NTT技術ジャーナル記事

   

「NTT技術ジャーナル」編集部が注目した
最新トピックや特集インタビュー記事などをご覧いただけます。

PDFダウンロード

挑戦する研究者たち

新しい知と技術を生み出すことが研究者の責務。その責務を楽しもう

NTTナノフォトニクスセンタでは光電融合技術を追究し、低遅延・低消費エネルギーの光コンピューティング技術の創生をめざしています。多様な光情報処理が可能になりつつある中、人工ナノ構造による物質の光学物性制御とデバイス応用を追究するNTT物性科学基礎研究所 納富雅也上席特別研究員に研究活動の進捗と研究者の姿勢を伺いました。

納富雅也
ナノフォトニクスセンタ センタ長
上席特別研究員
NTT 物性科学基礎研究所

集積ナノフォトニクスによる新現象開拓と光処理デバイスを追究

前回のご登場は2020年でした。手掛けている研究の進捗をお聞かせいただけますでしょうか。

入社以来、集積ナノフォトニクスによる新現象開拓と光処理デバイスを追究しています。最先端の微細加工技術を駆使して新しいナノフォトニクス構造を実現し、そこに発現する新しい物理現象を開拓するとともに、超高速・超低消費エネルギーの光電融合情報処理チップの実現に向けた技術開発を行っています。
現代の光技術は、長距離の光ファイバ通信やデータセンタ内でのサーバ間通信をはじめとする大容量の情報伝送技術を牽引しています。一方、光の高速・大容量の特性を装置内の回路に適用する動きもあり、その究極形はコンピュータチップの中での光ネットワーク回路の構成、そして、光による直接的な情報処理の実現です。
「光コンピュータ」の実現は古くから光分野の研究者にとって大きな目標の1つでしたが、CMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)電子回路技術が台頭する世にあって、実現の容易性およびコストの観点から光を演算処理に使う有意性を見出せなかった歴史があります。
しかし、CMOSの微細化と集積化の限界(ムーアの法則の終焉)が徐々に近づく中で、光の高速性を利用した演算処理に対して期待が高まっています。それを後押しするのが集積ナノフォトニクス技術と呼ばれるものです。ナノフォトニクス技術とは、高度に発展した半導体微細加工技術を駆使することで、光の波長と同程度、またはそれ以下の微細構造をつくり、従来の光デバイスでは不可能な小型化や新しい光物性を生み出すことができる技術です。その一例としては、屈折率をサブミクロンスケールで周期的に変化させた人工構造であるフォトニック結晶というナノフォトニクス技術があり、私たちはこれを用いて、デバイスの超小型化、超低消費エネルギー化といった性能を実現してきました。
一概に光による演算処理といっても、光回路上だけで汎用性のあるさまざまな処理をすることは、現段階においては困難です。そこで、私たちは電子回路技術が持つ複雑なデジタル信号処理や大容量のメモリを組み合わせ、光が得意な処理は光回路へ任せることで特定の演算処理を加速させる、アクセラレータとしての機能化が重要になると考えました。また、デジタル信号処理に限らず、近年ニーズが高まっている機械学習ではアナログ信号処理が重要で、ここに光を利用する価値が見直されています。そこで私たちは、図1に示すようなCMOSエレクトロニクスとナノフォトニクスを連携させた光電融合アクセラレータを目標として定め、特にその中で①光の伝搬、特に光の干渉を利用して実行される光速演算、②演算レベルの光電融合による光電変換、デジタル・アナログ変換の効率向上、③光トランジスタ技術による効果的な非線形特性の実現をねらいとしています。

学術的にも社会的にも期待値の高い研究を手掛けているのですね。

こうした状況を受けて、私たちの研究は低遅延・低消費エネルギーの演算アクセラレータチップの実現をめざして、「空間・時間・波長自由度を活用する光電融合演算基盤の開発」として、産業技術総合研究所(産総研)、名古屋大学、京都大学、九州大学とともに科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(JST-CREST)(2021)に採択されました。
この研究では、光技術による伝送をCMOSに組み合わせ、光の特性を活かした高速信号処理を可能にする光電融合型の情報処理に取り組んでいます。IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想の商用化ターゲットである2030年ごろに実現される光電融合技術をベースとして、チップ内の一部の情報処理演算を光信号で担う計算機システムへの応用を考えています。
研究のポイントは2つあります。1番目はCMOS回路と光回路の融合に向けた課題解決です。光変調器のような電気-光変換(E-O変換)や、受光器のような光-電気変換(O-E変換)を小型化・低消費エネルギー化し、高密度な光-電子インタフェースを実現することがポイントとなります。私たちは、フォトニック結晶の技術を用いて、世界初のフェムトファラド(fF)容量の光電変換素子を実現し、静電容量を抑えることで、非常に小さなエネルギーで光電変換が可能なことを実証しています。この技術によって、光と電気がシームレスに融合した高い演算能力と低消費電力が両立する光電融合演算システムが初めて実現されると考えています。
この高効率光電変換技術のもう1つの重要性は、光電変換をとおして光に新しい機能を付加できることです。私たちは、集積ナノフォトニクス技術を用いた「ナノ受光器-ナノ変調器集積素子(OEO変換デバイス)」で、O-E変換とE-O変換の両機能を10×15µm2という微小サイズに収めた光電融合デバイスを実現し、これを光トランジスタとして動作させることに成功しています。光トランジスタは従来光が苦手だった非線形演算を行うことができるので、図1中の非線形処理に利用し、光電融合ニューラルネットワーク処理などにおいて鍵となる働きをすると考えています。

超低遅延・低消費エネルギーの情報処理システムに向けた重要な一歩を担う

素晴らしい成果を上げていらっしゃるのですね。もう1つのポイントを教えてください。

もう1つのポイントは光の干渉を利用した演算です。干渉を利用することで光の伝搬速度で演算を実行することができます。二分決定グラフ(BDD:Binary Decision Diagram)型のデジタル演算の応用形態として、光並列加算器を提案しました。この演算器は1回の光電変換と光伝搬によりデジタル加算が実行され、CMOS加算器に比べて1桁程度の低遅延化が期待できます。この提案を産総研グループの協力によって4ビット光加算器として試作し、加算動作の完全実証に成功しました。
BDD型デジタル演算に関しては、乗算器等では回路規模が指数関数的に増大してしまうという問題点が判明したためにこれを回避する手法を探索したところ、その中で前述の光トランジスタを要所で用いることで回路規模を縮約できることを見出しました。
また、光の干渉はアナログ演算そのものですので、光はアナログ演算においてもっともその優位性を発揮します。光の伝搬速度で実行可能なアナログ演算の代表例が積和演算です。この積和演算は、現代のニューラルネットワーク(NN)を用いた深層学習やAI処理のもっとも基本的な演算で、処理のボトルネックになっています。そこで、私たちは、光の干渉を利用した積和演算を用いた光電融合NNアーキテクチャを検討しています。
私たちの計画では、積和演算を光の干渉を利用した光回路で実行し、NN処理において要所要所で必要となる活性化と呼ばれる非線形処理を光トランジスタで行うことを考えています。そして、この光による高速なアナログ演算回路を、高効率な光電変換技術でCMOSプロセッサと一体化するというシナリオです。このシナリオでは、電気のデジタル信号と光のアナログ信号の変換が重要となりますが、私たちは、上述の線形干渉演算ゲートの技術をベースにしてデジタル・アナログ変換を超低遅延で行えることを見出し、産総研グループにおいて回路動作実証に成功しています。
今のところ、このシナリオに向けて要素技術の開発を行っている段階で、NTTと産総研グループが高度なシリコンフォトニクス集積技術を用いて、光回路を試作し、原理検証を手掛けているところです。並行して、計算機アーキテクチャの専門家である九州大学グループでは、この光積和演算器とCMOS演算回路を連携した大規模演算にスケーラビリティを持つ光電融合演算システムアーキテクチャの検討を進めていただいています。
私たちの研究は「光速演算」の特性を最大限に活かし、CMOSと協調動作可能な光電融合アクセラレータの実現をねらっており、ポストムーア時代において必要とされる超低遅延・低消費エネルギーの情報処理システムに向けた重要な一歩になると期待しています。

前回伺った「トポロジカルフォトニクス」も新しい成果を上げていらっしゃると聞きました。

前回お伝えしたとおり、私たちは新しい光の性質を追究する基礎研究を並行して行っており、特にトポロジカルフォトニクスと呼ばれる新しい分野に取り組んでいます。これは私たちが長年取り組んできたフォトニック結晶にトポロジーという概念を導入して、新しい物性を創出するもので、現在世界中で研究が活発に行われています。その中で私たちは、特に動的に再構成可能な光トポロジー系の実現をめざしています。トポロジカルフォトニクスでは次々と新しい性質が見つかっており、この性質を動的に制御できれば従来の光デバイスや光回路では不可能な動作が可能になることを期待しています。制御方法としては、ナノフォトニクス構造に機能ナノ材料を装荷修飾する方法と、屈折率虚部*1を用いた非エルミート光学周期系の特異な性質を利用する2つの方法を用いて光トポロジカル相転移の実現と、動的光トポロジー変化により実現する新たな光制御の提案をめざしています。
ナノ材料修飾によるナノフォトニクス構造の制御技術については、温度などで光学的性質が大きく変化する相変化材料をフォトニック結晶の上に装荷する方法を研究しています。そのために優秀な相変化材料であるGST*2をパターニングして図2(a)のようにフォトニック結晶上に装荷することで、GSTの相変化により光トポロジカル相転移を起こすことが可能であることを、理論解析により見出しています。この現象の実現に向けて、成膜技術と高精度位置合わせ技術を用いた構造作製技術の開発を行い、サブミクロンスケールのGSTが装荷されたシリコントポロジカルフォトニック結晶構造の実現に成功しています。現在、GSTの結晶アモルファス相転移によって引き起こされる光トポロジカル相転移の実現をねらっています。
私たちは、これまでに超小型の電流注入型フォトニック結晶ナノ共振器によるレーザを実現していますが、最近この構造を用いて、2つのナノレーザが集積した結合素子を世界で初めて実現し、これを用いて非エルミート光学系特有の例外点と呼ばれる特殊な光の状態を実現し、この例外点からの直接発光の観測に世界で初めて成功しました。また、フォトニック結晶上に装荷したグラフェン*3を図2(b)のようにサブミクロン周期でパターニングすることで、屈折率虚部が周期的に変調された非エルミートフォトニック結晶という新しいタイプのフォトニック結晶を実現する手法を提案し、この構造で上記の例外点が実現できることを明らかにしました。
現在は、初期的な観測まで行った光トポロジカル相転移の実現とトポロジカル特異点の形成に関する実験を進めて、定量的なデータの取得をめざしています。また、非エルミートフォトニック結晶に関しては、グラフェンの選択装荷技術を用いて屈折率虚部の制御を行う素子作製を行い、例外点やトポロジカル特異点の制御に関する研究を進めています。
トポロジカルフォトニクスや非エルミート光学の研究は、まだまだ探索的な基礎研究段階で応用先が見えているわけではありませんが、従来の物質とは異なる未知の性質がいろいろと見つかっており、エキサイティングな研究開発を現在進行形で行っているところです。この世界では例外点やトポロジカル特異点といったさまざまな奇妙な性質を持つ特異点が登場しており、これらの性質を使いこなす新しい光制御が見つかるのではないかと期待しながら研究を進めています。

*1 屈折率虚部:複素数で表される屈折率の虚部。これを光学周期系に用いたものが非エルミートフォトニック結晶となります。
*2 GST:Ge2Sb2Te5、ゲルマニウム、アンチモン、テルルからなる化合物。
*3 グラフェン:炭素の単原子層で構成される結晶。

「光」に演算させたい

光トランジスタの研究がIOWN構想のきっかけとなったと伺いました。

私たちが手掛けてきたナノフォトニクスによる光電変換や光トランジスタの研究が、通信ネットワークのあらゆるところに光を導入することをめざしたIOWN構想の1つの契機として取りあげていただいたことは大変うれしく思います。とはいえ、それは偶然の朗報です。元来私の研究では、通信だけでなく「光に演算そのものをさせること」にかなりこだわっていて、光はもっといろいろなことができると考えています。話が少し飛躍して聞こえるかもしれませんが、脳では、信号が脳内の神経ネットワークを伝搬した結果として演算がなされています。この仕組みにふさわしいのは電気よりも光であると私は考えました。光のネットワークを使った演算ならスピードが格段に上がり、これまで想像もつかなかったようなことができるのです。言い換えると、「光に演算させること」を追究していくことで、IOWNの将来を担う技術要素につながっていければと思っています。
この「光に演算させること」という発想を光の集積回路として実現することが、フォトニック結晶の研究を進めていくプロセスにおいて内部での議論の俎上に載りましたが、当初は私たちには難しいターゲットでした。実際に具体的に検討できるようになったきっかけはJST-CRESTにおける計算機科学の専門家とのコラボレーションです。それまで漠然としていた概念が、全く異なる分野の専門家と組むようになり、研究テーマとして具体的なものとなりました。この経験をとおして他分野や他の世界に目を向けることは重要であると、さらに強く実感しました。

社会にとって研究者とはどんな存在だとお考えでしょうか。また、後進の研究者の皆さんにも一言お願いいたします。

新しい知と技術を生み出すことが私たち研究者の責務であり、そのうえでその責務を楽しめる存在だと思います。もし、研究者がいなくなってしまえば、今ある技術は使えなくなる、もしくは技術そのものが存在しませんよね。そんな意味でも研究者は社会にとって必要で、社会が前に進むためには必要な存在であると思います。
責務を楽しむために、私自身はゆとりのある時間をつくるように心掛けています。雑務は定常的に発生しますが、時間をうまく配分して、半日、もしくは丸一日と、雑務に追われることなく、集中して自由に考えられる時間を設けることを大切にしています。こうしたゆとりのある時間がとれていないことで、研究者としての自分が今苦しい状況に置かれていることを自覚しています。こうした自分のコンディションに気付いたら、無理をしてでもゆとりのある時間を持つように心掛けています。
最後に、研究者の皆さん。学生時代に最初に研究室に入ったときのことを思い出してください。最初に実験や研究をしていたあの頃の気持ちです。研究も実験も面白かったのではないでしょうか。今の研究者は本当に忙しい日々を送っており、あの頃の自分を忘れてしまいがちだと思いますが、追究する面白さを忘れることなく、面白さを自らの力でつくり上げていきましょう。ワクワクする研究には準備が必要です。その思いを継続できるような仕事の仕方をしていただきたいと思います。
そして、研究者をめざす学生の皆さん。今の日本は博士課程に進む学生の数が少なすぎると感じています。欧米では研究者に限らず技術者も、博士の学位が1つのステータスとして認知されています。したがって世界で活躍できる研究者・技術者をめざすのであれば博士は取得しておくべきだと考えます。そして、自分の将来を決めるときには社会を近視眼的にみるのではなく、長期的な視野で世界を見極めていきましょう。