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共感・協力・感謝の実践「心の経営」で地域の未来を支えたい。夢や希望にあふれる循環型社会づくりに挑戦しよう!

日々進化する情報通信技術やAIなどのデジタル技術、多様なビジネスモデルの台頭やコロナ禍によって加速したリモートワークの進展により社会は大きく変化しました。こうした中、少子高齢化は加速し、社会インフラの老朽化、地球温暖化対策は待ったなしの状況です。日本が抱える社会課題に先駆けて取り組むNTT東日本は従来型の課題解決に加え、未来志向のデジタルトランスフォーメーション(DX)で挑んでいます。澁谷直樹代表取締役社長に、未来志向のDXで社会を先導するとともに社会インフラとしての使命を担う、「心の経営」の極意を伺いました。

NTT東日本
代表取締役社長
澁谷 直樹

PROFILE

1985年日本電信電話株式会社に入社。1999年NTT第一部門 企業オペレーティング担当、2001年NTT東日本 企画部担当部長(ワシントンD.C. 戦略国際問題研究所 客員研究員)、2008年ネットワーク事業推進本部設備部設備計画部門長、2010年福島支店長、2013年経営企画部 中期経営戦略室長、2014年取締役 ネットワーク事業推進本部設備企画部長、2017年東京オリンピック・パラリンピック推進室長兼務、2018年代表取締役副社長、ビジネス開発本部長、NTTベトナム代表取締役社長、2019年デジタル革新本部長兼務、2020年1月NTTe-Sports代表取締役社長兼務、同6月NTT代表取締役副社長、2022年6月より現職。

地域の未来を支えるソーシャルイノベーション

社長就任おめでとうございます。そして、NTT東日本でのお仕事は2年ぶりですね。

ありがとうございます。故郷に戻ってきたような気持ちで仕事に臨んでいます。社長に就任して早々、明治維新のころを起源とする私たちの電信電話事業の原点をたどり、NTT東日本の「つなぐDNA」や泥臭いスタイル、そして、今後の社会を見据えどう変革していくかといった方向性を、自らの構成・台本によるビデオを製作し伝えています。それとともに、より多くの社員と直接顔を合わせることを最優先にキャラバンを展開し、まずは6カ所の地域事業部を訪ねプレゼンや対話を実施しました。
さて、持株会社で過ごした2年間はNTTにとって大きな学びのあった時期でした。私自身もガバナンスや透明性、企業文化を改めて見つめ直し、その重要性等を追究する中で、「NTTのミッションは自社のみのミッションでありません。それにより社会全体の変革を先導し日本を変えることができる。NTTにはその使命があることを忘れないでほしい」という社外取締役の話により、私たちの社会的な役割を再認識しました。これを真摯に受け止め、NTT東日本において実践していきたいと考えています。
光ファイバが99%行き渡る中、NTT東日本はこれまで地域の課題解決に貢献するために農業、芸術、eスポーツなどの新会社も立ち上げ、通信事業者の枠を超えるソリューションの提供に努めてきました。これら私たちのアセットを携えて、今まさに新しい循環型社会を実現する取り組みに着手するときだと考え、地域の未来を支えるソーシャルイノベーション企業となるべく、地域密着営業を進化させた共感型デジタルトランスフォーメーション(DX)コンサルティングの実現、つなぐDNAを進化させたフィールド実践型エンジニアリングの強化に臨んでいます。

新たなビジョンに心が弾みます。お客さまのどのような期待にこたえるのですか。

私たちの財産は豊かな人的資源です。全国津々浦々、地域で働く地域を愛する社員が地域のために頑張っています。こうした社員には、社会を変えていきたいと意気込む1万人以上の営業フロント、さらに災害のときにはいち早く現場に駆け付け、地域を支える使命感にあふれたエンジニアもいます。この豊かな人的資源と、通信アセットや光ファイバ等を存分に活かして、既存サービスや既存業務システムを大胆にDX・マイグレーションしながら、新しいデジタル社会基盤の構築を加速させていきます。
この構想に関して、ビデオの配信やキャラバンにおける社員との意見交換を通して、アンケート形式でフィードバックしてもらいましたが、約95%の方が賛同してくださるなど、皆さん、スーパーポジティブです。一部には構想と現場のギャップに関する意見や、具体的な実現のロードマップが分からないなどの意見もありますが、地域への貢献、地域の変革の先導にまず動き始めることが大切です。それを進めていく中でこうしたギャップを解消するために地域の幹部とともに、職場ごとの方向や具体的な活動への展開を始めています。
また、少子高齢化、農業や漁業などの担い手や後継者不足といった社会課題を解決してほしいというお客さまの声も届きました。中には長年培ってきた文化遺産、民芸品に携わる後継者がいない、何とか後世にも引き継げないかという切実な声もあります。
もちろん、これまでも私たちはこうした声に向き合って、お客さまの課題を分析して提案し、後継者不足の課題解決、循環型社会への取り組み、町おこしなどによる地域の活性化も精力的に手掛けてきました。しかし、これからは地域の未来を支えるソーシャルイノベーションという新たなアプローチで課題に向き合います。地域のお客さまと向き合い、ともに考え、試行錯誤しながら実行に移す。それが共感型DXコンサルティングです。
各地域には素晴らしい伝統や文化が息づいています。「こんなに素晴らしい価値がある」と、その価値を理解し、その価値をさらに大きなものにしていくのが共感型の価値創造です。自分の価値を理解してもらえる、応援してもらえることは、「ここに課題がある」と指摘され、改善するより心が弾みませんか?私たちが志向しているのは、このような「心」や「思い」を大切にしたDXです。地域に飛び込んで価値を見出し、地域の方々とともに未来へつなげる仕組みを考えます。まさに地域密着型のNTT東日本ならではのアプローチであり、新たな価値創造につながると考えています。

固定概念にとらわれず「ゼロ(無)」の心で課題を見つめる

心を前向きにしてくれるアプローチはうれしいですね。具体的なソーシャルイノベーションはすでに動き出しているのでしょうか。

すでにいくつかは動き出していますが、10年掛かりの大きな取り組みになると思います。従来型の課題解決型事業で地域の人手不足は先送りできましたが、根本的な解決には至っていません。このため、共感型DXコンサルティングの実現やフィールド実践型エンジニアリングの強化によって、衰退しつつある産業を若者が夢を感じて取り組む産業に変えるような、根本的な課題解決をめざしていきます。地域にお世話になっている企業として、社会のイノベーション、仕組みを変えることにまで踏み込みたいのです。
すでに始めているいくつかの具体的な事例を紹介します。
まず、北海道大学、岩見沢市、NTT、NTTドコモ、NTT東日本と共同で、最先端の農業機械の自動運転技術に高精度な位置情報、5G(第5世代移動通信システム)、AI(人工知能)等のデータ分析技術等を活用した世界トップレベルのスマート農業の実現と社会実装、およびスマート農業を軸としたサステイナブルな地方創生・スマートシティのモデルづくり等に取り組んでいます。この取り組みでは、イノベーションを通じて岩見沢市の監視センターを活用し、請負業者が地方農場にある多数のロボット農機やドローンを遠隔地から監視・制御するような世界観をめざしています。
また、地域の伝統技術・無形資産の後継者不足対策としてのデジタルアーカイブによる保存・発信の取り組み事例として、長野県小布施町にある岩松院の葛飾北斎の天井画をデジタルアーカイブとして保存・発信、バーチャルリアリティによる新たな鑑賞体験の実現といったことが可能になる仕組みを構築しました。これにより現物を見たいと現地を訪れる旅行者の数が増加しているという効果も生まれています。DXによって地域に人を呼び、街が活性化し、文化遺産や伝統技術を保存、発信することに貢献できたと自負しています。
さらに、観光活性化、生活利便性向上を推進する新たな街づくりをめざして、ICTおよび新たなスポーツを活用した「地域活性化に向けた3者連携協定」を横須賀市とNTT東日本、NTTe-Sportsの間で締結して「YOKOSUKA e-Sports CUP」の大会企画や運営のサポートを手掛けました。また、オンラインでのeスポーツ指導、高校等のeスポーツ部創設も支援しています。

各地で精力的に取り組む新たな価値創造にはどんな思いで臨まれているのですか。

まず、現代はVUCA〔Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)〕の時代とも評されるように社会全体の価値が揺らいでいます。私がNTTに入社した1985年から今日までを振り返ってみたところ、1989年にベルリンの壁が崩壊し徐々に世界が1つになってきたと思ったら、デカップリングの時代に突入し、最近では多様性が叫ばれているにもかかわらず、立場や思想の違いによるさまざまな対立が表面化しています。だからこそ、もっとお互いを理解し、助け合い、その中で効率よく、多様な文化が分散しながら発展するしかけをつくる必要があると考えています。
私たちのところには各地のさまざまな立場の方々から多くの声が届きます。その声に呼応して新たな価値を創造していくために、私たちは何を、どのように改革すればいいかを考えるのですが、このとき、これまでのような大量生産・大量消費時代の固定概念や先入観にとらわれた仮説で答えを導かないように、心を「ゼロ(無)」にしたいのです。従来の産業革命や情報革命以降の価値観は必ずしも人を幸福にしていませんし、地球環境にもやさしくない。サステイナブルではないのかもしれないのです。
既成概念等にとらわれずに新たな価値を創造すること、ある意味では哲学者ジャック・デリダが西洋文明の価値観に挑んだような「脱構築」に挑みたいと私は思っています。

頭で決めずに心で決めれば「三方良し」となる

最初にお話を伺ったときから変わらず「心のあり方」を大切にしていらっしゃるのですね。ところで、「ええやん」という姿勢も貫かれているのですか。

2年前にもお話ししたとおり、私は「心の経営」をしたい気持ちは今も変わりません。共感・協力・感謝の実践こそが経営です。頭で決めて頭で動くよりも心に訴えることに努めて、良い関係を築ければ、企業も成長しながら社会にも貢献できる世界、両立する世界が築けるのではないでしょうか。また、まずポジティブに受け止める、「ええやん」マインドも変わらず貫いています。ただ、現在の執務室に掲げた言葉は「心が大事」と、より「心」を重視した表現に変えました。
ところで、その心のあり方、気持ちにかかわることですが、私は「失敗」について考えることがあります。前述のとおり、固定観念や先入観にとらわれた仮説を立てずに、これまでに経験のない社会の改革に臨むとき、とにかくやってみないとその先が分からないことが多々あります。そして、誰しも仕事でトラブルを起こしていいとは思っていないはずです。ところが、実際の仕事は単年度や四半期等で評価されてしまいますから、イノベーションも「失敗しない範囲で」と、担当者は萎縮してしまうのです。このように失敗することが許されなければ、失敗によって浮き彫りになる課題を見極めたり失敗から学んだりするチャンスをも逸してしまいます。
だからこそ「新たな挑戦への道を切り拓くような学びのある良い失敗はしてもいい」と寛容にならないとイノベーションが起こせないと思うのです。短期的な指標(ショートターム)ではなく、ロングターム思考で見たらその失敗が次に活かされて、良い成果につながると思います。
とは言いながら、ロングターム思考で先を見ようとしても、現実を見ろ、利益を追求しろと迫られることもあります。現実を突きつけられると、つい、ショートターム思考に陥りそうになります。そんなとき、ショートターム思考とロングターム思考のバランスを取るために、一段高い位置から物事を見るように日頃から心掛けています。それでも仕事が頭から離れないような難題に当たったときには、私は星を見ながら宇宙に思いを馳せます。宇宙が誕生して138億年です。これを365日に例えると、人類の歴史は5秒以下です。それを考え、私たち人類は本当にちっぽけな存在であると思い直すとロングターム思考の本質を見失わずにすみます。

もっと広く、長く見通して物事に取り組むことが大切なのですね。心や人を大事にする澁谷社長から、ともに「心の経営」に挑む皆さんに一言お願いいたします。

研究者の皆さんには限界打破のイノベーションを期待します。例えば、核融合や水素社会の実現です。ご存じのとおり、核分裂の研究・実用化は進みましたが核融合はこれからで、NTT宇宙環境エネルギー研究所のテーマにもなっています。また、光電融合技術で循環型社会を実現するIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想のように、社会をブレイクスルーする大きな研究開発に挑んでください。成果を次々と実用化し事業会社に提案してください。それを私たちが地域で活用し磨き込んでいきます。
パートナー企業の皆さん。ソーシャルイノベーションにおいては私たちとパーパスを共有し、一緒に前線に立っていただき、地域の価値創造に取り組んでいただきたいと思います。私たちは、皆さんをチームの一員だと思っており、仕事のやりがいも、感謝の気持ちも伝えていきます。同じ仕事に臨んでいる仲間としてよろしくお願いいたします。
社員の皆さん。「新しい地域の未来と向き合うソーシャルイノベーション」にどうぞ失敗を恐れずに挑んでください。おそらく地域の方々も同様に私たちの取り組みの様子を見ながら、歩調を合わせてくださっているのだと思います。繰り返しますが、課題ありきの提案や固定概念からの目線ではなく、この地域を知りたい、盛り上げたいという気持ちで地域を見つめ、何度でも挑みましょう。地域のお客さまに溶け込み、何回も議論や提案を重ねていくことで、お客さまにも仲間だと認めていただき、「一緒にやろう!」と迎えていただけるようになります。ぜひ「心」を大事に頑張っていきましょう。保守や点検をしている社員の皆さんは、直接的にお客さまと接する機会は少なく、感謝も含めてお客さまの声に触れることも少ないかもしれません。その一方で、大規模な自然災害は増加しており、通信インフラを支える使命の重要性は高まっています。そこで、これからも「社会を支えることに生きがいを感じる裏方の美学」を大切にしていきたいです。私も先頭に立って行動することで皆さんのプライドを讃えるメッセージをしっかりと発していきます。
(インタビュー:外川智恵/撮影:大野真也)

※インタビューは距離を取りながら、アクリル板越しに行いました。

インタビューを終えて

澁谷社長にお目にかかるのは今回で3度目です。今回も満面の笑みで会場にご登場されました。そして、3度目の今回も「赤」のネクタイです。情熱やあたたかさ、力強さを表現する赤の印象にふさわしく、澁谷社長とお話をしているとエネルギーを間近に感じるせいでしょうか。だんだんとやる気が湧いてきて、いつの間にか、「その仕事を一緒にしてみたい!」と思わされます。澁谷社長のあたたかで力強いエネルギーはどこから湧いてくるかにとても興味が増しました。早速、ご趣味や習慣を伺ったところ20代のころからストイックに続ける筋トレに加えて、朝晩に瞑想をしていらっしゃるとのことです。
心身ともに鍛え、磨かれて常に自らと向き合われている澁谷社長。他者に求めるのではなく、自らを高め続けるご姿勢に、人としてどうあるべきかを見つめ直す機会をいただいたひと時でした。