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特集2

つくばフォーラム2023に見るIOWNとアクセスネットワーク技術

アクセス設備の運用高度化におけるこれまでと将来の展望

NTTは、メタルケーブルによる固定電話から、光ファイバを活用した通信に至るまで、アクセス設備の構築・保守を担いながらさまざまなサービスを提供してきました。その中で、NTTアクセスサービスシステム研究所では、それらアクセス系業務のデジタルトランスフォーメーションによる運用イノベーションをめざし、スマートエンジニアリング(設計・施工)やスマートメンテナンス(保守・運用)技術を研究開発しています。また、通信設備のアセット活用により、通信以外の分野も含めた新たな価値創造にもチャレンジしています。

海老根 崇(えびね たかし)※
NTTアクセスサービスシステム研究所
※現、NTTアクセスサービスシステム研究所 所長

アクセス系業務における運用イノベーション

NTTにおいては、これまで、メタルケーブルによる固定電話から、光ファイバを活用したデータ通信に至るまで、アクセス設備の構築・保守を担いながら、さまざまなサービスを提供してきました。そのような中、特に、メタルから光への大きな変革を迎えたFTTH (Fiber To The Home)においては、運用イノベーションが大きく進みました。これから迎えるIOWN (Innovative Optical and Wireless Network) 時代の到来に向けても、サービスの大きな変革に伴い、運用イノベーションの変革も併せて期待されています。
かつてのFTTH黎明期においては、1985年の通信自由化を背景に電電公社からNTTへと民営化し、1990年代では新しい電気通信事業者の増加、光化に対する設備開放議論などにより、アクセス設備構築において大きな変革を迎えた時代でした。また、ADSL(Asymmetric Digital Subscriber Line)のような競合サービスの登場もあり、光需要の予測が難しく、ケーブルの架空設置エリアで何度も追加の施工が発生する可能性もあるなど、アクセス設備の構築・保守といったアクセス系業務においてもさまざまな試行錯誤が繰り返された時代でした。そのような時代において、主に外的要因から検討がスタートした「架空ケーブル一束化技術」は、既設設備や空間の徹底活用により運用高度化を実現できた事例です。
ケーブル一束化の当初課題は、「ケーブルへの風圧荷重・ケーブル重量および張力を考慮した設計の複雑さ」、「ハンガ、ケーブル(スパン間のリング掛け)の施工の複雑さ」、「らせん状ハンガ内でのケーブル通しの絡まり」等がありましたが、既設設備・ハンガ・新設ケーブル情報に基づく簡易設計判定による設計効率化、ハンガ中通し工法の確立による効率的な施工、支持体強化による保守稼働削減等、課題を解決し実フィールドへの展開を可能としました。加えて、実フィールド導入に向けては、振動疲労試験、風洞実験、高低温実験、暴露実験等の各種検証・評価を行い、長期的な環境変化に対する設置設備や通信に対する信頼性を確認しました。現在、日本全国において光ケーブル敷設の基本的な施工方法となっています。
IOWN時代の到来に向けた現在においても、通信インフラに対する社会的要望を受けて、NTTとして、研究開発等による技術蓄積やフィールド展開に向けた準備を進めているところです。私たちNTTアクセスサービスシステム研究所においても、運用イノベーションという観点でアクセス設備の運用高度化を進めています。本稿では、すでに実フィールドへの展開が進んでいる取り組み、および今後展開が見込まれる取り組み2例について紹介します。

現実世界のデジタル化による設備の高度化

すでに実フィールドへの展開が進んでいる運用イノベーションの取り組みとして、MMS(Mobile Mapping System)といわれる車両を活用した「現実世界のデジタル化による設備の高度化」があります。
現実世界をデジタル化しシミュレーション等を行うDTC(Digital Twin Computing)はIOWNの柱の1つです。通信サービスを支える電柱などの所外設備は、今後も不断ない維持管理・運用が必要です。特に、所外設備の点検などの業務の多くは、目視かつ人の経験・ノウハウにより実施されていますが、労働人口の減少によりさらなる効率化が求められています。私たちは、MMSで取得した点群データから電柱などの通信設備を自動的に抽出し、たわみなどの設備状態を数値化する技術の研究開発を行い、構造劣化判定システムとして点検業務の効率化に寄与してきました。たわみの大きい電柱ほど横ひびが発生し不安全である可能性が高いのです。MMS車両を面的に走行させ、たわみの大きい電柱を自動で抽出し、それらの電柱のみ目視点検を行うことにより、大きく稼働を削減することを可能としています。また、点群データをシステムに入力するだけで自動的にたわみが算出されるため、スキルレスにも貢献できます。現在は、建柱工事等の施工の遠隔化・自動化を視野に、点群データからリアルタイムに設備や重機、周辺環境を自動認識する技術や、ケーブルなどの極細径物の構造状態を数値化する精度の極限追求を進めています(図1)。
昨今、点群データは自動運転や測量などさまざまな業界で活用され、測定機器の精度向上、価格の低廉化も進んでいます。一方で、NTTグループ各社で活用されているMMSは、仕様が異なっており、取得したデータに合わせて処理・解析ソフトを変える必要があり、集約・展開には非効率となっていることを課題ととらえています。今後、自動認識技術、設備状態の数値化技術に加え、通信設備から漏れなく安価に高精度に点群データを取得するための機器条件やNTTグループのMMS仕様統一についても検討を行う予定です。

IOWN構想を支える多段ループ型光アクセス網構成法の研究開発

今後展開が見込まれる運用イノベーションの取り組みについて、大きく2つの取り組みを紹介します。1つは、多段ループ型光アクセス網構成法です。
FTTHを支える光アクセス網について、これまでは経済性を最優先に設計されたスター型光アクセス網が用いられてきました。一方、IOWN時代の光アクセス網では、高周波モバイル等のキャリア需要を含めて多様な事業者のビジネス系需要が中心になると想定されます。こうした需要は従来のメタル需要を光化してきたFTTHと異なり、需要の数や発生場所が不確実であるため、従来の光アクセス網のままでは非効率であったり、高信頼・柔軟なサービスに対応できないといった問題が今後想定されます。
私たちはこのような背景に基づき、複数のループ配線を多段に組み合わせた多段ループ型光アクセス網構成法を技術確立し、より高い信頼性や需要発生位置や量に対する変動耐力等を最適化した新たな配線方法を提案しています(図2)。ループ配線は、信頼性や柔軟性に優れた配線トポロジーとして、FTTH黎明期より考えられていましたが、本構成法はこれを多段構成とすることで、収容局近辺だけではなく、収容局から遠く離れたエリアにおいても信頼性・柔軟性を高め、新たに光経路選択の機能も備えています。IOWN時代の光アクセス網では、この多段ループ型構成を既存のFTTH網にオーバーレイさせて、既存網との共存を図っていくことを考えています。
一方、新しい配線方法の導入・展開に向けては、今後の需要を予測したうえで、設備投資や構築量等のシミュレーションが必要不可欠です。この場合、既存設備(管路、電柱、引上げ点や既設光ケーブルの空き状況等)に基づく設備設計がなされますが、これを人手で行う場合、設計稼働が膨大になり、また、設計者により設計品質が異なるといった問題があります。そこで、必要な情報を入力することで、自動的に適切な配線ルート案を生成し設計者の業務支援を行う「設計アシスト技術」の研究開発を進めています(図3)。本技術を用いると、おおむね収容局ごとに人手で2週間~1カ月を要する設計稼働を大幅に削減(1~2日程度)できるようになるため、需要予測やエリア特性に応じたさまざまな導入パターンの検証が容易になると期待されます。
今後は、多段ループ型構成をスマートシティなどグリーンフィールドへの導入を進めながら光アクセス網への実フィールド展開をめざしていきます。さらに、本配線方法における運用等も並行して整備し、周辺技術開発も併せてIOWN構想の実現に向けた研究開発を推進していきます。

既設通信ケーブルの活用と高度なセンシングによる光ファイバ環境モニタリング

今後展開が見込まれる運用イノベーションの取り組みのもう1つは、光ファイバ環境モニタリングです。
NTTグループが所有する最大のアセットである通信用の既設光ファイバケーブルをセンサとして活用することで、光ファイバケーブル周辺で起こるさまざまな事象が発する振動を独自の高精度なDAS(Distributed Acoustic Sensing)*で観測し、得られた振動データを解析・解釈して、ケーブル周辺で生じた事象を推定する光ファイバ環境モニタリングの研究開発を進めています(図4)。
実現に向けた技術ポイントは、光ファイバに加わる振動の分布を高精度に測定できること、測定した大量データをリアルタイムに処理して振動の状態を可視化できること、データを解析解釈して事象を特定できることなどがあります。これまでNTTでは振動測定の高精度化に向け、位相を観測する光時間領域反射測定法(OTDR:Optical Time Domain Reflectometry)をベースに、光周波数多重(FDM:Frequency Division Multiplexing)パルスと独自の雑音低減アルゴリズムによって、従来よりも低雑音な振動波形の取得を可能にしたFDM位相OTDRによるDASを提案しています。また、得られた大容量データの処理が大きな課題となりますが、計算アルゴリズムの工夫とFPGA(Field Programmable Gate Array)の利用によりリアルタイムでのデータ処理も実現しています。実フィールドの車道に沿って地下管路内に敷設された通信用光ファイバケーブルを用いたFDM位相OTDRによる車両通行の測定例を図5に示します。横軸は測定装置からの距離、縦軸は経過時間を示しています。赤と青のカラーバーは測定された光信号の位相回転量であり、光ファイバに加わっている振動の振幅に相当します。したがって、赤・青線のペアが車両1台の道路通行の様子を示しており、本数が車両の台数、傾きが車両の速度を表しています。また、本測定はリアルタイムに実施可能です。図中のAの辺りでは、直線の傾きが大きくなっており、これは信号が赤になり車両が減速し停止したことを示しており、スマートシティなどでの交通流モニタリングへの応用などが期待できます。このように高精度に取得した振動情報は光ファイバケーブルの周辺状況を把握するための利用が期待でき、その活用が進みつつあります。
光ファイバ環境モニタリングはIOWNとの組合せによりさらに高度なセンシングの実現も志向しています。オールフォトニクス・ネットワーク(APN: All-Photonics Network)の経路スイッチ機能を活用し、センシングする光ファイバを自由に選択して面的な測定を実現することや、同じくAPNの高速伝送機能による大量な測定データの転送とDCI (Data Centric Infrastructure)の潤沢なコンピューティングリソースの活用により高度かつ高速に測定データを解析・解釈し、環境情報を生成することなどを検討しています。現時点ではセンシング装置とAPNのスイッチ機能との接続構成の検討を中心に議論を進めています。
このように光ファイバ環境モニタリングは光ファイバケーブル網にセンシングインフラという新しい価値を与えうるものであり、今後は、適用領域の拡大をめざし、より高精度・広範囲に振動測定可能な測定方式創出とそれを装置として実装するノウハウの蓄積およびシステム化とユースケースの開拓に取り組んでいきます。

* DAS:光ファイバに沿って振動を分布的に測定する技術。

今後の取り組みの方向性

米国では、Googleをはじめさまざまな企業において、ビジネスチャンスとして「路肩」に着目し、スマートシティ構想や自動運転に向けた権利の争奪戦が行われているといわれています。さらに、既存のアセットや技術を用いたイノベーションも同時に起こっており、NTTとしても、例として挙げた架空ケーブル一束化による空間の活用や、光ファイバ環境モニタリングのような既存アセットの有効活用をイノベーションにつなげることが非常に重要であると考えています。電柱やケーブルといったNTTが保有する膨大な量の既存アセットに関して、過去の優良事例を参考にしながら、有効活用はもちろん、その他通信以外の分野も含めた新たな価値創造について、継続的にチャレンジしていきたいと思っています。

海老根 崇

IOWN時代の到来を見据え、アクセス系業務における運用イノベーションを推進しています。イノベーションは、新しい技術においてのみ起こるものではなく、既存の技術やアセットの活用が非常に重要になっています。イノベーションにつながるような研究開発を進めていきます。

問い合わせ先

NTTアクセスサービスシステム研究所
アクセス運用プロジェクト
TEL 029-868-6300
FAX 029-868-6400
E-mail aunp-contact@ntt.com

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