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サービスの持続的かつ安定的な提供を可能とする低遅延FDN技術

NTTでは、同一ネットワーク上でさまざまなネットワーク要件を持つサービスを同時に提供可能とする世界に向けて、伝送・無線基盤とコンピュート基盤の組合せで構成されている機能別専用ネットワーク(FDN:Function Dedicated Network)の検討に取り組んでいます。特にNTTアクセスサービスシステム研究所では、遅延等の品質をサービス要件に応じて常に低遅延・低ジッタ(遅延揺らぎ)な状態に保ち、サービスの持続的かつ安定的な提供を可能とする、低遅延FDNの研究開発を進めています。ここでは低遅延FDNの概要と特徴について紹介します。

秦野 智也(はたの ともや)/酒井 慈仁(さかい よしひと)
浅香 航太(あさか こうた)/島田 達也(しまだ たつや)
NTTアクセスサービスシステム研究所

低遅延FDNが見据える世界

■通信サービスの低遅延化と安定性

NTTグループが進めている次世代コミュニケーション基盤のIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想に関し、2023年3月にAPN(All-Photonics Network) IOWN1.0サービスの提供が開始されました。通信ネットワークの全区間で光波長を専有するAPNの提供により低遅延・低ジッタ(遅延揺らぎ)化が進み、これにより例えば遠隔手術、遠隔合奏、遠隔操作等の高度な遠隔作業も可能になりつつあります。
一方で、遠隔作業が広く普及するためには、オペレータ端末から制御対象までのエンド・ツー・エンドの遅延を短くする必要があり、光ネットワーク区間のみならず、無線区間も含めて低遅延・低ジッタにすることが求められます。また、高度な遠隔操作では繊細な操作が要求され、誤操作が人命への影響や大きな事故につながる可能性も少なくありません。そのため装置の不具合や処理負荷の増大等にも対処し、エンド・ツー・エンドで安定した通信サービスを提供することが必要となります。実際に、遠隔手術においては、日本外科学会が作成したガイドラインにて通信環境の遅延要件・安定性の要件が示されています(1)

■エッジコンピューティングによる付加価値の提供

従来、通信サービスは、通信拠点間をつなぎ、速く正しく伝えることが求められてきました。APNもこれを実現する重要な技術です。一方で、FDNはAPNの伝送・無線基盤に加え、コンピュート基盤の組合せで構成されており、送信元から送られた情報をコンピュート基盤で情報処理して送信先に伝えることが可能になります(2)。FDNはサービスに適合した情報処理を行うとともに、サービス要件に応じてエンド・ツー・エンドのサービス品質を制御することで、最適な通信サービスを提供可能にします。
遠隔操作のユースケースでは、オペレータの操作をアシストする機能により、オペレータの操作性を高めることが可能です。例えば、オペレータに表示する画面に、操作の手順や操作内容の明示、危険な状態時のアラーム通知などをAR(Augmented Reality)映像で表示する情報処理を加え、スムーズな操作を支援するサービスを提供することができます。

低遅延FDN

低遅延FDNは、ネットワークの伝送時間とエッジコンピューティングの処理時間をトータルで監視し、サービス要件に応じて遅延等の品質をエンド・ツー・エンドで常に低遅延・低ジッタな状態を保ち、サービスを持続的かつ安定的に提供する技術です(3)。低遅延FDNを実現するための要素技術を紹介します(図1)。
① 光無線連携制御技術:より厳しい性能要件の達成をめざし、無線区間と有線区間の連携によりネットワーク制御の高度化を図る技術。
② ネットワークコンピュート高速クローズドループ制御技術:エンド・ツー・エンドでの遅延時間が性能要件を常時満たすように制御し、サービスの安定性を図る技術。
図2に低遅延と安定性の違いを示します。低遅延化とは、正常時における遅延を短くする技術で、図2の遅延グラフにおける全体的にグラフの線を下に下げる技術になります。例えばAPN等の伝送遅延低減や、エッジコンピューティングの処理の高速化があります。一方安定性とは、故障・過負荷等で、品質劣化が発生した場合に、ネットワークとコンピューティングリソースを含めた経路の切替を行うことで早く正常状態に戻し、性能要件を満たさない状態を短時間にする技術で、図2の遅延グラフにおける性能要件の回復時間を早くする、性能要件を下回る点をグラフ上の左にする技術になります。

光無線連携制御技術

低遅延FDNでは低遅延・低ジッタや安定性といった性能要件を、無線区間を含むエンド・ツー・エンドで満たすことを目標としています。
無線区間を構成するモバイルシステムは基地局装置間やコアネットワークとの接続のためのトランスポート網として有線ネットワークを使用しますが、従来、モバイルシステムとトランスポート網はそれぞれ独立して設計・構築・運用されており、モバイルシステムの状態に応じてトランスポート網の動作を動的に変更するような一体としての動作は行われてきませんでした。
モバイルシステムとトランスポート網を連携させて動作させることをめざした取り組みとしては、光アクセスシステムのモバイル適用に向けた技術検討において進められたCO-DBA (Cooperative Dynamic Bandwidth Allocation) やCTI (Cooperative Transport Interface) が挙げられます。
モバイルシステムのトランスポート網として光アクセスシステムを使用する場合、モバイルシステムで許容される遅延時間が非常に短いことから光アクセスシステムの遅延時間を低減させる必要がありました。そこで、モバイルシステムと連携して光アクセスシステムの通信タイミングを決定することで遅延時間を低減する機能であるCO-DBAが、NG-PON2(Next Generation Passive Optical Network 2)を規定するITU-T G.989シリーズ(4)や、G.HSP(Higher Speed PON)を規定するITU-T G.9804シリーズに盛り込まれました(5)
また、CO-DBAを動作させるために必要となる情報をやり取りするためのモバイルシステムと光アクセスシステムの間のインタフェースについてはO-RAN(Open Radio Access Network) WG (Working Group) 4でCTIとして規定されました(6)
私たちは、CTIで実現されたモバイルシステムと光アクセスシステムの連携を発展させることで、将来的なネットワークに求められる厳しい性能要件を満足することをめざし、拡張CTI(Extended CTI)の検討を行っています(図3)。

ロボット等の高精度遠隔制御や自動運転を実現する場合、パケット到着時間の揺らぎが大きいと安定した制御が難しくなることから、これまでのネットワークでは性能要件として規定されていなかったジッタについても一定時間以内に抑える必要があります。
IOWNの構成要素であるAPNでは、有線区間をできる限り光のままで伝送することで低遅延・低ジッタを実現します。無線区間では、図4に示すように送信待ち時間や再送制御のためにパケット送信間隔に揺らぎが発生します。

光無線連携制御技術は無線区間と有線区間の連携によりさまざまな性能向上をめざしておりますが、その1つとして、無線区間の送信タイミングや送信量に関する情報をモバイルシステムからトランスポート網に連携し、それらの情報を分析したうえでトランスポート網を構成する装置を制御することで、遅延揺らぎを最大93%抑制できることを示しました(7)(図5)。
本技術はIOWN Global Forumのワークアイテムとして継続的に議論・検討中で、IOWN Global Forumが公開するTechnical Documentにも記載されています(8)

ネットワークコンピュート高速クローズドループ制御技術

従来、ネットワークとエッジコンピューティングを組み合わせた通信サービスを提供する場合でも、品質管理はネットワークとエッジコンピューティングの各々で実施していたため、エンド・ツー・エンドで発生するようなサービス上の品質劣化は検出できず、その状態が継続してしまうことが発生していました。
この課題を解決するために、ネットワークとサーバが連携したネットワークコンピュート高速クローズドループ制御技術を研究開発しています(図6)。本技術は、①ネットワーク情報とエッジコンピューティングの情報の収集、②収集した情報の分析、③品質劣化時の制御の3つの要素を高速に自動化することと、ネットワークとコンピューティングリソースのコントローラ連携によって実現しています。

■収集・分析・制御の高速化とコントローラ連携

事象発生から対処完了までの収集・分析・制御のサイクルを高速に実行することで、短時間で品質劣化状態に対処することができます。
① 収集:高速テレメトリによるネットワークの遅延時間の収集と、エッジコンピューティングでの処理前後のデータを解析することによる処理時間の計測を行い、エンド・ツー・エンドの遅延値を算出します。
② 分析:エンド・ツー・エンドの遅延がサービス性能要件を満たすかを判定し、満たさない場合には別経路への切替の必要性を判断します。また、切替をする場合、ネットワークとコンピューティングリソースの空き状況を考慮し、切替後の遅延がサービス性能要件を満たすことを確認したうえで切替先を決定します。
③ 制御:決定した切替先にネットワークおよびコンピューティングリソースの切替を行います。また切替えタイミングの制御を行い、サービスへの影響を最小化します。
収集・分析・制御の実施にあたり、ネットワークのコントローラとエッジコンピューティングのコントローラの制御が連携する必要があります。収集においては、エンド・ツー・エンドの遅延値を算出する際に連携を行い、分析においては、サービス性能要件を満たす空きリソースの組合せを計算する際に連携を行います。また、制御においては、切替タイミングを合わせる際に連携を行います。
本研究において、本技術の実機実装を行い、切替にかかわる収集・分析・制御の時間が90 ms以内に抑えられていることを確認しました(9)

■遠隔操作の実証実験

遠隔操作における本技術の効果を確認するために、NTT武蔵野研究開発センタにディスプレイとロボット操作用デバイス、NTT横須賀研究開発センタにロボットを配置し、2拠点間をおよそ150kmの光ファイバで接続して遠隔操作を行う実験用ネットワークを構築しました(10)(図7)。ロボット側では撮影したカメラ映像と力触覚センサがあり、エッジサーバにおいて力触覚情報を色情報に変換し視覚情報として付加し、操作者は力触覚情報を視覚的に確認しながら操作を行いました(図7)。
この実験構成において、エッジサーバを過負荷状態にして遠隔操作環境を悪化させた場合、従来構成では遠隔操作が困難になりましたが、提案構成では品質が悪化してから約100ms後には切替制御が完了したことに加え、力触覚情報等の感覚情報を遠隔に伝達することで違和感なく操作ができることを確認し、提案技術の有効性を確認しました。

今後の展望

サービス要件に応じて遅延等の品質をエンド・ツー・エンドで常に低遅延・低ジッタな状態を保ち、サービスを持続的かつ安定的に提供する低遅延FDNとその実証実験の模様について紹介しました。今後は、無線区間のさらなる低遅延化や、eCTIを用いて無線区間のトラフィック特性を把握することによる無線区間も含めたエンド・ツー・エンドでのさらなる安定性を提供することを進めていきます。

■参考文献
(1) https://jp.jssoc.or.jp/jss122/remote20220427.pdf
(2) https://www.rd.ntt/research/JN202108_14878.html
(3) 吉田:“低遅延・省電力に資する新たな光アクセスシステム技術,”NTTジャーナル,Vol,35,No.7,p.44-46,2023
(4) ITU-T, G.989:“40-Gigabit-capable passive optical networks (NG-PON2): Definitions, abbreviations and acronyms, ”Oct. 2015.
(5) ITU-T, G.9804.1:“Higher speed passive optical networks – Requirements,”Nov. 2019.
(6) O-RAN Alliance, O-RAN-WG4.CTI-TCP.0-v02.00:“O-RAN Fronthaul Cooperative Transport Interface Transport Control Plane Specification 2.0,” Mar. 2021.
(7) K. Miyamoto, Y. Sakai, T. Shimada,and T. Yoshida:“Mobile Backhaul Uplink Jitter Reduction Techniques with Optical-Wireless Cooperative Control,”2022 27th OECC and 2022 PSC, Toyama, Japan, 2022, pp. 1-4,2022.DOI:10.23919/OECC/PSC53152.2022.9850132.
(8) https://iowngf.org/wp-content/uploads/formidable/21/IOWN-GF-RD-IMN-PHSE2-1.0.pdf
(9) H.Ou, C.Huang, T.Hatano, K.Asaka, T.Shimada, and T.Yoshida:“First Demonstration of Cross-domain Real-time Control between Networks and Computing Resources Utilizing Cooperative SLA Analysis,”Proc.of 2023 ECOC, Glasgow, Scotland, Oct. 2023.
(10) https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/05/16/230516a.html

(左から)秦野 智也/酒井 慈仁/浅香 航太/島田 達也

光アクセスシステムのさらなる低遅延化・低ジッタ化・安定性向上に向けて、研究開発を推進していきます。

問い合わせ先

NTTアクセスサービスシステム研究所
光アクセス基盤プロジェクト
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