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トップインタビュー

「Your Value Partner」であり続けるために、勇気を持って舵を切る

デジタル技術の革新による、既存産業の破壊と新たな価値の創造が進展する一方、 少子高齢化や労働力人口の減少など消費生活や企業活動に大きな影響を与える事象が進行しています。NTTはこの課題に取り組むためデジタルトランスフォーメーション戦略を策定しました。陣頭指揮を執る井伊基之NTT代表取締役副社長にCDO(Chief Digital Officer:最高デジタル責任者)としての取り組みを中心に伺いました。

井伊 基之 NTT代表取締役副社長

PROFILE

1983年日本電信電話公社入社。2007年7月NTT東日本新潟支店長、2011年6月同取締役ネットワーク事業推進本部設備部長 企画部長(兼務)、2016年6月同代表取締役副社長ビジネス&オフィス営業推進本部長を経て、2018年6月より現職。

部下を不安にさせない。小さな成功体験を積み重ね、大胆な変革に臨む

中期経営戦略が発表されました。副社長、かつCDOとしてどのように臨まれていますか。

今回の中期経営計画は、NTT、NTTグループを大きく変革させるということをテーマにしています。中期経営計画には、4つの柱がありますが、そのうちの2つにお客さまとNTTグループ自身のデジタルトランスフォーメーションの推進があり、これがCDOとしての私のミッションです。このCDOは、2018年8月に新たに設けたポジションで、持株会社だけではなくNTT東日本、NTT西日本、NTTコミュニケーションズ、NTTドコモ、NTTデータ等の主要会社に配置されました。各社のCDOが、データやICTを駆使して、人の手を介さないような業務にプロセスを変えていくことが求められています。つまり、経営を大きく変革する役割を担っています。変革するということは、従来から行われてきたプロセスを変えていくことですが、裏返せば従来のやり方を破壊することでもあります。したがって、従来からの流れの中で動いている人からは反対を受けることもありますが、変革を図るためには、それに屈することなく交渉力と勇気を持って、舵を切っていくことが必要です。本来、CDOのDはデジタルですが、Disruptive(破壊的な)のDの意味も備えて、破壊的創造的な最高責任者と位置付けています。

デジタルトランスフォーメーションの要としての重責を担うCDOですが、現状を理解していないと変革を進めることができないのですね。

CDOを外部から招聘することもできます。その要件としてICTに詳しく、業務分析ができることは必須なのですが、そのうえで今までのやり方も熟知していることも重要です。企業は生きていますから、現状のやり方をしっかり把握したうえで、将来どう変革すべきかの戦略を立てられなくてはいけません。そのため、NTTグループでは、事業を一番理解している、「仕事」を分かっている責任者で、かつ、さまざまな経験を積んできた人の中からCDOを選任しています。そのうえで、CDOは大きな成功よりも小さな成功を積み重ねて社員を安心させつつ結果として大きな変革に挑むことが必要だと考えます。大きなジャンプは誰しも不安が伴いますから、社員にとっては、賛同する気持ちよりも反対したい気持ちのほうが大きくなってしまいます。皆でめざすべきぶれないゴールを描いて示し、そこに向かって少しずつ動かしていくことが大切なのです。繰り返しますが、変革そのものに人は抵抗を示すことがありますから、どうやったら人は動いてくれるのか、これが分かっていないと変革は難しいと思います。
そういう意味で、私自身は入社から約35年の間、技術開発、国際調達、設備企画、人事、NTTの再編成、法人営業等に携わる中で、さまざまな「仕事」に取り組む中で成功も失敗もたくさん経験してきましたので、それがCDOの仕事に活かせればと思っています。
CDOは、新しい技術やシステムを駆使し、さまざまな業務を自動化していくことを経営として推進していくことがミッションです。だからこそ、現実的に、具体的にどこに人手が掛かっているかを把握していないと効果的な仕事に結び付きません。これまで多くのジャンルで課題解決を経験してきたことが活かされる仕事と考えています。

終わらない仕事はない。ただひたすら正直に、誠実に臨むのみ

多くの課題解決に臨まれたとのことですが、大きな教訓をもたらしたお仕事についてお聞かせいただけますか。

人生最大のピンチともいえる出来事がありました。それはNTT東日本の副社長時代、法人営業の責任者として4年間務めたときのことです。デジタル技術を使って某大学のシステムを大きく変革する仕事に携わらせていただきました。こなれていない新技術を用いたことで納期に間に合わず、約束した機能が実現できなかったことが原因でお客さまにご迷惑をお掛けしてしまったのです。修復するにも年単位の時間が必要となり、赤字プロジェクトとなってしまいました。NTTグループのSIerやベンダ等の各参加企業との協業でしたが、NTT東日本が契約のプライムですからプロジェクトの責任は私たちにあり、他責にはできません。このような事態において、基本姿勢は正直に誠実にお客さまに対応するのみです。言い訳をしても、現実的には技術力が足りなかった結果であり、期限を守れなかったという事実を変えることはできないのです。お客さまには、どんな努力や工夫をしているかを報告し、不足している部分を伝え、どれくらいの時間が必要かも正直に伝えて対応しました。「ウソをつかない人間だ」とご理解いただき、信頼していただくことが大切だと考えたのです。そして、私はリーダーとして、連日お客さまから叱られながら大きな課題と向き合うスタッフを元気付け、勇気付けることに努めました。本当に長い戦いでしたから、これをやり抜くというチームとしての強い絆がないと乗り越えられませんでした。失われた時間は取り戻せないのですから、前向きに取り組むしかありません。「きっといつかは直せるし、いつかはお客さまに認められる」そう信じて、チーム全員で覚悟を決めて臨んだのです。失敗から学ぶことを身を持って実践する良い経験になりました。

聞くだけでも大変なご経験だったことが伺えます。このようなすべての経験が次の仕事に活かされているのですね。

私は、経験こそが自分の成長を助けてくれる原動力であると思っています。いかに多くの経験をし、それを活かしていくことが大切であると考えています。しかし、自分のできる経験は限られていますから、本を読むことで疑似体験としてそれを補っています。他者が蓄積した経験を取り入れることでも、知見を深めることができますので、部下にもたくさん本を読むことを勧めています。
私にとって室町時代以降の、戦国武将が政権を巡ってさまざまな葛藤をする場面はとても参考になりますし、江戸時代の文化の花開いた平和な時間を描いた歴史小説にも刺激を受けます。特に、北条家の礎を北条早雲がどのように築き上げたのかは実に興味深いです。江戸時代なら徳川家康でしょうし、トヨタ自動車なら豊田佐吉氏、松下電器なら松下幸之助氏ですね。中興の祖と称される繁栄を興した人の話は実に参考になります。それ以外にも、未来を予測した本も興味深いですね。例えば、『サピエンス全史』で知られるベストセラー作家ユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』や米国の科学者レイ・カーツワイルの『シンギュラリティは近い』もお勧めです。カーツワイルは70歳ですが6年前にGoogleでAI(人工知能)の開発責任者となりました。これらの本から得た知識ですが、人間は科学技術が発展するとそれを取り入れて人間自身が大きく変化する。自然科学的な人間という種の成長だけではなく、自分たちが生んだ科学技術によって人間自身が変わってしまうというのです。ホモサピエンスからポストヒューマンへ2045年には変化するとの説から「人類そのものが変革する時代」に私たちは生きていることが分かります。このような時代に会社の変革を担うにあたり、働き方や会社のあり方をどう変化させていくのかを考えるとき、人間自身の変化をも考えなければならないことを実感させてくれます。
このように、自らの経験では補えない部分は先駆者や研究者等の知見をいただいて業務に活かすことが大切だと考えています。
変革は1人で成し得ませんから、各社のCDOとともに臨みます。まずは仕事のプロセスを分析、さらにICTを導入してソフトウェアやロボティクスによる変革に挑み、目先の単純な業務改善で終わらせることなく、最終的には人の手を介在せずにも仕事が完結するエコシステムを築くことを目的としています。このロードマップとゴールを全体共有することから始めています。文言だけをみると大変ではないだろうかと想像する人もいるかもしれませんね。しかし、夢物語をゴールとして具体的に描いて、ともに何をしたらいいのかを考えたいのです。このゴールは2050年辺りを想定しています。本来なら100年先を描かないといけないのかもしれませんが、スマートフォンを見ても分かるように技術革新があまりにも速すぎて、予測しにくいのが現状です。このスピードを勘案して30年くらい先をゴールに見据えるしかないかなとも思います。

難しいテーマに挑戦する人を応援し、働く人にとって魅力的な職場を創りたい

副社長にとって「仕事」とは何でしょうか。

前回のインタビューのとき(2016年10月号)にお話したとおり、仕事と作業は違います。自分で見つけて新しく切り拓くのが仕事です。与えられたことを実行するのは仕事ではないのです。何が課題であり、どこがゴールなのか考え、そのゴールをめざす、この行為を自ら創ることが仕事なのです。それ以外は作業です。言い換えれば、より難しいテーマに挑戦し、結果に結び付ける努力をすることが仕事です。諦めずに全力を尽くすこと、結果云々ではなく懸命に努力する姿が好きですし、それを続けていれば何らかの成果に結び付いていきます。テーマには運もありますし、難しいものもあれば、成果の出やすいものもあります。結果のみを評価することは簡単ですが、私は難しいテーマに逃げずに挑戦している人を応援したいのです。この熱量が会社を成長させると、部下にも常々伝えています。
トップに立つ者には自分のビジョンを表明する能力と決断力、勇気がないとダメだと思います。部下のほうからボトムアップで提案するやり方もありますが、私はトップが明確な方向性を示したほうが部下は仕事がやりやすいと思います。トップが方向性を明確に打ち出せず、部下が方向性を忖度するようになると会社は揺らいでしまいます。トップは勇気を持って方向性を示さなくてはいけないと思います。それを実行していくうえで、部下は「できない理由を言いに来るのではなく、違う方法を考える」必要があります。できない理由を聞いてくれるトップはいません。登山に例えれば、道はたくさんありますから探せば良いし、なければつくれば良い。うまくすれば早く登頂できるかもしれませんし、もがき苦しむかもしれない。でも、登頂は諦めないというのが大切です。

研究者の皆さんに一言お願いいたします。

私はグループの技術戦略、R&Dの方向性、さらには生み出した知的財産をどのようなサービスに活かすかといった戦略を立案するCTO(Chief Technology Officer:最高技術責任者)も兼務しています。昨今、情報技術分野においては指数関数的に技術が発展しています。しかし、依然として人間は線形に物事を考えていきますから、技術の発展との間にギャップが生まれてきます。NTTのR&Dでは知的財産を自ら生み出すことを主体としてきました。しかし、これを単独で行っていては、このギャップが埋まるどころか、さらに広がってしまいます。そこで、現在は「価値ある知的財産を見出し、取り入れて、自らの知的財産とそれらを融合し、新たな価値を創造するコ・イノベーション」 に積極的にチャレンジしています。先ほども申し上げたように技術は指数関数的に発展しているのですから、その波に乗るという意味でもコ・イノベーションを進めて新しい価値を生み出していきたいと考えています。
また、ビジネスはもとより、R&Dの分野においてもグローバル化が進み、研究者の活動はさらに広がっています。こうした中、私たちの研究者も世界からハンティングを受けています。これはある意味喜ばしいことで、優秀な研究者が在籍しているという証です。そのような優秀な研究者にお誘いがかかってもNTTにとどまってもらえるよう、人事制度などの見直しもしています。そして、海外にも研究所を開設し、海外の優秀な研究者とともに働ける環境を整えるよう大きな方向転換を推し進めています。そして、研究活動においては、国内にとどまらず、欧米はじめイスラエルなどのいわゆる「とんがった研究」である先端研究を進めているところとの共同研究の可能性がこれまで以上に高くなります。これによりNTTの魅力をより一層増すことができ、逆に共同研究の相手として、NTTを選択してくれる可能性も高まるでしょう。そして、成果もさることながら、研究者にとって魅力的な会社にすることをめざします。

社員の皆さんにも一言お願いいたします。

皆さん、いろいろな経験をしてください。仕事も遊びも、さまざまなことに好奇心を持っていただきたいですね。自分の経験の及ばないことはぜひ本を読んでください。そこに書かれている知見等に刺激を受けて啓発されるはずです。これにより、インターネットで調べることでは満たされない何かが得られます。本は、その著者が自分自身の経験や思考をまとめてつくり上げたものであり、そこから受ける刺激があるはずです。情報を得ることと本を読むことは全く違う世界だと、私は思っています。忙しいから時間をつくるのは難しいと思いますが、人生はあっという間です。1日1冊とは言いませんが、1週間に1冊読めば年間で50冊分の刺激を得られます。ぜひ実行していただきたいと思います。
(インタビュー:外川智恵/撮影:大野真也)

インタビューを終えて

井伊副社長は今回が2度目のご登場です。前回同様、大きなスマイルとハリのある声で、仕事とは何かを朗々と語られます。独自の哲学に引き込まれる一方で、この時期に、どうしてこんなにも健康的に日焼けしていらっしゃるのだろうと思いながらお話を伺っていました。思い切ってその理由をお尋ねすると「相変わらず、釣りが好きなので伊豆半島に出かけているのですが、それ以上に最近はDIYにハマってしまっているのです」と井伊副社長。週末にはウッドデッキをご自身でつくられているというのです。DIYを通して、大工さんがいかに難しいことを簡単に成し遂げているか、その仕事の素晴らしさを知ったと語られました。お話をお聞きしている中で、大工仕事に擬えて仕事の醍醐味を語られていましたが、その裏側にはこうした実体験があったからだと思いました。「経験が人を成長させる」という言葉どおりです。さらに、朝5時半からは読書の時間を確保して、1日のスタートを切られるという副社長は実に効率良く時間を使われています。しかし、「人間は効率性だけではダメですね。私は本に囲まれているのが好きだから、部屋には本が山積みなのです」と、語ってくださいました。人とは多面的であり、豊かな暮らしというのはどのようなものかを考える時間を与えていただいたひと時でした。