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特集

NTTグループにおけるメディカル・ヘルスケア分野の研究と事業の最新動向

リアルワールドデータを活用した新たな価値提供─次世代医療への貢献

新医療リアルワールドデータ研究機構(PRiME-R)は、2020年2月、京都大学とNTTの合弁により設立されました。医療現場におけるリアルワールドデータを活用し、患者がより良い医療を受けられる次世代医療の発展に貢献することをめざしています。本稿では、リアルワールドデータ活用の意義や自社開発システムであるCyber Oncology®の特徴を解説するとともに、同システムを活用したアカデミアや各がん学会等との協働、具体的なビジネス展開および将来の方向性について紹介します。

大槻 涼(おおつき りょう)/由井 健司(ゆい けんじ)
古畑 愛奈(ふるはた まな)/阿部 祐輝(あべ ゆうき)
前原 侑李子(まえはら ゆりこ)/梅原 千晴(うめはら ちはる)
新医療リアルワールドデータ研究機構

医療分野におけるリアルワールドデータ活用の意義

現在の医療がどのように実践され、どのような課題があるかを迅速かつ正確に把握することは困難です。臨床試験などで時間と労力をかけてデータを蓄積し分析し、初めて現れる事象がたくさんあります。しかし、臨床試験では状態の良い限られた集団を対象にした評価が多く、実際の医療現場とのギャップがしばしば存在します。また、医療の進歩はめざましく、医療技術や医療情報も高度化・複雑化していくことから、今後、医療の実態を把握することがますます難しくなると予想されます。
こうした課題に対し、「リアルワールドデータ(RWD)」の活用により解決することが期待されています。RWDとは、実際の医療現場で得られる各種医療データの総称であり、レセプトやDPC(Diagnosis Procedure Combination)*1、電子カルテやePRO(electronic Patient Reported Outcome)*2などのデータをいいます。昨今のICT等の進展により大量のRWDを収集・蓄積し、解析できるようになってきています(図1)。こうしたRWDを迅速に分析し、医療の現場に還元することにより、安全かつ最適な医療を提供することが可能になると考えられています。特に、がんの領域では有害事象(副作用)の発生も多く、少しでも早くそのデータを収集し医療現場に提供することにより、安全性や治療効果の高い医療の提供につながります。また、RWDを活用することにより、医薬品開発・承認申請の効率化や早期化が期待されています。
しかし、RWDは日常の実臨床からデータを集めるため、臨床試験と比較してデータの正確性や信頼性において劣る面があり、大量のデータ収集が可能ではあるものの、データが標準化・構造化されていないことが課題とされています。こうした課題を解決し、患者がより安心して医療を受けられる環境を提供するために、RWDを可視化し、医療従事者間の情報共有ができる医療情報基盤の整備を進めることが重要です。
新医療リアルワールドデータ研究機構(PRiME-R)は、がん薬物治療に関する診療情報を標準化・構造化して収集可能なシステムである「Cyber Oncology®(CO)」を開発し、全国の医療機関に提供しており、それぞれの臨床現場で収集されたデータを統合・管理し、研究機関や製薬企業等に活用いただくことにより、次世代医療の発展に貢献することをめざしています。

*1 DPC:急性期入院医療を対象とする診断群分類に基づく1日当りの包括払い制度。
*2 ePRO:スマートフォンなど携帯端末を利用して、リアルタイムに患者の状態を医療者に伝えることができるシステム。

Cyber Oncology®とは

COは、電子カルテと連携しており、電子カルテ上の患者カルテ記載画面から起動し、ラジオボタンやプルダウンメニュー等を用いて構造化された臨床情報を入力でき、電子カルテの記事として書き戻されます。すでに日本国内における大手電子カルテベンダ5社との連携実績があり、海外ベンダとの連携も視野に入れています。
臨床情報入力時の簡便さと、入力されたデータの精緻さの双方を備えたシステムとするため、治療過程における一連の臨床情報を「エピソード」として管理する仕組みを取り入れています(特許取得済)。この仕組みを用い、治療ラインに付随する効果判定(治療の結果どの程度の効果があったか)・有害事象・バイオマーカー(遺伝子検査の結果)・検査データをエピソードIDという構造化情報の下で管理することにより、臨床情報間の因果関係を失わずにデータとして蓄積でき、精緻な解析が可能となります。また、がんゲノム情報管理センター(C-CAT)等への情報送信の自動化にも対応しており、入力のみならず、臨床業務全体へのサポートも可能です(図2)。
医療の高度化に伴い、収集の対象となる臨床情報の数や種類が膨大になり、今後も増加することが想定される中、電子カルテへのフロントエンドの機能を有するCOには、大規模なRWDを効率的に収集・解析するための仕組みも取り入れています。入力されたデータを管理し、エピソードごとに必要なデータを判別する仕組みを用いることで、より簡易にデータを入力することが可能となります。入力者種別やがん種、臨床試験への同意状態をそれぞれの入力項目ごとで整理し、入力者には項目ごとに簡易化した入力画面が提示されます。それぞれの項目に入力されたデータの関係性を外部で保持することで、関係性ロジックの保守性も担保できます(特許出願済)。加えて、医師や入力補助者の負担をより軽減するため、電子カルテのオーダ実施情報と臨床情報データベースをマッピングし、あらかじめ入力情報と紐付けます。こうした仕組みにより、電子カルテから情報を取得する際に、マッピング情報に基づいて機械的に効率良くデータの取得を行える仕組みを実現します(特許出願済)。
こうして集積された大規模なRWDを解析するために、解析支援サーバを構築しており、各施設のCOをそのまま利用し、分散型で統計解析するための医療情報基盤を提供します。

PRiME-Rの事業概要

■COの医療機関への導入

COの全国展開に先立ち、京都大学を中心とした7つの大学病院により「臨床ゲノム情報統合データベース整備事業(2016〜2019)」が実施されました。この事業において、各医療機関に導入したCOを利用することにより、ネットワークを介して異なるベンダの電子カルテ情報を収集・統合し、統計解析等が可能であることを確認しました。
その後、COの機能の高度化に努めるとともに、各医療機関への導入を推進してきました。COを導入するにあたっては、臨床情報を活用することへの高い期待を寄せていただく一方で、セキュリティ面の課題を克服する必要がありました。各医療機関において個人を特定できないよう秘匿化した統計データを生成し、セキュアなネットワークを通じてPRiME-Rのデータセンタへ送信することで、セキュリティ面に配慮しながらも複数の医療機関での統計データを統合するシステムを確立しました。
こうした取り組みを通じ、2022年10月時点、大学病院、がんセンターを中心とした約40の医療機関にCOを導入しています(図3)。

■COを利用した各種研究の推進

京都大学病院を中心とする25の医療機関が参加する「がん診療におけるRWD収集に関する多施設共同研究」においては、各医療機関にCOを導入し技術面でサポートしています。ここでは、COを利用して、がん薬物療法に関する臨床情報を電子カルテに登録することにより、治療成績や有害事象等を効率的に収集・解析し、統計データとして活用可能な新たな医療情報基盤の実現可能性を研究しています。また、西日本がん研究機構の「AIによる肺癌の予後予測モデル構築に向けた多施設レジストリ研究」においては、COを利用した新たな臨床情報収集基盤の構築をめざしています。さらに収集した臨床情報から日本人の予後予測モデルを作成するなどの研究を進めています。

■製薬企業の臨床研究におけるCOの利用

製薬企業主導の臨床研究では一般的に、製薬企業が準備するEDC(Electronic Data Capture)*3に、医師等が電子カルテに記載された治療内容等を見ながら、研究に必要なデータを入力し製薬企業に提出します。これは非常に労力のかかる作業であり、また入力ミスの可能性もあります。これに対し、日常診療でCOに蓄積されたRWDを活用することで、重複したデータ入力が不要となり、入力ミスの抑止にもつながります。また、電子カルテの診療記録はフリーテキストで書かれており、研究に必要なデータが欠落している場合もあります。COでは一般的に診療や研究で必要と考えられるデータの入力フォーマットを標準搭載しているため、COを利用して電子カルテに記載することで、記録漏れ抑止にもつながります(図4)。
COを利用した臨床研究として、医療用医薬品の国内売上高が第2位(2021年度)の「オプジーボ」について、ブリストル・マイヤーズ スクイブ株式会社と小野薬品工業株式会社が共同で、胃がん患者を対象とした有効性と安全性を評価するため、データ収集を開始しています。また、同第3位の「タグリッソ」について、アストラゼネカ株式会社は国際共同研究の中で、肺がん患者のデータ収集にCOを利用しています(図5)。さらに、COのメリットを活かして、臨床研究だけでなく、効率的な製造販売後調査の新しいモデル構築に向け、日本イーライリリー株式会社と共同で検討を進めています。

*3 EDC:インターネットを使い電子的に臨床データを収集するシステム。

今後の取り組みの方向性

■RWD活用ビジネスの展開

製薬企業等は、臨床研究におけるCOを利用したRWDの収集・解析等に加え、各医療機関の日常診療で蓄積されたRWDを必要なときに活用したいニーズを有しており、その提供に大きな期待を寄せています。例えば、臨床研究を計画する際の医療機関の選定において、どの医療機関にどの程度の対象患者が存在するかを調査しています。現状では、過去の実績や公開情報を基に推定し、各医療機関を直接訪問して医師等に確認しています。しかし、医師も自分が担当する患者の状況しか把握していない場合が多く、医療機関単位の正確な人数をつかむことが非常に難しい状況です。そのため、研究開始後、目標症例数を確保できない事象が起きています。日々アップデートされたCOのRWDを活用することで、対象となる疾患や治療ライン等の条件に合致した患者数を把握でき、迅速かつ的確な施設選定を可能とします(図6)。
また、新しい薬剤の開発を計画する際、臨床現場における自社の薬剤による治療効果や有害事象などを把握する必要がありますが、現状では、数年にわたる臨床研究によりデータを収集し、利用実態を把握することが一般的で、膨大な時間と費用を要しています。日常診療でCOに蓄積されたRWDを活用することで、自社の薬剤の利用実態をリアルタイムかつ効率的に把握でき、臨床研究の期間短縮や費用削減につながります。
これらのように、COに蓄積されたRWDをサービス型で提供していくことで、臨床現場の可視化を進め、創薬事業のドライブや新たな医学的知見の発見に貢献していきたいと考えています。現状はがん領域を対象としていますが、がん以外の疾患領域への拡大や、ePRO、遺伝子データ等の他社が保有するデータとの組み合わせによって、さらなる価値創出に取り組んでいきたいと考えています。

■COの高度化

前述のとおり、COを用いたいくつかのデータ収集プロジェクトが動き始めています。データの収集・蓄積をさらに加速させ、解析可能なRWDを増やすために、①入力作業の省力化、②標準規格への対応、③匿名加工されたデータベースの提供の3点を進めています。
まず、①入力作業の省力化については、医師が入力する必要のある項目を削減するために、電子カルテに登録されている病歴や生活歴など、単純な転記で済む情報はできる限り自動入力を可能としていきます。また、COに蓄積されたデータをすべて電子カルテに書き戻し、学会主導の登録システム等それぞれに同じデータを入力している現状を解決することをめざすとともに、COを主体とした臨床情報を蓄積する仕組みづくりをめざしています。
加えて、②標準規格への対応については、RWDを解析に用いる際の大きな課題となっている標準規格への準拠および解析に活用できる研究用データベースの構築・提供にも挑戦していきます。また、FHIR(Fast Health­care Interoperability Re­sources)*4のmCODE(minimal Common Oncology Date Elements)*5をはじめとした、国際標準規格への準拠も随時進めていきます。
最後に、③匿名加工されたデータベースについては、蓄積されたデータを匿名加工したうえで、多施設のデータを結合し、がんに関する詳細診断・遺伝子変異・治療内容・治療効果・有害事象の情報を含む「リアルワールドデータベース」として活用可能とすることを計画しています(図7)。

*4 FHIR:医療情報交換の国際標準規格。
*5 mCODE:がん領域の電子カルテの構造化を目的として定められた国際標準コード。

「医療の未来を創造する」取り組み

PRiME-Rは、COによって収集されたRWDが多数の医療機関・医療従事者や製薬企業等において活用されるよう、今後もアカデミアや各がん学会等との連携・協働を進め、COの機能向上や利用拡大に取り組むとともに、がん領域における医療安全や医療技術の向上、医薬品・医療機器開発の効率化に貢献し、より良い医療を患者に提供できるよう取り組んでいきます。

(上段左から)大槻 涼/由井 健司/古畑 愛奈
(下段左から)阿部 祐輝/前原 侑李子/梅原 千晴

私たちPRiME-Rは、リアルワールドデータを活用して「1人ひとりに最適化された医療の実現」「タイムラグのない迅速かつ的確な医療の実現」「先進的・革新的な医療技術開発のサポート」をめざし、新たな領域でのチャレンジを続けていきます。

問い合わせ先

新医療リアルワールドデータ研究機構
プライムプロモーション部
TEL 075-752-0330
E-mail pp-pr-ml@prime-r.inc