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挑戦する研究開発者たち

技術者としての引き出しを満たし、社会を変革する

AI(人工知能)技術を駆使して通信インフラ設備運用の安全性の向上と効率化に取り組むNTT東日本。地域のお客さまの課題のみならず、社会課題の本質とらえるスペシャルチームを率い、現場作業や点検作業の安全性の向上に取り組むNTT東日本 川崎敏行氏に研究開発の実際と研究開発者としての姿勢を伺いました。

川崎敏行
ネットワーク事業推進本部
高度化推進部 デジタル技術部門 AI技術担当 課長
NTT東日本

AIの象徴的取り組みをめざすスペシャルチーム「AICON」

現在、手掛けている研究開発を教えていただけますでしょうか。

NTT東日本は電柱やマンホールといった膨大なインフラ設備を有し、各現場の技術者がその点検・保守を行っています。これらの多くは人手による作業や書類による運用であり、設備の設置場所への移動を含め、多くの時間と労力を要しています。さらに、日本は人口減少や少子高齢化が急速に進行している中、こうした点検、保守に対応する熟練技術者も減少し、業務対応の稼働確保ばかりではなく、熟練技術の継承が大きな課題となっており、デジタル化や、デジタルトランスフォーメーション(DX)による現場業務の変革が求められています。
このような背景を受け、私たちはAI(人工知能)やIoT(Internet of Things)などの最新技術を活用した効率的なオンサイト保守の仕組みづくりやアクセス・ネットワーク業務の融合によるオンサイト保守の実現をめざしています。また、建設・保全業務が中心だった設備部門についても収益拡大に貢献するためにビジネス分野へ活動の場を広げております。ネットワーク事業推進本部では、業務改革の実現をめざし、DXを支える技術に特化した多様なDXチームを設立しています。これまで複数の組織に分かれていた各技術部隊を集約し、DXを実現するためのデータや技術、知識を一元的に蓄積することで、それぞれの技術を高めるとともに、設備系全体のDX人財育成にも取り組んでいます。
私はこのネットワーク事業推進本部に設立されたチームの中のAIチーム、AICON(AI Consulting to Operation NW事業本部)のプロジェクトマネージャー(PM)、SE、開発技術者として、AIを活用した設備運用関連システム、およびその応用システム(社外向け)の企画・開発から導入・運用までを担当しています。

具体的にはどのような業務に貢献しているのですか。

AICONでは主として物体検知や異常検知の技術開発に取り組んでいます。
物体検知技術は危険作業検知システムに適用されています(図1)。アクセス系を中心とした設備点検・保守は、電柱や鉄塔等の高所での作業も多く、作業従事者は危険と隣り合わせです。そのため、作業従事者だけでなく、後方支援をするメンバーも現場に同行し、一体となった安全管理が必要です。このため、現地に行く安全パトロール等では、安全管理のための担当者を増員しなければならず現場に負担がかかっていました。そこで取り組んだのが、ネットワークカメラとAIを活用した危険作業検知システムによる安全サポートの実現です。
まずネットワークカメラを導入して、高所作業車などによる作業の様子を遠隔からリアルタイムでの見守り・業務支援が可能となりました。そして、安全支援のタイミングを見逃さないために、高所作業車や作業員が乗り込むバケット部、梯子や作業範囲を確保するためのカラーコーン等の位置を物体検知AIにより特定し、それらの位置関係から、危険を伴う高所作業や作業範囲からはみ出す危険な状態を自動で検知して、現地事務所に通知します。検知対象となっているすべての物体に対し、90%以上の検知率を実現しました。現在、NTT東日本全域に配備された約5000台のネットワークカメラにて運用しています。
ネットワークカメラは、NTT東日本が販売しているギガらくカメラサービスを採用し、リアルタイム見守りとともに振り返りの動画確認も可能としています。AIはギガらくカメラとAPI(Application Programming Interface)連携しているのですが、AIの推論は計算量が多く、サーバの運用コストが高くなる傾向があります。そこで、AIモデルの量子化とGPU(Graphics Processing Unit)による推論処理の最適化を検討しました。量子化とは、より小さいビット数で表現することで、モデルの軽量化を図る手法です。また、NVIDIA TensorRTフレームワークを採用することで、GPUを効率的に利用しAI推論の高速化を実現しました。AIはAWS(Amazon Web Services)のクラウドで動作しており、カメラ台数に応じて稼動中のAIサーバ台数を自動調整するオートスケーリングによりコスト削減を図っています。
今後はさらなる利便性向上のため、現場からのフィードバックを基にAIの機能拡充やデータ収集、およびAIの再学習・評価による検出精度向上に引き続き取り組んでいきます。

作業者を孤独にせず、仲間の命も仲間が守る

保守点検の稼働の省力化と安全管理を同時に担う仕組みなのですね。

異常検知技術については、社会インフラの保守点検の稼働の省力化と安全管理を同時に担うAI活用技術として開発に取り組んでいます(図2)。
NTT東日本は東日本全域にわたって570万本の電柱や130万kmの通信ケーブルなどの膨大な設備を擁しています。安定した通信を支えるためには、これらの設備の点検や保全業務が重要となりますが、それには多くの時間と稼働が必要となります。一方で、こうした業務を担うには経験を基にした熟練スキルが必要であり、高齢化により減少傾向にある有スキル技術者の稼働確保やスキルの継承等の課題があります。また、社会インフラの多くは老朽化の進行という課題も顕在化しています。
これらの課題解決のため、設備の異常検知にAIを活用して、暗黙知であった熟練スキルをAI上で形式知とすることで、点検作業の効率化とスキル継承に関する課題解決を図っています。例えば、電柱の点検では、これまで1本1本目視で点検して異常の有無を確認していたものを、車両による道路周辺測量システム(MMS)等を用いて、あらゆる地点を走行しながら電柱画像を撮影し、AI画像認識によりまとめてひび割れなどの異常の特徴をチェックすることで、「異常あり」として検出します。人手では難しい大規模で効率的な点検作業を実現しました。
また、マンホールの不良検知はこれまで現場作業員が現地で撮影したマンホール内外の写真を、熟練技術者が見ることで不良個所を判定していました。これを自動判定するAIを開発して導入し、マンホール点検の稼働と品質の最適化を実現しました。
これらの技術は大規模なインフラ設備の運用で培った知見や社内に蓄積したデータを、AIに学習させることで実現しています。

こうした技術開発にはどのような思いが込められているのですか。

NTTには、災害発生等の異常時においても「つなぐ」というDNAがありますが、それとともに建設・保守の現場においては、何事にも安全が優先する「安全第一」という安全文化があります。この安全文化は、作業中の作業者を支援し、事故の未然防止に向けたサポートを行い、「作業者を孤独にしない」「仲間の命も仲間が守る」という意識、行動の下に成り立っています。安全な作業環境をより確実なものとしていくために、クラウドやAIを活用し、作業者への安全支援の充実、危険作業の自動抽出・警告、バイタル情報による作業員の健康状態へのアラーム、安全パトロールの代替による危険への遭遇機会の削減等に取り組むことで、さらに安全な作業環境を構築していきたいです。
2021年度は、こうした技術を磨き上げ、社内のAIに対する期待を高めて活動の活性化を図り、日々の案件を通じて幅広い技術力向上を行い、チャレンジ風土を築き上げてきました。この成果を試す場として、チーム内の有志で社外のAIコンペにも挑戦しました。経済産業省主催のAI Questでは、チームメンバーの1人がAI課題の実装とプレゼンテーションを行って、画像系テーマの参加者141人中総合で5位を獲得し、表彰されました。世界的にAI技術者不足が叫ばれる中、私たちのチームはこうした取り組みを通して技術力向上をしてきた結果、さまざまなAI技術を競うコンペで優秀な成績を収めるまで育ってきました。
この社内業務のDXをとおして磨き上げてきたAIを、今後は地域のお客さまの課題解決にも役立てていきたいと考えています。私たちの強みはこれまで蓄積してきた豊富なデータとそれを活用できる優れた技術者の存在です。私たちがこれまで個別の案件に対応しながら蓄積したデータや経験を基に、汎用モデルを築き上げれば、安価なソリューションを迅速に届けることができます。今後はさらなる飛躍に向けて技術的チャレンジの拡大をめざします。

技術開発やAIの精度向上に正解はない

日々の業務において大切にしていることを教えていただけますでしょうか。

技術開発は、過去の経験の活用や新しい技術を取り入れることで行われますが、PMとして技術の方向性やその他判断を的確なものとしていくために、実際に手を動かすことで技術に触れ、模索することを励行しています。技術開発やAIの精度向上には正解はなく、その時々に合った最適解を追求することになります。私も自らの手を動かして最新技術に触れ、少しでも良い状況判断ができるように日々試行錯誤を続けています。
プロジェクトチームとして技術開発を行う以上、メンバーの技術育成も重要な課題となってきます。最適解を見出す努力をしてもらうと同時に、お客さまや社内から求められる施策のみが仕事ではなく、将来を見据えた自分自身の強みとなる技術を身に付けることも仕事であると位置付けて、技術育成しています。もちろんその過程においても、メンバー各自が自らの手で直接技術に触れることをとおして育成を行っています。
さて、今のポジションはスケジュール管理や技術の総合的なマネジメントに時間がかかりますし、チームメンバーの技術的な悩みを聞く時間も多くありますが、技術関連の悩みを共に解決する時間には新しい発見もあって楽しいです。とはいうものの技術開発はなかなか成果が出せずに苦しいときもあります。だからこそ情熱を胸に挑んでいればいつか成果は出ると自らに言い聞かせ、メンバーとともに悩みを共有しながら日々の業務に臨んでいきたいです。

研究開発者として貫いてこられたことはどんなことでしょうか。

入社して17年余りとなりましたが、自分で技術を見極める力を蓄えることに努めてきました。言い換えれば、技術者の引き出しを満たしていくことです。世の中はさまざまな技術であふれていますし、毎月のように優れたAIが世に送り出されています。その技術のすべてを身に付けることはできないと理解したうえで、実際に使ってみながらその技術を理解することに努めています。一例として、数値上もっとも精度の高いAIといわれていても、実際に自社のデータで使っても期待した精度が出てこないことがあります。実際に使ってみないと分からないことは多いので、書籍も鵜呑みにはせずに参考程度にして、実際に自社データを使って検証しています。
それから、前述のように、お客さまの抱えている課題の本質を把握することに重点を置き、ヒアリングする力とそれを基に試作し、お客さまと共有しながら、本質を模索することを続けてきました。目の前の課題に直面しているお客さまに、課題の本質や解決の糸口を伺っても回答は出てきません。だからこそお客さまとコミュニケーションを取り、お客さまの業務を理解するとともに、お客さまにもAIを少しでも理解していただくことが重要です。お互いの意思疎通ができないまま、開発したモノが全く使われずに終わったという話も耳にします。こうした事態を招かないためにも、相互理解を深めるようお互いに学び合うことで、本質を聞き取るヒアリングの下地づくりをしています。そして、試作を基に議論を積み重ねていけるように環境を整えています。
最後に、研究開発者とは社会を変革する者であると考えています。例えば、先ほどの危険作業検知システムでは、屋外で使用するために影や光の加減等の自然環境が原因で発生する誤検知の課題を運用と技術開発のチームが協力して解決して、NTT東日本の5000班に配布・運用することで、現場業務の安全性を高めています。つまり、危険作業検知システムの開発・導入が、現場作業者の意識や行動を変えることにつながっているのです。努力が実ることはもちろん嬉しいですが、何より地域の未来を支え、変革することの嬉しさを実感しています。これからも私たちの技術アセットを社会に還元していきます。