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from NTTドコモ

スマートフォンログによる要介護リスク低減をめざしたフレイル推定AI

フレイルとは、加齢とともに心身の働きが弱くなった要介護の前段階を示します。介護費抑制などの観点から、早期発見・早期介入のニーズが高まっていますが、対面診断や質問票を用いた既存手法では住民への幅広い調査が困難でした。NTTドコモは、日常生活をとおして誰もが健康を維持・増進できる世界の実現に向けて、自動的に取得できるスマートフォンログを用いたフレイル推定AI(人工知能)を開発しました。本技術により、少ない負荷でフレイルリスクを把握でき、また個人ごとに改善すべき生活習慣を特定し、行動変容につなげることが可能となります。

はじめに

NTTドコモは、日常生活をとおして誰もが健康を維持・増進できる社会の実現をめざし、人々の健康状態を推定し健康行動につなげるAI(人工知能)の開発を進めています。
フレイルとは、健康な状態と要介護状態の中間で、身体機能や認知機能の低下がみられる状態を示し、プレフレイル*1を含めると高齢者の49.5%が該当すると報告されています(1)。人々の健康寿命を延伸し、10兆円を超す介護費を抑制するためには、要介護の前段階であるフレイルをいち早く検知し、生活習慣改善などの要介護リスク低減に向けた取り組みを行うことが重要です。
しかし、現状、フレイルの診断は、対面診断での握力や歩行速度の測定、あるいは、25項目におよぶ問診票(基本チェックリスト)への回答など、診断対象者に一定の負担を強いるため、シニアへの幅広い調査や継続的な追跡が困難でした(2)。そこで、NTTドコモでは、自社の強みであるスマートフォンという顧客とのタッチポイントを活かし、同意取得のうえ、スマートフォンでユーザの生活習慣情報などを自動的に取得し、それらの情報からフレイルリスクを推定し、リスクや個人の生活習慣に合わせて行動変容を促すフレイル推定AIを開発しました。スマートフォンは60歳代で80%、70歳代で62%とシニアにおいても普及していることから(3)、フレイル推定AIを活用することで、幅広い高齢者へのアプローチが可能になります。
ここでは、フレイル推定AIの概要や、実証実験の結果、商用サービスへの機能実装について解説します。

*1 プレフレイル:フレイルの前段階で、健常とフレイルとの中間状態。

フレイル推定AIの概要

■AI開発方法

フレイル推定AIの概要を図1に示します。NTTドコモのdポイントクラブアンケートなどを活用し、同意取得のうえ、数百名のdポイントクラブ会員(協力者)から基本チェックリストへの回答と、歩行情報、睡眠情報、位置情報、コミュニケーションアプリの利用状況など、生活習慣に関するスマートフォンログを収集しました。その後、自社のデータ分析環境にて、フレイルリスクの推定に寄与すると考えられる平均歩数などの特徴量をスマートフォンログから作成しました。続いて、基本チェックリストへの回答結果を基に、協力者ごとにフレイル・健常のラベル付けを行いました。基本チェックリストのいくつかの項目は、直近2週間の生活習慣や心の状態を質問していることから、基本チェックリストへの回答からさかのぼって過去2週間分のスマートフォンログを用い、特徴量とフレイル・健常との関係性を機械学習*2の手法によりAIに学習させました。これにより、スマートフォンログが入力された際、その個人のフレイルのリスクをAIが出力することが可能となります。

*2 機械学習:事例を基にした統計処理により、計算機に入力と出力の関係を学習させる枠組み。

■行動変容ロジック

フレイル推定AIは、スマートフォンログに基づきフレイルリスクを提示するだけではなく、個人に合わせて改善すべき生活習慣と目標値も提示し、ユーザに行動変容を促します。
改善すべき生活習慣の提示では、まず、XAI(Explainable AI)*3の技術を用い、個人ごとにフレイルリスクを高めているスマートフォンログを特定します。リスクを高めているスマートフォンログのうち、個人が解釈可能かつ行動変容可能で、もっともリスクを高めている項目(例えば、1日の平均歩数や就寝時刻)を、改善すべき生活習慣として提示します。なお、改善すべき生活習慣を複数提示することも可能ですが、選択肢過多効果*4により、どの生活習慣から改善すればよいかをユーザが意思決定できない可能性があるため、もっともリスクを高めている生活習慣のみを提示する仕様としています。
生活習慣の改善には、個別的・具体的・実現可能な目標値の提示が重要とされています(4)。そこで、フレイル推定AIでは、個人の過去2週間分のスマートフォンログから、改善すべき生活習慣の分布を把握し、個人にとって適度に難易度があると考えられる目標値を提示します。

*3 XAI:説明可能なAIのこと。AIの出力に対して、人間が解釈できる理由や根拠を示す技術。
*4 選択肢過多効果:選択肢が多い場合、選択すること自体が心理的に負担となり、選択や行動ができなくなる現象。

実証実験

■実証実験内容

フレイル推定AIのリスク推定性能および行動変容効果を確認するため、同意取得のうえ、都民や都内に勤務する50歳以上の約200名(実証参加者)に対して、フレイル推定AIの実証実験を行いました(図2)。実証参加者には、自身のスマートフォンに実証実験専用のアプリ(専用アプリ)をインストールしてもらいました。実証参加者は2つのグループにランダムで振り分けられ、一方のグループは専用アプリ上でフレイル推定AIの機能が提供される介入群、他方は当該機能が提供されない対照群としました。なお、介入群・対照群にかかわらず、すべての実証参加者から、実証実験期間中、専用アプリをとおしてスマートフォンログを収集し、実証実験参加時と終了時に、基本チェックリストへの回答を取得しました。
また、介入群には、実証実験への参加後、2週間以上のスマートフォンログ収集期間を経た後、フレイル推定AIのリスク判定結果を基に、フレイルリスクと改善すべき生活習慣および目標値が、専用アプリから週1回の頻度で4週間にわたり通知されました。

■分析方法

(1) フレイル推定AIのリスク推定性能の評価
フレイル推定AIのリスク推定性能の評価には、実証実験参加時の2週間分のログをインプットしたフレイル推定AIのアウトプット(フレイルリスク)と、同じく実証実験参加時に取得した基本チェックリストを用いました。フレイルリスクがあらかじめ設定した基準値を上回る、つまりフレイル推定AIがフレイルの可能性が高いと判断した実証参加者のうち、基本チェックリストにおいてもフレイルと判断された実証参加者の割合を感度*5、フレイルリスクがあらかじめ設定した基準値を下回る、つまりフレイル推定AIがフレイルの可能性が低いと判断した実証参加者のうち、基本チェックリストにおいても健常と判断された実証参加者の割合を特異度*6、とそれぞれ定義し、リスク推定性能の評価指標としました。
(2) 行動変容効果の評価
行動変容効果の評価には、介入群におけるフレイル推定AIの機能提供(介入)前後の2週間において、生活習慣に差が生じたかを確認しました。また、フレイル推定AI以外の外的要因(天候など)の影響を確認するため、同タイミングにおける対照群の生活習慣の変化を分析しました。なお、例えば、介入群において1日の平均歩数の行動変容効果を確認する場合、改善すべき生活習慣が歩数と提示された実証参加者に限定して分析を行いました。一方、対照群は、特定の生活習慣について介入を受けていないため、全実証参加者のデータを用いて分析しました。

*5 感度:検知したい異常な事象、あるいは症例(本稿の場合、フレイル)を有す人のうち、異常もしくは症例を有すると正しく識別できた事象、あるいは人の比率。
*6 特異度:異常ではない事象、あるいは症例を持たない(本稿の場合、健常)人のうち、異常ではないもしくは症例を持たないと正しく識別できた事象、あるいは人の比率。

■実証実験結果

(1) リスク推定性能の評価結果
リスク推定性能の評価結果は、感度、特異度ともに0.8となり、スマートフォンログのみを用いたフレイル推定AIが、従来のフレイル判定手法に近いフレイル検知能を有することを確認しました。
(2) 行動変容効果の評価結果
行動変容効果の評価結果の一例を図3に示します。例えば、介入群のみにおいて有意な歩数増加(平均約700歩)が確認できました(図3(a))。これは、介入前と比較し、20%も歩数が増加したことになります。
次に、リスク提示とともに、具体的な生活習慣や目標値を提示する効果を可視化するため、介入群において、改善すべき生活習慣が歩数と提示された実証参加者と、それ以外の生活習慣が提示された実証参加者とで、歩数の行動変容に差があるかを評価しました。その結果、改善すべき生活習慣が歩数と提示された実証参加者においてのみ、有意な行動変容が生じており、具体的な生活習慣や目標値を提示する意義を確認することができました(図3(b))。
(3) フレイルリスク低減の有無の評価結果
フレイル推定AIを利用することによる、フレイルリスク低減の有無を評価し、介入前と比較して平均で10%のフレイルリスク低減を認めました。フレイル推定AIの利用が、要介護状態に陥ってしまうリスクを低減し、健康の維持や増進に寄与する可能性が示唆されました。

商用サービスへの機能提供

新型コロナウイルス感染症の感染拡大以降、外出や対面交流などを控える暮らしが続き、高齢者の身体や認知機能の低下を懸念する自治体が増加しています。そこで、NTTドコモが運用する自治体や企業向けの健康増進サービス「健康マイレージ」に、フレイル推定AIを「からだとこころの健康度チェック」機能として、2022年9月26日より商用提供を開始しました(5)
今後は、社外パートナーを含むより多くのサービスへの展開を推進していく予定です。

おわりに

ここでは、フレイル推定AIの概要や、実証実験、商用提供について解説しました。今後は、フレイル推定AIの長期利用による介護費抑制効果などさらなるエビデンスを蓄積していく予定です。

* 本記事は「NTT DOCOMOテクニカル・ジャーナル」(Vol.30 No.4、2023年1月)に掲載された内容を編集したものです。

■参考文献
(1) https://www.tmghig.jp/research/release/2020/0903.html
(2) 荒井:“フレイル診療ガイド(2018年版),” 株式会社ライフ・サイエンス,2018.
(3) https://www.moba-ken.jp/project/seniors/seniors20210526.html
(4) 福田:“一目でわかるヘルスプロモーション 理論と実践ガイドブック,” 国立保健医療科学院,2008.
(5) https://www.docomo.ne.jp/info/news_release/2022/09/26_02.html

問い合わせ先

NTTドコモ
R&D戦略部
E-mail dtj@nttdocomo.com