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通信容量の限界を越え、新世代の高速・大容量通信を支える「空間多重光ファイバ伝送路技術」

近年のICTの発展はめざましく、通信トラフィック量は飛躍的に増加しています。こうした通信を支える既存の光ファイバの容量限界は1本当り100Tbit/s程度であり、これを用いた伝送システムにはやがて限界に達することが予測されています。今回は「空間多重光ファイバ伝送路技術」を用いて光伝送容量を大幅に拡大させ、通信容量問題の研究に取り組む松井隆特別研究員にお話を聞きました。

松井 隆
特別研究員
NTTアクセスサービスシステム研究所

PROFILE

2003年北海道大学大学院工学研究科電子情報工学専攻修了(博士前期課程)。同年、日本電信電話株式会社入社。2008年北海道大学大学院博士(工学)を取得。2022年より特別研究員。空間・波長リソースの飛躍的拡大に向けた空間多重光ファイバ伝送路技術の研究に従事。令和3年度経済産業省産業標準化貢献者賞、SPIE Photonics West2021 Best Technical Paper Award、OECC/PS2019 Best Paper Award等を受賞。2022年より茨城大学大学院客員教授。

マルチペタビット級の伝送基盤を実現する「空間多重光ファイバ伝送路技術」

■通信容量問題を解決する「空間多重光ファイバ伝送路技術」とはどのような技術でしょうか。

「空間多重光ファイバ伝送路技術」とは、通信を行う光ファイバ中に光の通り道(パス)を複数用意し、従来よりもはるかに多くの伝送容量を実現する技術です。昨今ではICT(Information and Communication Technology)の利用シーンが非常に多様化しており、通信容量の増加に対する需要が急激に高まっています。例えば通信信号を束ねて都道府県間などの長距離に送る「コアネットワーク」では、現在光ファイバ1本当り16Tbit/sの光伝送システムが導入されており、通信容量は直近20年で1000倍程増加しています。現在普及している光ファイバの容量限界は1本当り100Tbit/s程度と予測されているため、急速な通信需要の増大により2030年ごろに現在の光伝送システムは限界に達すると予測されています。
こうした次世代の通信容量に関する問題を解決するのが「空間多重光ファイバ伝送路技術」です。現在の光通信システムで用いられている光ファイバは、シングルモードファイバと呼ばれる1本の光ファイバにパスを1つだけ通すものが主流ですが、それに対して「空間多重光ファイバ伝送路技術」では1本の光ファイバに複数の独立したパスを通しています。パスの本数をn倍に増やすことによって通信容量は約n倍に増えるため、従来とは比較にならないほど飛躍的に通信容量を拡大させることが可能になります。
「空間多重光ファイバ伝送路技術」では1本の光ファイバに通す光のパスを増やすために、光の通る部分(コア)とその中の光の進み方(モード)の2つの観点から主に研究を行っています。具体的なアプローチとして、複数のコアを配置したマルチコアファイバ、1つのコアに複数のモードを設定したマルチモードファイバ、そしてそれらを掛け合わせるマルチモード・マルチコアファイバという3つです。マルチコアファイバで今の光ファイバと同じ細さとする場合、シングルモードのコア数は4つが限界であり、それに対してマルチモード・マルチコアファイバはコアごとに複数の空間モードを伝搬でき、拡張性に優れているという特徴があります。そのため例えば4コアの中に3つのモードを通すことができれば3×4=12のパス(空間チャネル)を通すことができるため、より多くの通信容量を拡大できる可能性を持っています。またそれだけではなく、光ファイバの波長帯域拡大の技術と組み合わせることによって、従来では成し得なかった大幅な通信容量の拡大が見込めます(図1)。

■「空間多重光ファイバ伝送路技術」で苦労されているのはどのような点でしょうか。

マルチコアファイバでは1本の光ファイバに複数のコアを通すときに、クロストークと呼ばれる「光が隣のコアに漏れ出してしまい干渉する」という現象が発生します。このクロストークにより通信容量は大幅に低減してしまうため、パスの本数をn倍にすることによって通信容量をn倍に増加していくことは不可能になってしまいます。NTTではこの問題の解決に向けて、コアどうしの距離をクロストークが発生しない程度まで離しながら、1本の光ファイバに本数を可能な限り多く通していくという試みを現在行っています。もちろん光ファイバの径を大きくすれば、通すコアを増やすことは可能です。しかし光ファイバが太くなるほど、敷設時にファイバを曲げづらく扱いが難しくなるなど物性面で問題が発生します。それに加えて光ファイバの径が大きくなるほど使用素材であるガラス材料も多くなり、製造性を大幅に劣化させてしまいます。実際に光ファイバを設備に導入していく際には、これらの物性面での扱いやすさや製造コストといった問題は非常に重要であり、それを考慮せずに研究を行ってしまうと「誰にも使ってもらえない」という結果を招いてしまいます。そのため光ファイバの径は従来と同じまま、最適なコア数を探索していくことが重要な研究課題となっています。
またNTTではこうした研究と並行して、光ファイバの波長帯域の拡大に向けた研究を行っています。現在の光ファイバでは、1.5μm帯のCバンド帯と呼ばれる波長幅35nm程度の限られた領域の中に信号を詰め込んでシステムを構成しています。この波長帯域を拡大して広範囲の波長を使うことができるようになれば、通信容量の大幅な拡大が可能になるため、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想をはじめとして1.6μm帯などへの波長帯域の拡大をめざし研究が進められています。光ファイバの設計ではガラスの屈折率や光特性の変化を制御することで、十分な通信品質が得られる波長帯域を見極めるのですが、空間多重光ファイバの大きな技術的課題として「波長上限を拡大(長波長化)するほどクロストークが増大してしまう」「波長下限を拡大(短波長化)すると光が漏れやすくなる」といった点があります。これまでの光ファイバ構造では波長下限の長波長化と波長上限の長波長化がトレードオフの関係であり、利用できる波長帯域を見極めつつ飛躍的な通信容量の拡大が可能な新たな光ファイバ構造・製造方法をめざしています。

■現在までの「空間多重光ファイバ伝送路技術」の成果を教えてください。

「空間多重光ファイバ伝送路技術」の成果として私たちの研究グループでは、2017年には複数メーカの4コアのマルチコアファイバを相互接続した伝送路を用いて光ファイバ1心当り100Tbit/sを超える有中継伝送実験を産学官連携により実現しています。また「光ファイバの破断率が十分許容される太さの中でどれだけコアとモードを詰め込むことができるか」という研究も行い、2018年には10モード・12コアのマルチモード・マルチコアファイバを実証し、世界最高の120の空間チャネル数を実現しています。
これまでの空間多重光ファイバの研究報告では、コアの数や配置・光ファイバの太さなど非常に多岐にわたる構造が提案されています。しかし実際に光ファイバが製品化されて通信設備に利用される際には、光ファイバどうしの接続や他デバイス・設備との互換性を持たせる必要があります。そのためNTTでは、光ファイバの太さを従来のシングルマルチモードファイバと同じ0.125mmに維持し、マルチコアファイバでの伝送では4コアが最適であることを世界に先駆けて提案しています。
こうした研究は、多くの専門家や事業会社の方々との連携を得ながら進めております。光ファイバの実装の段階では、接続のみならず入出力の方法や伝送装置・システム構成や運用方法など、光通信システム全体を構成するさまざまな技術について検討しなければならないため、多くの方々からフィードバックをいただくことでうまく研究を進めることができています。
今後の研究目標としては、IOWN構想で掲げられている目標の1つである、オールフォトニクス・ネットワーク(APN:All-Photonics Network)の伝送容量125倍を見据え、光ファイバ伝送路として10倍以上の伝送容量ポテンシャルをめざしています。この目標達成に向けた「空間多重光ファイバ伝送路技術」の研究計画の最初のステップとして、既存の光技術と親和性の高い4コアのマルチコアファイバの技術確立に注力していきます。さらに4コアのマルチコアファイバ技術を軸として、1方路当りの空間チャネルを10以上に拡張できる技術の確立方法を模索し、光ファイバ伝送路における10倍以上の伝送容量ポテンシャルを実現します。
そして現在の容量需要を考えると、2040年以降にはマルチペタビット級まで伝送容量需要が拡大する予想されます。そのため、IOWNのさらに先の未来を支える技術確立にも取り組んでいきたいと考えています。またマルチモード・マルチコアファイバをはじめとした高密度な空間多重光ファイバに加え、波長特性の制御技術も組み合わせることで、現行50倍の伝送容量を達成しマルチペタビット級の伝送容量をサポートする、新たな光ファイバ伝送路技術の確立をめざします(図2)。

「使う人視点の意見」を大切に、柔軟な思考が新たな未来を築く

■研究を進めるうえで、大切にされている考え方を教えてください。

長年研究を行っていると、従来とは一線を画す全く新しい概念を用いた光ファイバ・デバイスなどの登場に立ち会う瞬間が幾度もあります。そうしたものは研究段階でとても盛り上がる一方で、いざ実装となると全く使いどころがないということに陥ってしまうことがあります。もちろん目先の研究だけを追っていれば新しい価値は生み出せません。ある程度は将来の研究の使い道を意識しながら並行して新たな研究に挑戦するというバランスを取り、テーマ設定や優先順位付けをすることが非常に重要だと思います。しかしどれほど研究で高い関心を得られるものであっても、やはりどこかで使われなければ意味がないと私は考えています。自分自身も何度かそういった失敗を経験したのですが、同じ轍を踏まないように心掛け、他組織・他分野の専門家や製造メーカ等の「多様な視点の意見」をヒアリングや意見交換をして、視野を広げながら研究を進めています。
実際に私が所属しているNTTアクセスサービスシステム研究所では、お客さまと通信局舎をつなぐネットワークに必要なあらゆる技術を所掌しており、土木設備・光設備・無線設備からオペレーション・サービスなど非常に幅広い技術分野を持っています。全国に設備を備えているため、その仕様や構築・運用について研究開発から導入・運用まで一貫して高い技術力を持ち目利きができることは、大きな強みだと思います。また事業会社とのつながりも強く、要望などをヒアリングして議論を行いながら開発・導入を実施することができることは、研究者にとっても非常に心強いものであると感じています。諸先輩方のご尽力の成果もあり、標準化や学会などでは社外の方からお声がけいただく機会も多く、さまざまな方と意見交換をしながら研究を進めることができます。多くの場面で人とのつながりに非常に恵まれており、こうした環境は研究をうまく進めるうえで非常に重要であると感じています。

■最後に、研究者・学生・ビジネスパートナーの方々へ向けてメッセージをお願いします。

現在ではテクノロジが進歩し、私を含め多くの方々がその恩恵を感じられる時代になりました。技術は進化を続け、身近な通信は無線技術によってさらに利便性を増し、またVR(Virtual Reality)やAI(人工知能)などのソフトウェアでは先進的サービスや社会革新が進んでいます。しかしそうした高速通信や新たな社会の発展を支えるためには、この先も光通信設備は必要不可欠です。確かに通信インフラに関する技術は近年ではフォーカスされづらく、デジタル空間を使うソフトウェアベースの技術分野に隠れ、目立ちにくい分野かもしれませんが、新技術を世に出すことができれば、それを契機に既存産業や既存会社を変革できる大きな可能性を秘めていると思います。私自身もこれから世界トップレベルの研究成果をアピールしつつ、実用展開に供するかたちで標準化も含め、新たな光通信設備の実現に貢献したいと考えていますので、ご支援をお願いできれば幸いです。
そしてこれから光通信分野の研究に携わる方の希望になればいいですが、この分野をどのように持続的に発展させていくのか、どのように新しい技術を組み込んでいくのか、議論と研究の余地は存分に残されています。もし他の技術の融合など柔軟な発想を組み込んでいくことができれば、分野全体が活発になり、通信インフラの未来はきっと明るいものになると信じています。これから柔軟なアイデアの種を蒔いていける方や、この記事を読んで興味を持ってくださる方がいらっしゃれば、ぜひ一緒に光通信の新しい未来を築いていきましょう。

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