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挑戦する研究開発者たち

聴く力、考える力、伝える力によって、これまでの技術を超えていく

NTTグループの通信ビルをはじめ、データセンタの空調・電力設備に関する業務を一手に担うNTTファシリティーズ。DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展とともにICTのトレンドと環境も変化する中、多様化するデータセンタで生じる問題に対して多角的な視点でソリューションを提供しています。NTTファシリティーズ 宇田川陽介氏に研究開発の取り組みと研究開発にかける意気込みを伺いました。

宇田川陽介
研究開発部
主任研究員
NTTファシリティーズ

現代の情報通信インフラの要、データセンタを支えるFMACS-V

現在の研究開発の概要を教えてください。

データセンタにおける空調システムの効率化に取り組んでいます。データセンタはサーバをはじめとするICT関連装置を設置・運用するための建物で、クラウドなどのデジタルサービスを支える、現代の情報通信インフラの要です。
データセンタには通信回線を大量に利用する「ICT・ネットワーク基盤」として高い耐久性と可用性が求められ、大容量の蓄電池や非常用発電装置など、自然災害や停電などのアクシデントがあっても運用を続けられる設備を備えています。
近年ではスマートフォンなど、ICTデバイスの普及もあってデジタルサービスの提供が加速し、これに伴い、ICT関連装置の高集積化・高速化、そしてデータセンタの大規模化も進み、データセンタにおける消費電力量もますます増加し、この傾向が今後も続くことが予想されています。
NTTファシリティーズは、近年の国内の大規模データセンタの70%(※2021-2023年度竣工予定、当社調べ)にサービスを提供しています。データセンタソリューションの第一人者としての豊富なノウハウを活かし、お客さまのあらゆる課題に対し多角的かつ総合的なソリューションを提供しています。そして、特に最近は地球環境保護の観点からCO2削減が各方面で話題になり、それに向けた施策である、カーボンニュートラルに関する取り組みの中でも「データセンタ脱炭素化」は、国の重要政策にもなっており、より一層の消費電力量の削減が求められています。
ICT装置は運用時に常時大量の発熱を伴うので、専用の空調システムによって冷却されています。ICT装置の高密度化・高速化が進んだこともあり、その空調に要する消費電力はデータセンタ全体で消費される電力の30~50%にもなります。つまり、空調システムの消費電力削減が、「データセンタ脱炭素化」に向けた大きな要素となっています。

国の重要施策にもかかわる重要な研究開発テーマなのですね。

データセンタにおける空調システムの消費電力削減を実現する主な手段としては、室内気流制御(冷気と暖気の流れの制御)と空調機自体の効率向上が挙げられます。室内気流制御においては、ICT装置を効率的に冷却するための最適な気流方式に関する研究や、空調機からの冷気とICT装置からの高温排気のミキシングロスによる送風動力の増加をなくす手法の研究などが行われ、実用化されています。
空調機自体の効率向上においても、これまでもさまざまな研究が行われ、その成果は実運用で効果を発揮しています。空調機の構成部品を高性能化することに加えて、低温の外気を利用することも有効な手段の1つです(図1)。
データセンタにおける空調システムの消費電力量削減のための「省エネルギー性」も重要ですが、そのほかにも「信頼性」「可用性」「環境性」「安全性」も求められます。空調システムの故障はどうしても避けることはできませんが、その場合においても、ICT装置が安定して運用できる環境の維持は必須で、そのための設計上の工夫も必要になります。
また、空調システムの構築においても、新築時に構築される場合のみならず、ICT装置の設置に合わせて空調機を増設する場合もあります。また定期的なメンテナンスも考慮して、既存のシステムに影響を与えずに安全に構築作業、メンテナンス作業を行えるような仕掛けも必要になります。
これらの課題に対応するICT装置冷却向けの空調機として、私たちは電電公社時代の1980年代にFMACSという空調システムを開発し、これまで継続してICT装置の進展などに対応しながら改良に改良を重ねて、現在は第5世代のFMACS-Vとなりました(図2)。開発したFMACS-Vは全国の通信機械室をはじめ、データセンタにも数多く納入され、運用されています。

日本機械学会賞(技術)などを受賞

FMACSを含む空調システムの研究では学会賞を複数受賞されたと伺いました。どのような点が評価されたのでしょうか。

FMACS-Vシリーズの間接外気冷房型hybridは一般社団法人日本機械学会の日本機械学会賞(技術)、日本冷凍空調学会賞(技術賞)、地球温暖化防止活動 環境大臣表彰、優秀省エネルギー機器表彰 経済産業大臣賞を受賞することができました。技術の独創性や工学的・工業的に高いレベルを達成していることと同時に、産業や社会への貢献度が評価項目となっており、私たちの技術が極めて高いレベルに達していると認めていただいたと考えています。
この空調機は、圧縮サイクルの改善に加え、外気冷熱を有効利用するポンプサイクルを併用した、これまでにない先進的な技術を取り入れています。
ポンプサイクルとは、圧縮機の代わりに、圧縮機に比べ8分の1程度の消費エネルギーで運転できる冷媒ポンプにて冷媒を循環させる熱搬送技術です。外気温度が低い冬期等に、圧縮機を停止し、消費電力の小さいポンプで外気を取り入れながら運転することで、大幅な省エネルギーを実現します。これまで困難であったポンプによる空調機の冷媒循環を、ポンプの機構や制御を新規開発することで製品化に成功しました。この空調機により、データセンタ空調にかかわる年間消費電力量および年間CO2発生量を、一般の電算室用空調機と比較して、最大50%以上削減することができます。
現在、FMACS-Vの後継機の検討を進めています。世の中の流れとして、空調機の冷媒は、これまで利用された冷媒よりも地球温暖化係数の低い冷媒の使用が求められています。新たな冷媒に対応することで、地球環境保全に貢献するとともにFMACS-Vよりも20%以上消費電力量削減を実現したいと考えています。さらに、現場要望への対応を含め、これまでの研究開発成果を反映させていきたいと思っています。FMACS-Vの後継機の開発・導入により、カーボンニュートラルに向けて大きく貢献できると考えています。
また、空調システムの効率化に加え、空調機の運転データを分析し、メンテナンス時期の適正化や故障停止する前に故障を予見する技術の確立に向けた研究も行っています。故障する前に適切にメンテナンスすることで、故障の回避ができるとともに、運用コストの低減にも寄与できると自負しています。

研究開発における今後の課題としてどのようなことが挙げられますか。

ICT装置の進化・変化やデータセンタの変化に柔軟に対応する冷却システムをタイムリーに実用化させていくことが、重要だと考えています。
また、既存の空調方式についても、室外機と室内機が1対1で接続されている個別分散方式と、1つの室外機に複数の室内機を接続し集中的に制御する中央熱源方式があり、それぞれの特徴を活かして、データセンタの規模や事業方針などに応じて、適切に選択していく必要があり、それに関する技術開発も重要となります。
さらに、データセンタ全体の消費電力削減、カーボンニュートラルの観点で考えると、空調システムで集められたICT装置からの排熱を給湯その他で利用する、排熱利用もあります。一般的にICT装置からの排熱は、エンジン等からの排熱と異なり、排熱温度が低いため課題が多く、導入にはいたっていませんでした。しかし、CO2排出量削減という目標に向けて、排熱利用は有効な手段でありますから、他用途建物への熱供給なども含め利用方針を策定したいと考えています。

研究開発は「技術の最後の砦」

研究開発者として課題やテーマを探すときに心掛けていること、意識して実行していることを教えていただけますでしょうか。

研究開発の役割を一言で表現するならば「技術の最後の砦」といえるのではないでしょうか。研究開発者は5年後、10年後の事業拡大のベースとなる技術を確立することをめざしています。私は自らに未来を担っていると言い聞かせて、熱意を持って周りを巻き込みながら取り組んでいます。
日々の業務においては将来を予測して先回りした検討が重要です。聴く力(質問力、問題を理解して)、考える力(解決策を導いて)、伝える力(周囲を巻き込む)を高め、これまでの技術を超えていくことを追求しています。
また、優れた技術を開発しても世の中に広げていくにはタイミングが重要だと感じています。だからこそ、私はその波が来たときに、それに乗れるように準備をしておくことが必要だと思います。
ただ、時代の波に流されてしまっているようでは、問題の本質にはたどり着けません。そのためには、自分でストーリーを考え、社会動向と合わせていくことも重要です。問題の本質を把握することはとても難しいことですが、それでも問題を把握できれば対応方法も考えられます。このため、私は異なった視点からの検討、調査、さまざまな立場の方々へのヒアリングに努め、問題を深掘りしています。
まず、聴く力においては特に質問力を高めたいです。質問の仕方によって回答は変化しますから、良い質問をすればそれだけ本質にうまくたどり着けますよね。
そして、考える力については、これまでがOKだからといって、それを理由にOKとしないように努めて、何事も自ら納得したうえで進めるよう心掛けています。この助けになるのが専門外の方とのディスカッションと過去の事例です。専門外の方々とのディスカッションで新たな視点をいただき、過去の事例とも絡めて道筋を立てています。
最後に、伝える力です。伝わらなければ周囲を巻き込むこともできませんから、専門外の方々にも理解いただけるように分かりやすい言葉で伝えるように努めています。
順調に機能している製品に対しても、さらに改善するために研究開発し、新たな価値を付加していくことも重要ですが、社内外、お客さま等が満足している状況、あるいはうまくいっていると感じている状態から、さらなる改善をする、提案をするのは正直なところ怖いこともあります。それでも、十分検討して自分を信じて周りを巻き込んでいきたいです。最終的には「熱意」が重要なのだと思います。一度、断られたくらいでへこたれず、何度も私たちの研究開発の重要性を伝え続けていきたいです。

研究開発者の仕事の醍醐味はどんなところにありますか。後進の研究開発者にも一言お願いします。

私はNTTファシリティーズに入社して18年目となりました。現場、実用化に近く、比較的短期間に成果が見えて、社会に貢献できる仕事をしたいと思って研究開発者の仕事を選びました。実際に現場のお困りごとに解決策をご提示することができたときは非常にやりがいを感じます。
一方で、研究開発者の仕事は時間的な制約もありますから、なかなかご期待に添えず苦しい思いをすることもあります。しかし、このような苦境であっても技術的に正しいことはしっかりと主張して、誠実に仕事と向き合っていきたいと考えています。
後進の研究開発者の皆さん。研究開発には明確な答えがありません。答えがないからこそ、この仕事は面白いのです。私は、日ごろから自分の手掛けている取り組みが実現できた状態をイメージすることでモチベーションを上げ、この仕事は自分にしかできないと暗示をかけることもあります。そして、常に出口を意識しながら研究開発をしていきたいです。たとえ当該研究開発において日の目を見なかったとしても、見方を変えれば別の研究開発に役立つこともあります。また、研究開発で培った、「現状分析・調査」→「真の問題の把握」→「課題の設定」→「仮説を立てて検証」→「評価」→「解決策の確立」→「ソリューション化」→「運用後の改善」といったアプローチや考え方も、他の業務でも共通するところがあります。自分を信じて日々の研究開発に勤しみましょう。加えて、これまでの技術の背景を理解することも大切だと思います。一見不要なようでも実は重要なものもあるからです。これまでの発想ではなく、外部とも積極的に連携して、新たな視点で技術を見つめ、答えを導き出していきたいです。
繰り返しになりますが、うまくいっているときこそ、将来のリスクを考えると変化を起こしていくのは怖いです。十分に検討し、リカバリーできる「仕掛け」も携えて、常にチャンスをねらう気持ちを忘れずにいたいです。今後もエンジニアリングスキルの向上を図り、これまでの知見を活かして、研究開発、技術開発、サービス開発に取り組んで1つでも社会の問題を解決していきたいです。