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グループ企業探訪

第260回 NTTグリーン&フード株式会社

自然の恵みを技術で活かし、地球と食の未来をデザインする会社

世界的な人口爆発や地政学リスク等により、食料や資源の争奪戦や価格高騰を招いており、さまざまな不確定要因から、食の安全保障(フードセキュリティ)確保の必要性が高まっています。また、気候変動による海水温上昇や乱獲等により、従来近海で取れていた魚が取れなくなる等、水産業にも大きな影響を与え始めています。水産業においては、養殖を中心に生産量が飛躍的に増加し、「獲る漁業」から「育てる漁業」への転換がみられており、その中でも、環境や天候等に影響を受けない「陸上養殖」に注目が集まっています。そのような中、陸上養殖に品種改良技術(ゲノム編集技術)と情報通信技術を取り入れ、水産フードチェーンのイノベーションをめざす会社として設立されたNTTグリーン&フードの久住嘉和社長に、事業展開や地域貢献への想いを伺いました。

NTTグリーン&フード 久住嘉和社長

陸上養殖を契機とした地域の活性化をめざして

■設立の背景と会社の概要について教えてください。

世界の人口増加に伴い、タンパク質の需要も伸びています。このままでは、人類が必要とするタンパク質の需要と供給のバランスが崩れる「タンパク質クライシス」が2030年ごろに起こるといわれています。水産業はタンパク質供給源の1つですが、日本では就業人口の減少や高齢化、環境問題等の影響を受け、約30年で就労者、生産量ともに60%程度減少(水産白書より)するなど社会問題となっています。
また、2050年のカーボンニュートラルに向けた取り組みが注目される中、私たちは大気中に存在するCO2の約3割を排出・吸収する海洋に着目しました。
こうした食料問題と環境問題の解決をめざして、CO2をより吸収する藻類の優秀品種選抜・培養・品種改良技術、AI(人工知能)・IoT(Internet of Things)等の情報通信技術を有するNTTと、魚介類の品種改良技術・魚介類の養殖技術を有するリージョナルフィッシュ株式会社は、2023年7月に合弁会社を設立しました。
NTTグリーン&フードは、「自然の恵みを技術で活かし、地球と食の未来をデザインする」をパーパスとして掲げ、「環境をまもりたい」「美味しいものを安心して食べられる世の中をまもりたい」「日本の水産業を再興したい」といった想いをもって、美しい地球で美味しいものを食べられる毎日が当たり前である世界をめざしてチャレンジしていきます。

■具体的にどのような事業展開をしているのでしょうか。

NTTグリーン&フードの事業は、「藻類の生産・販売」「魚介類の生産・販売」「サステナブル陸上養殖システムの開発・提供」の3分野から構成されています(図1)。
藻類は光合成によってCO2を固定(二酸化炭素等無機的な炭素を、糖等の有機的な炭素化合物に変換して体内に取り込む過程のこと)しながら成長します。「藻類の生産・販売」では、NTTの藻類への品種改良技術、大量培養技術、品種改良技術等を活用し、光合成を活性化させて成長速度を高めるとともに、通常よりも多くのCO2を体内に固定する藻類を生産します。生産した藻類は魚介類の餌として活用し、また、将来的には農業肥料等、さまざまな分野での活用をめざします。
「魚介類の生産・販売」は、成長が速く、高機能性を有する魚介類を陸上養殖で生産・販売する事業です。魚介類を品種改良することで、食欲を抑制するタンパク質を喪失させ、魚介類の成長速度を高めるとともに、成長に必要な環境負荷を低減させることができます。これにより、飼料利用効率が高まるとともに、成長サイクルが速まるため、養殖に必要な電力等の低減が可能となります。また、従来の天然種の魚介類とは異なる特長を持つ、差別化された地域固有の魚介類を開発・生産することが可能となります。加えて、陸上養殖(人工的に整備した環境と餌)で飼育するため、寄生虫や環境問題となっているマイクロプラスチックを体内に含む可能性がない、安心・安全な魚介類の提供を可能にします。
「サステナブル陸上養殖システムの開発・提供」は、再生可能エネルギーや水質浄化プラント等を含む、循環型の陸上養殖システムを開発・提供する事業です。
事業開始から間もないこともあり、まずは「魚介類の生産・販売」の展開に注力する中で、「藻類の生産・販売」を増強し、藻類を販売しつつ「魚介類の生産・販売」の餌としての利用を図っていきます。そして、このサイクルを実現する場として「サステナブル陸上養殖システムの開発・提供」を展開していくといったステップを考えています(図2)。

品種改良で各拠点に適した新しいブランド魚を育てて市場投入

■事業を取り巻く環境はどのような状況でしょうか。

日本の、漁場での漁獲もしくは種苗・生産、加工、販売・食から構成される水産フードチェーンは、特に水産加工技術(血抜き、神経締め、冷凍・冷蔵・鮮度保持・輸送技術)と魚介類の調理技術が優れており、「世界一美味しい」とまでいわれています。一方、漁獲高は減少傾向にあり、それを補うかたちで養殖が増加しています。一般的に行われている海面養殖では、その適地に限りがあり、養殖を要因とした海洋汚染、そして、天候や病気による安定供給の問題もあります。そこで、陸上に人工的に創設した環境下で魚介類の養殖を行う「陸上養殖」が着目され、すでにウナギ、ヒラメ、トラフグ、車エビ、鮭類、チョウザメ等の陸上養殖が行われ、市場出荷もされています。
種苗・生産といった養殖のプロセスでは、イノベーションが起こっておらず、そのきっかけとなるのが陸上養殖ですが、生産に重点が置かれているのが現状です。NTTグリーン&フードは、リージョナルフィッシュ社の品種改良・養殖技術(種苗領域)と、NTTの藻類生産技術、AI・IoT活用による環境データ(水温・塩分・DO)、成長記録、給餌記録、へい死記録、分養・出荷データ等の管理、そしてエネルギーの地産地消等のエネルギーマネジメントによる環境への配意等(生産領域)により、種苗から生産・出荷までのバリューチェーン全体をつなげたビジネス展開を図ります。
また、通常品種改良は交配等を繰り返して行われているのですが、種苗生産を担うリージョナルフィッシュではゲノム編集技術により品種改良を行っています。ゲノム編集技術は遺伝子組み換えと混同されやすいのですが、他の生物の遺伝子を組み込むことにより新しい性質を付与する遺伝子組み換えに対して、ゲノム編集は交配等の繰り返しによる品種改良における遺伝子の変化を、酵素を使って効率的に引き起こす技術で、その生物が本来持つ潜在的機能を引き出すことができるのが特長です。これにより、何代もかけて行われる交配を経ることなく品種改良が可能となります。
陸上養殖というビジネス領域も新しい分野で、NTTグリーン&フードも設立間もない会社ですが、まさにイノベーターとしての立ち位置でビジネス展開をしていきます。

■今後の展望についてお聞かせください。

NTTグリーン&フードは2023年7月1日に事業開始しましたが、2023年度は3拠点でプラントを構築し、魚介類の生産を始めます。その後、全国展開をめざし、2035年度には全国20カ所に拠点を拡大する予定です。各拠点では、環境に適した魚種の選定、リージョナルフィッシュ社と連携した品種改良、AI・IoTを活用した生産の効率化等により、地域に根差したブランド魚として育て、地元の小売業や、全国の商社、販売・加工事業者等に販売していきたいと考えています。
こうした拠点の展開により、地域の雇用促進につながり、またブランド魚の販売や、ブランド魚市場開拓等といったかたちで地域活性化に貢献するとともに、NTTグリーン&フードがめざす「食料不足問題の解決」「環境貢献」にも寄与していきます。そして、将来的には海外への拡大もめざしていきたいと思います。

担当者に聞く

拠点の選定からプラントの構築までNTTグリーン&フードにお任せ

プラント部 担当課長
永井 菜央美さん

■担当されている業務について教えてください。

陸上養殖を行う拠点の選定と、陸上養殖のためのプラントの構築を担当しています。
陸上養殖を行うためには、最低1万㎡以上の広さの土地(平地)の確保、陸上養殖に適した地下海水の取水および排水といった環境要件のみならず、制度面をはじめとする自治体等からの支援・助成も必要になります。社員数も少ないため、NTTグループの各事業会社のご協力を受けながら、日本全国の候補地視察を進め、こうした要件に合う拠点を探しています。さらに、2023年6月27日に行われた事業開始の記者会見をご覧になられた複数の自治体より、遊休地の活用としてのご相談やオファーをいただくことができ、対応を進めています。
陸上養殖プラントは「水槽」、餌の食べ残しや飼育生物の排泄物などのゴミ(有機物)や、飼育生物からの代謝物、特にアンモニア、亜硝酸イオン等をろ過する「ろ過装置」、水槽内の水を循環し、ろ過槽をはじめとした各処理設備に水を送る「循環ポンプ」、飼育水槽内に入り込んだ病原菌やウイルスに対して種々の方式で殺菌・不活化する「殺菌装置」、「水温調節器」、そして飼育データ、環境データ、出荷データ等を収集管理する「管理システム」で構成されています。プラントの構築にあたっては、リージョナルフィッシュの陸上養殖に関する経験や知見を活用しながら、魚種に合わせた陸上養殖方式の決定、プラント構築を進めています。なお、魚種の選定は、取水に関するボーリング調査および飼育試験の結果や養殖エリアの環境等から、拠点ごとに最適の魚種を選定しています。

■今後の展望について教えてください。

現在は3カ所の拠点でプラント構築を進めていますが、将来的には日本全国に、各地域の特徴を活かした私たちの陸上養殖プラントを構築したいと考えています。そして、そこで育てた魚を地元の皆様が喜んで食べてくださっている未来、陸上養殖で地域活性化に貢献している世界を想像しながら日々の業務に尽力しています。

品種改良技術(ゲノム編集技術)で新たなブランド魚が誕生

戦略・営業部 担当課長
横井 優子さん

■担当されている業務について教えてください。

プラント部が選定した場所や魚種により、地元企業と加工・販売・観光・教育・福祉等における連携や、自治体とのブランディングの検討、立案などが主業務です。さらに、持続可能な社会の実現に向けて積極的な大手企業と販売面における協業なども行っています。
私たちが生産する魚介類は、品種改良技術(ゲノム編集技術)が施された種苗を生育しているのですが、しばしば「品種改良技術は安心なのか」「遺伝子組換え技術と何が違うのか」等のご質問をいただきます。他の生物の遺伝子を組み込むことにより新しい性質を付与する遺伝子組み換えに対して、ゲノム編集は交配等の繰り返しによる品種改良における遺伝子の変化を、酵素を使って効率的に引き起こす技術で、その生物が本来持つ潜在的機能を引き出しているため安全であることを説明しています。
こうした特長のある品種改良技術(ゲノム編集技術)を正しく理解いただき、安心して私たちの魚介類を選択いただくためには、継続的な発信が必要と考えており、有識者の方にご協力を仰ぎながらイベントやホームページ、SNS等を活用した情報発信を実施していく予定です。

■今後の展望について教えてください。

私たちは消費者であり、生産者でもあります。5年後、10年後も私たちの思いや取り組みが「日本の美味しい食」を支えていく1つのピースとなればと思っています。

ア・ラ・カルト

■3名からのスタート

リージョナルフィッシュとの合弁会社に向けた企画会社として、2023年3月にNTTグリーン&フードは設立されました(その後、2023年7月に合弁会社化)。企画会社設立当初は、社長を含めNTTグループ(持株会社、NTT研究所、事業会社)出身の3名でのスタートだったそうです。それぞれが、今までの経験で培った知見やノウハウ、人脈を総動員してのスタートだったようですが、とはいえ、たった3人の会社のため、1人何役もこなす日々が続いたとのこと。「大変だったのでは」と尋ねたところ、「そのおかげで、メンバー間の結束が強まりました」と答えてくれました。2023年7月からリージョナルフィッシュ社から、NTTグループにはない技術やノウハウ、視点を持つ社員の方々が着任されました。このような異なる経験や視点を持つ社員が連携することで、より力強く事業を推進していけると期待しています。

■ブランド魚でグルメな世界を夢見て

拠点選定やプラント構築等で日本全国、さまざまな場所へ出張することが多いとのこと。出張が続くと疲れるものなのですが、その場所ならではの美味しいものを食べられることを密かな楽しみとして鋭気を養っているそうです。とはいえ、魚介類を扱う会社のため、美味しいものといっても、つい魚介類に目がいってしまいます。いつの日か自分たちが生産したブランド魚が、こうした飲食店のメニューに載る日を夢見て、今日も出張にいそしんでいるそうです。