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特集1

国際標準化動向特集

環境・オペレーション関連技術の標準化動向

NTTグループではサステナブルで安定したICTサービスを提供するために、アプリケーションサービス品質に関する指標の標準化、ネットワークサービスの促進に向けた活動、電磁妨害波や雷サージから通信設備を防護するとともに、ICTによる気候変動への影響評価や持続的な発展が可能な循環型経済の問題に取り組んでいます。本稿では各分野での活動と標準化動向について紹介します。

奥川 雄一郎(おくがわ ゆういちろう)†1/原 美永子(はら みなこ)†2
堀内 信吾(ほりうち しんご)†3/山岸 和久(やまぎし かずひさ)†4
NTT宇宙環境エネルギー研究所†1
NTT情報ネットワーク総合研究所†2
NTTアクセスサービスシステム研究所†3
NTTネットワークサービスシステム研究所†4

アプリケーションサービスのオペレーション

アプリケーションサービスを効率的にオペレーション(設計、監視、管理)するためには、体感品質(QoE:Quality of Experience)やネットワーク品質(QoS:Quality of Service)に関する指標を確立することが重要です。本節では、アプリケーションサービスに用いる指標についての標準化動向を概説します。

■音声通話品質推定技術(ITU-T勧告G.107.2)

IP電話サービスを対象とした品質設計ツールとして、狭帯域(300-3400Hz)、広帯域(50-7000Hz)、超広帯域(50-14000Hz)・フル帯域(20〜20000Hz)用に、G.107、G.107.1、G.107.2がそれぞれITU-T(International Telecommunication Union Telecommunication Standardization Sector)勧告として制定されており、国内外のIP電話サービスの品質設計で幅広く用いられています。昨今は、EVS(Enhanced Voice Services)コーデックを用いた超広帯域音声通話サービスが主流になってきたため、G.107.2の検討が進められています。G.107は多数の音声品質に関連するパラメータを入力とした数理アルゴリズムで形成されていますが、G.107.2では一部のパラメータがデフォルト値を用いることになっていました。そこで、背景ノイズ、バーストパケット損失、遅延に対応させるための拡張が行われ、音質劣化量(le,eff)、遅延・エコー劣化量(ld)、音量劣化量(Ro,ls)の計算アルゴリズムの修正やパラメータ追加を行い、G.107.2を改訂しています。これにより、さまざまな条件下で超広帯域・フル帯域のE-modelが利用可能となりました。

■アダプティブビットレートストリーミングに対する品質推定技術と劣化要因分析技術(ITU-T勧告P.1203、P.1204、P.DiAQoSE)

映像配信の一技術としてアダプティブビットレートストリーミングが用いられています。アダプティブビットレートストリーミングはネットワーク品質に応じて、異なる品質の映像を受信する仕組みのため、どのような品質の映像を受信したかによって、体感品質が大きく異なります。そこで、H.264/AVC(Advanced Video Coding)で符号化されたHD映像の品質を監視する技術としてP.1203、H.265/HEVC(High Efficiency Video Coding)やVP9で符号化された4K映像の品質を監視する技術としてP.1204.3、P.1204.4、P.1204.5が制定されてきました。新しい符号化方式であるAV1(AOMedia Video 1)の利用が進んできたため、上記勧告群の改訂を進めています。このようにITU-T SG(Study Group)12では映像符号化方式の制定に合わせ品質推定技術の拡張も進めています。
P.1203およびP.1204は映像品質の監視を目的に制定された技術であり、1-5の数値により体感品質を表現しています。しかし、品質値の低下度合から品質劣化を検知することはできますが、劣化要因(符号化による品質低下、再生停止による品質低下等)を特定することはできません。そこで、品質の劣化要因を解析する方法論としてP.DiAQoSEの検討が進められています。P.DiAQoSEでは、P.1203やP.1204.3、P.1204.4、P.1204.5などのモデルへの入力となった品質パラメータ(ビットレート、解像度、フレームレート、再生停止情報)が、品質値をどの程度下げたか(劣化量)を算出します。具体的には、ある視聴において選択できる最大の品質値と現在の品質値との差(総劣化量)を、Shapley理論を基に品質パラメータごとに分配することで、品質パラメータの劣化量を算出します。このように、従来の品質監視技術に加え、品質パラメータごとの劣化量が分かることで、品質改善の検討がより行いやすくなります。

■自動運転における物体認識率の推定手法(ITU-T勧告P.Obj-recog)

欧州や日本では遠隔監視センタでの遠隔監視を前提とした自動運転が開始されています。具体的には、車載カメラで撮影された映像を符号化し、監視センタへ符号化映像を送信します。監視センタでは監視者が道路上の障害物の有無の確認を行います。そのため、車載カメラから送信される映像品質で、監視者が物体を認識できる程度に鮮明である必要があります。そこで、常時、物体認識に耐え得る映像が配信されていたことを監視する技術を構築するため、ITU-T SG12でWork Item(P.obj-recog)が立ち上がりました。今後、車載映像を用い、物体認識に関する主観評価実験の結果を基に技術確立が進められる予定です。

■まとめ

アプリケーションサービスのオペレーションを効率的に実行するには、指標が必要です。本節では、音声通話、映像配信、自動運転サービスのオペレーションに資する技術を中心に概説しました。今後出現するサービスにおいても、指標を構築し、実際のオペレーションに利用していくことが重要なため、これら標準化の動向を把握していくことも重要です。

TM Forumの標準化動向

■TM Forumとは

TM Forumは、当初は電話の運用管理業務の標準化を実現し、各国の電話サービスの安定提供をめざしてきましたが、近年は他産業と連携したネットワークサービスの促進を目的とした活動が進められています。加盟企業は、通信、IT業界を中心に850社以上となっています。
現在、TM Forumでは、注力テーマとして「Cloud Native IT & Networks」、「Data & AI」、「Autonomous Operations」、「Ecosystems」、「People & Planet」の5つを設定し、以下の18のプロジェクトに分かれて検討を進めています。
・End to end ODAプロジェクト
・Information Systems Architectureプロジェクト
・Components and Canvasプロジェクト
・Open APIsプロジェクト
・AI Governanceプロジェクト
・Data Governanceプロジェクト
・Autonomous Networkプロジェクト
・AI Closed Loop Automationプロジェクト
・AI Operations (AIOps)プロジェクト
・Measuring and Managing Autonomyプロジェクト
・Digital Twin for Decision Intelligenceプロジェクト
・Business Architectureプロジェクト
・Business Assuranceプロジェクト
・Digital Ecosystem Managementプロジェクト
・Standardizing Wholesale Broadband - Fibre Access (BFA)プロジェクト
・Digital Maturity Modelプロジェクト
・Customer Experience Managementプロジェクト
・TechCo Organizational Designプロジェクト
本稿では、NTTが進めるDX(デジタルトランスフォーメーション)やIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)-CF(コグニティブ・ファウンデーション)構想の実現に向けて、極力標準準拠のBSS(Business Support System)/OSS(Operation Support Systems)によるサービス提供の迅速化や、ナチュラルな顧客の要望に基づくネットワークサービスの提供、オペレータ含めてDX時代に相応しい組織の実現がポイントになると考えており、この観点から4つのプロジェクトの動向を解説します。

■Components and Canvasプロジェクト

従来のBSS/OSSのつくりでは電話のサービスを想定したつくりが行われていました。これに対してさまざまなビジネス形態に対するアーキテクチャとそれを実現させるフレームワークとして、Open Digital Architecture (ODA)とOpen Digital Framework (ODF)が議論されています。具体的には、他のビジネスパートナーとの連携や顧客体験(CX:Customer Experience)の多様化、AI(人工知能)技術などによるオペレーションの抜本的な高度化に対応するためのODAを規定しています。ODAは以下の機能を有します。
・Engagement Management:顧客やオペレータとの接点となる機能部、CXの向上を意識した管理
・Party Management:B2B2Xビジネスモデルでの登場人物や調達パートナーといった関係者との関係を管理
・Core Commerce Management:顧客管理やプロダクト管理、BSS領域に相当
・Production:Networkを含めたエンド・ツー・エンドでのサービス・リソース管理、OSSの領域に相当
・Intelligence Management:各管理領域でClosed Loopを実現させるためのAI技術などの管理領域
現在ODAを実現させるためのフレームワークとして、ツールやMaturity Modelを活用するOpen Digital Framework(ODF)の検討が進められています。この中で従来TM Forumで規定してきているビジネスプロセスenhanced Telecom Operation Map(eTOM)、アプリケーションTelecom Application Map(TAM)、情報モデルShared Information/Data Model(SID)の活用・マッピングの検討が行われています。ODFのシステムを構築する際のBusiness要件としてeTOMが、Information SystemsとしてSIDが、Transformation ToolsとしてTAMの内容がそれぞれ活用されています。

■Autonomous Networkプロジェクト

Autonomous Networkはネットワークの自律自動化の運用をめざした検討で、TM Forumのほか、3GPP(3rd Party Partnership Project)、ETSI(European Telecommunications Standards Institute) ZSM(Zero touch network and Service Management)、ENI(Experiential Networked Intelligence)などとも連携して、実現アーキテクチャやモデル、API(Application Programming Interface)の議論が進められています。全体アーキテクチャでは、ビジネスオペレーションレイヤ、サービスオペレーションレイヤ、リソースオペレーションレイヤに分けて、それぞれの管理レイヤを連携させることでAutonomous Networkの実現をめざしています。また、自動化の実現レベルを定義し、段階的なAutonomous Networkの実現を指向しています。
Autonomous Networks LevelsはL0からL5まで規定されており、実行、認知、分析、決定の側面で手動から自動へステップアップし自動化を実現することでネットワーク・オペレーションの自動化は実現させることができます。さらに、Intent、応用の各側面での、手動から自動へステップアップすることにより自律自動化を実現させることができる定義となっています。また、各企業のAutonomous Networkの実現レベルを定量的に評価するToolの検討などが最近のトピックともなっています。Autonomous Networkは、Business、Service、Resourceのレイヤで構成し、レイヤごとにClosed Loopを実現し、個々の管理レイヤを最適なかたちで自動化するとともに、各レイヤのClosed Loopが連携することで全体最適な自律運用をめざすアーキテクチャとなっています。この中で各レイヤのClosed Loopの目標をIntentとし、Autonomous Networkの各レイヤを連携させるキーとしてIntentを活用する取り組みに注目が集まっています。これらの実現に必要なAPI・情報モデルの議論が活発に行われており、多くの標準化関連ドキュメントの作成が進められています。

■Digital Ecosystem Managementプロジェクト

ネットワークサービスを利用するユーザが始点と終点やネットワークに求める特性のみを指定して、ネットワークスライシングなどを用いてサービス提供を行うサービス形態をCaaS(Connectivity as a Service)と定義しています。CaaSを利用するユーザはネットワークの途中の経路などについて、具体的な要求を持っていない、または、分からない等のことがあります。このような、ユーザからの曖昧さを含む要件をIntentとして、提供可能なサービスを組み合わせて具体的なネットワーク設定を導き出し、サービス提供することによりCaaSを実現します。この実現に向けたAPIの検討が進められており、2023年度中にAPI要件をまとめたドキュメントを制定する予定です。CaaSではユーザの曖昧な要件を含むオーダ内容から、具体的なサービスを導出することが求められます。Intent Management APIで検討されているIntentの要素を取り入れ、Intentをネットワークスライシングなどの提供手段として適用するための検討が行われています。

■TechCo Organizational Design (TCOD)プロジェクト

TCODプロジェクトでは、DXが進む中で組織やオペレータの文化・スキルを継続的に進化可能な形態にするための検討が行われています。本プロジェクトでは、Digital Talent Maturity ModelやTechCo Organizational Designなどのドキュメント化が進められています。このように従来のBSS/OSSのようなシステム議論だけでなく、Communication Service Providerとして組織文化を適切に変革し続けることが重要であることに基づくベストプラクティスやガイドが標準化対象となってきています。

■まとめ

上記のようなプロジェクトと並行し、技術実証としてPoC(Proof of Concept)「Catalystプロジェクト」を通じて標準規定の有効性や新しい要件やビジネスの創出にもTM Forumでは力を入れており、標準ドキュメントの議論との両輪を回すことで、実ビジネスでの標準化活用が加速するようになっています。

環境、気候変動およびサーキュラーエコノミーの標準化動向

電磁妨害波や雷サージから通信設備を防護するとともに、ICTによる気候変動への影響評価や持続的な発展が可能な循環型経済の問題に取り組み、通信サービスの信頼性向上ならびに事業活動に伴う環境負荷の低減に貢献するために、ITU-T SG5ではEMC(電磁両立性)や電磁ばく露について主に検討するWP(Working Party)1、環境効率、電子廃棄物、サーキュラーエコノミー、持続可能なICTネットワークを検討するWP2、そして気候変動の適応・緩和、ネットゼロエミッションについて検討するWP3にて標準化を進めています。

■EMCと雷防護、電磁界に対する人体ばく露

課題1ではICTシステムの電気的な防護、信頼性、安全およびセキュリティを目的として雷撃や過電圧に対する通信システムの防護要件を検討しています。また粒子放射線による通信装置のソフトエラーに関する勧告および補足文書の改定を検討しています。さらに、電気通信設備の電磁波的なセキュリティ課題として、高々度電磁パルス(HEMP)や高出力電磁パルス(HPEM)攻撃に対する防護方法、電磁波を介した情報漏洩リスク評価およびリスク低減方法の検討と勧告化について検討しています。課題2では雷および他の電気的事象に対する装置およびデバイスの防護を目的として過電圧や過電流に対する通信システムの防護要件と防護素子の検討を行っています。課題3では携帯電話や無線システムからの放射電磁界からの人体防護を目的として、アンテナ周辺における電磁界強度の推定手順、計算方法、測定方法について検討を行っています。課題4ではICT環境におけるEMC問題として、新たな通信装置、通信サービスや無線システムに対応したEMC規格の検討を行っています。

■環境効率、電子廃棄物、サーキュラーエコノミー、持続可能なICTネットワーク

課題6ではデジタル技術の環境効率を取り扱い、デジタル技術や新規先端技術に対する環境効率と要求条件の明確化、ならびに技術的なソリューション、指標、KPI(Key Performance Indicator)、関連する測定法に関する勧告を策定しています。課題7では電子廃棄物、サーキュラーエコノミー、持続可能なサプライチェーン管理を取り扱い、循環型経済(サーキュラーエコノミー)の考え方、サプライチェーン管理の改善をベースとしたデジタル技術に対する環境要件、ならびに製品、ネットワーク、サービスに関するeco-ratingプログラムにかかわる勧告を策定しています。課題13では循環型の持続可能なシティおよびコミュニティの構築を目的として、シティおよびコミュニティにおけるデジタル技術〔AI、5G(第5世代移動通信システム)、他〕の使用・運用および循環型社会の考え方を応用するための要件、技術的な仕様、効果的なフレームワーク、シティにおける資産に対して循環型社会の考え方を応用するうえでのガイダンス、ならびに循環型シティ・コミュニティに向けたベースラインシナリオを確立するために必要となる指標およびKPIに関する勧告を策定しています。

■気候変動の適応・緩和、ネットゼロエミッション

課題9では気候変動、およびSDGs(持続可能な開発目標)とパリ協定のフレームワークにおけるデジタル技術の評価を目的としてICT、AI、5G他を含むデジタル技術に対する持続性影響の評価手法およびガイダンス、気候変動と生物多様性課題の重要性の考慮、ならびにESG観点での評価を含む環境影響評価手法の使い方に関する勧告を策定しています。課題11では気候変動緩和およびスマートエネルギーソリューションを取り扱い、ICTとデジタル技術を使ったより効果的・効率的なエネルギー管理に向けたリアルタイムなエネルギーサービス・制御ソリューション、ならびにエネルギー効率向上およびCO2排出量削減をめざしたエネルギー管理改善を容易にする標準、フレームワーク、要求条件に関する勧告を策定しています。課題12では持続可能でレジリエントなデジタル技術を通じた気候変動適応に向けて、電力・空調システムの効率改善、400VDCまでの給電システムを使ったエネルギー効率の良いICTアーキテクチャの開発支援、ならびに気候変動に起因する事象に対する早期警報システム、スマート農業への応用、マイクロスマートグリッド、ビル最適化に関する勧告を策定しています。

■まとめ

ITU-TではICT分野として太陽フレアによる電磁波影響、データセンタや5G基地局のエネルギー効率化と評価手法、サーキュラーエコノミーの実現に向けたサプライチェーンマネジメントやデジタルパスポートに特に注目が集まっています。一方、全般的な環境マネジメントシステムや環境影響評価は国際標準化機構(ISO)で検討が進められており、エネルギーマネジメントシステムや環境配慮設計については国際電気標準会議(IEC)の所管となっています。

(上段左から)奥川 雄一郎/原 美永子
(下段左から)堀内 信吾/山岸 和久

サステナブルで安定したICTサービスを提供するためには、アプリケーションサービス品質に関する指標の確立、ネットワークサービスの促進、通信設備の防護や気候変動、循環型経済の問題への取り組みが不可欠です。皆様も一緒に取り組みを進めましょう。

問い合わせ先

NTT研究企画部門
標準化推進室
E-mail std-office-ml@ntt.com