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挑戦する研究者たち

めざすは「顔の見える研究者」。興味と好奇心をドライビングフォースに、永遠の若手として材料創製に挑む

世界的な社会課題である環境問題解決のため、さまざまな研究開発が展開されているグリーンイノベーション。低炭素社会や循環型社会の実現に向け、環境・資源・エネルギー分野の革新的な技術等の研究開発が活発に行われる中、機能性材料の研究において世界的成果を続出するNTT物性科学基礎研究所 谷保芳孝上席特別研究員に研究成果と研究者としての姿勢を伺いました。

谷保芳孝
上席特別研究員
NTT物性科学基礎研究所

グリーンイノベーションに向けた機能性材料を追究し、社会課題の解決に挑む

現在、手掛けていらっしゃる研究について教えていただけますでしょうか。

グリーンイノベーションに向けた機能性材料を追究しています。上席特別研究員に任命された際に、長期的に取り組める研究テーマとしてグリーンイノベーションを掲げました。
ご存じのとおり、CO2削減は全世界的な課題です。エネルギーを効率的に利用して、限りある資源を有効活用し、持続可能な社会の実現が求められる中、エネルギーを生み出す、あるいはエネルギーを効率的に活用する手法等、私たち研究者はさまざまなアプローチでこの課題に挑んでいます。こうした中、私は材料の研究者として、材料面から少しでも貢献できることはないかと考え、持続可能な社会の実現に資する新機能デバイスの創製に向けて、次世代材料の合成、物性制御技術の確立に臨んでいます。具体的には材料の物性解明、学理構築に基づくデバイスの高効率化、低損失化の実現、新しい材料の合成技術、デバイス化技術の確立によるデバイス動作の原理実証です。
新しい素材の発見や合成、そしてデバイス技術革新は、社会を大きく変える可能性があり、これが材料の研究の面白さでもあります。その中でも、私たちは窒化アルミニウム(AlN)に着目し、一世紀以上前に合成されてから絶縁体として利用されてきたAlNを半導体として利用することに2002年に世界で初めて成功するなど、AlNの半導体デバイス応用の可能性を拓きました。今回は、このAlNにまつわるグリーンイノベーションに寄与する世界にインパクトを与えられた研究成果について紹介します。

社会課題の解決に寄与し、世界にインパクトを与える研究成果とは期待が高まります。

2006年、私たちはすべての半導体の中でもっとも短い波長で発光することが理論的に予測されているAlNを用いた発光ダイオード(LED)の動作に世界で初めて成功し、半導体発光素子で世界最短波長210nmの遠紫外発光を観測しました。
AlNは、青色発光ダイオードや高密度DVD用半導体レーザに用いられている窒化ガリウム(GaN)と同じ結晶構造を持つ直接遷移型半導体です。そして、AlNはバンドギャップエネルギー(動けない電子が自由電子になるためのエネルギー)が、半導体中で最大の6eV(エレクトロンボルト)を持つことから、AlNで発光素子を作製できるようになれば、すべての半導体の中でもっとも短い波長210nmで発光することが理論上予測されています。
紫外光のうち、波長300~400nmは近紫外光と呼ばれ、波長200~300nmは遠紫外光と呼ばれます。真空紫外光と呼ばれる波長200nm以下の紫外光は、大気で吸収されるため、真空中といった特殊な環境下でないと利用できません。
遠紫外の光源は、水銀ランプやガスレーザなどのガス光源として使われています。しかし、水銀ランプは水銀の有害性があり、ガスレーザはガスの交換が必要、大型、低効率といった実用上の問題があります。これらのガス光源を半導体素子化できれば、環境の観点から無害であるばかりでなく、高信頼化、小型化、高効率化、長寿命、可搬といった特徴により、既存のガス光源の置き換えだけでなく、新しい産業の創出が期待できるのです。
しかし、AlNでは、これまで半導体発光素子の作製に必要不可欠なn型、p型ドーピング(半導体中で電子や正孔が自由に動けるようにするために、純度の高い半導体結晶に不純物を加えること)ができなかったためにAlNの発光素子は実現していませんでした。こうした状況において、私たちがAlNでドーピングできなかった原因は、結晶欠陥や不純物が多く混入して半導体の純度が下がるといった結晶成長上に問題があることをつきとめたのです。
私たちは高純度AlNを作製するため、Al(アルミニウム)とN(窒素)原料ガスの供給流速の増加により副次的反応を抑制する技術の開発、1200℃という高温での結晶成長に耐える装置を改良しました。この結果、AlN中の結晶欠陥と不純物密度をそれぞれ従来の10分の1以下に低減させ、世界最高品質の結晶成長技術を確立することに成功しました。これにより理論上で最短波長発光可能と予測されていたAIN発光ダイオードを実現し、半導体発光素子の遠紫外光応用の可能性を示すことができたのです。

世界トップの研究者として材料分野をけん引

マスメディアでも大きく報じられた2022年の成果についてもお聞かせください。

クリーンエネルギー活用に必須なパワーデバイスのさらなる低損失化が求められる中、2022年は世界で初めて、AlNを用いたトランジスタ動作に成功しました(図1)。
家電、PC・スマートフォンからサーバ機器、電気自動車など幅広く利用されている半導体パワーデバイスの材料は主にシリコン(Si)ですが、半導体材料に絶縁破壊電圧(絶縁性を失って電流が流れ出してしまう電圧)の高いワイドバンドギャップ半導体を用いることでパワーデバイスの低損失化、高耐圧化が可能になることから、炭化珪素(SiC)やGaNといったワイドバンドギャップ半導体を用いたパワーデバイスの開発が進められています。
また、それよりも絶縁破壊電圧の高いウルトラワイドバンドギャップ半導体を用いることで、パワーデバイスのさらなる性能向上が期待できます。
ウルトラワイドバンドギャップ半導体としては、AlN、ダイヤモンド、酸化ガリウム(Ga2O3)がありますが、絶縁破壊電圧が半導体で最大級のAlNを用いてパワーデバイスを作製できれば、電力損失をSiの5%以下、SiCの35%以下、GaNの50%以下にまで低減できることが理論的に予想されています。
また、ウルトラワイドバンドギャップ半導体の中でもAlNは、産業応用に適した大面積ウエハ上への作製が可能であり、また、GaNとのヘテロ接合形成による多様なデバイス構造を作製できるなどの利点があります。しかし、これまでAlNパワーデバイスに関する報告は少なく、またその特性も優れたものではありませんでした。
こうした中、私たちは20年以上にわたって蓄積してきた技術を結集し、高品質AINのための有機金属気相成長法(MOCVD:Metal Organic Chemical Vapor Deposition)装置を独自に開発し、本製法により作製した高品質AlN半導体を用いて、良好な特性のトランジスタ動作に初めて成功しました。AlNトランジスタの電流-電圧特性は、オーミック特性による線形性の良い電流の立ち上がりと極めて小さいリーク電流(電子回路上で絶縁されていて本来流れないはずの場所・経路で漏れ出す電流)を示しました。パワーデバイスの性能として重要な絶縁破壊電圧も1.7kVと大きい値を実現しました。
さらに、AlNトランジスタは従来の半導体材料と異なり、高温でも安定して動作することを明らかにしました。AlNトランジスタでは高温で性能が向上し、500℃において、電流は室温の約100倍に増加しました。また、500℃においてもリーク電流は10−8A/mmと非常に小さく抑えられました。その結果、AlNトランジスタは500℃においても106を超える高いオンオフ電流比を示しました(図2)。

先進性と技術力は国内外で高く評価されていますね。

おかげさまで、これらの研究成果をご評価いただくことができました。文部科学大臣表彰若手科学者賞を2011年に37歳でいただきました。同賞は萌芽的な研究、独創的視点に立った研究等、高度な研究開発能力を示す顕著な研究業績を上げた40歳未満の若手研究者を対象としたものです。また、同じ年に当該研究分野の研究者としての登竜門である化合物半導体トップ国際会議International Symposium on Compound Semiconductors(ISCS)の Young Scientist Awardをいただきました。これも40歳未満の科学者による化合物半導体の分野での業績を表彰するものです。さらに、参加者1000名を超える国際会議International Workshop on Nitride Semiconductors(IWNS)にてBest paper Awardを、そして、ワイドバンドギャップ半導体紫外発光デバイスに関する先駆的研究が評価され、平成30年度(2018年)日本学術振興会賞を44歳でいただきました。

「量」が「質」を創る

研究者として大切にしていらっしゃることを教えていただけますでしょうか。

常識や定説といわれていることや教科書に載っていることであっても鵜呑みにしないことです。教科書に掲載されていることは、記載当時の手段で見出された解だからです。それらを参考にしつつ他の可能性を模索すること、そして、頭と手を両方動かすこと、よく考えて、よく実験することを大切に研究に臨んできました。
考えて、考えて、考え抜いても分からないけれど、どこか直感のようなものが働いて「うまく行くかもしれない」という自分でも気付かない何かに突き動かされることがあります。そんなときに「やっちゃえ!」という思い切りでひたすら実験することで成果を得られることがあるのです。私は世界初の青色LEDに必要な高品質結晶創製技術の発明に成功した天野浩先生を尊敬しているのですが、その天野先生は「GaNでは青色LEDはできない」というこの分野の定説を覆されました。定説からすれば、誰もが見向きもしない材料の可能性を信じ、実験を1500回以上行って上手くいかなくてもあきらめずに続け、偉業を成し遂げたのです。成果を得るまでは相当苦しかっただろうなと思います。しかし、研究活動は誰も答えを持っていないことに挑戦する行為でもありますから、うまくいかないのは当然のことです。
昨今では、何事においても効率化が叫ばれますが、材料研究は本当に泥臭いというか、量をこなすことで見えてくるものがあります。研究は「質」が大事だといわれますが、「量」的に数多く取り組むことで、センスが磨かれ、経験・知見が蓄積されて初めて「質」に値するものが何であるかが分かるようになるのではないかと思うのです。
その意味では、長期的な取り組みを認めてもらえる環境は研究者にとっては非常に大事ですね。NTT物性科学基礎研究所ではそれができますからありがたいことだと思っています。

研究者の責務、そして喜びとはどんなものでしょうか。

世の中から「こんなことができたらいい」という希望や困難、難解、不可能と呼ばれることに最前線に立って挑戦できることは研究者にとっては喜びであると思います。挑戦によって、新たな可能性を提案し、切り拓いていくことは研究者の責務であるといえましょう。
こうした研究活動を営んでいくうえで、好奇心や仲間を持つことは大切です。若いころは研究のプロセスを1人ですべて手掛けないと気が済まなかったのです。しかし、経験を重ねて多くの人とともに取り組むことで大きなことを成し遂げられると知りました。基礎研究においてはさまざまな専門家の持つ技術やアイデアからのそれぞれのアプローチによって新しいものが生み出される可能性が高くなります。特に若手のアイデアによって活性化されることがあるのですよ。
最後に、私は失敗を恐れず挑み続ける「永遠の若手」でありたいと思っていると同時に「顔の見える研究者」になりたいと思っています。先達の残した偉業から学びつつ、それを受け継ぎながら研究者としてのオリジナリティ、強みをつくり上げ「この研究なら谷保さんだね」と認識していただけるような研究者になりたいのです。
若い研究者の皆さん、興味と好奇心をドライビングフォースに信念と覚悟を持って研究活動に勤しんでいきましょう。