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特集

新たな価値創造をめざすデジタルツインコンピューティング構想実現に向けた取り組み

交通整流化に向けたデジタルツインの活用

渋滞が発生しないような最適化された交通流を実現するため、デジタルツインの活用を検討しています。デジタルツイン上における現実世界の交通流の再現や将来の交通流の予測には、細かい時間粒度/空間粒度の交通需要データが必要となります。近年活発化しているスマートシティ化により、5分という短い時間間隔で断面交通量データを取得できるようになりましたが、計測地点数が少なく空間粒度が粗いことが課題となっています。本稿では、断片的な断面交通量データを補完推定し、リアルな交通需要データを生成する技術を紹介します。

藤島 美保(ふじしま みほ)/高木 雅(たかぎ まさる)
横谷 暢斗(よこや まさと)/中田 亮太(なかだ りょうた)
NTT人間情報研究所

スマートシティとデジタルツイン

急速な高齢化や多発する自然災害といった都市課題への対策として近年活発化しているスマートシティへの取り組みがありますが、その実現に向けてデジタルツインの活用が注目されています。高精細な地理空間情報やセンサ情報に基づいて現実世界をデジタル空間上に再現し、現実世界では簡単に実施できない社会実験やシミュレーションを行うことができるのがその理由です。例えば、悪天候で河川が氾濫し道路の一部が寸断されて交通状態が変わる様子のシミュレーションや、建物の配置や形状を変更したときのビル風などの気象影響の評価が可能になります。私たちはこのデジタルツインで人々が活動する社会をデジタルで高精度に表現し、人々の行動を繰り返し変化させながら未来を探索する仕組み、未来社会探索エンジンの研究開発を行っています。

交通流再現の難しさ

そのような人々が活動する社会のデジタルツイン上で行うシミュレーションの1つとして欠かせない要素が「交通」です。交通流シミュレーションは、現実世界をセンシングした情報に基づいて、デジタルツイン上で現実の街の道路交通を模擬することができ、渋滞緩和策の立案や事前評価、オンデマンドバスの運行経路の最適化など、道路交通全般の課題への対応策を評価することができます。都市全体など広域道路網上の車の流れを再現するには、地図データ、交通需要データ、車両モデルの3つの要素が欠かせません。しかし、いずれも現実社会に網羅的なデータセットとして存在するものは少なく、真値の入手は困難であるのが現状です。特に交通需要データには、【調査頻度、対象路線、対象車両】の3つの観点がありますが、これらすべてを満足するデータセットが存在しないため、細かい時間粒度/空間粒度で車両1台1台の動きを再現することが求められるデジタルツインでは扱いづらいものとなっています。そこで私たちは、断面交通量*1データに基づく交通需要推定技術とトラフィックカウンタ非設置区間の交通量推定技術を考案しました。5分間断面交通量は【調査頻度○、対象路線△、対象車両○】という性質のデータなので、提案技術は「対象路線」の観点を補うものに当たります。

*1 断面交通量:交差点における各道路の交通量(車両台数)を断面別に示したもの。

断面交通量データに基づく交通需要推定技術

従来、交通需要の予測においては、人や車がどこからどこへ、どのような経路で移動するのかを、パーソントリップ調査やアンケート調査の結果などを用いて四段階推定法*2で予測することが一般的でした。パーソントリップ調査は、出発地と目的地の組合せごとに単位時間当りの移動人数(台数)を集計したもので、国や自治体が5~10年ごとに調査を実施しています。ただ、空間粒度が細かい反面、調査は5~10年に1度しかなく、平均的なある1日の情報に過ぎないため曜日変動や季節変動はとらえられません。そこで私たちは、都道府県警察が全国の主要幹線道路に設置したトラフィックカウンタによる5分粒度の断面交通量データに着目しました。設置地点数が少なく空間粒度は粗いですが、隣接する計測地点間の情報から空間情報を補完して車の動きをある程度推測することが可能になります。
この方式ではまず、再現対象エリア内の幹線道路網の構造と断面交通量の計測地点の配置を抽出します(図1①)。この計測地点を境界として「エリアA」「エリアB」のように車両の発着エリアを設定し、幹線道路の断面交通量を隣接エリア間の交通需要と読み替えます(図1②)。続いて、特定の幹線道路に沿って走る経路を優先しながら、隣接エリア間のごく短い交通需要を連結して長く走る交通需要を生成します(図1③)。そして、交通需要の両端(出発地、目的地)を発着エリア内で分散するようにエリア内の道路に需要を配分します(図1④)。これにより、各計測地点の断面交通量と整合し、かつ、幹線道路での右左折を含むリアルな走行経路を生成できます。大型商業施設の位置や規模、昼夜別の人口分布などに従い、発着地点の配分条件を変更することで、空間情報の補完精度をさらに高めることができます。この技術により、5分粒度/数㎢粒度という細かい時間粒度/空間粒度で交通需要を推測することが可能となりました。

*2 四段階推定法:将来の交通需要を推定する手法で、①生成交通量の推定、②発生・集中交通量の推定、③分布交通量の推定、④分担交通量の推定、⑤配分交通量の推定の5つの推定段階から構成されます。交通需要予測の際に標準的に使用されます。

発着エリア設定の工夫点

図1②の発着エリアの設定について詳細を説明します。
発着エリアは、断面交通量の計測地点で区切られた幹線道路の各区間に対応するように定義していきます。幹線道路周辺の路地からの発着も考慮したいため、各幹線道路区間に付随する路地の選定を行います。一見、幾何学的にエリアを分けるのが良さそうに思えますが、地形の起伏や河川・道路による分断、一方通行や制限速度も考慮すると、車両の走行ルートとしては周辺とはいえない不自然なエリア分けになるケースも出てきます。直感的には、その幹線道路区間が最寄りの幹線道路といえる路地を選定したいため、道路網の情報を踏まえた旅行時間の観点でエリア分割する方式を採用しました。この方法では、各路地に対し、交通流シミュレータの経路探索機能を用いて、その路地からの旅行時間が最短となる最寄りの幹線道路区間を特定します(図2①)。最終的に、同じ幹線道路区間を特定した路地をリストアップしてその区間に紐付けることで、発着エリアを設定します(図2②)。それでも、目的地の方面によっては最寄りの幹線道路区間が異なるケースがあるという課題が残ります(図2③)。これではエリアをまたぐ移動が路地裏で発生し、幹線道路の交通量が乖離してしまうため、どの目的地を指定しても常に同じ幹線道路が最寄りと判定される路地のみをリストアップすることで解決を図りました(図2④)。これにより、経路を指定しなくても単純に発着地を指定するだけで、所定の計測地点を通過することが保証されます。図3②の提案手法で色がついていない道路は、複数の幹線道路に近接しているために目的地の方角によって通る幹線道路が異なることから、リストアップの際に除外された路地です。また、本提案手法の計算コストは路地n本に対してO(n)であり、経路を総当り計算した場合のO(n2)と比べるとはるかに低コストで計算できます。このように発着エリアを設定することにより、幹線道路の交通量をエリア間の交通需要に変換しても実績値と乖離が生じることを防ぎます。

トラフィックカウンタ非設置区間の交通量推定技術

前述の技術は、リアルな交通需要を生成することができますが、トラフィックカウンタ設置区間にしか適用できないという欠点があります。そこで、トラフィックカウンタ非設置区間にも適用範囲を拡張することをめざし、均衡配分という考え方を導入します。均衡配分とは、ある2地点間を結ぶ経路において、どの経路をどのくらいの車両台数が通るのか、交通量の配分を考える際に所要時間に着目する考え方です。
均衡配分の考え方を詳しく説明します。出発地と目的地を結ぶ経路が複数あるとき、ドライバーはその2地点間を移動するのに要する時間(旅行時間)が最小となる経路を選択しようとします。ここで、ドライバーは常に利用可能な経路についての完全な情報を得ているという前提をおいておきます。旅行時間は交通量に依存しているため、各ドライバーの経路選択の結果に応じて旅行時間は変化します。例えば、ある経路1に選択が集中すると経路1の交通量は増加し、混雑・渋滞が発生して所要時間は増えていきますが、経路2は選択される機会が経路1より少なくなるために交通量が減り、経路2の所要時間は短くなります。このように交通量と旅行時間の関係は定式化されており、需給バランスによる均衡が生じます。結果として、ドライバーに情報が十分に行き渡ると、利用される経路の旅行時間は皆等しく、利用されない経路の旅行時間よりも小さいか、せいぜい等しい状態に収束します(図4)。今回はこの収束した状態を応用します。
具体的なアプローチを図5に示します。ここでは、幹線道路と幹線道路を結ぶ抜け道を例にとって処理の流れを説明します。前提として、幹線道路にはトラフィックカウンタが設置されており、抜け道には設置されていないものとします。提案手法に沿って抜け道の交通量を推定してみます。
まず、抜け道ルート(図5の緑線)と並走する幹線道路ルートを探します(青線)。次に、幹線道路ルートと抜け道ルートの旅行時間をそれぞれ推定します。幹線道路ルートについてはトラフィックカウンタで計測した交通量データがありますので、これに基づいて交通流シミュレーションを行い、旅行時間を調べます。一方、抜け道ルートについては交通量データがありませんので、さまざまな交通量を仮定して交通流シミュレーションを行い、旅行時間を調べます。同じルートでも、旅行時間は交通量に依存するため、仮定した交通量によって異なる旅行時間が算出されたはずです。ここで、均衡配分の考え方に立ち返ると、両ルートの所要時間は同程度であることが自然です。そこで、幹線道路ルートと同程度の旅行時間が算出された交通量を採用すればよいのです。この方法により、交通量推定技術のトラフィックカウンタ非設置区間への拡張が見込めます。

今後の展望

本稿では、断面交通量データを用いて過去の交通状況を再現するために必要となる、リアルな交通需要を生成する技術について紹介しました。今後は、交通状況の再現精度向上、および現況を起点とした未来の交通状態の予測に向けて、普及期に入りつつあるコネクティッドカーの車両プローブデータを活用することを検討していきます。車両プローブデータは、断面交通量データよりリアルタイムに入手・処理しやすいことに加え、経路や旅行時間など車両挙動の詳細な把握が可能であるため、デジタルツイン構築のリアルタイム再現に欠かせない情報源となることが期待されます。コネクティッドカーはまだ社会に浸透し始めたばかりでデータ数が少なく、交通状態の全体像をつかむのは難しい段階であるため、コネクティッドカーの挙動から非コネクティッドカーの挙動を推定する手法についても検討を進めていきます。
NTTでは、これらの推定、予測、再現の技術を統合した交通流デジタルツイン生成技術の開発に取り組んでいきます。

(左から)藤島 美保/高木 雅/横谷 暢斗/中田 亮太

街をセンシングしたデータは今後さらに対象が増え、解像度も時間・空間ともに上がっていくことが想定されます。そのデータをデジタルツイン構築にいかに活かすか、また、そのデジタルツインで地域社会や個々人が望む社会の実現をどう手助けするか、問いと仮説を繰り返し、交通の観点から未来社会探索エンジンの研究開発に挑戦していきます。

問い合わせ先

NTT人間情報研究所
NTTデジタルツインコンピューティング研究センタ
E-mail dtc-office@ntt.com