもの読書活動を推進しています。また、中高生のスマートフォンの保有率の急増やGIGAスクール構想による1人1台端末環境の整備等が進む中、それより下の年代である幼児期の読書習慣が子どもの学力に与える影響が注目されています。言語習得のメカニズムの解明と教育支援に臨むNTTコミュニケーション科学基礎研究所 小林哲生 上席特別研究員に研究活動の進捗を伺いました。

小林哲生
上席特別研究員
NTT コミュニケーション科学基礎研究所

科学的エビデンスに基づいたヒトに寄り添うインタラクション技術を創出

現在手掛けている研究について教えていただけますでしょうか。

ヒトの発達に関する領域において、言語習得メカニズムの解明とそれを活用した教育支援の研究をしています。科学的エビデンスに基づいたヒトに寄り添うインタラクション技術を創出するという目標の下、ヒトの発達をより深く理解してシステムを実装することに加え、フィールド検証を通じて技術を深化させる試みを進めています。ごく簡単にいうと、子どもが自然にことばを覚えていくメカニズムを解き明かして、それをベースに子どもの発達に即したより充実した支援の方法を、心理学、データサイエンス、言語処理技術などを活用して考案しています。
また、子どもはおおむね0〜3歳くらいまでの間に母語の基礎を習得していくのですが、言語を構成する語彙や文法、文字に着目して、それらを幼児がどのように習得していくのかについて、実験室での精緻な検証や、保育園・医療現場などでのフィールド調査を行うことにより、言語発達に影響を与える機序と要因を解き明かす調査を進めています。
さらに、感情能力を育むための研究も始めています。感情の知識、つまり相手がどんな気持ちかを考えたり、読み取ったりすることは社会生活にとって重要なことから、こうした能力を測定して子どもの発達支援にどのように役立てるかを検討しています。また、乳児院に入所しているお子さんの言語発達の特徴や児童相談所への虐待通報の地域差などを通じて、子どもを取り巻く環境についても調査しています。
ほかには、心理学や言語処理技術などの分野における基盤的言語資源として、継続して調査・構築してきた「単語親密度データベース」の充実に努めるとともに、難聴者・人工内耳装用者の言語発達についても研究を開始しています。

子どもを取り巻く環境等をも包括的に捉えた科学的支援は、大きな社会貢献につながりそうですね。具体的な調査研究の成果をお聞かせいただけますか。

基礎研究をベースとするスピンアウト事例も含めて紹介します。昨今、絵本の読み聞かせが与える長期的影響について取り沙汰されています。例えば、1〜2歳時の親による絵本の読み聞かせの頻度が8〜9歳時の文章読解力や算数文章問題の成績、そして読書の内発的動機付けと関連することがシカゴ大学の研究(1)で明らかとなったのですが、この効果は親の学歴・家庭収入(SES)を統計的に考慮しても残存することが分かっています。こうした先行研究から、私たちは日本の子どもたちに早いうちから読み聞かせの支援をすることが有効であり、この活動は社会的な投資であると考えました。
また、前回もお話ししましたが、私は大学院で乳幼児心理学を研究していたことから、NTTに入社後、幼児向けのテレビ番組の監修も務めていました。そこで分かったのは番組スタッフにノウハウはあるものの、科学的エビデンスに基づいた番組構成があまりなされていないことでした。「言葉の理解に関して、科学的なデータによる指針があると安心」といった番組スタッフから声があがる状況に、幼児言語発達に関する科学的エビデンスの必要性を感じました。
こうした背景もあって、私たちは、世界的にみても非常に大規模な2つのデータベースを構築しました。1つは0〜4歳児1500人の語彙チェックリストデータに基づく「幼児語彙発達データベース」です。このデータによると、子どもが最初に理解できる語は「自分の名前」で、約50%の子どもが約7カ月で理解できます。また、発話できる月齢の観点からみると、約50%の子どもが「ワンワン」という語を発話できるのは15カ月なのに対して、「犬」は26カ月です。また14カ月で「いないいないばー」、17カ月で「バイバイ」などの社会的なコミュニケーションに使う言葉も発話できるようになります。
このデータベースを活用したのが「パーソナルちいくえほん」で、子どもの興味と発達をかんがみて、名前や好きなもの、そしてこれから覚える語を個人ごとに反映し個別最適化した絵本を作成しています(図1)。例えば、「パーソナルちいくえほん」のうち1〜2歳向けの「すきなもの」は、「幼児語彙発達データベース」からの推定を基に、これから覚える語を選定して作成しています。

個別最適化した読み聞かせ支援の検証を自治体と協力して展開

世界最大規模とは学術的にも社会的にも意義深い成果ですね。もう1つのデータベースとフィールド調査についても教えてください。

もう1つのデータベースは約6000冊の絵本の本文テキストをすべて入力して構築した「絵本・児童書データベース」です。これは、絵本検索システム「ぴたりえ」を開発する際につくったものですが、当初は、各絵本にどんな単語が出現するか、そしてその単語頻度情報が幼児の語彙発達にどう関連するのかを明らかにするために始めたものでもありました。この「ぴたりえ」ですが、絵本・児童書の分野では世界初のAI(人工知能)システムで、「幼児語彙発達データベース」に「グラフ索引型類似探索」や「自然言語処理」といった機能を組み合わせて、子どもの興味や発達段階に合わせた絵本の検索を可能にしています。
2019年から福井県立図書館、品川区の保育園などに順次導入しており、これまで多くの方々に体験していただきました。さらに、前回よりも発展したのが「ぴたりえタッチ」で、ロボットの「Sota(そーた)*」の質問に答えていくと、最後におすすめの絵本を教えてくれるシステムです(図2)。
「パーソナルちいくえほん」のうち「ひらがななまええほん」は、この「絵本・児童書データベース」を活用した成果に基づいて作成しています。このデータベースの分析から、子どもが文字を覚えるときは、全体的には、絵本に頻出する文字から読めるようになることが明らかになり(2)、それぞれの文字をどれだけ見聞きするかが習得のポイントになります。ただ、個人ごとに考えると、自分の名前の文字も相当見ていることになるかと思います。そこで、これまでに頻繁に見てきた自分の名前に着目して、それらの文字を本文中に頻繁に出てくる絵本を作成し、各個人の言語環境に合わせたかたちで文字習得の最初のステップを後押ししようと考えました。この絵本には、名前に関係する「しかけ絵本」のような特徴もあります。例えば、名前が「あかり」ちゃんであれば、「“あ”はアイスクリームの“あ”」とか、「この中から“あ”を探してみよう」といったページが用意されています(図3)。ほかにも、名前の文字の部分をこすったり突いたりして次のページを開くと、文字が大きくなったり小さくなったりするといったしかけもあります。自分の名前の文字に触れ合いながら、絵本を楽しく読むことで、文字の習得を自然なかたちで後押しできればと思っています。

* 「Sota」は、ヴイストン株式会社の登録商標です。

「パーソナルちいくえほん」や「ぴたりえ」を使ったフィールド調査はさらに広がっていると伺いました。

前回は、2020年1月から沖縄県恩納村と協力して、乳幼児健診に来た親子に、絵本を作成してもらうことをきっかけに、子どもを図書館に誘導することを始めたところまでお話ししました。現在は、兵庫県西宮市と締結した「生涯学習推進のための読書振興等に関する共同研究協定」に基づいて、「パーソナルちいくえほん」の提供や、図書館での「ぴたりえ」の設置などを通じて親子の絵本読み活動を支援できるかを検証しています。
具体的には、1歳半健診のときに「パーソナルちいくえほん」の申込券を配布し、希望者にはWebを通じて絵本を作成していただいています。共同研究を開始した2021年10月から2022年3月までの間に1歳半健診の対象者約2000名のうちの半数の方が「すきなもの」を申し込まれました。また、2歳から5歳を対象とした「ひらがななまええほん」については、2022年1月から3月に各図書館において約400枚の申込券を配布したところ、9割以上の方が申し込まれました。フォローアップ調査では、約8割のお子さんが気に入ってくれており、約6〜7割の家庭で1週間に1回以上の読み聞かせが行われていました。
また、先ほどご紹介した「ぴたりえ」と子どもが利用できる「ぴたりえタッチ」は、2021年度、西宮市の図書館3カ所に設置したところ、「ぴたりえ」は3つの図書館の累計延べ約2万件の検索実績、「ぴたりえタッチ」は約3万人が利用してくれました。内訳として、「ぴたりえタッチ」は、0〜5歳児の利用が約半数以上を占め、ターゲット層へのアプローチに成功しました。実際に図書館で観察していると、お子さんがレシートプリンターから出力された絵本リストを持って、カウンターに持っていく姿が多数見られました。ロボットからおすすめされた情報をお子さんはどうとらえているのか。心理学的には、こういったことも興味深い問題です。

さらに、子どもの感情や環境についても調査研究を進めているとのこと。どんなことが分かったのですか。

親の発話と絵本における感情語の種類と出現傾向の違いを調べてみました。まずは先行研究や感情表現辞典などを参考にして、770語からなる乳幼児向けの感情語リストを作成し、それらの感情語が絵本・児童書データベース(約6000冊)と親子会話コーパス(448会話)にどの程度出現するかを分析したところ、絵本には親の発話よりもバラエティ豊かな感情語が含まれていることが分かりました。また、高い頻度で出現する上位20語をみると、絵本にはポジティブな感情語がより多く出現するのに対し、親の発話にはネガティブな感情語も頻繁に出現するという質的な違いも確認しました。また、一般家庭と乳児院に入所している子どもの語彙発達データを比較して、施設での養育環境が語彙の発達にどのような影響を与えるかを分析しました。その結果、発話できる語彙数や語彙を獲得していく順序については一般家庭に育った子どもとほぼ差がないことが分かりました(3)。また、入所児の中でも虐待を受けた子については、語彙の獲得に多少の遅れがみられました。
これらの成果を踏まえ、改めて絵本の取り組みを眺めると、本当に必要としている親子に支援が届く仕組みの重要性を感じています。コロナ禍にあって、言語聴覚士の方がリモートで対応する際、「既存の言語訓練ツールのデジタル化が遅れ、著作権法に抵触することから勝手にデジタル化もできず、十分な訓練ができていない」と話しているのを聞いて、医療関係者そして社会福祉領域の方々と手を携えながら、独自のデジタル支援ツール作成などをはじめとした、子どもの発達を支える仕組みづくりをしていくことは次なる課題であると考えています。

研究者とは「自然の摂理を読み解く人」

研究活動において大切にしていらっしゃることを教えてください。

私は探究する姿勢はとても重要だと考え、フィールドと実験室での取り組みを循環させながら研究を進めていくことを大切にしています。探究は高等学校の学習指導要領にも盛り込まれたことから、その重要性は我が国も感じているところだと思います。また、どんなに幼い子どもにも好奇心というか、探究心の芽生えみたいものはありますよね。子どもたちの持つその科学的探究心をどうやって育て、支援したらよいのかを最近よく考えているのですが、自らもこうした探究心を糧にして研究に臨まないことには新しい発見や技術創出に到らないのではないかと常々思っています。
こうした思いから、自分の専門領域だけではなく隣接する分野にも探究心と好奇心を持って臨んでいます。もちろん、特定の研究トピックスを深く深く掘り進めることも大事ですが、私は専門領域を追究する中で、子どもそのものを見るだけでなく、子どもを取り巻く環境、そして社会状況や歴史的・地理的背景も含めて、大局的に物事をとらえたいと思っており、その意味でフィールドでの調査と隣接領域の研究者・関係者との協力が重要だと考えています。
そして、上司をはじめ、周囲がNTTでは稀だといえる研究テーマ(赤ちゃんや教育など)を私に追究させてくれること、社会貢献につながる研究活動をできることに幸せを感じています。一方で、研究活動に対して周囲の理解を得るために、本質を突く研究テーマを設定できるように心掛け、説明なども全力を尽くすように努めています。そのためには、何よりもパッションは重要で、企画書の段階でさえ、パッションのない計画は見破られてしまいます。最近は計画を立てる際に、どう理解してもらうかという点について、若手の皆さんと議論を繰り返しているのですが、こういったことを繰り返すことで、パッションを持って語ることが醸成されるのだと思います。

最後に研究者とはどんな存在だとお考えでしょうか。若手の皆さんにも一言お願いいたします。

研究者とは、自然の摂理を読み解く人だと思います。その意味でも、ヒトの発達研究においては環境要因を踏まえつつ、自然に育まれる子どもたちのルールを読み解いて、発達のサポートにつなげていきたいと考えています。
研究はたくさんの時間を要する行為です。研究計画からデータ収集と分析、論文執筆、資料作成まで、きちんと仕上げるのには時間が必要です。言い換えれば、計画も分析も論文も資料もそう簡単にできることではありませんから、たっぷりと時間をかけて研究者としてのスキルを少しずつ身につけていくのだと思います。
それから、こうした活動において研究者はいろいろな人の言葉に耳を傾ける中で、最終的には自分の信じるものに従うと思うのですが、それが研究者1人ひとりの「センス」だと思います。ここでいうセンスとは、見えていないモノに気付く力です。同程度の知識やスキル、経験を持つ人が同じモノを見ても、そこに潜むモノに気付く人と気付かない人がいます。そんな見えないモノに気付く力を持って自然の摂理を少しでも読み解ける研究者になっていきたいです。
今後ですが、バイタリティ溢れる若手研究員とともに、定説を覆すような研究や本質を突くような手法の提案に、困難であろうとも挑んでいただきたいと思います。そのためにも研究テーマを何に据えるかは重要です。私も本質を突く研究をしたい、一山当てたいと思っていながら、実はその山の登り方も、どこから登ればゴールへたどり着けるのかも分かっていません。また、私は実験室を飛び出してフィールド調査もしていますが、このやり方が正しいとも限りません。つまり、本質を突く研究はどうしたらできるのか、その答えは私自身もいまだ見つかっていないのです。

■参考文献
(1) E. Demir-Lira, L. R. Applebaum, S. Goldin-Meadow, and S.C. Levine: “Parents’ early book reading to children: Relation to children’s later language and literacy outcomes controlling for other parent language input” Developmental Science, Vol.22, No. 3, pp.673-685, 2019.
(2) 樋口・奥村・小林:“幼児のひらがな読み・書き習得に及ぼす文字特性の影響,” 音声言語医学, Vol.60, No.2, pp.113-120, 2019.
(3) 坂本・奥村・南・麦谷・伊藤・小林:“乳児院入所児における言語発達の特徴 語彙数・語彙獲得順序・品詞カテゴリからの分析,”信学技報, Vol.119, No.394 (HCS2019 54-84), pp.157-161, 2020.