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全世界のあらゆるサービスを支える未来に向けた「空間モードの光計測技術」

通信トラフィックは年々増え続けており、将来的な通信需要増大に持続的に応え続けるためには、従来使われてきたシングルモードファイバから、マルチコア・マルチモードファイバを使用した次世代光ファイバ伝送路への転換が求められています。しかしこの次世代光ファイバ伝送路を高品質に実現するためには、従来とは異なる物理現象も考慮する必要があります。今回は、このような物理現象を可視化し掌握する「空間モード光計測技術」について、中村篤志特別研究員にお話を聞きました。

中村篤志 特別研究員
NTTアクセスサービスシステム研究所

PROFILE

2012年大阪府立大学大学院にて修士号を取得。同年、日本電信電話株式会社に入社。2018年大阪府立大学大学院博士課程修了。2022年よりNTTアクセスサービスシステム研究所特別研究員。次世代光ファイバ伝送路実現に資する光計測技術の研究に従事。2018年電子情報通信学会学術奨励賞等を受賞。

高品質な次世代光ファイバ伝送路実現のために「空間モードの光計測技術」は欠かせない

◆「次世代光ファイバ伝送路」とはどのようなものなのでしょうか。

近年、通信トラフィックは増え続け、光ファイバネットワークの大容量化に対する社会的な要求は高まっています。従来の光ファイバネットワークの伝送方法では、1本の光ファイバに光信号の通り道が1つしかないシングルモードファイバというものを使用していました。しかしこのシングルモードファイバ1本当りの伝送容量の増加には限界が近づきつつあり、将来的な伝送容量拡大に対応することが難しくなってきています。そうした背景の中、将来的な通信需要増大に持続的にこたえ続けるためには、新しく「空間」という軸で信号を複数重ねる伝送方法が必要になります。
この空間軸での多重方法としてもっとも単純な方法は、従来のシングルモードファイバ伝送システムを複数並列に構築することです。しかしこの方法では、伝送容量をN倍にするためにはコストがN倍となるという問題があり、経済性の観点から事業が成り立たなくなるため、現実的ではありません。そこで持続的な伝送容量拡大に向けて、1本の光ファイバ内にコアを複数設けることや、コア内の光の通り方を増やすことにより、光信号の通り道(空間モード)を複数設ける方法(空間分割多重)が検討されています(図1)。

◆「次世代光ファイバ伝送路」の実現に向けた課題について教えてください。

次世代光ファイバは、光ファイバ1本当りの伝送容量を飛躍的に増加させることができる有望な技術ですが、それらのポテンシャルを最大限に発揮できる伝送路を実現することは容易ではありません。従来のシングルモードファイバでは、1つの空間モードで通信を行っていたため、光ファイバの伝送路を構築する際には「主に光信号に生じる損失を評価すれば品質を担保できる」という状態でした。一方、次世代光ファイバでは複数の空間モードを用いて通信を行うため、損失以外にも、空間モード間の干渉や損失差といった複雑な光学特性を考慮する必要性が出てきます。このような特性は外的要因に敏感で、わずかな変化に対しても挙動が変化します。したがって、次世代光ファイバ技術のポテンシャルを最大限に引き出すためには、複雑な光学特性が外的要因に対してどのように変化するのかを評価し、その影響を最小限に抑えるように光ファイバ伝送路を構築することが重要になります。こうした理由から、伝送路構築品質を可視化する光計測技術というものが非常に重要になります。
また現実環境に光ファイバ伝送路を構築する際には、曲げ・側圧・歪みといった物理外乱、光ファイバの接続、温度や振動といった環境変化など、さまざまな外的要因が加わることになります(図2)。例えば、図2の左側の通信設備ビルから右側の通信設備ビルをつなぐ場合、数kmほどの光ケーブルを管路に敷設して、それらを順に接続していくことで光ファイバ伝送路を構築します。そして接続点などの伝送路構築品質に問題があった場合には、通信品質を担保するために再度構築をやり直す必要があります。つまり伝送路全体を構築した後に問題が発覚すると、一度敷設した光ケーブルを撤去し再敷設することや再接続するといった作業の手間が発生します。そのような手間を省くため、接続するたびに構築品質を評価して手戻りがないようにするということが必要になります。
ここで難しい点は、伝送路を構築する際は光ファイバケーブルの片側から伝送路の任意の地点における特性を評価する必要性があるという点です。なぜなら伝送路構築時は、光ケーブルや接続点は屋外の地下区間にあるため、ここに構築品質を評価するための測定装置を配置することは運用上現実的ではないからです。そのため測定装置は通信設備ビルに配置し、そこから任意の遠隔地点の構築品質を評価するといったことが必要になります。このような光計測技術を確立することによって、空間モード特性を完全に掌握した高品質な次世代光ファイバ伝送路を構築・運用することが可能となり、世界に先駆けた次世代の超大容量光通信サービス実現に貢献できると考えています。

◆「次世代光ファイバ伝送路」の構築を実現するために、具体的にどのような研究を行っているのでしょうか。

具体的な研究として、1本の光ファイバに複数のコアを配置した「マルチコアファイバ」を用いた光ファイバ伝送路を構築する際の試験方法を考案・実証しました。マルチコアファイバ伝送路では、コア間の間隔を狭くしてしまうとコア間で信号光の漏れ込み(クロストーク)が発生し、通信品質の劣化要因となるという問題があります。このクロストークが通信品質に与える影響は、伝送路を実環境に構築する際の施工品質に大きく左右されるため、伝送路構築時にその影響を都度評価する必要があります。また都度評価せずに、伝送路全体を構築した後に品質が悪いことが判明すると、前述したように作業のやり直しが発生し、時間・コスト的に大きな問題となります。しかし、クロストークを直接測定するためには、非常に高価な測定装置が必要になり、これは事業にとっては大きな障壁になります。また、マルチコアファイバがこれから導入されることになっても、既存のシングルモードファイバも使い続けることが想定されるため、既存の測定装置との親和性も求められているという課題もあります。そこで、シングルモードファイバの試験に用いられている一般的な光パルス試験器で測定可能な損失値からクロストーク特性の変化を評価するという方法を考案・実証しました。これによって既存の測定装置を使いつつマルチコアファイバを用いた次世代光ファイバ伝送路を実環境に構築する際の施工品質を担保可能にしています。

空間モードの解明と品質評価法を確立、さらに新たな付加価値を創造していく

◆これからの研究目標とビジョンについて教えてください。

次世代光ファイバ伝送路技術は、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想における、オールフォトニクス・ネットワーク(APN:All-Photonics Network)の目標性能の1つである「伝送容量を125倍に」を実現するための重要な技術です。そのため、現在私が研究している光計測技術で空間モードの特性や挙動を可視化する技術は、大容量かつ安定的な通信品質の次世代光ファイバ伝送路の構築・運用に寄与するものになると考えています。そしてこれからの研究では、次世代光ファイバ伝送路が全世界のあらゆるサービスを支え、必要不可欠な社会基盤として持続的に活用される世界の実現をめざします。
また将来の取り組みとして、特性の把握すら困難であった空間モードを自在に制御し、今まで研究の「対象」であった空間モードを、光計測の「手段」として活用していきたいと考えています。具体的な技術のアイデアはまだまだこれからなのですが、空間モードの特性である「些細な変化に対して敏感に反応する」という特性を活用して、新たな光計測技術を創出できると考えています。例えば、既存の光計測技術では地震が起こる前には何も変化を観測することができなかったものに対して、空間モードを利用して計測すれば、これまで観測できなかった事象を可視化することができるかもしれません。このように空間モードを活用していくことで、災害予兆検知のような社会課題の解決にもつながるのではないかと予想しています(図3)。

◆研究において大切にされていることを教えてください。

私は「技術は誰かに使われて初めて価値が生まれる」という考え方のもとに研究をしています。研究を始める段階で、自分が研究している内容が最終的にどこで使われるものなのか、何の役に立つのかを考え、そのためにどんなアプローチをとるのか、そしてそれは最終目標に対してどんなインパクトがあるか、ということをきちんと検討することを大切にしています。また研究は他機関との競争という側面もあるため、勢いとスピード感が重要です。もちろん「時間をかけて良い技術を発表したい」という気持ちもありますが、二番煎じとなってしまっては技術の価値が下がってしまうかもしれません。そうならないために、目的を定めて本当に優先すべきことを考えて行動するようにしています。そして検討した内容は、必ず特許や論文などの形に残る成果につなげる、という意識で研究に取り組んでいます。NTTはグループ会社も含めて大きな会社であり、実際に研究したものはグループ内で使われるものに仕上げていくことができるため、形に残る成果を積み重ねることができ、私自身の活力や経験値になっていると感じています。
成果がうまく出せるか否かは生まれつきの才能ではなく、どれだけ知識と経験を持っているかで決まると思っています。特に現在では、技術・社会情勢が日進月歩で変化しており、それに応じて求められるものも変わってきています。そのような状況の中で、努力不足や準備不足だとチャンスを逃すことになるため、地道な勉強を怠らないようにしています。また、一見自分の研究と関係ない業務やイベントでも、見方を変えれば新しい考え方や経験を身に付けることができるチャンスであったりするため、何か得られるものがないかということを常に探しながら取り組むようにしています。

◆最後に、研究者・学生・ビジネスパートナーの方々へメッセージをお願いします。

私が所属しているNTTアクセスサービスシステム研究所では、通信インフラ技術を中心に基礎的な研究から実用化まで幅広く取り組んでいます。それぞれ異なる知識と経験持った優秀な研究者がたくさん所属していて各方面に強い人脈があり、その環境の中でチームとして研究を進めることで、個人ではできないことを実現できることこそがNTTの強みだと感じます。私自身が研究を続ける中で常々感じていることは、自分1人で大きな成果を出すということはとても難しく、円滑に研究を進めるためには「人付き合いが非常に重要である」ということです。例えば、研究を行うにあたって多方面との連携が重要になってきますが、全く関係性がない相手に対して、急に新しいことをやりたいと言ったとしても、基本的にはあまり話を聞いてもらえません。そのような場合において、新しい研究をスタートさせるためには幅広い人脈をつくっておくことは非常に重要です。またNTT内のほかの研究所や、NTT外の研究所にネットワークを持っている人がいれば、人から人へと人脈をつないでもらうということもあります。こうして周りに多くの人脈を持っている人がいるからこそ、私自身も順調に研究を進められているのではないかと思います。
そして研究を進めて実際に製品や技術が完成した際には、たとえどれほどいい製品や技術だったとしても、そのことをユーザに説明して「使いたい」と思ってもらわなければ意味がありません。そのためのスキルは、私のような研究者よりも事業を経験している人のほうが秀でています。このように自分ではできないことも、周りの人と協力することでうまく進められるという点には、とても感謝しています。
これを読んでいる若い研究者の方々の中には、自分の世界に閉じこもって研究したいと思っている方もいるのではないでしょうか。私自身も学生のころは「自分の研究には関係がないな」と思った人に対して、あまり丁寧な対応ができていなかったと思います。しかし社会人になってくると、「自分の研究には関係ないな」と思うような人とどこかで巡り合って一緒に研究をするということもありますし、またそこから何か違うチャンスに発展することもあります。ぜひ普段から付き合っている方々との縁を大切にして、多くのチャンスをつかみ逃さないようにしてほしいなと願っています。