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「心の経営」が社会を変える! ええやん、やってみよう!のスピリッツで、地域のお困りごとを解決

豊かな地域社会の実現と持続的な発展をめざすNTT東日本。通信事業者として「つなぐ」という使命の下、「地域とともに歩むICTソリューション企業」として、地域のお客さまの課題解決に向けてICTを活用した新たな取り組みを進めています。社会の課題解決にどのような姿勢で取り組むべきか、そして2020年に向けた進捗等、澁谷直樹NTT東日本代表取締役副社長に伺いました。

澁谷 直樹(しぶたに なおき) NTT東日本 代表取締役副社長

PROFILE

1985年日本電信電話株式会社に入社。1999年NTT第一部門、2001年NTT東日本 企画部担当部長(ワシントンDC 戦略国際問題研究所 客員研究員)、2008年ネットワーク事業推進本部設備部設備計画部門長、2010年福島支店長、2014年取締役 ネットワーク事業推進本部設備企画部長、2017年同 東京オリンピック・パラリンピック推進室長を経て、2018年6月より現職。

基本スタンスは「お困りごとを伺います」の姿勢

まずはNTT東日本の事業環境からお聞かせ願えますか。

フレッツに代表される光回線の普及が進み需要が鈍化している中、売上は減少しているものの、効率的なコスト削減も実現していることから、利益は順調に伸びています。2018年度は2330億円とほぼ目標どおりの数字を達成する見込みです。特にメインとなるフレッツ光は、40万契約獲得を目標にしていましたが、おおむね達成できそうで、順調にきているといえます。
さらにWi-Fiやサイバー・セキュリティ等の高付加価値商材も順調で、固定電話の契約数が減少している一方で、売上を伸ばしています。
前社長の下、6期連続で増益を続け、現社長の1期目も増益達成見込みと7期連続で増益を記録できそうなことから経営状況は順調に推移しているといえるでしょう。こうした記録の裏側には、現場の社員の頑張りがあります。これまでは外注していたような業務も失敗を恐れずに自分たちで実施する活動を推進してみたところ大きな成果につながりました。こうした業務の直営化や複合化を行う中でスキルの向上やコスト削減を図ることができ、NTT東日本ならではの現場の強みを活かした利益に貢献できる仕組みが出来上がりつつあります。

2018年11月にNTTグループ中期経営計画が発表されましたが、澁谷副社長がNTT東日本のCDO(Chief Digital Officer)として重点的に取り組まれるのは、どのようなことでしょうか。

持株会社ではデジタルトランスフォーメーション(DX)をNTTグループの柱に掲げており、NTT東日本としても次の経営の柱に育てていこうと全社を挙げて取り組み始めました。社内のDX、社外お客さま向けのDXと2つ大きなくくりがあります。まずは取り掛かりやすい社内のDXから進めていこうとしていますが、設備系、営業系、総務系等のあらゆる部署において、自分たちの業務を新しいツールを使って効率的にしようと変革していってくれています。例えば、コールセンタにおけるAI(人工知能)でのテキストマイニングや、大量のデリバリオーダ処理のRPA活用により、稼働を大幅に削減した成功事例等も出ています。私たちのDNAには常に自分たちの業務を見直して効率的に仕事をしよう、そしてそれを他の部署にも広げていこうというカイゼンと水平展開のカルチャーが刻まれていて、現場の社員が優良事例を積極的に水平展開してくれます。大きなシステムのようなものは本社主導で展開することになりますが、現場のことは現場の社員が一番よく分かっていますので自分たちで改善していく。ツールの使い方が若干分からないといったようなときには本社のDXチームがそこを少し支える、といったように本社と現場が連携して進めている状況です。この取り組みにはかなり手ごたえを感じていて、DXの動きで会社のカルチャーがもう1つ進化するのではないかと期待しています。
そして、社外お客さま向けのDXについてですが、NTT東日本がその強みを活かしながら未来の日本のために何ができるのかと考えていく中で、社会問題の解決や地方創生等に行き着きました。これらを身近な言葉に置き換えると、「地域のお困りごと」の解決をお手伝いするということになります。
私たちが日ごろ接している各地域のお客さまは、農業や漁業、製造業等、あらゆる分野にわたっていますが、そこでよく話題になるのが、皆さん、次世代へ仕事や会社をつなげて地域に根ざしていこうと頑張っていらっしゃっている一方で、高齢化や後継者不足によってそれが難航しているということです。また、世の中でAIやIoT(Internet of Things)といった新しい技術の話をよく聞くが、自分の仕事の中での活用方法がよく分からない、という方々が多数いらっしゃるのです。私たちは、お客さまの企業規模にかかわらず、このようなお困りごとに寄り添って、一緒に考えていきたいと思っています。例えば、AI/IoTの話ですが、センサやカメラなどで家畜の状況や作物の生育状況のデータを集積しAIで分析したものを、自宅の端末で確認できれば、何度も農場に点検に行かなくても済み、お客さまの睡眠時間や余暇へ使える時間を確保することもできますし、適切な出荷時期が推測できます。すでにこうした身近なところから始めており、お客さまにとても喜ばれている事例が集まりつつあります。
このように新たな技術を活用し、我々がお世話になっている地域社会が元気になれるような未来がつくれれば良いなという思いが、「地域のお困りごと」解決ということの柱になっています。これらは、一般的にはスマートワールドというのかもしれませんが、我々はお客さまとの距離感をより縮める意味を込めて、「お困りごとを伺います」という言葉で、その言葉どおりの姿勢で仕事に臨んでいます。
サービスや技術開発については、電話からIPの時代に代わり、その次のターゲットをどこに向けるかといった時期に差し掛かっています。4K/8K映像へのIPネットワークとしての対応も進めなければなりません。AI/IoTの活用しやすい仕組みづくりやクラウドとの融合、エッジコンピューティングなどについても実社会での課題解決やリアルケースを通じて具現化させていくことになります。さらに最近5Gの話がしばしば出ますが、ほとんど無線が前提となっています。しかし、FTTH(Fiber To The Home)をベースとした光回線とうまく組み合わせることで、さらに安心・安全で便利な社会が実現できる可能性があるのではないか、と思いを巡らせています。

目標は期間中にNTT東日本の名前が報道されないこと

ところで、来年に迫った2020年のイベントはNTT東日本のエリアが舞台になりますが、それに向けた取り組みについて伺わせてください。

現職に就く前には、オリンピック、パラリンピック関連事業を担当していました。それで、リオオリンピックの視察に赴き、現地の責任者と話をしたところ、「オリパラ期間に私たちの会社名が出ないことが最高の成果になる」というのです。これには私もうなずきました。2020年の本番で、NTT東日本の名前がイベント期間中に報じられるということは、何かのインシデントが発生し、競技を放送できなかったとか、サイバーアタックを防げなかったというケースでしょう。そういう意味で、「夢と感動を世界に伝える」をキャッチフレーズに頑張ってはいるのですが、リオの担当者と同様、気概を持って、裏方に徹しています。現在は、現場の地下工事やケーブルを引くための調査等泥臭い仕事に地道な努力を重ね、順調に整備を進めています。
今から着々と準備をしているから盤石だと思われるかもしれませんが、実は予定どおりに進まない事情もあるのです。例えば、競技場は放送センターなども含め約40カ所の工事が必要になるのですが、多くの競技場は現在も通常営業をしています。そこで行われる毎年恒例のイベントの開催を中止するわけにもいきませんし、工事のために営業できなければその施設の収益を下げてしまうことになります。しかも、各施設の電気工事等を終えた後の最終作業が私たちの担当分野です。ここまでお話すればお分かりでしょうが、7月の本番前の2、3カ月に40カ所の競技場の中のLANケーブルの配線から、Wi-Fiや携帯電話等のモバイル回線の取り付け、あるいはサイバー・セキュリティ対策のセットアップ、端末の接続確認等、ありとあらゆるものを一気にやらなければなりません。今、考えるだけでもすさまじい状況が予想されます。普通にやっていては、どう考えてもすんなりと行くはずのない状況がこれから待ち構えているのです。

大きな課題に直面することが自明なわけですね。これにはどのように臨まれるのでしょうか。

実は、私は2011年の東日本大震災のとき、福島支店の支店長でした。当時の話は1日あっても足りないくらいたくさんあるのですが、あのときと同じような規模の想定外の問題が起きるかもしれないと、私も自分の持てる緊急事態の対応ノウハウをオリパラチームに注ぎ込んで、正念場を乗り越えようと備えています。
東日本大震災はNTT東日本にとっても未曾有の経験でした。震災や原発の被害についての情報も錯綜する中、重要なインフラである通信について、私たちは何からどう復旧すべきかを瞬時に、的確に判断して行動しなければならないという極限状態に置かれました。現地のトップとしての采配も非常に困難を極める状況の中で、被災された方の情報が入ります。例えば、地震で通信ケーブルが切断された県庁や市庁舎からの復旧要請や避難指示がどんどん広がる中で避難が遅れたエリアの自治体や病院などからの緊急通信の確保などさまざまな要請がありました。
そういった方々の通信をできる限り早く復旧したい、その一方で危険な被災現場で復旧に携わる社員の安全も確保したい。そんな気持ちを抱えながら、1つずつ決断を下すことは大変でしたが、自らも被災者でありながら地元の方々のためにできる限りのことをやりましょうと背中を押してくれる社員の皆さんにどれだけ支えてもらったかしれません。
そして、そのときに得た教訓ですが、緊急時に大事なのは「怒鳴らない」ことです。緊急時には次々と悪い知らせが飛び込んできます。それに対して、「何で早く対応しなかったのか」「もっとこんなふうにできなかったのか」「それは誰のせいだ」と怒鳴ったり犯人探しをしたりすると逆効果です。情報が集まらなくなり、必要な情報を吸い上げることができなくなってしまい、結局、救助や復旧のお役に立てない状況を生み出してしまうのです。緊急時にこそ冷静になり、そのときできる精一杯のことを最優先して、反省は後ですれば良いのです。

心の経営」では応援やぬくもりが原動力となる

緊急時には前向きになれるような環境づくりが大切なのですね。このほかにもトップとして心掛けていらっしゃることがあるそうですね。

私は「心の経営」をとても大事にしています。実は2年前に野球部が都市対抗野球大会で36年ぶりに優勝したときの野球部長だったのですが、野球部長に就任した年に予選敗退してしまいチーム全体が意気消沈していました。私は東日本大震災での経験から、逆境をはねのけさらなる成長に活かしていくためには、メンタル面が大切なのではないかと感じていました。人は、頭ではなくて、心で動きます。世の中には恐怖より強い権力はないという人もいますが、私は違います。恐怖や圧力や怒りではなく、心を通じ合わせることが高い成果を生み出し、結果を良くするということを証明したいと、常日ごろから思っています。笑顔や風通しの良い雰囲気がモチベーションをアップさせると信じています。経営も野球もそこは同じです。野球部の話に戻りますが、選手たちは試合に負けそうな状況に追い込まれると相手の失策に期待してでも勝ちたい気持ちに駆られることがあります。しかし、ネガティブな気持ちは結局、自分たちに返ってきます。あるとき、相手チームへのネガティブな発言やヤジが悪いムードを醸して、それが自分たちに跳ね返って来て自滅し、大切な試合に負けてしまったことがありました。そのことを選手たちに伝えたら、彼らもうなずいてくれて、以降は相手のことはさておいて、「ピッチャー良かった!」「空振り三振したがいいスイングだ。これからいけるぞ!」と前向きな声を掛け合うようになりました。ポジティブな状態で心が通じ合ったのです。すると、試合を重ねるごとに彼らの調子が上がってきて、蓋を開けたら優勝まで登り詰めていました。ポジティブな会話で心を通じ合わせることは普段の仕事のあり方とも同じだと思います。私はこうした「心の経営」に賛同してくれる人を増やしたいと思っています。

私も賛同者、ファンの1人になりました。こうした心構えやさまざまな経験から、NTT東日本はどのような知恵をもってビジネスに臨むべきだとお考えですか。

私は現状を変えたい意欲が強いかもしれません。枠組みのある仕事で実力を発揮する人と、任せるから自由に取り組めと言われて力を出す人と2種類いるかと思いますが、私はどちらかというと後者なのだと思います。枠がない分だけ、状況に合わせて自在に動いたり、お客さまを含めさまざまな方々との交流が広がります。毎回、大変な苦労もあるのですが、終わってみると楽しい仕事だったな、良かったなと思うのです。東日本大震災のときも同じでしたし、以前海外で勤務したときも同様でした。
国内外での経験から、これからのNTT東日本のあり方について考えることが2つあります。1つは、日本は素晴らしすぎて課題がなさ過ぎるからこそ、イノベーションのジレンマを抱えています。例えばキャッシュレスが他のアジア各国で進んでいるのは、その国の通貨に信用がないからであり、交通網が発達していない地域だからこそ一気に自動運転が進むということがあります。しかし、日本は、国に信用はあるし、インフラもしっかりと構築されています。この環境だからこそのイノベーションのジレンマをどう打破するかです。そしてもう1つとして、人材育成も重要なキーになるでしょう。終身雇用制がまだまだ根強い日本と違い、転職するのが当たり前の社会が米国をはじめ世界で広がっています。経験の揺れ幅が少なすぎると大きな社会の変革に対応できませんから、その部分を自分たちで改革していくことが必要かなと考えています。例えば、若手社員には積極的に異文化体験をさせるとか、医療機関や教育現場、米づくり農家や造り酒屋、委託会社の建設現場などの実フィールドに出てお困りごとを吸い上げ、ICT活用の実践力を習得するまで経験を積んでもらうと、その経験が新しい発想や次の事業を生むのではないかと思います。

社員の皆様に一言お願いいたします。

私は京都出身なので、関西弁で「ええやん、やってみなはれ」と言っています。NTT東日本の社員は社会貢献意欲がとても強くて、自己犠牲も強いてくれる方ばかりです。動き始めれば努力を惜しまず頑張れるのですが、動き出すときに一歩踏み出す、チャレンジするということに対して、自信を持てないから少し躊躇する人が多いと思います。また、そういう環境で育ってきた管理者も多いので、部下から提案されると、できない理由や自分の失敗談を並べて、気付かないうちに部下の積極性や、イノベーションの芽を摘んでしまうことがあるのです。これらは元々良かれと思ってやっているのでしょうけれど、それなら、まず「ええやん」と肯定してほしい。「おぉ、ええやん」と。関東ならば「おぉ、いいじゃん」と。そのうえで、「でもこうするともっと良くなるんじゃないか」とか、「僕はこういう失敗をしたけど、ここをちゃんと回すと良いよ」とか、「ここの根回しは俺がやっておくから、やってみるか」とか、あるいは失敗しても良いからとにかくやらせてみるのです。こうした積み重ねから学ぶことができないだろうかと思っています。「ええやん」っていう言葉でチャレンジを促していきたいですね。

ワクワクするお話ばかりですね。研究者の皆様にも一言お願いいたします。

研究所の皆さんは研究としての成果を期待されるがあまり、事業とのつながりが中途半端になってしまっているのではないかと懸念しています。だからこそ、2つの方向に振り切ってほしいと思います。1つは実用化等といった短期的な目標ではなく、世界を変える、歴史を塗り替えるような世界最先端の研究に勤しんでいただくこと。もう1つは、私たちと同じフィールドに出ていただき、実際に農業や漁業を営む方々と一緒に先端技術をどう社会に活かしたら良いかを考えてくださったら嬉しいですね。
(インタビュー:外川智恵/撮影:長谷川靖哲)

インタビューを終えて

トップインタビューは各社の会議室などをお借りして実施します。トップの方にリラックスして臨んでいただき、さらに対談風景を美しく撮るために会議室のレイアウトを変えることがあります。今回もその準備を進めておりましたところ、澁谷副社長が会議室の前を通りながらその様子をご覧になっていかれたというのです。社員が前向きになる言葉をおかけになられるとのことですが、こうした一瞬の光景も見逃さず、ほめる材料にしてくださっているのでしょう。インタビューに立ち会われた皆さんが口をそろえて「あたたかい方です」「大好きです」と澁谷副社長のお人柄を教えてくださいました。インタビューの最中、顔を曇らせたのは東日本大震災のことを語られるときのみ。「大変なことも、辛いことも、終わってしまえばすべて良い思い出に変わりますし、これまでで一番の楽しい出来事に変わるものですよ」と澁谷副社長。インタビューはすべて平易な言葉に置き換えてくださるなど、インタビュアはじめ、読者に対してもあたたかなお気遣いをいただいたひと時でした。