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特集

しなやかな社会の実現に向けた環境負荷ゼロと環境適応への取り組み

極端自然現象下においても安心・安全な社会生活を実現するプロアクティブ環境適応技術

NTT宇宙環境エネルギー研究所では、地上さらには宇宙においても人類が安心・安全に暮らせるように、極端な自然現象に対してプロアクティブに適応できる技術の創出に取り組んでいます。これまでに、落雷や宇宙放射線から通信装置を守る技術を開発してきました。本稿では、培った技術を応用しつつ、従来の対策を根本から変える落雷制御・充電技術と宇宙放射線バリア技術について紹介します。

池田 高志(いけだ たかし)/丸山 雅人(まるやま まさと)
岩下 秀徳(いわした ひでのり)/枡田 俊久(ますだ としひさ)
長尾 篤(ながお あつし)/石山 文彦(いしやま ふみひこ)
広島 芳春(ひろしま よしはる)/木内 笠(きうち りゅう)
NTT宇宙環境エネルギー研究所

はじめに

NTTでは、世界中のすべての人々の生活を豊かにするスマートな社会(Smart World)の創造に向けて、革新的な研究開発を推進していますが、そのような社会においては、1つの装置の障害が波及し、社会生活へ大きく影響を及ぼすおそれがあります。そのため、災害等のあらゆる現象が起きたときでも、インフラや重要システムを安定して動かし続けることはこれまで以上に重要となってきており、昨今の技術革新によって、ドローンや衛星通信などを活用した通信の確保や早期復旧を行う取り組みも、その対応として進められています。
NTT宇宙環境エネルギー研究所では、現在、雷と宇宙放射線を自然現象のターゲットとして、人類の安心・安全な生活の実現に向けて研究開発に取り組んでいます。

落雷制御・充電技術

落雷は人類社会に大きな被害をもたらす自然現象の1つです。落雷のメカニズムや、落雷被害を防止するための対策技術については、これまで数100年にわたって研究され、重要インフラにはさまざまな落雷対策が施されています。しかし、現代においても落雷被害はなくなっておらず、その被害額は国内だけでも毎年1000億円以上と推定されています。スマートな社会を実現するうえで、雷害防止は大きな課題といえます。そこで私たちは、これまでに培ってきた通信設備を雷から守る技術を大きく発展させ、ドローンを利用して落雷を捕捉して所望の場所に誘導したり、人や設備のない安全な場所に意図的に落雷させることで、人や重要インフラへの落雷を防止する技術を研究しています。さらには、誘導した落雷のエネルギーを蓄積・活用する技術にも取り組んでいます(図1)。
このようなシステムを実現するためのキーデバイスが、落雷を受けても故障しないドローン、通称耐雷ドローンです(図2)。ファラデーケージと呼ばれる金属製のシールドによって、雷電流や、雷電流によって発生する磁界からドローン本体を守ります。人工雷発生装置を用いた実験により、平均的な雷の5倍、120kAの落雷にも耐えることを確認しました。また、ファラデーケージには雷に対する防護性能とともに、強風の中を安定して飛行できる軽量性が要求されます。相反する性能を追求し、さまざまなシミュレーション、実験を重ね、防護性能と軽量性をより高いレベルで併せ持つファラデーケージを開発中です。
この耐雷ドローンが自然の落雷にも耐えられることを実証するため、岐阜大学工学部と共同で、2021年12月より、冬季に雷雲が頻発する石川県内灘町の海岸にて、ドローンを利用して意図的に落雷を誘発する世界初の実験を開始しました(図3)。雷雲下にドローンを飛行させ、雷雲による電界が高まったタイミングで、ドローンから導電性のワイヤを投下します。これにより、ワイヤ下端付近の電界が急激に高まり、まずワイヤ下端と大地(海面)との間で放電が発生します(図3①)。この放電でワイヤと大地が接地されることにより、今度はドローン上部の電界が急上昇します。これによりドローン上部から雲に向かう放電が発生し(図3②)、落雷に至ると想定されます。
昨冬の実験では、残念ながら落雷発生には至りませんでしたが、誘雷プロセスの一部であるワイヤ下端と大地間の放電が確認できました。また、雷雲下の風速20m/s超の強風中において、開発した耐雷ドローンが安定して飛行できることも確認できました(図4)。2021年度に得られたデータを基に実験システムを改良のうえ、2022年の冬に再度実験を実施し、誘雷成功をめざします。
このような検討と並行して、誘雷の成功率向上に不可欠な落雷予測技術について、北海道大学と共同研究を進めています。同大学の持つ「気象雷モデル」(1)を応用し、数日後の気象状況とそれに伴う雲内電荷の発生・拡散をシミュレートすることで、落雷発生エリア予測の高精度化に加えて、落雷数についても正確に予測する技術を研究しています。さらには、落雷エネルギーの充電・活用についても検討を進めています。落雷は数msという短時間に最大で数100kAという大電流が流れる現象であることから、直接バッテリー等に充電することが困難です。そこで、落雷の電気エネルギーを運動エネルギーや圧力エネルギーなどに変換して高効率に蓄積する革新的な方法を生み出すべく研究を進めています。落雷制御・充電という人類の夢に向かって、着実に前進しています。

宇宙放射線バリア技術

GPS(Global Positioning Sys­tem)などの測位衛星や通信衛星といった宇宙インフラ、そして、宇宙探査や宇宙旅行など、今後人類が発展していくためには、宇宙への進出が鍵となってきています。近年では、特に宇宙技術開発が成熟し、従来の政府主導(Old Space)から、「New Space」と呼ばれる民間企業主導の時代へと変わりつつあります。NTTでも宇宙を活用することで、スマートな社会に向けて、盤石な社会インフラを実現する「宇宙データセンタ」(2)を利用したサービスの全世界展開をめざしています。このように、宇宙開発は現代社会の発展には魅力のある領域でしたが、宇宙の活用には難しい課題も多くあります。
その課題の1つが、宇宙環境特有の強力な宇宙放射線です。宇宙には、太陽や太陽系外の銀河から飛来する宇宙放射線が飛び交っており、人体や電子機器に悪影響を及ぼします。また、特に11年周期で活発化する太陽活動も、電子機器を多用した近年の社会インフラに対しては大きな懸念となります。私たちは、これまでに、地上の電子機器に対して影響を及ぼす宇宙線起因中性子エネルギーごとのソフトエラー発生率に関して、世界初の測定手法(3)を確立してきました(図5)。
同時に、対策の国際標準化(4)や、試験サービスの商用化(5)も成し遂げました。そこで、私たちは、これらの成果を宇宙へ応用することで、人類の宇宙空間利用を促進し、盤石な社会インフラを容易に実現する「宇宙放射線バリア」の開発に取り組んでいます(図6)。宇宙放射線は陽子を主体とした荷電粒子なので、磁場によって粒子軌道が変化します。地球では、地磁気が宇宙放射線から守るバリアの役割を果たしています。この原理を応用して、人工衛星や宇宙ステーション、月面基地をバリアで包めば、宇宙放射線のリスクを減らすことが可能になります。現在、電磁界解析および粒子輸送シミュレーションを組み合わせ、発生した磁界による宇宙放射線の軌道の変化を計算し、その効果を検証しています(図7)。
宇宙放射線はさまざまな運動エネルギーを持っているため、そのエネルギーによる宇宙放射線の軌跡の変化とその宇宙放射線が与える影響の把握が重要となってきます。すでに私たちは、測定が難しかった宇宙線起因中性子エネルギー依存の半導体への影響を実測しています。さらに、陽子や重粒子などその他の宇宙放射線のエネルギー依存のデータを測定することで、その効果の評価がより高精度に可能となると考えています。また、宇宙放射線を人為的に生成できる加速器を用いて実験とシミュレーションを繰り返し、効果的な宇宙放射線バリアの開発を行っています。
本研究により、高信頼な宇宙データセンタを構築することが可能となるばかりか、宇宙での長期滞在も可能となり、有人惑星探査や月面基地も夢ではなくなります。また、宇宙線中性子の半導体影響のデータを用いることにより、中性子遮蔽材の設計や、半導体の材料レベルの対策など、地上における社会インフラや医療や研究で用いられている加速器施設の電子機器を守ることが可能となります。

おわりに

本稿では、落雷制御・充電技術と宇宙放射線バリア技術を紹介しました。落雷制御・充電技術は、世界中で絶えず発生している落雷による被害をなくし、最終的には雷雲エネルギーを吸収することで、落雷自体をなくすことをめざしています。また、宇宙放射線バリア技術は、宇宙で飛び交っている宇宙放射線による影響をなくし、将来的には人類が宇宙にて安心・安全で自由に居住し活動できる世界の実現をめざしています。
今後、雷と宇宙放射線以外の自然現象に対しても、プロアクティブな対応を実現する研究開発に取り組んでいきます。

■参考文献
(1) https://www.hokudai.ac.jp/news/2021/09/post-898.html
(2) https://group.ntt/jp/newsrelease/2022/04/26/220426a.html
(3) https://group.ntt/jp/newsrelease/2020/11/25/201125a.html
(4) https://group.ntt/jp/newsrelease/2018/11/22/181122a.html
(5) https://group.ntt/jp/newsrelease/2016/12/19/161219a.html

(後列左から)丸山 雅人/枡田 俊久/長尾 篤/岩下 秀徳/木内 笠
(前列左から)石山 文彦/池田 高志/広島 芳春

ドローンによる落雷制御をはじめとした気象制御から、地球の生活をそのまま宇宙に移植するための宇宙放射線バリアまでを駆使し、まだ見ぬ地球の未来をかたちにしていきます。

問い合わせ先

NTT宇宙環境エネルギー研究所
企画担当
TEL 0422-59-7203
E-mail se-kensui-pb@hco.ntt.co.jp