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from NTTデータ

広がるメタバースのビジネス活用─期待と課題を探る

近年、バズワードとしてあらゆる業界から注目を集めるメタバース。まだまだ発展途上であるメタバースですが、ビジネス領域への活用も本格化し始めています。NTTデータでは世界6カ国(日本、米国、中国、イタリア、ドイツ、インド)において、メタバースの最新技術の検証や先進顧客との共同検討を推進しています。ここでは、活用例や構成要素を紐解きながら、メタバースのビジネス活用における期待と課題について解説します。

はじめに

メタバース(Metaverse)という言葉は、1992年にニール・スティーヴンスン氏の小説内で架空の仮想空間サービスとして登場した造語で、超越という意味のMetaと宇宙を意味するUniverseが掛け合わさって成立したものです。ここ数年で急速に一般化したメタバースですが、世界中で確立された定義は存在しておらず、定義が乱立している状況です。そのため、一概に「これがメタバース」と結論付けることはできませんが、複数の定義の中で以下のような共通要素が確認できます。
・三次元(3D)の仮想空間であること
・複数のユーザが同時参加し、空間を共有できること
・高い没入感が体験できること
これらの要素を集約すると「多くのユーザが同時に参加でき、現実に近いリアルな体験が可能な三次元の仮想空間」と理解できます。経済活動の存在や実世界との連動(デジタルツイン*1)などを求める定義もありますが、現時点でビジネス上の活用を考えるうえでは上記のようなイメージを持っておけば十分でしょう。

*1 デジタルツイン:現実のヒト・モノ・コトのデジタルコピーを仮想空間上に表現する技術。データ分析や未来予測などのシミュレーションを実行し、その結果に基づく最適な方法や行動を現実にフィードバックします。

メタバースのビジネス活用例

ここからは具体的なメタバースのビジネス活用を考えていきます。想定されるメタバースの活用例を表1にまとめました。
ここからは表中で主要なメタバースの活用事例と考えられる3つをピックアップして解説していきます。
まずは仮想空間上に実際の店舗を再現し、商品を販売する「店舗の出店・運営」です。通常の実店舗を運営する場合、物理的な制約が存在するため対人での接客が必須となり、遠隔地にいる顧客への対応が難しくなるなど顧客接点の創出において障壁となり得ます。仮想空間上に店舗を運営することによって、距離の壁を越えて新規顧客へのアプローチやアバターを介した非接触での接客を可能とし、さらには通常のオンラインショッピングでは提供できない、インタラクティブな購買体験を提供できると考えられます。
また「トレーニング・研修」領域もメタバースと親和性が高い活用先として認知されています。一般的なトレーニングや研修の場合、座学では机上レベルのレクチャーにとどまりがちであるため、一方で実地研修や体験学習は人・時間・費用面のコストが高くなります。対して、メタバース空間上でのトレーニングが実現できれば、現実に近く、より臨場感の高い教材コンテンツを場所や時間を問わずに提供することが可能です。加えて、実際には再現が難しいような危験体験や災害体験にも効果を発揮すると考えられます。
メタバース上での「共同作業」は、業種を問わず広く活躍できる領域と考えられます。例えば、企画段階の製品を3Dモデルとしてメタバース空間内に配置し、複数人で会話しながら成果物のレビュー・改良を行うことができれば、合意形成の迅速化や共同作業によるアイデア創出が期待できます。また、遠隔地にいるエンドユーザにも門戸を開くことで、開発者とエンドユーザがコラボレーションした新しい商品開発の手法をつくり出せるかもしれません。
表1のとおり、ほかにも数多くの活用事例が想定され、既存のサービスの組合せ次第でメタバースの活用先は無限に広がります。メタバースの強みや特徴を踏まえて、現状のビジネスとどう融合させるのか、十分に検討することが重要です。

メタバースの構成要素

ここではメタバースの特徴理解のため、構成要素を分解しその全体像を整理していきます。メタバースを俯瞰的に理解することで、ビジネス活用において留意すべきポイントを明確化していきます。
Application、Platform、Technologyの3層構造としてメタバースを分解すると、図のように表現できます。
まず、Applicationについては、通常私たちが目にするメタバースの姿であり、現在、特定のサービスを提供するメタバース・コンテンツは一般的にここに属します。目的や活用シーンに合わせて、独自のデジタル空間の作成やカスタマイズが行われるのが特徴です。
2番目のPlatformは、メタバースを構成するために必要な共通機能を備えた基盤です。2023年現在、メタバースの作成と公開に特化した「メタバース・プラットフォーム」が複数存在しています。主要なものとして、Mozilla Hubs(1)やNTTコノキューが提供するDOOR(2)、国内のメタバースの先駆的サービスとして知られるCluster(3)、世界でもっとも接続者の多いVR(Virtual Reality)仮想空間と知られるソーシャルゲームのVRChat(4)が挙げられます。特に、Mozilla Hubsはオープンソースソフトウェア(OSS)として提供され多数のユーザによる改良が行われており、個人利用からビジネス活用まで幅広いユースケースに適用が可能なメタバース・プラットフォームとして認知されています。
押さえておくべき点は、現在のメタバースの多くはメタバース・プラットフォーム上で提供されている点です。したがって、メタバースのビジネス活用を考えた場合、どのプラットフォームを選択するかが重要となります。既存のメタバース・プラットフォームは対応するヘッドマウントディスプレイ(HMD)の対応機種、PC・スマートフォンでの利用可否やユーザのアクセシビリティ、描画性能など特徴が異なるため、どういったサービス実現したいか、ターゲットは誰かなど、多角的な視点で検討することが必要です。
3番目はTechnologyについてです。図で示したとおり、VRデバイスやモーションキャプチャといった周辺機器は当然のこと、さらに視野を広げれば第5世代移動通信システム(5G)・第6世代移動通信システム(6G)といったネットワーク技術、チップ・プロセッサといった演算装置など、数多くの技術が現在のメタバースを支えています。これらの1つひとつの技術の発展が相互に絡み合い、メタバースの進化をさらに加速させていると理解できます。ビジネス活用においては、期待する要件をPlatformが提供する機能だけでは達成できない場合、最新技術を積極的に採用することで課題を解決し、より先進的で魅力的なサービスを実現できる可能性があります。他メタバースサービスとの差別化やキラーコンテンツとしてのメタバースを実現したい企業・団体は、関連する技術群を継続的にウォッチし、最新技術の活用のあり方を検討することが重要です。他者に先駆けて先駆的なメタバースを展開することができれば、黎明期であるメタバース領域において優位性を確保できると考えられます。

メタバースの課題

期待が先行しているメタバースですが、多くの課題があります(表2)。この中で特に留意しておきたい点について触れていきます。
まず技術的・運用的な課題として、もっとも大きいものが「デバイスの成熟度と普及」です。ここで言う「デバイス」とは、メタバースを高い没入感をもって体感できるHMDなどのVR機器を指します。Meta Quest 2(5)を筆頭に、ここ数年でHMDは急速に進化し、低価格で高性能な製品を入手できるようになったものの、リアリティの再現度や「VR酔い」への対処には改良の余地があり、一般消費者における普及率もスマートフォンには遠く及ばない状態です。臨場感やインタラクティブな体験といったメタバースの真の価値は、HMDなどのデバイスを通して発揮されるものであるため、限られたデバイス性能でもユーザに魅力的と思われるバーチャルコンテンツの作成が必要と考えられます。また参加者の裾野を広げるという意味では、PCやスマートフォンでも参加できるプラットフォームを選定するなど、課題を踏まえた工夫が必要です。
他の技術的・運用的な課題としては高品質の3D空間の作成コストが高いことや、同時接続可能な人数が少ない(多くのメタバース・プラットフォームでは15〜30名程度を上限に設定)、メタバース上に接客用の人員を配置する必要があることなどが挙げられます。特に3D空間の作成コストに関しては、現実に近い高品質なワールド*2を作成したい場合、モデリングソフトウェアやUnity(6)・Unreal Engine(7)などのゲームエンジンを活用した専門的なモデリングスキルが必要とされるため、現状では時間・費用の両面で大きなコストが掛かります。この課題に対しては、写真から現実の物体や空間の3Dモデルを生成するフォトグラメトリ(Photogrammetry)*3やレーザスキャナによる空間キャプチャ、NeRF*4、またはAI(人工知能)による3Dオブジェクトの自動生成など最新技術の応用が期待されます。
次に制度的な課題ですが、一貫していえるのはメタバースという概念に対して法制度が追いついていない点が挙げられます。特に個人情報保護は消費者にとって身近な問題であるため、最低でもメタバース上での匿名性の担保や行動履歴の取得有無・提供範囲などは、プライバシポリシーで明記しておく必要性があるでしょう。さらにメタバース上での反道徳的・反社会的な行為に対しては、法制度の充実とともに、サービスを提供する側も不正ユーザの監視や公的機関への情報提供といった然るべき対策を要請される可能性があります。欧州刑事警察機構(ユーロポール)は、2022年10月に法執行機関から見たメタバースの現状や懸念をまとめたレポートを公開(8)しています。その中では利用者の60%以上が16歳以下といわれているメタバース・ゲームROBLOX(9)が、2021年に検知されたオンライン上でのフィッシング件数でワースト8位を記録したことが報告されていること、マネーロンダリングやテロリズムの拠点としてメタバースが犯罪者の注目を集め始めていることに警鐘を鳴らしています。運用者・利用者を問わず、メタバースを土壌とした新しいサイバー犯罪の発生リスクも年々高まってきていることも理解しておく必要があります。
メタバースのビジネス活用を考える場合、上記のような課題やリスクを広く認識しておくことは不可欠と考えられます。技術面、制度面いずれについても、状況は流動的であるため国内外の最新情報のキャッチアップが重要です。

*2 ワールド:メタバースで提供される仮想的な3D空間のこと。目的に合わせて、建造物の再現や商品の3Dモデル配置など、さまざまなワールドが作成されます。メタバース・プラットフォームによっては、ワールドの作成ツールやユーザが自由にワールドを公開する機能が提供されています。
*3 フォトグラメトリ:複数の写真から三次元形状を復元する3Dスキャン方式の1つ。写真データを使用するため、模様や形状を3Dモデルにリアルに反映することができ、最新事例ではドローン空撮による巨大建造物の3Dモデル化や水中カメラを使用した海中遺跡の再現にも活用されています。
*4 NeRF:Neural Radiance Fieldsの略であり、物体や空間を撮影した複数の写真から、深層学習を用いて自由視点の画像を生成する技術。自由な視点から見た対象物の画像を生成することができるため、HMDを通した高解像度の仮想空間や3D動画像の投影などに応用が期待されています。

メタバースのこれから

ここまで見てきたとおり、メタバースは期待と課題が渦巻く状況であり、今すぐ誰もがメタバースに参加する世界にはならないかもしれません。しかし、企業の投資や国内での法整備の動き(10)は活発さを増しており、前述の課題は近い将来解決される可能性が高いと考えられます。
今からメタバースのビジネス活用について議論し、現時点での技術で実践してみることは、将来メタバースビジネスを創出するうえで重要な知見を与えてくれることは確実です。そしてそれは、来たるべき「メタバース新時代」を生き抜くための第一歩となるでしょう。

■参考文献
(1) https://hubs.mozilla.com/
(2) https://door.ntt/
(3) https://cluster.mu/
(4) https://store.facebook.com/jp/quest/products/quest-2/
(5) https://hello.vrchat.com/
(6) https://unity.com/
(7) https://www.unrealengine.com/
(8) https://www.europol.europa.eu/publications-events/publications/policing-in-metaverse-what-law-enforcement-needs-to-know
(9) https://www.roblox.com/
(10) https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/metaverse/index.html

問い合わせ先

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