NTT技術ジャーナル記事

   

「NTT技術ジャーナル」編集部が注目した
最新トピックや特集インタビュー記事などをご覧いただけます。

PDFダウンロード

特集

量子コンピュータの実用化を加速する取り組み

量子エラー抑制とその進展

現在の量子ハードウェアは計算エラーの影響が非常に大きく、量子コンピュータから有意義な結果を取り出すためにはエラーの削減が必須です。現在、符号化などを行わず、量子ハードウェアへの負担を少なく保ったまま計算エラーの削減を行うことが可能な量子エラー抑制手法が世界中でさかんに研究されています。本稿では、主要な量子エラー抑制法のレビューを行った後、最近、私たちの研究グループから提案された世界で初めての量子エラー抑制を組み込んだ量子センシングおよび量子エラー抑制の統合フレームワークである一般化部分空間展開法について解説します。

遠藤 傑(えんどう すぐる)
NTTコンピュータ&データサイエンス研究所

量子エラー抑制

量子コンピュータはさまざまなところで説明されるように、量子的重ね合わせが失われることによる計算エラーの影響を抑えることが喫緊の課題となっています。本稿で解説する量子エラー抑制は、比較的最近提案された量子ハードウェアに対する負担をできる限り少なく保ったまま計算エラーを抑制する概念です(1)。量子エラー抑制とよく比較される量子エラー訂正では、複数の物理量子ビットを用いて1つの論理量子ビットを表現し、その冗長性を用いて計算エラーを検出し、その情報を基にしてエラーを能動的に訂正します。しかし、現在の量子ハードウェアの量子ビット数は多くて数百であるため、量子エラー訂正を行うと実効的な量子ビット数が少なくなってしまい、量子ハードウェアの持つ計算能力を活用しきれないという問題があります。そこで、冗長化を避け、実効的な量子ビット数を減らすことなく計算エラーを削減することができる一連の手法である、量子エラー抑制が導入されました。量子エラー抑制実装に関する進展はめざましく、最近IBMによって行われた、127量子ビットデバイスで初めて量子コンピュータで実用的なタスクを行うことができたと主張する実験論文において、量子エラー抑制が非常に有用な役割を果たすことが分かりました(2)。また、筆者が提案した指数外挿エラー抑制(3)が非常に高い性能を示すことが示されました。量子エラー抑制にはさまざまな手法が存在しますが、一般的には複数の量子回路からの出力を古典コンピュータにより事後処理することによって、正しい計算結果を推定することが行われます。その概念図を図1(a)に示します。
ここで、量子エラー抑制は一般的に量子状態そのもののエラーを抑制することはできませんが、物理量の期待値のエラーを抑制することができます。量子エラー抑制の働きを図1(b)に示します。しかしながら、現在の量子コンピュータ、および初期の誤り耐性量子計算で実行できることが期待されている多くの量子アルゴリズムが物理量の期待値を活用するアルゴリズムであるため、量子エラー抑制は大いに有用であると考えられています。また、量子エラー抑制のコストはより多くの測定回数であり、量子ハードウェアの計算エラーの発生頻度に対して指数関数的な測定回数が必要になることに注意が必要です。これは、直感的には、量子エラー抑制が、量子ゲート数と量子ゲートのエラー率に関して指数関数的に減衰する物理量の期待値を増幅する効果があるため、計算結果の分散が指数関数的に増加するからです。測定回数の指数増加に関しての証明は、量子情報理論的枠組みによって、私たちの研究をはじめとしたいくつかの研究で示されています(4)。以降では、量子エラー抑制法として主要な手法である外挿法(3)(5)、擬確率法(確率的エラー相殺法とも呼ばれる)(3)(5)、仮想蒸留法(6)、部分空間展開法(7)について説明します。次に私たちの最近の研究成果である、世界初の量子エラー抑制を適用した量子センシングの手法(8)、および極めて一般的な量子エラー抑制の統合フレームワークである一般化部分空間展開法(9)を解説します。量子エラー抑制の概要のみ理解したい方は、外挿法を理解すれば十分ですが、もう少し踏み込んで理解したい方は、せひその他のセクションも読んでいただきたいと思います。筆者が執筆したレビュー論文(1)も必要に応じて参照していただきますと、より深い理解を得られると思います。

■外挿法

外挿法は、その名のとおり、複数の測定結果を外挿することにより、計算エラーのない理想的な結果を推定する手法です(3)(5)。非常にシンプルではありますが、多くの実験で用いられる強力な手法です。その概要を図2に示します。横軸は計算エラーレート、縦軸は計算結果(物理量の期待値)です。当然ではありますが、計算エラーレートは自由に減らすことができないことが問題ですが、計算エラーを増加させることは比較的容易です。例えば、論理ゲート操作をあえてゆっくり行うこと、あるいは余分な論理ゲート操作を行うことで、計算エラー頻度を増加させることはできます。そして、元々の計算結果と、計算エラーレートを増加させた計算結果を外挿することによって、計算エラーのない理想的な計算結果を推定します。外挿法が提案された当初は、線形、および多項式関数により外挿するRichardson 外挿が提案されていましたが(5)、筆者らは計算結果が計算エラーの頻度に対して指数関数で減衰することが一般的であることを指摘し、指数関数による外挿を提案しました(3)。そして、実際の実験でも非常に高い性能を示すことが示されました(2)。しかし、外挿法は精度保証がなく、比較的ヒューリスティック(発見的)な手法といえます。
量子エラー抑制のコスト要因である測定回数の増加については外挿法でよく理解できるので、例として線形外挿法を考えます。計算エラーレートε0に対応する物理量の、実験的に得られた平均値を〈O(ε0)〉、エラーレートを2倍した物理量の期待値を〈O(2ε0)〉とすると、これらを外挿したエラー抑制された結果はOest=2〈O(ε0)〉−〈O(2ε0)〉と書けます。その際、分散を計算すると、〈O(ε0)〉と〈O(2ε0)〉に相関がないとすると、Var[Oest]=4Var[〈O(ε0)〉]+Var[〈O(2ε0)〉] となり、確かにエラー抑制後に分散が増幅され、正しい計算結果を得るにはより多くの測定回数が必要であることが分かります。

■擬確率法

私たちは、世界で初めて量子エラー抑制を量子センシングに適応するフレームワークを確立しました。量子センシングとは、量子状態をプローブとして用いて、測定したい磁場などと相互作用させ、相互作用した後の量子状態を読み出し、これを繰り返して結果を積算して、その結果から磁場の値を推定する量子情報分野です。量子センシングで重要となるのは、量子もつれ状態をプローブとして用いる場合、量子ビット数Nに対して、推定された統計誤差が古典では実現できない量子優位なスケーリングが実現できることにあります。しかし、ノイズが測定のたびに揺らいでいる場合は、積算値および推定される磁場の値に系統エラーが生じてしまい、量子優位性が得られません(図6(a))。私たちは、仮想蒸留法を用いれば、測定のたびにノイズが揺らぐような場合であっても、仮想蒸留法がこのようなノイズを取り除く「フィルター」としての役割を果たし、量子センシングで問題となる系統的エラーを高精度に抑制できることを示しました(8)。そして、量子優位性のあるスケーリングが復活できることを示しました(図6(b))。

■仮想蒸留法

■部分空間展開法

NTTの最近の成果

■量子センシングに対する量子エラー抑制の適用

■一般化部分空間展開法

遠藤 傑

本稿では、量子エラー抑制の概要について知りたい人から、細かい内容まで知りたい人まで満足いくように書いたつもりです。そのうえで、NTTの量子エラー抑制の最先端の成果を丁寧に解説しましたので、ぜひご一読をお願いします。

問い合わせ先

NTTコンピュータ&データサイエンス研究所
企画担当
TEL 046-859-4003
FAX 046-855-1149
E-mail cd-koho-ml@ntt.com

DOI
クリップボードにコピーしました