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特集

データガバナンスを支える基盤技術特集

IOWNプロダクトデザインセンタがめざす、IOWN技術の早期実装・普及

IOWNプロダクトデザインセンタでは、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)技術の早期実装および普及をめざしています。その活動の中で、複数のIOWN技術や市中技術を組み合わせた新たな価値創造の実現に向けて、さまざまな業界での実証実験を計画しています。本稿では、NTT研究所が取り組んでいるデータガバナンスを支える基盤技術を含む、IOWN技術の組み合わせによる実証の取り組みについて紹介します。

歌原 崇(うたはら たかし)/福久 琢也(ふくひさ たくや)
緑 秀晃(みどり ひであき)/竹内 規晃(たけうち のりあき)
渡辺 真太郎(わたなべ しんたろう)/池尻 雄一(いけじり ゆういち)
NTT IOWNプロダクトデザインセンタ

IOWN構想

IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想では、これまでの情報通信システムを変革し、現状のICTの限界を超えた新たな情報通信基盤の実現をめざしています(1)。IOWNを構成する主要な技術分野は3つあります。端末からネットワークまで、すべてにフォトニクス(光)ベースの技術により、エンド・ツー・エンドでの光波長パスを提供する「オールフォトニクス・ネットワーク(APN)」、実世界とデジタル世界の掛け合わせによる未来予測等を実現する「デジタルツインコンピューティング」、あらゆるものをつなぎ、その制御を実現する「コグニティブ・ファウンデーション」です。APNは端末からネットワークまで電気変換することなく、光のまま伝送することで、現在のエレクトロニクス(電子)ベースの技術では困難な圧倒的な低消費電力、高品質・大容量、低遅延の伝送をエンド・ツー・エンドで実現します。デジタルツインコンピューティングは現実の対象物をコンピュータ内にデジタルツインとして再現し、デジタルツインどうしや現実世界との掛け合わせによる未来予測や最適化を実現します。コグニティブ・ファウンデーションはあらゆるICTリソースを全体最適に調和させて、クラウドやエッジをはじめネットワークや端末まで含めてさまざまなICTリソースを最適に制御します。
これらの技術を用いて、さまざまな価値観を包含した多くの情報をリアルタイムかつ公平に流通・処理させることで人と人、人と社会の「つながり」の質を高め、より豊かな社会の実現をめざします。

■IOWNプロダクトデザインセンタの取り組み

IOWNプロダクトデザインセンタでは、IOWN技術の早期実装および普及をめざしています。そのために、市場ニーズや社会の要請からバックキャストしたIOWN技術の開発展開戦略の策定を行い、戦略に基づいた技術開発および実証などの活動を推進します(2)
この活動の中でNTTグループ、IOWN Global Forum(3)の参画企業、官公庁、大学、通信機器メーカ、その他さまざまな企業の皆様との実証を通して市場の潜在的なニーズを抽出するとともに、IOWN技術の提供価値の実証を繰り返し実施し、技術を精練していくことをめざします。さらに、複数のIOWN技術や市中技術を組み合わせることで市場ニーズや社会の要請に対する提供価値を高め、それらIOWN技術の早期実装および普及を推進していきます。
以降では、NTT研究所が取り組んでいるデータガバナンスを支える基盤技術を活用し、現在のIOWN技術をさらに拡張していく実証計画や、そこで生まれる新たな提供価値の例を紹介します。

APNとセキュア光トランスポートネットワーク技術

■セキュアな光長距離伝送の実現

APNは前述のとおり、すべて光レイヤでダイレクトに通信するネットワークです。従来の伝送ネットワークにおいても装置間は光ファイバで接続しています。しかし、伝送距離に伴う光の減衰への対応や方路の切り替えのため、一定距離間隔や分岐する方路ごとに装置内でいったん電気に変換し、さらに光に戻して再送信することが多く行われています。
これに対し、NTT研究所で長年にわたり研究開発を進めているデジタルコヒーレント技術の進展により、光による高速で長距離の伝送、大容量化が可能になり、APNではこれらの技術を活用しエンド・ツー・エンドでの光化をめざしています(4)
APNは、エンド・ツー・エンドで光化し、電気信号を光信号に、光信号を電気信号に変換する処理を大幅に減らすことで省電力化に貢献するとともに、低遅延で揺らぎの少ないネットワークを実現します。一方で光のまま処理を行う場合においても従来の電気での処理と同様にセキュリティリスクへの対策を行う必要があります。その1つの実現方法がセキュア光トランスポートネットワーク技術*1です(図1)。
セキュア光トランスポートネットワーク技術では、量子コンピュータでも解読できない方法で鍵交換を行います。この鍵を利用し、暗号化を行うことで強固なセキュリティを保った通信を実現することができます。NTTでは、すでに40Gbit/sを超える8K60Pの非圧縮映像を超低遅延でセキュアに伝送できることを実証しています(5)

*1 セキュア光トランスポートネットワーク技術:光伝送装置間で耐量子計算機暗号や量子鍵配送を用いて共通鍵を共有し、その鍵で通信を暗号化する技術。

■遠隔合奏やクラウドゲーミングへの適用想定例

APNによるエンド・ツー・エンドの光化およびセキュア光トランスポート技術を利用してさまざまな実証実験を進めています。
適用例の1つは、低遅延性を利用した非圧縮、双方向の映像通信による遠隔合奏です。この遠隔合奏では、遠隔地に離れた2つの会場間を低遅延で結び、演奏および観客の反応を双方向でリアルタイムに通信しながら両会場で同時に楽しむことを可能にします。また、もう1つの適用例としてクラウドゲーミングがあります。クラウドゲーミングでは、できるだけ遅延のない通信環境が重要な要素となり、加えて遠隔地に離れたプレイヤ間での遅延量の差が勝敗に影響を与えます。そのような条件下において低遅延かつ同じ遅延量にする技術を活用した環境を構築し、快適で公平なクラウドゲーミングを可能にする実証も進めています。さらにもう1つの適用例として、遠隔手術など医療への応用も期待されています。遠隔手術では、遠隔地にあるロボットアームに医師の操作を迅速かつ確実に伝える必要があります。そのために低遅延だけでなく揺らぎの少ない通信環境が必要となり、加えて強固なセキュリティが求められることも想定されます。そのような環境をAPNの特性および前述のセキュアトランスポート技術も適用して実現する実証も始まっています。

■データセンタ間ネットワークへの適用想定例

APNによる高速広帯域・低遅延といった特性を活かしてデータセンタ間を接続する試みも進められています。そして将来的にはコンピューティングリソース自体が広域に分散していく想定で(6)、そのデータプレーンとして長距離RDMA(Remote Direct Memory Access)*2を利用することも検討を進めています。RDMA自体は、データセンタ内の10mくらいまでの短距離をターゲットとして開発されてきましたが、長距離RDMAではAPNで接続することで遠距離のデータ転送を実現し、離れた複数のデータセンタをあたかも1つのデータセンタとしてそのコンピューティングリソースを活用することが可能になります。一方、これまでデータセンタ内に閉じていて外部からのセキュリティ脅威から守られていたデータ通信が、長距離RDMAの適用により外部の経路を通過することになるため、セキュアにデータ通信することを実現しなければなりません。この課題解決にも前述したセキュア光トランスポート技術の適用していく計画で実証実験を進めています。

*2 RDMA:転送元サーバ上のメモリから転送先サーバ上のメモリへのデータコピーについて、CPUを介さずネットワークデバイス側で行うための技術。

IOWNコンピューティングPFとトラステッド・データスペース

■デジタルツインコンピューティングを実現するIOWNコンピューティングPF

デジタルツインは現実世界(リアル)から収集したデータを使ってサイバー空間にあたかも同じ世界(ツイン)をつくる技術のことであり、IOWN構想ではこのデジタルツインをベースに、さまざまな業界におけるサイバー空間のモノやヒトのデータを自在に組み合わせてシミュレーションを可能にする「デジタルツインコンピューティング」を提唱しています。このデジタルツインコンピューティングではモノやヒトの高精度なデータを用いることで未来の予測もできるようになります。そのためにはデータを適切に処理し高度な演算ができる環境が必要となり、それを実装していくプラットフォーム(PF)が「IOWNコンピューティングPF」です(図2)。
IOWNコンピューティングPFでは各IOWN技術を実装し、複数の業界を横断してデータを収集から分析まで行い、さまざまなビジネスでの新規価値創造に寄与できることをめざしています。そのデータの収集から分析までの扱い(データハンドリング)についての課題やIOWNコンピューティングPFを活用した新規価値創造の事例ついて以下に述べます。

■新規価値創造に向けたデータハンドリング

IOWNコンピューティングPFではさまざまな業界における大量のデータを扱うことになります。その中には個人や企業固有のデータもあり、それらの秘匿性は担保されなければなりません。さらにデータは業界の垣根を越えてさまざまな拠点に偏在しており、それらを統合して効率的に扱えるようにすることも必要になります。IOWN構想では、データハンドリングにおけるそうした課題に対処できる技術の実現を進めています。
個人や企業固有のデータのハンドリングにおいては、データそのものについては秘匿した状態で分析することが求められます。それに対してIOWN技術である秘密計算技術*3(7)、セキュアマッチング技術*4、データサンドボックス技術*5を統合してデータの秘匿性を担保できる「トラステッド・データスペース」(8)を開発しています。これをIOWNコンピューティングPFに実装して安心・安全なデータハンドリングを実現していきます。一方、さまざまな拠点に偏在したデータのハンドリングにおいては、大量のデータの送受信と偏在するデータを統合した分析をそれぞれ実現し、両立することが必要です。それらに対しては多拠点間で効率的なデータの送受信を可能にするデータブローカー技術*6、複数拠点のデータを仮想的に統合して効率的なデータ検索・取得を可能にする仮想データレイク*7といったIOWN技術を統合して「次世代データハブ」(9)を開発し、IOWNコンピューティングPFに実装していきます。
このようにデータハンドリングにおける種々の課題をIOWN技術に加え、必要に応じて市中技術も組み合わせて解決を図り、高度なデータハンドリングをIOWNコンピューティングPF上で実現することによって新規価値創造に寄与していきます。

*3 秘密計算技術:データを暗号化したまま誰にも明かさず各種機械学習アルゴリズムにより、安全なデータ分析を実現する技術。
*4 セキュアマッチング技術:2者間でお互いにデータを見せずに名寄せを実現し、安全にデータのクロス分析を可能とする技術。
*5 データサンドボックス技術:自身のデータは自身で管理したうえで、他者に提供する場合にオンデマンドな合意に基づいた安全な処理を保証。正当な権利者以外の機密情報(データ・プログラム・実行結果)の参照を防止する技術。
*6 データブローカー技術:膨大な数のデバイスとの間の高頻度なデータ送受信を低遅延かつ高信頼に行うブローカー技術。
*7 仮想データレイク技術:遍在しているデータを、単一拠点に集約することなく仮想的に統合して一元的に扱えるようにする技術。

■医療業界への適用想定例

医療業界では、個人の診療データや行動データなどのハンドリングにより、健康リスクの予測や健康改善のための行動変容などの新規価値創造が期待されています。このような価値創造を実現するためには、予測や分析の精度を上げる必要があり、多くのサンプルデータを要します。しかし、機微なデータであることから利用許諾のハードルが高く、その結果、精度の高いデータ分析が困難です。また、そうしたデータは各データの所有者の管理環境ごとに遍在して蓄積されているため、包括的に分析することも課題となります。
IOWNコンピューティングPFでは、機微なデータを第三者に開示することなく、データ所有者の管理下での分析処理を実現することで諸々の課題解決を図ります。IOWN技術として、データを秘匿化した状態で分析を実施するトラステッド・データスペース技術、さらに、遍在するデータを統合して扱う仮想データレイクを利用します。それら技術により多くの機微なデータを扱うことが可能となり、予測や分析の精度が向上し、人々が健康で暮らせる豊かな社会の実現に貢献します。

■交通業界への適用想定例

交通業界では、車両のセンサデータや個人のGPSデータなどの時々刻々と変化する位置情報をデジタル空間上で再現、分析し、各個人の行動変容を促すことによって渋滞緩和の実現につなげるなど、多種多様なデータから新規価値を創造することが期待されています。そのような価値創造を実現するためには、各個人や複数社にまたがって管理される移動データをリアルタイムに再現、分析する必要があります。しかし時々刻々と発生する多種多様なデータを実用的な時間で処理することは一般的には困難です。また企業間を横断して、各社の競争力の源泉であるデータを共有することにも課題があります。
IOWNコンピューティングPFでは、複数社にまたがって管理されている競争力のあるデータを第三者に開示することなく、リアルタイムに多種多様なデータをハンドリングすることで課題解決を図ります。IOWN技術として、トラステッド・データスペース技術、仮想データレイク技術に加えて、多拠点のデータを効率的に送受信できるデータブローカー技術を利用します。これらの技術により、複数社間でのデータ共有と時々刻々と変化する遍在するデータの効率的なハンドリングが可能となり、渋滞緩和などの社会課題解決に貢献します。

今後の展望

IOWN構想の実現にあたっては、NTTグループ、IOWN Global Forumの参画企業、官公庁、大学、通信機器メーカ、その他さまざまな企業の皆様と連携して、IOWN技術を活用した実証実験をとおし、業界の垣根を越えた新規価値創造を着実に進めることが第一歩となります。IOWNプロダクトデザインセンタでは、その活動の中でIOWN技術をより良く改善するための知見やフィードバックを得て、さらなる新規価値創造につなげられるよう各取り組みを進めていきます。

■参考文献
(1) https://www.rd.ntt/iown/0001.html
(2) https://www.rd.ntt/idc/
(3) https://iowngf.org/
(4) https://journal.ntt.co.jp/article/18123
(5) https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/11/05/211105b.html
(6) https://journal.ntt.co.jp/wp-content/uploads/2022/02/nttjnl5003_20220301.pdf
(7) https://www.rd.ntt/research/SI0014.html
(8) https://www.rd.ntt/research/JN202111_16223.html
(9) https://journal.ntt.co.jp/article/17186

(左から)渡辺 真太郎/緑 秀晃/歌原 崇/福久 琢也/池尻 雄一/竹内 規晃

IOWNプロダクトデザインセンタではIOWN技術の普及およびその適用による新規価値創造の実現をめざしており、さまざまな企業の皆様との連携が不可欠です。今回のIOWNの特集をとおして皆様の新規価値創造を進めるきっかけになれば幸いです。

問い合わせ先

NTT IOWN総合イノベーションセンタ
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E-mail hd-idc-all@ntt.com