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高品質・低遅延の通信を実現する「電界制御による波長可変光源」

NTTが提唱しているIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想では、低電力・高品質・高速の通信の未来を実現するために、光通信機器の早急な進化が求められています。特に近年では、IoT(Internet of Things)の進展などによるネットワーク接続デバイスの増加や、リアルタイム性の高い通信アプリケーションの出現を背景として、通信インフラの消費電力や遅延は世界的に大きな問題になっています。今回は、これらの課題を解決する「電界制御による波長可変光源」の技術について、上田悠太特別研究員にお話を伺いました。

上田悠太 特別研究員
NTTデバイスイノベーションセンタ

PROFILE

2011年早稲田大学大学院博士課程修了。博士(工学)。博士課程在学中に日本学術振興会特別研究員。同年、日本電信電話株式会社に入社。NTTフォトニクス研究所に所属。2022年よりNTTデバイスイノベーションセンタ、およびNTT先端集積デバイス研究所特別研究員。半導体波長可変光源に関する研究に従事。2012年電子情報通信学会学術奨励賞、2022年電子情報通信学会論文賞等を受賞。2020年より九州大学客員准教授。

電界による波長制御で今までにない光システムを創り出す

◆「電界制御による波長可変光源」とはどのような技術なのでしょうか。

「電界制御による波長可変光源」とは、簡単にいうならば「光通信に使う光の色を電圧で制御する」という技術です。光の波長とは可視光でいうならば色に対応します。光通信に使う光の「色」にはさまざまな色があり、例えば赤色にはAの信号、緑色にはBの信号というように、個別の信号を違う色のレーザに乗せて、1つの光ファイバに入れることができます。それによって色の種類に応じて容量が何倍にも増えることが光通信の利点の1つです。以前から波長可変光源に求められていたのは、1種類の半導体チップだけで好きな色を出すことで、通信事業者が準備しておくレーザチップの共用化を図ることで在庫を減らし、通信を低コストに運用するということでした。さらにこの在庫低減の目的に加えて、IoT(Internet of Things)の進展などによるネットワーク接続デバイスの増加も背景にして、光の波長を制御するための消費電力も問題になっている中、根本的に電力を削減する手立てが物理レベルでなかったというのが、この分野の課題の1つとしてありました。
また、近年では波長可変光源を単に光波長の種類を増やすためではなく、光通信の最中において波長を動的に切り替えることで新しい機能を発現しようという試みがなされています。例えばさまざまな波長(色)を含む太陽光をプリズムに通すと、色ごとに光の進む道が変わることから想像できるように、波長を動的に変化させることで光通信経路を切り替えることができるのです。プリズムに光を通すだけならば複雑な電気制御は一切不要であり、つまり波長を光経路に対応させれば高速・低電力な経路制御が可能となります。この波長を高速に動かすという現象は、通信に限らずにセンシング応用、例えば最近ではLiDAR(Light Detection And Ranging:光による検知と測距)といったキーワードも新聞などでも盛んに見かけますが、そのような新しい光システムへの対応にも非常に期待されています。しかし、これまでの半導体レーザは波長を高速に動かすとレーザの雑音が大きくなってしまい、新しい光システムに求められる高速性と低雑音性の両立が、通信・非通信にかかわらず歴史的に困難でした。
これらの課題を解決するのが「電界制御による波長可変光源」の技術です。この技術のポイントは「電気信号を加える際に電流ではなく電圧を用いて光の波長の制御を行う」という点です。電圧で光の波長を制御する利点はさまざまですが、まず1つは消費電力をとても小さくすることができます。中学理科で習ったとおり、電力は電圧と電流の掛け算ですが、電圧制御ということは言い換えると電流が不要(ゼロ)ということなので、簡単にいうと波長制御のための電力を限りなくゼロに近づけることができます。さらに電圧は半導体に対して非常に速く作用する性質があり、高速な波長制御が期待できるうえに、半導体デバイスでしばしば雑音の元となる電流が発生しないために波長制御に伴うレーザ雑音による劣化も少ないという特長もあります。したがって、消費電力・高速制御・雑音のすべての観点で既存の技術を凌駕することができ、従来のさまざまな光システムの課題を解決できるのではないかと研究を進めてきました。
電界制御による波長可変光源は以上のとおり、利点が多くあるのですが、実現は不可能とされていました。その理由は、電界制御型の波長可変光源は波長を変化できる幅が著しく狭いために、実用的な“波長可変”機能が実現できないとされていたためです。この問題に対してNTTが長年研究してきた光半導体技術と、私の独自発明の半導体光フィルタ回路の技術を合わせることで、実用的な波長可変幅を持ちつつも、電界制御の利点を活かした低電力・高速・低雑音な波長可変光源の原理確認を実現するに至ることができたのです。

◆「電界制御による波長可変光源」は具体的にどのような方法で行うのでしょうか。

私は元々NTTの研究所で「変調光源」という技術分野のチームにいたのですが、そのときに培った経験やアイデアが現在の研究に活きていると感じています。変調光源とは、レーザ光源と、光源から出力されたレーザに信号を載せる変調器の2つが一緒に集積されている半導体チップのことです。そのチームでレーザ波長の異なる複数の変調光源からの光を合わせるための波長合波器という技術についても取り組んでいました。先ほど紹介したとおり、複数の波長の光信号を1本のファイバへ入射することで通信容量を増やせるのです。実は波長合波器は見方を変えると「複数の波長から1つの波長を抜き出す」という使い方ができる、つまり波長フィルタとして使えるという性質があります。波長合波器にも多くの種類がある中で、当時研究していた波長合波器は、電気信号に対する波長の選択のルールの感度が高く、電圧信号のような波長制御には適さない信号でも実用的な波長フィルタが実現できるとことに気付きました。これを応用した「電界制御による波長可変光源」の技術では、独自発明の半導体光フィルタ回路に電圧をかけて、その波長選択ルールを変えることによって異なった波長の光を生成するということを行っています。
もちろん従来の技術として、フィルタに電気信号を与えて波長の選択のルールを変えるという技術は存在しており、例えば半導体を温めたり電流を流したりする手法が採られていました。しかし、これら技術では波長選択をする際の消費電力が大きい、あるいは波長変化の高速化とレーザの低雑音化の両立が原理的に困難という問題がありました。電界制御はそれらの課題を一気に解決できる一方で、前述のとおり実用的な波長可変幅が得られないという問題があり、実用化には至っていませんでした。そこで、変調光源のプロジェクトにおける着想を活かして、電界制御でも実用的な波長可変幅を持つ波長可変光源の実現に挑戦したのです。
結果的に試作した波長可変光源は、例えば従来の温度による制御技術と比較して、波長制御スピードが100万倍ほど速くなりつつも、レーザ雑音(線幅)は実用に十分な低雑音に抑えられています。そして実用的な波長可変幅を示しており、これからの高性能な光通信や光センシング技術に大きく貢献する技術になると考えています。また、波長を変えるのに使う電力は10分の1以下であり、外部回路の負担軽減も考慮するとさらなる省電力化が見込まれるため、現在問題になっている通信におけるエネルギー問題の解決や、通信コストの大幅な削減にも貢献できます(図1)。

多くの社会課題を解決し、IOWN構想の未来を創造する

◆「電界制御による波長可変光源」の技術を用いた今後の展望について教えてください。

NTTが提唱しているIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想における、オールフォトニクス・ネットワーク(APN:All-Photonics Network)の取り組みでは、低消費電力の実現のため「電力効率を100倍に」という目標があります。「電界制御による波長可変光源」は光ネットワークの低電力化の側面から、APNの基盤技術にしたいという展望があります。電界で波長可変を制御することによって、光通信にかかる電力とコストを削減し、情報処理基盤のポテンシャルの大幅な向上に貢献できると考えています。またノイズが少なく切り替え時間が短いという点からも、「低遅延」「大容量・高品質」といったAPNの他の実現目標も達成するというのが今後の展望です。
また、光センシングなどの非通信分野への応用も視野に入れています。例えば、IOWN構想のデジタルツインコンピューティング(DTC:Digital Twin Computing)において、実社会をコンピュータの社会に転換してデータ処理することで、社会にとって有益な情報の発信、例えば公共空間における感染回避や事故防止といった貢献が可能になると考えています。「実社会をコンピュータの社会に転換」の部分はまさにセンシング技術であり、実世界に対するデジタル世界の「目」としての機能実現にも「電界制御による波長可変光源」の技術は期待できると考えています。このようにさまざまな社会課題を、通信・非通信の分野にかかわらず解決し、多くの人の暮らしに貢献できるような技術をめざしていきます(図2)。

◆研究者や学生へメッセージをお願いします。

NTTでは「もしこんな技術があったら、世界が変わるのではないだろうか」というコンセプトベースから仕事ができます。そのうえで自分たちで実用レベルまで仕上げ、デバイスビジネスにも取り組みながら、販売をして意見をフィードバックして開発を続け、研究・開発・ビジネスと広く手掛けることができるところに、NTTで研究を行うことの面白さを感じています。必ずしもこれらのスキームすべてをNTT研究所内で完結させるのではなく、必要に応じて外部のパートナーと連携できる点もNTTの強みですね。もちろん論文を書いてNTTの技術力を宣伝することはとても大事な仕事なのですが、NTT研究所の中でも特に私がいる光半導体の分野では「世のため人のため」という思想の下、研究を重ねて実用化を行い、新しい社会的な価値をつくり出すということが大事です。誰かが技術を必要として、それに対してお金を出していただけることは、つまり世の中の役に立っているということですのでとてもやりがいを感じます。これからの研究では、今回ご紹介させてもらった「電界制御による波長可変光源」の技術に限らず、広い技術・アイデアをさまざまな場面で役に立て、多くの人が幸せになる社会の実現に貢献していきたいと思っています。
私は現在、光半導体の分野でデバイス研究を行っていますが、そこではそれぞれに得意分野を持った多くの研究者が集まり、1つのデバイスをつくるために日々研究をしています。研究やビジネスパートナーにはもちろん海外機関も含まれます。そうした中で強く思うことは、研究を円滑に進めていくうえでチーム力が非常に大事だということです。デバイス研究は1人では絶対できないので、得意分野がある人を尊敬してたくさんのことを学びながら、協力をして研究を進めなければいけません。「多様性」というのは昨今非常に重要な社会テーマで私も非常に大事だと思いますが、一方で研究のプロジェクト、特に実用化を前提としたプロジェクトでは最終的に1つの意思決定を下す必要性に迫られることが多くあり、衝突も珍しくありません。そういった中で「プロジェクトとしての意思決定」と「研究の議論の深みを増すための多様性」の両方を達成するというのはとても大変ですが、考えが違う人たちとの折り合いをつけながら、相互理解を試みていく姿勢が非常に重要であると感じます。
もちろん大前提として、個々の研究者が自分の意見と興味を持っているからこそのチーム力です。自分自身の専門分野に対する思想を持っていなければ研究者とは呼べないと思っています。私が修士課程の学生だったころ、指導教員に「若いときに何かを突き詰めたら、その後に違う景色が見える」というアドバイスをいただいて博士課程に進学したという経緯があるのですが、これを読んでいる若い研究者の方々には、自分の感性を大事にして研究を突き詰めてもらいたいなと思います。たとえそれが仕事ではなくて、趣味でも当てはまることだと思うのですが、好きという気持ちがあれば続けることができるし、突き詰めることができます。だからこそ、感受性が豊かな若いうちに、自分が楽しいと思えるものをぜひ大事にしてほしいです。現在、世界的に半導体研究に活気がある一方で、日本では激しい競争の中で楽観できない厳しい状況でもあると思いますが、その中でも恵まれた環境を持っているのがNTTの研究所です。これからの未来を担っていく若い研究者たちの皆さん、ぜひ私たちの仲間になってもらって、通信の未来を一緒に創造していきましょう。