NTT技術ジャーナル記事

   

「NTT技術ジャーナル」編集部が注目した
最新トピックや特集インタビュー記事などをご覧いただけます。

PDFダウンロード

特集

しなやかな社会の実現に向けた環境負荷ゼロと環境適応への取り組み

カーボンニュートラルの実現に向けたCO2変換・制御技術

本稿では、カーボンニュートラルの実現に資する技術として、植物と藻類の炭素固定能力の向上により大気中および海洋中のCO2を効率的に有機物に変換する技術と、土壌微生物による有機物分解の制御により土壌からのCO2排出量を削減する技術について概説します。

迫田 和馬(さこだ かずま)/伊藤 真奈美(いとう まなみ)
今村 壮輔(いまむら そうすけ)/高谷 和宏(たかや かずひろ)
NTT宇宙環境エネルギー研究所

大気中のCO2削減をめざした3つの取り組み

地球上では、生物の活動によって二酸化炭素(CO2)の吸収と排出が起こり、そのバランスが大気中のCO2濃度に大きく影響します(図1)。大気中への全CO2排出量に対して、陸上の植物が行う光合成*1によるCO2吸収量、海洋によるCO2吸収量は、それぞれ57.7%および34.6%となっています(1)。一方、大気への全CO2排出量のうち、土壌からのCO2排出量は61.3%を占めています。NTT宇宙環境エネルギー研究所では、植物を利用した大気中CO2削減技術、藻類と魚介類の食物連鎖を利用した海洋中CO2削減技術、土壌からのCO2排出制御技術の開発に取り組んでいます。

*1 光合成:植物や藻類において、光エネルギーを用いて二酸化炭素から有機化合物を合成する反応系。

大気中および海洋中CO2の変換技術

植物や藻類は、環境中のCO2を体内に吸収し、光エネルギーを利用してCO2から有機物を合成(=炭素固定)して自らの成長に利用します。これら生物の成長を促進し、CO2をより吸収するように炭素固定能力を向上させることができれば、大気中および海洋中のCO2削減にもつながると期待されます。ここでは、植物と藻類の炭素固定能力向上による大気中・海洋中のCO2削減技術について、私たちの取り組みを紹介します。

■植物の光合成による大気中CO2変換技術

自然環境にある植物は、好適な条件だけでなく、高温・乾燥・過湿といったストレスにさらされながら生長します。よって、植物の炭素固定能力を高める戦略として、時間当りの炭素固定量の増加(=炭素固定速度の向上)、炭素固定期間の長期化(=長期健全化)、ストレス環境における炭素固定量の安定化(=ストレス耐性向上)が有効だと考えられます。これらを実現する方策の1つは、各々の制御にかかわる遺伝子を明らかにし、遺伝子の機能を人為的に改変することです。例として、炭素固定速度の向上をねらったケースを考えてみます。植物による炭素固定の全体プロセスは、CO2を周囲から体内に取り込み細胞内の葉緑体まで送るCO2拡散プロセスと、葉緑体で化学反応によりCO2を有機物に変換するCO2固定プロセスの2つに大別されます。これまで、各プロセスの制御にかかわる遺伝子が同定されており、それらの機能を改変することで、炭素固定速度の向上に成功した例が報告されています。一方、先行研究の大部分は、実験室環境の限られた条件で実施されたものであり、自然環境における有効性を実証した例は数件に過ぎません。また、先行研究が着目する遺伝子は、植物が持つ数万という遺伝子のごく一部に過ぎず、炭素固定向上に資する遺伝子の多くが手つかずのまま残されていると考えられます。
私たちは、植物における炭素固定速度の向上、長期健全化、ストレス耐性向上を実現すべく、①標的となる遺伝子の決定、②遺伝子改変技術の改良、③標的遺伝子を改変した植物の作出とその炭素固定量の評価に取り組んでいます。第一に、先行文献の調査や独自の実験結果に基づき、炭素固定能力向上への寄与が期待される遺伝子の選定を進めてきました。遺伝子改変ツールとしてゲノム編集技術*2に着目し、植物に本技術を適用する精度・効率を高めるとともに、独自のゲノム編集技術の開発にも着手しています。さらに、遺伝子改変が炭素固定に与える効果を定量的に評価するため、成長量や炭素固定速度を含めた植物の生体情報と生育環境情報を同時かつ連続的に取得できる栽培設備の構築を進めています。将来的には、実験環境を自然環境まで拡張し、得られた知見を木本植物や実用作物に適用することで、炭素貯留能力や食糧生産性に優れる植物の育成につなげたいと考えています。

*2 ゲノム編集技術:生物が持つゲノム上の任意の塩基配列を改変する技術。

■藻類と魚介類の食物連鎖を利用した海洋中CO2変換技術

藻類においても炭素固定速度の向上をめざし、標的遺伝子の選定やゲノム編集体の作出、その炭素固定量の評価を進めています。一方、藻類の生育サイクルは短く、光合成により合成した有機物を体内に長くとどめることができません。よって、海洋中のCO2をより削減するためには、藻類が固定した炭素を藻類以外の生体内に長期間とどめることが重要な課題となります。この観点から、私たちは海洋内の食物連鎖を担う藻類と魚介類に着目しています。海洋中のCO2は藻類により固定され、藻類を魚介類が捕食することで、炭素は魚介類へ引き渡されます。この食物連鎖をとおした炭素固定量を増加させるため、藻類と魚介類の両方にゲノム編集技術を適用し、藻類の炭素固定量や成長速度の増加、魚介類の成長速度や貝殻、軟骨等への炭素固定量の増加をねらっています(図2)。これによって、藻類と魚介類による炭素固定の“相乗的”な増量と長期化を図り、海水中のCO2量削減をめざしています。本研究は、リージョナルフィッシュ株式会社と共同で進めており、NTTが藻類の炭素固定量を増加させる技術、リージョナルフィッシュが魚介類に蓄積される炭素量を増加させる技術の開発を進めています。現在、藻類と魚介類の最適な組合せや給餌条件等を、陸上養殖プラットフォームを用いて検討しています。これにより、生態系に影響を与えることなくゲノム編集体を用いた実験を進めることが可能となります。今後は、最適な一組の藻類と魚介類の組合せにゲノム編集技術を適用し、海洋中のCO2削減が実現可能かの実証試験を進めていきます。

土壌からのCO2排出制御技術

土壌中には、動物の排泄物、植物の枯葉や根などのさまざまな有機物が蓄積されています。これら有機物は生物の働きによって無機物に分解され、再び植物に吸収されて有機物の合成に利用されます。このように、生態系内では物質が循環するかたちで生物に利用されており、土壌中の生物による有機物の分解過程でCO2が発生します(図3)。よって、有機物分解が制御可能となれば、土壌からのCO2排出量を削減する技術の開発につながると期待されます。ここでは、土壌からのCO2排出削減技術について、私たちの取り組みを紹介します。
有機物分解の制御によって土壌からのCO2排出量を削減するためには、「どんな因子が作用することで、どの程度有機物が分解され、どれだけのCO2が発生するのか」を理解することが不可欠です。土壌特性は、生物性(土壌中の生物の種類や数)、化学性(土壌中の化学物質の種類や量)、物理性(土壌の硬さや通気性)の3つに分類され、各特性は互いに影響し合いながら有機物分解に作用します。多くの場合、土壌には植物が自生しており、土壌中の栄養が豊富であれば光合成を活発に行い、多量の有機物を根から土壌へ分泌します。これは、土壌特性と植物の生長は互いに影響し合いながら、有機物分解に作用することを意味します。また、土壌特性や植物の生長は、温度や水分量などの環境条件にも影響されます。よって、土壌からのCO2排出量を削減するためには、土壌特性、植物の生長、環境条件を有機物分解への作用因子ととらえ、各因子とCO2排出量との関係を明らかにする必要があります。
これらのことを踏まえて、私たちは、①土壌特性、植物の生長量や光合成活性、環境情報、土壌からのCO2排出量などを含めた大規模データの取得・解析と、②土壌CO2排出プロセスの数理モデル化に取り組んでいます。大規模データを取得するため、NTTの強みであるICT、IoT(Internet of Things)を活用し、植物栽培と各種測定に要する作業を最大限自動化することで、効率的にデータ収集する仕組みを検討しています。土壌CO2排出プロセスは、各因子が作用し合う複雑なネットワーク構造を有すると予想され、得られるデータからその全容をとらえることは難題といえます。人工知能に基づく解析手法を駆使してこのネットワーク構造を解くことで、土壌CO2排出の制御メカニズムを明らかにしたいと考えています。それによって、有機物分解によるCO2排出プロセスの数理モデル化が可能となり、任意の環境において土壌CO2排出量の削減に必要となる条件を明確化することができます。これらの実現は、環境負荷を抑えた農業生産技術や森林管理技術の開発につながると考えています。
土壌CO2排出量を削減するにあたって、植物の生長維持との両立が課題となります。微生物などの働きによる有機物分解の過程でCO2が発生する一方、その結果生じる無機物、特に無機態窒素*3を主な窒素源として植物は利用します。有機物の量を減らすか、その分解を抑えることで、土壌からのCO2排出量は低下することが予想されますが、植物の生長が抑制される懸念もあります。この課題の解決策として、有機物分解におけるCO2発生を抑えるよう微生物を制御する方法が挙げられます。ただし、土壌中には膨大な数・種類の微生物が存在し、それらの生態について不明な点が数多く残されているため、微生物の働きを制御することは容易ではありません。もう1つの解決策として挙げられるのが、有機態窒素*4を効率良く利用できるよう植物を改変する方法です。植物は有機態窒素を吸収して生長に利用すること、植物種によって吸収量に違いがあることは知られていますが、そのメカニズムの大部分は明らかとなっていません。私たちは現在、植物による有機態窒素の吸収・利用にかかわる遺伝子の探索を進めています。同定した遺伝子をゲノム編集技術により改変することで、無機態窒素の少ない土壌環境においても旺盛に生長する植物を育成したいと考えています。これは、農業生産において無機態窒素供給のために多く投入される化学肥料の減量にもつながると期待され、資源節約・環境汚染防止の観点からも重要な課題だと考えています。

*3 無機態窒素:アンモニム態窒素や亜硝酸態窒素、硝酸態窒素など、炭素が含まれない窒素化合物の総称。
*4 有機態窒素:タンパク質やペプチド、アミノ酸など、炭素が含まれた窒素化合物の総称。

今後の展開

本稿では、CO2の変換・排出制御技術の開発について、私たちの取り組みを紹介しました。CO2変換技術の実用化においては、つくられた有機物の利用も含めてパッケージ化した技術として提供することが必須です。藻類については海洋中の食物連鎖に着目したCO2変換・利用技術の開発を進めており、今後は植物についても同様の取り組みを展開したいと考えています。CO2排出制御技術については、土壌中の有機物分解の制御を前提としていますが、それにかかわる生物の活動維持との両立が求められます。これを踏まえ、有機物分解の制御が生態系全体に与える影響を評価するためのシミュレーション技術も確立したいと考えています。将来的には、これら技術の社会実装を進め、環境保全や食糧生産、生物多様性を持続可能としながら、カーボンニュートラルの実現をめざします。

■参考文献
(1) https://www.ipcc.ch/
(2) https://www.rd.ntt/research/JN202203_17553.html

(左から)今村 壮輔/伊藤 真奈美/迫田 和馬/高谷 和宏

専門を異にする多くの技術者・研究者と連携し、活発に議論しながら、生物・環境分野をまたぐ研究開発を進めています。将来的には、「カーボンニュートラル」を実現し、しなやかな社会の創造に貢献します。

問い合わせ先

NTT宇宙環境エネルギー研究所
企画担当
TEL 0422-59-7203
E-mail se-kensui-pb@hco.ntt.co.jp