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挑戦する研究開発者たち

時流をとらえた技術の専門家として、常に新しい何かを考え、先を見据えて社会の方向性を意識する

IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想の実現に向けて、社会・お客さまのニーズをいち早くとらえ、最先端の技術シーズとの連携を強化するためIOWN推進室を立ち上げたNTTデータ。IOWNを社会実装していくためには検証や実証実験が必要となりますが、この環境づくりを担うNTTデータ 安達仁氏に取り組みの概要と研究開発者としての姿勢を伺いました。

安達 仁
技術革新統括本部
技術開発本部 IOWN推進室
シニア・エキスパート
NTTデータ

IOWN構想における先進技術の実証実験に従事

現在、従事しているIOWN構想について教えていただけますでしょうか。

NTTデータのIOWN推進室に所属して、NTT研究所において研究開発をしているIOWN関連技術の実証実験の環境づくりを担当しています。
ご存じのとおり、IOWN構想は情報通信システムを変革し、従来のICTの限界を超えた新たな情報通信基盤の実現をめざしています。構成する3つの主要な技術分野は、まず、端末からネットワークまで、すべてにフォトニクス(光)ベースの技術により、エンド・ツー・エンドでの光波長パスを提供する「オールフォトニクス・ネットワーク(APN)」、実世界とデジタル世界の掛け合わせにより、サイバー空間上にリアルな対象物を再現することで未来予測等を実現する「デジタルツインコンピューティング」、そして、あらゆるものをつなぎ、その制御を実現する「コグニティブ・ファウンデーション」です。これらの技術を用いて、さまざまな価値観を包括した多くの情報をリアルタイムかつ公平に流通・処理させることで人や社会の「つながり」の質を高め、より豊かな社会の実現をめざしています。
NTTグループにおいては、IOWN関連技術の早期実装と普及は、NTT IOWN総合イノベーションセンタに属するIOWNプロダクトデザインセンタ(IDC)がけん引しています。IDCは市場ニーズや社会の要請からバックキャストしたIOWN技術の開発展開戦略を策定し、戦略に基づいた技術開発および実証などの活動を推進しています。現在、複数のIOWN関連の新規技術や市中技術を組み合わせて市場ニーズや社会の要請に対する提供価値を高め、NTTグループ、IOWN Global Forumの参画企業、官公庁、大学、通信機器メーカをはじめ、多岐にわたる企業の皆様との実証をとおして市場の潜在的なニーズを抽出して、技術を精練しています。

このIOWN構想において、NTTデータのIOWN推進室はどのような役割を担うのですか。

一方、私たちNTTデータのIOWN推進室は、NTTの研究所で研究実用化されたIOWN関連の要素技術を、サービスやプロダクトとしてお客さまに提供・展開していくための支援や技術的環境づくりを担っています。2021年の組織発足当初は100人規模でしたが、2025年には技術者500人体制でIOWN構想の実現に貢献しようと努めています。
IOWN関連の技術により従来技術の限界を超えた非常に高機能で高性能・高品質なサービス提供が可能となりますが、この特長を最大限に利用していくためには、その利用形態であるユースケースを想定してサービス等として実装していくことが必要となります。IOWN推進室では、このユースケース検討から、アプリケーションがIOWN技術を利用できるようにする実行基盤の開発や、これらの実効性を確認するPoC(Proof of Concept:実証実験)を実施しています。
さて、IOWN構想の実現には研究開発だけでなく、技術を活用したビジネス創出・拡大が必要であり、適用先となる有力なターゲットを設定し、ユースケースの深掘りと技術課題の洗い出しを行う取り組みを重ねなければなりません。また、NTT R&Dから段階的に提供される最新の研究成果を活用したPoC等による早期具現化(プレIOWN)も実現に向けて効果的だと考えています。さらに、APNのみならず、APN上で動作するアプリケーション基盤も重要であると考えています。
こうした中で、私自身はシニア・エキスパートとして、APNを中心にPoCに向けて環境整備から検証まで、研究所と連携して取り組んでいます。APNをデータセンタに引き込んで動作確認や性能面のチェックを行いつつ、アプリケーション基盤の一部ともなるミドルウェアの構築、検証を担っています。

「汎用性」を意識する

PoCの環境づくりにはどのようなスキルを求められているのでしょうか。

PoCは、検証案件ごとに払い出し、ユースケース固有のアプリケーションを配置する「案件個別部」、そして、検証を実施するうえで必要となる汎用的な技術群を提供する環境の「基本機能部」、そして、評価対象の技術を持ち込む環境で、研究所の技術や事業会社アセットを配置、または接続する想定の「評価機能部」の3部で構成されています(図1、2)。
実際にサービスとして実装されることを想定して作業を進めていますが、例えば、基本機能部においては、データHUBと呼ばれる、大量のデータを一時的に蓄積し、複数のシステム間インタフェースを1カ所で管理・分析するシステム領域を用意し、さらにはそのデータどうしをつなぐためのパイプラインを用意します。そこに秘密計算AI(人工知能)や仮想データ等を搭載した「評価機能部」を接続して検証を進めていきます。こうした環境を整える際に私に求められているのは「汎用的」にすることです。特定の案件に特化せず、誰もが使うであろう「共通」する部分に着目してデータHUB、基本機能部を構築することが重要です。こうした中で、どの部分が汎用的であるのかという判断は、これまでの経験に基づくことも多く、これについてもある意味必要なスキルだと考えます。
私はNTTデータに入社して16年目になりますが、IOWN推進室を含むNTTデータのR&D部門への異動前は、政府や自治体等のシステムに関する事業を行う公共事業部門に所属していました。地方税のシステムや厚生労働省のシステム等の開発拠点に伺って、ITアーキテクトとして技術支援する仕事をしていました。そこで、お客さまのシステムの開発現場の最前線でどのようなことが求められるかをつぶさに見てきました。こうした現場では、お客さまの要望は具体的で、当然のことながら高いクオリティを求められ、スケジュールや機能において最終的なゴールも設定されています。一方で、IOWN推進室では技術その他の日々の変化が激しいため、ゴールはお客さまのシステムと比較してそこまでは明確にすることはできませんが、その分、常に最高のゴールを意識して自ら追究することになります。そこに、公共事業部門で培った高いクオリティを求める姿勢がつながっていると実感します。

IOWN構想という大きなプロジェクトの検証環境を整備するために、苦労されていることはありますか。

検証環境の準備は2021年度から始まっていて、実際にその環境が構築されてリリースされるのは2023〜2024年度という長期にわたるプロジェクトです。その中で、私は2022年10月からプロジェクトに参加しましたので、それまでの経緯を踏まえつつ自身のスキルを活かして技術開発が進められるように、周囲の皆さんに相談しながら日々仕事をしています。このプロジェクトにはNTTグループから複数の会社が参加しています。めざすゴールは同じでも、各社の持つ固有の事情がありますから、意思統一等の調整が必要です。チームメンバーが対等にコミュニケーションを図れるように、コミュニケーションツールをメールからSlackに変えて、これまで以上に気軽に相談ができるようにしたことで、ゴールや意識を共有できるようになりました。
プロジェクトはある程度のリスクは計画に織り込み済みであり、そのリスクによる遅延はよくあることです。PoCではその遅延の原因が何らかのトラブルに起因するものが多いですが、そもそも検証なのですから試行錯誤するのは当然です。そのトラブル要因を究明するにあたり、検証環境の問題なのか、検証対象の研究所技術・装置の問題なのかといった原因切り分けにおいて、試行錯誤であるがゆえにその探索方法すらも手さぐりにならざるを得ないことも多く、その点は苦労が伴います。
トラブル発生時のみならず、日ごろから構築資材が老朽化していないか、壊れていないか等の点検によりトラブル発生を未然に食い止める努力をしています。研究所から提供されたドキュメントを読み直して、基になっているオープンソースを理解したうえで、どのような技術を追加したのか、そしてその技術の価値をしっかり理解して、関係者の皆さんが簡単に使える環境をつくり出せるように心掛けています。

求められる事業と研究のバランス感覚

技術開発において、大切にされていることを教えていただけますか。

事業会社のR&D部門で研究開発された成果は、事業会社であるがゆえに最終的には利益につなげていく必要があります。とはいえ、成果を利益につなげることだけを考えるのが良いとはいえなくて、研究活動とバランスを取りながら短期中期の目標を達成していくことが重要だと思います。私は、このバランス感覚を養うためにも、自分の出した成果は自己満足ではないかを確認し、常に何か新しいことを考え、その先を見据えて、社会のトレンドを意識しています。そのうえで、やはり、生み出した技術は実際に使っていただくことが重要です。「構築に1カ月かかります」などと、悠長に構えてもいられませんし、お客さまは「ボタンを押したらすぐに使えます」という簡単な環境が当たり前だと感じているのが今の世の中です。この感覚に私自身もこたえて、「現場で使える」技術を提供していきたいと思っています。
そのためにも私はアンテナを高くして、インターネットで広く情報収集をしたり、社外の勉強会に参加しています。オープンソースの文化が花開いて以来、インターネットでその道のエキスパートが無料の勉強会を開いてくれる時代になりました。こうした場を利用して新しい知識を獲得すれば、そこからまた枝葉が伸びて、その先の知識や技術まで興味は次々と広がっていきます。このようにして知識や技術を蓄えています。残念なことに、最近では社内のメンバーと直接会ってフィードバックをする機会が減ってしまいましたが、Slack等の技術専門の雑談コーナーのスレッドで、仕事ではあまり使わない技術の話をすることもあります。こうしたフランクな場で、ヒントを得ることもあります。そこには、受注先、発注元という立場はありませんし、誰でも平等に、対等に興味のある話ができますから気軽に利用しています。

研究開発者とはどんな存在だとお考えでしょうか。そして、後進の皆さんに一言お願いします。

自分自身のことでいえば、技術の活用法を知っている技術の専門家だと思います。研究開発者はかなりのスペシャリストで、研究室などに閉じこもって1つのことを追究しているという印象をお持ちかもしれませんが、そのようなことはありません。ここまでのお話でお気付きのとおり、事業会社の研究開発は商用化されることが大切ですから、案件や社会生活まで広い視野を携えて、研究開発のための研究開発にならないよう努めたいですね。実際に、NTTデータの技術開発本部の社員の中には、専門性を持っているからといって最初から配属になるよりは、ある程度他部署で経験を積んでから、「自分の専門性はR&Dで活かすことができる」と自覚されてから技術開発本部を希望される方が多くいます。
これらの傾向を踏まえて、後進の皆さん。事業会社の研究開発者であれば、1つのことに取り組むことはもちろん大事ですが、利益を追求することやお客さまのメリットを常に意識して研究開発に取り組んでいただきたいと思います。
また、これから事業会社の研究開発をめざす大学生や大学院生等の皆さん。自らの専門性を活かしてその道を極めるならばNTTの研究所をめざしたほうがよいでしょうけれど、もっと直接的に利益を追求して、使った人に喜ばれる研究開発や社会実装を実現させることに興味のある人はぜひNTTデータのR&D部門をめざしていただきたいですね。
学生のうちにできることは少ないかもしれませんが、プログラムが組めるとか、自分でシステムが構築できるように研究開発者としての「基礎体力」をつけておくのもよいと思います。自宅のパソコンでJavaのアプリケーションをつくってみる、オープンソースのデータベースをインストールしてみるといったレベルで構いませんから、経験を積んでおくことをお勧めします。少しでも経験があると、入社していきなりつまずくことはないのではないかと思います。