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トップインタビュー

1つでも多くのセレンディピティを創出。ミッションやフェーズは違っても、「知の泉」スピリットはすべての研究所、研究者に通じる

新しい技術の研究開発に取り組むとともに、NTTグループ各社をはじめ産業界のさまざまな分野のパートナーとともに、社会的課題の解決をめざすNTT R&D。人々が意識せずに技術の恩恵を享受できる「スマートな世界」の実現に向け邁進する岡敦子研究企画部門長 に研究開発の考え方とトップとしての姿勢を伺いました。

NTT常務執行役員
研究企画部門長
岡 敦子

PROFILE

1988年日本電信電話 ソフトウェア研究所に入社。2006年NTTコミュニケーションズ ネットビジネス事業本部IPサービス部担当部長、2010年NTTナビスペース代表取締役社長、2017年NTTレゾナント取締役ソリューション事業部長、2019年NTT 取締役技術企画部門長を経て、2022年6月より現職。

75年の歴史を受け継ぐ

2019年以来、コロナ禍を経て2度目のご登場です。2022年には技術企画部門長から研究企画部門長となりましたが、仕事はどのように変わったのでしょうか。

2022年6月に技術企画部門長から研究企画部門長となり、研究所を指揮することとなりました。研究者としてNTTにおけるキャリアをスタートした私にとっては、R&D部門以外に籍を置いていた時代も長く、「戻ってきた」という感覚です。
さて、「技術企画部門」と「研究企画部門」の違いについてご質問をいただくことが多いので、まずは簡単に各部門をご説明します。技術企画部門では、NTT全体のネットワークやITなどのインフラの方針戦略を策定したり、現在の技術を用いてDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進していくのに対して、研究企画部門はさらにその先を意識した技術を研究実用化していくことで、現在、そしてさらに将来に向けた事業や社会課題の解決へ貢献していくための礎を築く部門です。
私は技術企画部門において、NTTの主要事業のベースである通信インフラの工事・保守・災害対策、スマートエネルギー事業、資材調達、次世代ネットワーク等の施策検討と推進等、グループ全体の事業の方針策定と推進。そして、ICTを活用したDX推進を主なミッションとして取り組んできましたが、その中で対峙してきた社会課題解決の重要性を実感しました。
研究企画部門長という立場になり、こうした課題の解決に研究所が生み出す成果をもって臨む責任をひしひしと感じています。とはいえ、研究には百発百中はありませんし、2〜3年後に実用化されるものもあれば、かなり遠い未来に実現する技術もあり、場合によっては、当該研究の周辺技術の発達により初めて実現することもあります。だからこそ、斬新な研究はもちろんのこと、日々の研究活動と並行して、過去から受け継がれている研究や技術を絶やすことなく継承して、変化させながら成果につなげていくような営みも大切だと思っています。

NTTグループの研究開発は長い歴史がありますね。そして、時代に合わせて再編成もなされてきたそうですね。

1948年に逓信省の電気通信研究所(通研)として発足し、1952年に日本電信電話公社の電気通信研究所となり、初代所長の吉田五郎氏の「知の泉を汲んで研究し実用化により世に恵みを具体的に提供しよう」という言葉の理念に向かって、現在まで体制を柔軟に変化させつつ研究開発が行われています。私たちのような規模の研究開発部門を有する通信会社は世界で類をみないと言われていますから、NTTの特徴の1つであり、大きな強みといえるかもしれません。
現在、NTTの研究開発体制は4つの総合研究所で構成されています。ネットワーク上で実現する革新的なコミュニケーションサービスや、未来社会予測とそれの実世界へのフィードバックを行う技術等の研究開発を行う「NTTサービスイノベーション総合研究所」、新たなサービスを実現する次世代情報ネットワーク基盤技術や、環境エネルギー技術等の研究開発を行う「NTT情報ネットワーク総合研究所」、世界トップクラスの光関連技術をはじめとする新原理、新部品を生み出す先端基礎研究を行う「NTT先端技術総合研究所」、そしてIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想を具現化する「オールフォトニクス・ネットワーク(APN)」、「移動と固定」・「ネットワークとコンピューティング」の融合等の技術分野横断の研究開発を行う「NTT IOWN総合イノベーションセンタ」です。研究所全体では、基礎研究から応用研究まで多岐にわたる技術領域に、約2300人の研究者が研究開発に取り組んでいます。

IOWN1.0の商用化いよいよスタート

こうした盤石な研究体制で、現在、重点的に取り組まれている研究テーマをお聞かせいただけますでしょうか。

IOWN関連はもちろんですが、パートナーと組んで私たちの研究とパートナーの持つ技術を連携させて社会貢献につなげていくような取り組みに注力しています。最近の事例として、京都大学のベンチャー企業であるリージョナルフィッシュ株式会社とともに取り組んでいる食料問題やカーボンニュートラルにかかわるサステナブルな研究開発について紹介します。
地球上を循環しているCO2のうち34%を占めるといわれる海洋において、藻類と魚介類の食物連鎖にゲノム編集技術を適用して、海洋中に溶け込んだCO2量を低減させる二酸化炭素変換技術の実証実験を行っています。実験をとおして、藻類の持つ形質にかかわる遺伝子を選定する手法を確立し、CO2吸収量の増加が期待できる遺伝子の特定に成功しました。これにより、藻類が海水中に溶け込んだCO2をより多く吸収するようになり、藻類をエサとする魚介類の身や骨、貝殻により多くのCO2が吸着されるといった副次的な効果も期待できます。
今後は、特定された遺伝子に対するゲノム編集を実施し、CO2吸収量の評価を実施するとともに、その他の有用形質にかかわる遺伝子も特定していきます。また、CO2吸収にかかわる遺伝子は、植物やその他の光合成生物にも適用できる可能性がありますから、さまざまな生物における遺伝子と形質変化の関係を数値データ化し、機械学習によって発見されるパターンやルールから形質変化を予測するモデルも構築していきます。
なお、この成果はリージョナルフィッシュをはじめとするパートナーとともに構想するグリーン&フード事業において順次活用することを想定しており、人類の環境負荷低減と食料不足の解決に貢献していきます。

やはり社会貢献が大前提なのですね。ところでIOWN構想もいよいよ具現化してきましたね。

IOWN構想のコンセプトが発表されて2023年で4年となりました。NTTは1960年代から光ファイバに関する研究開発を続けており、私がNTTに入社した1980年代後半も将来的に光による技術革新がもたらされると当時の研究者はすでに気付いていました。しかし、2022年度のNTT R&Dフォーラムでもお話いたしましたが、当時はまだそれを実現する技術が追いついていませんでした。ところが2019年に『Nature』において、NTT物性科学基礎研究所が世界最小の消費エネルギーで動作する光変調器と光トランジスタを実現したことが報じられると、光技術をベースとしたIOWN構想につながり、その活動が一気に加速したと実感しています。
当初は、2030年の実現をめざしていたのですが、昨今の環境や電力等における社会課題解決に資する技術革新への期待の高まりを受けて、研究開発のピッチを上げ実現時期を前倒ししています。これを受けて、インフラの整備は商用化に先駆けて始めていかないと間に合いませんから、テストベッド等の環境整備も合わせて進めています。
そして、2023年3月にはNTT東日本・西日本において、APNサービス第一弾として、IOWN1.0を商用化しました。提供を開始したAPNサービスの大きな価値は「超低遅延」です。今後は、現在開発中の光電融合デバイスを搭載した「低消費電力サーバ」を2026年度に商用化し、APNと組み合わせることにより、低消費電力、大容量化、低遅延を達成していきたいと考えています。
また、2025年の大阪・関西万博はIOWNのショーケースとして、パビリオン出展に加え、バーチャル会場や来場者向けパーソナルエージェントの提供、そして、IOWN2.0サービスも発表する予定です。

技術の押し売りをしてはいけない

研究企画部門長として大切にされていることはどのようなことですか。

NTTの常務執行役員となり、中期経営計画等を着実に実現していく責任をこれまで以上に強く実感しています。実現の過程で発生する課題をどう解決するか、自分1人でできることは少ないですから、周囲に助けを求めつつ進めています。各総合研究所のトップと月に一度、方針や戦略を分かち合い、方向性がぶれないよう努めています。また、各研究所のオリジナリティや研究テーマを活かした研究所間の連携も増えていますから、こうした取り組みをいくつも生み出していきたいと考えています。
ところで、研究成果や開発した技術をどこへ応用するか、つなげていくか、私たちだけでは分からないことがありますし、私たちの技術の押し売りもしてはいけません。あくまで社会課題の解決を前提として、研究成果を事業につなげることに努めていきたいのです。
そのためにもさまざまな方との連携が重要なカギを握ります。連携にあたっては私たちをお選びいただけるように、多くはICTの専門家ではないパートナーの方々とコミュニケーションを図り、コラボレーションを企画する、そして技術についても分かりやすく説明できるように努力しています。例えば、コロナ禍を経て、久しぶりに開催したNTT R&Dフォーラムでも、より理解を深めていただくためにポップアップパネルを分かりやすく大きくする等、さまざまな改善を図っています。IOWNの構成要素の1つであるデジタルツインコンピューティングの医療健康分野の事例として、「バイオデジタルツイン」があります。心拍や血液検査結果のデータなどを入力し心臓をデジタル空間上にモデル化するというものです。これを説明する際は、現在の自身の心肺機能が平均的か、少し衰えがあるのかを示すだけでなく、未来を予想し、このまま改善しないとどのように衰えていくのかを瞬時に提示するシミュレーションを示すなど、情報の受け手が思わず自分も知りたいと思っていただける情報を提示します。このように、一般の方、医師の方などの目線や立場を意識した説明により理解を深めていただくことに努めています。

研究者、パートナーへのメッセージと今後に向けた思いをお願いします。

前述のとおり、NTTのR&Dの理念・存在意義は、吉田初代所長の言葉に集約されています。この理念の下、蓄積された「知」を世の中に還元していくことが求められていると思っています。また、私たちはNTTという1つの企業の研究所ですから、当然ながら事業貢献も必要です。そのうえで、私たちは事業を通じて社会に貢献するというマインドやDNAをこれからもずっと持ち続けていくのです。
各研究所、研究者によってフェーズやミッションは違いますし、成果の出るタイミングも異なります。それでも、「知の泉」のマインドはすべてに通じると思います。世の中の移り変わりも激しい中で、1人でできることには限界がありますから、研究者の皆さんにはさまざまな方とコミュニケーションを図り、ひらめきやヒントを得てブラッシュアップしていただきたいですね。
また、多くの方に私たちと共創したいと思っていただきたいのですが、どうしてもNTTは会社が大きいので声をかけづらいというお話も伺ったことがあります。そんなときにはNTTの研究員であれば、しっかりと研究について分かりやすくご説明できますので、ぜひお声がけください。
最後に、IOWN Global Forumは全世界から116社(2023年2月6日時点)のメンバーで世界の技術革新をめざしています。皆さんと一緒にIOWNの名のついたプロダクトやサービスをどんどんと生み出していきたいです。
皆さんとの連携によって、1つでも多くのセレンディピティを創出したいのです。私たちの想像を超える素晴らしい価値創造や発見につなげていきたいと考えています。

(インタビュー:外川智恵/撮影:大野真也)
※インタビューは距離を取りながら、アクリル板越しに行いました。

インタビューを終えて

コロナ禍を経て再会した岡部門長。相変わらず、仕事に趣味の歌舞伎にとお忙しそうですが、ご苦労を感じさせない爽やかさでどんな質問にも明快にお答えくださいました。
まず、研究企画部門長に就任された実感について伺うと、「鮭は戻らないけれど、岡は戻ってきましたよ。NTT入社のときは研究者として一生を終えると思っていたのに、国際本部や事業会社の業務、子会社の社長等いろいろなことをさせていただいて再び研究所に戻った今、これらの経験から、研究ばかりではないさまざまな視点を持つことができてラッキーですよね」と微笑まれる岡部門長。そして、解釈によっては失礼にあたる質問かもしれないとも思いつつ、「NTT初の女性役員」とマスメディアで紹介されることについてお尋ねすると、「私が女性初であることは事実です。報じていただくことで女性役員の存在は特異なことではないし、NTTがダイバーシティ&インクルージョンに取り組んでいるとご理解いただけるのではないでしょうか」と答えられ、女性役員有志による「チームSelf as We」の活動をはじめ、キャリアパスや働き方についてアドバイスしてくださいました。
岡部門長のお話はとても歯切れよく、どんな話題も前向きな結論で締めくくられます。物事はとらえ方1つでストーリーが変化する。自らの歩みをどう彩るかは自分自身で決められるのだと実感したひと時でした。